- 聖人名索引
- あ
- アウグスティン(福アウグスティン) 354~430年
- アガフォン(師父アガフォン) 4世紀末~5世紀初頭
- アレクサンドル・メデム(聖致命者アレクサンドル) 1877~1931年
- アレクシイ(セナキの聖アレクシイ) 1852~1923年
- アントニイ(聖大アントニイ) 251頃~356年
- アントニイ(オプチナの聖アントニイ) 1795~1865年
- アンブロシイ(オプチナの聖アンブロシイ) 1812~1891年
- イウスチン・ポポヴィッチ(聖イウスチン) 1894~1979年
- イエロニム(福イエロニム) 347頃~420年
- イオアン(聖金口イオアン) 347頃~407年
- イオアン(階梯者聖イオアン) 579年~649年
- イオアン(預言者聖イオアン) 6世紀
- イオアン(クロンシュタットの聖イオアン) 1829~1908年
- イグナティ・ブリャンチャニノフ(聖イグナティ) 1807~1867年
- イサアク(シリアの聖イサアク) 7世紀
- イサイヤ(師父イサイヤ) 時期不詳
- イラリオン・トロイツキー(聖イラリオン) 1886~1929年
- イリネイ(リヨンの神品致命者イリネイ) 2世紀後半
- イリヤ・ミニヤティ(聖イリヤ) 1669~1714年頃
- ヴィケンティ(レランスの聖ヴィケンティ) 5世紀
- エフレム(シリアの聖エフレム) 306頃~373年
- オール(師父オール) 4世紀
- オヌフリイ・ガガリュク(神品致命者オヌフリイ) 1889~1938年
- か
- ガヴリイル(イメレティの聖ガヴリイル) 1825~1896年
- グリゴリイ(問答者聖グリゴリイ) 540頃~604年
- クリメント(神品致命者ロマの「パパ」) 35年頃~101年頃
- ケサリイ(アルルの聖ケサリイ) 470頃~542年
- ゲンナディ(コンスタンティノープルの聖ゲンナディ) 5世紀後半
- さ
- シメオン(新神学者聖シメオン) 949~1022年
- シメオン(ダイバベの聖シメオン) 1854~1941年
- シルアン(アトス山の聖シルアン) 1866~1938年
- セバスティアン(カラガンダの聖セバスティアン) 1884~1966年
- セラフィム(サロフの聖セラフィム) 1754~1833年
- セルギイ(ラドネジの聖セルギイ) 14世紀中頃~1392年
- セルギイ・プラヴドリュボフ(神品表信者セルギイ) 1890~1950年
- た
- ティーホン(ザドンスクの聖ティーホン) 1724~1783年
- ディミトリイ(ロストフの聖ディミトリイ) 1651~1709年
- ドロフェイ(師父ドロフェイ) 6世紀
- な
- ニーコン(オプチナの聖ニーコン) 1888~1931年
- ニール(シナイの聖ニール) 4世紀末~5世紀初頭
- ニコディム(アトス山の聖ニコディム) 1749~1809年
- ニコライ(聖ニコライ・カヴァシラ) 1322~1391年
- ニコライ(セルビアの聖ニコライ) 1880~1956年
- ニコライ(亜使徒日本の大主教聖ニコライ) 1836~1912年
- ネクタリイ(エギナの聖ネクタリイ) 1846~1920年
- は
- ピーメン(聖大ピーメン) 340~450年頃
- フィラレート(モスクワの府主教フィラレート) 1782~1867年
- フェオドラ(師母フェオドラ) 4~5世紀
- フェオファン(隠遁者聖フェオファン) 1815~1894年
- フォティ(コンスタンティノープルの総主教聖フォティ) 9世紀
- べーダ(尊者聖べーダ) 673頃~735年
- ペトル(ツェティニェの聖ペトル) 1747~1830年
- ま
- マカリイ(師父マカリイ) 4世紀
- マカリイ(オプチナの聖マカリイ) 1788~1860年
- マクシム(表信者聖マクシム) 580頃~662年
- マルコ(苦行者聖マルコ) 5世紀
