正教用語集

正教用語集

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調べたい単語を「目次」の項からワンクリックで見つけられます。
『正教会用語集』(長司祭ロマン大川満・長司祭ダヴィド水口優明共著)を参考にしました。

あ

あい 愛 любовь (lyubov’) 「神は愛である」(イオアン一 4 : 8)。「愛」とは、自己ではなく他者を互いに完全に愛し合うことを言う。神は、至聖三者である(父と子と聖神という三つの者が完全な愛をもって一つになっている)ゆえに、「愛」である。その「愛である神」に似せて創造された人間には「愛」する力が与えられている。人間の愛は神に起源をもつ。神の教えは、「神を愛し、人を愛せ」という聖書の言葉に要約される(申命 6 : 5、レビ 19 : 18、マルコ 12 : 28~ 他)。この「愛」とは、親子の愛、男女の愛、友人同士の愛ではなく、相手の最善のために自分の力を尽くす「愛」である。これを「アガペー」と言う。価値のあるものだけを愛するのではなく、愛することによってそれを価値あるものとするのが「アガペー」である(コリンフ前 13章参照)。参考:『聖師父の格言300選』

アカフィスト акафист (akafist) 生神女や聖人等に向けた讃美の祈祷で、とりなしの祈りを願う。ギリシャ語で「座らない」という意。この祈祷の間は座らずに立つという習慣から来たと言われる。交互に唱える 13のイコスと 13のコンダクから構成される。特に生神女マリヤへのアカフィストが有名で、大斎第5週の土曜日(実際には前日の金曜日の晩に)生神女のアカフィストの祈祷が行われる。そこでは、「慶よろこべ」という祈りの文句が何回も繰り返される。

アクシオス аксиос (axios) 「ふさわしい」「適任である」という意味のギリシャ語で、神品機密や昇叙の時に主教が三度高声し、それに聖歌隊や衆人が「アクシオス、アクシオス、アクシオス」と三度応答する。

あくま 悪魔 диавол (diavol) 神に背いた天使のこと。本質的には天使と同じだが、目的が違う。天使は神に従順で人を救いに導くが、悪魔は神に反逆し人を滅びに誘う。ハリストスが「偽りの父」と呼んでいるように、狡猾な嘘で人を神から引き離す。「サタン」(正教会では「サタナ」)とも言う。

あしと 亜使徒 равноапостольный (ravnoapostolny) 聖人の呼称の一つ。「亜」とは「~に次ぐ」「~と同等の」という意味で、十二使徒と同じように福音を伝道することに卓越した働きをした聖人。日本の大主教ニコライは、1970年に亜使徒として列聖されている。

アダム Адам (Аdam) 最初に創造された人間のこと。ヘブライ語で、「赤土」という意味から派生している。狭義には、固有名詞として意味づけられるが、広義には、人類全体を指す。禁断の実を食べて罪を犯したアダムは「古きアダム」「第一のアダム」と呼ばれ、人類を罪と死から救うハリストスのことは「新しきアダム」「第二のアダム」と呼ばれる。

アナトリイ Анатолий (Anatoly) 八調経や五旬経などに出てくるスティヒラなどの祈祷文を作った人物の名前。「アナトリイ」とはギリシャ語で「日の出」や「東」を意味するので、「東」という漢字が当てられることも。普通、4世紀後半から5世紀のコンスタンチノープルの総主教アナトリイのこととされるが、一説には、8~9世紀のコンスタンチノープルのストゥディオ修道院のアナトリイであるとも言われている。

アナフェマ анафема (anafema)  「呪い」の意で、教会法等では破門の意味で使用される。大斎の第1主日(正教勝利の主日)、主教座聖堂では、各種の異端者に対してアナフェマを宣告する儀礼が行われる。アナテマ。

アナフォラ анафора (anafora) 「献げる」という意味のギリシャ語で、聖体礼儀の中の最重要部分。信経の後から「常に福い」までの間で、聖変化が含まれる。

画像4 - 正教用語集アナロイ(経案) аналой (analoy) イコンや祈祷書等を載せたりするために使用される台。普通は木製で、上部が斜めになっており、布のカバーが被せられる。ギリシャ語「アナロギオン」は、「アナ(上へ)」「ロギオン(読む、言葉)」という意味。祈祷書では「経案」という漢字に「アナロギイ」とルビがふってある。

アマリク амалик (amalik) ヘブライ語で、「谷の住民」の意。ユダの南方に当たるエジプトとエドムの間に住む民。イスラエルの民がエジプトから出た時、レピデムの谷で攻撃したので、神はこの民と戦うようにモイセイに命じた。モイセイが、アマリクとの戦いの時に手を挙げた姿勢は、十字架の預象とされる。

アミン аминь (amin’) ヘブライ語で、「そうである」とか「そうでありたい」の意。今、語られたことを自己のものとして採用する目的で使われる。もともとは「固める」「信じる」という意味の「アーマン」から派生した語。信仰の確認のために用いられる。ハリストスが言われた「よくよくあなたがたに言っておく」〈誠に誠に爾等に告ぐ〉(イオアン1:51他)の「よくよく」の原語は「アミン、アミン」であり、祈祷の中でも「アミン」を重ねることがあるが、これは語意を強めるためである。

画像69 - 正教用語集アムウォン(昇壇) амвон (amvon) ギリシャ語で、「昇る」「昇天」の意。「高處」「昇壇」とも訳される。もともとは聖堂内の中央に設置された階段付の高段で、輔祭が連祷などを行う場所として設置された。今ではイコノスタスの前の高くなった部分(2~3段の階段の上に設けられた半円形のステージ)をさす。聖職者が説教を行う時などここに立つ。

アルトス артос (artos) 復活大祭の初日に成聖されるパン。表面にはキリストの復活の像が刻印されている。王門の脇に飾られ、一週間後(光明週間の土曜日、または聖使徒フォマの主日)には信徒に配られる。

あんしゅれい 按手礼 хиротония (hirotoniya) ⇒じょせい(しき)

アンティドル(代聖錫) антидор (antidor) ギリシャ語で、「主の御聖体に代わる物」の意。聖体礼儀後の十字架接吻の時にいただく聖パンのこと。聖体機密として使用されるパンを切り取った残りの部分が細かく切り分けられ、分与される。

アンティフォン(倡和詞) антифон (antifon) ギリシャ語で、「替わる替わるの声」の意。複数の聖歌隊が交互に歌う歌唱法。聖体礼儀には、最初の大連祷から小聖入までの間に三つの倡和詞があり、それぞれ第一、第二、第三アンティフォンと呼ばれる。

画像18 - 正教用語集アンティミンス(代案) антиминс (antimins) ギリシャ語で、「宝座の代わり」の意。漢字表記「代案」の「案」は、「机」「台」という意味。宝座の