- モイセイ(オプチナの聖モイセイ) 1782~1862年
- ら
- ロマン・メドヴェジ(神品表信者ロマン) 1874~1937年
- わ
- ワシリイ(聖大ワシリイ) 329頃~379年
- ワルソノフィ(聖大ワルソノフィ) 6世紀
聖人名索引
(※結尾の数字は、本書内の格言番号)
あ
アウグスティン(福アウグスティン) 354~430年
北アフリカ・ヒッポの主教。西方教父を代表する神学者にして哲学者。『告白』『神の国』などの名著を遺し、西方教会の恩寵論と教会論に決定的な影響を与えた。アウグスティヌス。— 26, 141, 195
アガフォン(師父アガフォン) 4世紀末~5世紀初頭
エジプトの砂漠の師父の一人。謙遜と沈黙、厳格な愛の実践で知られる。その格言は『砂漠の師父の言葉』に多く収録されている。アガトン。— 263
アレクサンドル・メデム(聖致命者アレクサンドル) 1877~1931年
ロシア帝国の貴族出身の農場主。慈善と労働者への配慮で知られた。革命後の迫害の中で信仰を証して何度も逮捕され、獄中で病死した。ロシアの新致命者・表信者として崇敬される。— 44
アレクシイ(セナキの聖アレクシイ) 1852~1923年
グルジアのセナキ地方生まれの克肖者。アトス山で修道生活を送り、のち帰郷して隠遁生活とイイススの祈りを指導し、多くの信徒に属神的助言を与えた。— 290
アントニイ(聖大アントニイ) 251頃~356年
エジプトで黙修した偉大なる隠修士。「修道生活の父」と呼ばれる。荒野での苦行と弟子たちへの教訓によって、東西教会の修道伝統の源流となった。大アントニオス。— 294
アントニイ(オプチナの聖アントニイ) 1795~1865年
オプチナ修道院の初期の長老、克肖者。従順と静穏、共同体生活の整備に力を注ぎ、後につづくオプチナ長老たちの基盤を築いた。— 291
アンブロシイ(オプチナの聖アンブロシイ) 1812~1891年
ロシアのオプチナ修道院の長老、克肖者。属神的洞察の賜物と喜びに満ちた慰めの言葉で知られ、多くの知識人や民衆を導き、近代ロシアの信仰生活に大きな影響を与えた。— 147, 189
イウスチン・ポポヴィッチ(聖イウスチン) 1894~1979年
セルビア正教会の修道司祭、神学者、克肖者。聖師父の伝統に基づいて正統教義と聖人崇敬を擁護し、多くの神学論文と聖人伝を著した。20世紀セルビア神学を代表する師父。— 5, 27, 40, 43, 71~72, 83, 131, 162, 186~187
イエロニム(福イエロニム) 347頃~420年
ダルマチア(現クロアチア南部)出身の司祭、聖書学者。ラテン語訳聖書ウルガタを完成させ、多数の注解と書簡を通じて西方教会の聖書解釈と神学に大きな影響を与えた。ヒエロニムス。— 62
イオアン(聖金口イオアン) 347頃~407年
コンスタンティノープル大主教。アンティオキア出身の偉大な師父。「金口」の名のとおり説教で名高く、奉神礼書と聖書読解、悔改と慈善の教えによって後世に大きな影響を与えた。ヨハネス・クリュソストモス。— 6, 31, 56, 57, 58, 101, 131, 174, 179,199, 264, 283
イオアン(階梯者聖イオアン) 579年~649年
シナイ山の修道院院長、克肖者。名著『天国への階梯』において徳の上昇と慾との闘いを三十の「階段」として示し、東方修道制の古典として広く読まれている。ヨアンネス・クリマコス。— 32, 109 ~110, 119, 133, 203, 207, 250, 256, 257
イオアン(預言者聖イオアン) 6世紀
パレスチナ、ガザ地方の修道院の長老、克肖者。聖大ワルソノフィと共に『問答集』を遺し、未来や人の心の状態を見抜く恩寵の賜物を持つ長老として崇敬された。— 206
イオアン(クロンシュタットの聖イオアン) 1829~1908年
ロシアの著名な長司祭。奇蹟者とも呼ばれる。毎日のように聖体礼儀を執り行い、貧しい人々への惜しみない慈善によって全国的な尊敬を集めた。手記『ハリストスにおける我が人生』は代表作。— 20, 98
イグナティ・ブリャンチャニノフ(聖イグナティ) 1807~1867年
ロシアの主教にして属神的作家、成聖者。正教会の歴代聖師父の伝統を忠実に受け継ぎ、祈りと悔改を中心とする修道生活のあり方を論じるとともに、一般信徒にも広く役立つ多くの著作を遺した。— 25, 64, 152, 242, 281
イサアク(シリアの聖イサアク) 7世紀
克肖者。東シリア教会のニネヴェの主教を務めたが、ほどなく退いて黙修に専念し、神の愛と悔改、属神的涙や心の機微について深遠な訓話を遺した。『修行訓話』は東西を通じて広く読まれている代表作。— 2, 60, 91, 93, 94~95, 105, 130, 135, 149, 159, 161, 188, 197, 200, 208, 229, 237, 245, 260, 269, 270, 271, 272, 279, 284
イサイヤ(師父イサイヤ) 時期不詳
古代教会の師父の一人。エジプトの砂漠で修行し、初期修道文献の中にその名が伝えられている。当時、同名の師父が複数いたと推定されるが、左の聖像画は『フィロカリア』にも収録されている隠修者聖イサイヤ(5世紀頃)。— 89
イラリオン・トロイツキー(聖イラリオン) 1886~1929年
ロシアの主教、神学者。モスクワ総主教ティーホンを支えた。革命後の迫害の中で教会を守り、流刑地で致命(殉教・獄死)して神品致命者として列聖された。— 68
イリネイ(リヨンの神品致命者イリネイ) 2世紀後半
ガリア(現フランス付近)のリヨンの主教。『異端反駁』において使徒の伝承を擁護し、「信仰の規範」を明確に示した古代師父。西方教会の神学と教会論に大きく貢献した。— 69, 80
イリヤ・ミニヤティ(聖イリヤ) 1669~1714年頃
ギリシャの主教、説教者、成聖者。ペロポネソス半島の主教として奉職し、雄弁な説教と属神的教訓を通じて近世ギリシャ正教の代表的説教家となった。イリアス・ミニアティス。— 18
ヴィケンティ(レランスの聖ヴィケンティ) 5世紀
ガリア(現フランス付近)のレランス修道院にゆかりのある神学者、克肖者。『コモニトリウム』において、聖伝とは「普遍的・恒常的・合意的」な信仰に基づく伝統であることを示し、正教信仰の規範論に影響を与えた。レランスのウィンケンティウス。— 63
エフレム(シリアの聖エフレム) 306頃~373年
シリアの輔祭、克肖者。多数の賛歌と注解書を遺し、「聖神゜の竪琴」と呼ばれる。悔改と涙、神の憐れみを詩的に歌い、東方正教会の奉神礼の詩(祈祷文)と属神性に大きな足跡を遺した。— 4, 29, 33, 61, 82, 155, 191, 196, 266
オール(師父オール) 4世紀
エジプト砂漠の修道士。『砂漠の師父の言葉』に格言が伝えられ、沈黙と慎み、思いと言葉の一致を強調し、若い修道士たちを導いた。— 281
オヌフリイ・ガガリュク(神品致命者オヌフリイ) 1889~1938年
西ウクライナ出身の主教。ロシア革命後、ソビエト政権からの圧迫と迫害の中で教会に仕え、逮捕されて処刑された新致命者。晩年、クルスクの大主教であった。— 48
か
ガヴリイル(イメレティの聖ガヴリイル) 1825~1896年
グルジアのイメレティ地方の主教、成聖者。困難な政治状況の中で教会の信仰と礼拝生活を守り、グルジア正教会の牧者として尊敬を集めた。— 172
グリゴリイ(問答者聖グリゴリイ) 540頃~604年
ローマ教皇グレゴリウス1世。先備聖体礼儀の編纂者。著作『対話篇』により正教圏では「問答者」と呼ばれ、牧会指針と奉神礼整備によって中世西方教会に深い影響を与えた。— 166
クリメント(神品致命者ロマの「パパ」) 35年頃~101年頃
初代教会のローマの主教(91~101年頃在位。カトリック教会では第4代ローマ教皇クレメンス1世)。聖伝によると、使徒ペトルを直接知る人物であり、クリミア半島のケルソネソスにて致命。— 299
ケサリイ(アルルの聖ケサリイ) 470頃~542年
ガリア、アルル(現・南フランス)の主教。説教と修道制の整備、教会会議の指導を通じて西方教会の規律と霊性の形成に大きく寄与した。アルルのカエサリウス。— 230
ゲンナディ(コンスタンティノープルの聖ゲンナディ) 5世紀後半
カルケドン公会議後のコンスタンティノープル総主教。帝国教会の秩序と正統教義の擁護に努め、その時代の教会統一に重要な役割を果たした。— 13, 87~88, 107~108, 126, 132, 145~ 146, 210, 211~212, 254
さ
シメオン(新神学者聖シメオン) 949~1022年
ビザンティンの神学者、克肖者。聖神゜による神の体験的認識を強調し、自身の属神的経験に基づく説教と讃歌を通じて、正教神学とその霊性に新しい表現を与えた。— 163
シメオン(ダイバベの聖シメオン) 1854~1941年
モンテネグロの克肖者。ダイバベ修道院を拠点として祈りと悔い改めを説き、バルカン半島の激動期に民衆の慰めと導きとなった現代の長老。— 23, 277
シルアン(アトス山の聖シルアン) 1866~1938年
聖山アトスの克肖者。ロシア・タンボフの農家に生まれ、聖山アトスにて 20世紀の偉大な修行者となった。「地獄にいると思いつつ、なおかつ絶望するなかれ」という名句のとおり、徹底した謙遜と全人類への憐れみを説き、その生涯と教えは弟子ソフロニイによって記録された。— 7, 8, 11, 12, 21, 22, 24, 35, 36, 37, 46, 51, 52, 53, 54, 55, 73, 74, 75, 76, 77, 86, 100, 114, 122, 125, 134, 137, 142, 151, 154, 156, 157, 160, 193, 205, 213, 214, 215, 222, 234, 238, 247, 248, 249, 261, 289
セバスティアン(カラガンダの聖セバスティアン) 1884~1966年
ロシアのスヒマ掌院(修道院院長)、克肖表信者。オプチナ修道院の長老である克肖者イオシフとネクタリイの直弟子。ソ連時代のカラガンダ収容所群において、信徒を励ましながら苦難に耐え、祈りと希望を保ち続けた長老として敬われている。— 96
セラフィム(サロフの聖セラフィム) 1754~1833年
ロシアの偉大な克肖者、サロフ修道院の隠修士。長年にわたる沈黙と祈りの後、人々を「わが喜びよ」と迎え入れ、イイススの祈りと聖神゜の恩寵の獲得を教えたことで、ロシアの信仰生活の伝統に大きな影響を与えた。— 16, 168
セルギイ(ラドネジの聖セルギイ) 14世紀中頃~1392年
ロシアの偉大な克肖者、典院(修道院院長)。モスクワ北方の荒野に至聖三者修道院を創建し、その謙遜と祈りによってロシアの属神的統一と更新の象徴となった。— 278, 292
セルギイ・プラヴドリュボフ(神品表信者セルギイ) 1890~1950年
ロシアの長司祭。ソ連政権下の迫害の真只中で信徒を励まし、信仰を捨てることなく苦難に耐えた牧者。ロシアの新致命者・表信者群の一人として列聖された。— 111
た
ティーホン(ザドンスクの聖ティーホン) 1724~1783年
ヴォロネジの主教、成聖者。晩年ザドンスクで黙修生活を送りながら著作活動と説教に尽力し、心の悔改と愛、内的生活の重要性を説いてロシア人の敬虔な信仰生活に深い影響を与えた。— 209
ディミトリイ(ロストフの聖ディミトリイ) 1651~1709年
ロストフの府主教、成聖者。膨大な『聖人伝』を編纂し、教会暦に沿って多数の聖人伝を整理・執筆して、ロシア教会における聖人記憶の保存と普及に大きく貢献した。— 287
ドロフェイ(師父ドロフェイ) 6世紀
ガザ地方の克肖者。師ワルソノフィとイオアンの教えを継承しつつ、自らも『訓話集』を著し、謙遜・従順・自責の徳を通じて修道生活の基礎を説く古典的師父となった。— 30, 258
な
ニーコン(オプチナの聖ニーコン) 1888~1931年
オプチナ修道院最後の長老の一人、克肖者。ソ連時代の迫害と獄中生活に耐え、柔和な愛に満ちた書簡と回想録によって、苦難の時代における信仰の模範を示した。— 38, 78, 218
ニール(シナイの聖ニール) 4世紀末~5世紀初頭
シナイ山周辺で修行した克肖者、著作家。祈りと節制、怒りの克服などに関する短文を多く遺し、後世『フィロカリア』にも収録されて東方の修行的伝統に影響を与えた。— 265
ニコディム(アトス山の聖ニコディム) 1749~1809年
聖山アトスの克肖者、神学者。『フィロカリア』ギリシャ語版の編纂と多くの属神的著作を通じて、内的祈りと禁欲の伝統を近世ギリシャ正教界に再提示し、近代正教霊性の形成に重要な役割を果たした。— 148, 182
ニコライ(聖ニコライ・カヴァシラ) 1322~1391年
テサロニキ出身のビザンティン神学者。著作『ハリストスにおける人生についての七訓話』『聖体礼儀論』において、聖体礼儀と信仰生活の奥義を深く解き明かし、聖体礼儀神学に大きな足跡を遺した。ニコラオス・カヴァシラス。— 39
ニコライ(セルビアの聖ニコライ) 1880~1956年
セルビアの主教にして神学者、説教に長けていたため「新たなる金口イオアン」とも呼ばれる。戦争・収容所生活・亡命を経験し、多数の説教・書簡・祈祷文を遺して二十世紀セルビア正教会の代表的説教者となった。— 3, 9, 34, 42, 50, 67, 170, 176, 180, 241, 298
ニコライ(亜使徒日本の大主教聖ニコライ) 1836~1912年
日本正教会の創建者。若き日に布教目的で日本に渡り、函館・東京を拠点として聖堂建設や教会組織の整備に尽力し、漢学者である中井木菟麻呂と共に日本正教会訳聖書や奉神礼書を和訳した。総本山である東京復活大聖堂は、聖ニコライの名に肖って「ニコライ堂」と呼ばれている。— 65
ネクタリイ(エギナの聖ネクタリイ) 1846~1920年
ギリシャの主教、成聖者、聖歌作者(生神女讃歌「アグニ・パルフェネ」は有名)。誹謗と不当な解任に耐えつつ謙遜を守り、エギナ島に女子修道院を創建した。多くの奇蹟と癒やしを起こす近代の聖人として、広く崇敬されている。エギナのネクタリオス。— 1, 66, 84, 253, 276, 300
は
ピーメン(聖大ピーメン) 340~450年頃
エジプト砂漠の大長老の一人。『砂漠の師父の言葉』に多くの格言が伝えられ、他人を裁かず、柔和と慎みを重んじる教えで知られる。— 92, 255
フィラレート(モスクワの府主教フィラレート) 1782~1867年
モスクワの府主教にして神学者、成聖者。『正教要理』の編纂と聖書翻訳、説教を通して十九世紀ロシア教会に大きな影響を与え、その雄弁と学識によって広く尊敬されてきた。— 45, 47, 70, 192, 201, 268, 280
フェオドラ(師母フェオドラ) 4~5世紀
エジプトあるいはパレスチナの修道女で、長老となり「師母」と慕われる。『砂漠の師父の言葉』に格言が伝えられ、属神的知恵と自責の教えによって多くの修道士を導いた。— 242
フェオファン(隠遁者聖フェオファン) 1815~1894年
ロシアの主教、属神的作家、成聖者。晩年、ヴィシェンスキイ修道院にて黙修生活を送りつつ、『救いへの道』『属神的生活とは何か』など多数の著作と書簡を通じて、近代ロシアにおける内的祈りと悔改の教師となった。— 49, 158, 185, 223, 235, 293
フォティ(コンスタンティノープルの総主教聖フォティ) 9世紀
コンスタンティノープル総主教として活躍したビザンティンの教会指導者、成聖者。布教及び奉神礼・教義論争において重要な役割を担い、特にラテン教会との関係をめぐる問題に深く関与した。— 81, 252
べーダ(尊者聖べーダ) 673頃~735年
イングランド北部の修道士、学者。『イギリス教会史』を著して自国教会の歴史を記録し、『聖書注解』や『年代記』などをとおして西方中世学問と霊性の形成に寄与した。ベーダ・ヴェネラビリス。— 175
ペトル(ツェティニェの聖ペトル) 1747~1830年
モンテネグロの主教、成聖者、政治指導者。ツェティニェ修道院を拠点に部族間抗争を調停し、信仰と民族意識を育てた守護聖人として崇敬されている。— 115
ま
マカリイ(師父マカリイ) 4世紀
「聖大マカリイ」として有名なエジプト砂漠の長老。聖大アントニイの弟子。祈りと愛、心の清さを説き、その言葉は『訓話集』『砂漠の師父の言葉』などを通じて正教修道の形成に大きく寄与した。エジプトのマカリオス。— 295
マカリイ(オプチナの聖マカリイ) 1788~1860年
オプチナ修道院の長老、克肖者。多くの信徒や知識人に書簡と対面で慰めと指導を与え、後続の長老たちの系譜の土台を築いた。— 286
マクシム(表信者聖マクシム) 580頃~662年
ビザンティンの神学者。ハリストスに二つの意志があるとする正統教義を擁護して迫害と刑罰を受け、列聖後には「表信者」の尊称を得た。深い三位一体論と属神的解釈学によって正教神学に決定的な影響を与えた。証聖者マクシモス。— 15, 19, 28, 41, 118, 120, 121, 164, 181, 183, 190, 194, 216, 217, 219~220, 221, 227, 228, 231~232, 236, 274, 275, 282, 288, 297
マルコ(苦行者聖マルコ) 5世紀
エジプトまたはパレスチナの克肖者。悔い改め、恵みと自由意志、戒めの意義などについて多くの短論を著し、『フィロカリア』に収められて属神的闘いの実践的教師として重視されている。修行者マルコとも呼ばれる。— 59, 90, 102, 103, 104, 106, 112, 113, 116, 117, 123, 124, 127~128, 129, 139, 140, 143, 150, 162, 165, 167, 169, 173, 177, 178, 204, 224~226, 233, 240, 246, 251, 259, 273, 285, 296
モイセイ(オプチナの聖モイセイ) 1782~1862年
オプチナ修道院を再興した克肖者の一人。長老として共同体を導いた。労働と謙遜、受忍を重んじる生き方をもって、多くの修道士と信徒に模範を示した。— 179
ら
ロマン・メドヴェジ(神品表信者ロマン) 1874~1937年
ロシアの司祭。サンクトペテルブルク神学アカデミー卒、クロンシュタットの聖イオアンの属神的弟子。熱心な牧会によりモスクワで結びつきの深い共同体を築いたが、1931年に信徒らと共に逮捕され、10年間の強制収容刑を宣告された。過酷な環境下で重病を負い、1936年に刑期短縮で釈放された後も各地を転々としながら病床で信徒を励まし続けた。再逮捕寸前の1937年9月8日に永眠。— 85
わ
ワシリイ(聖大ワシリイ) 329頃~379年
カッパドキアのカイサリアの大主教、成聖者。聖金口イオアン、神学者グリゴリイと並ぶ「三成聖者」の一人。修道規則の整備、貧者救済、三位一体論などの神学的・社会的活動を通じて、東方正教会の教義と奉神礼に深い影響を与えた。カイサリアのバシレイオス。— 10, 17, 99, 144, 184, 198
ワルソノフィ(聖大ワルソノフィ) 6世紀
パレスチナにて隠修した克肖者。弟子の預言者イオアンとの『問答集』にその教えが伝えられ、未来や心の状態を見抜く恩寵の賜物を持つ属神的長老として崇敬された。ガザのバルサヌフィオス。— 14, 79, 136, 138, 153, 171, 239
~以上、計 60 名~
コメントする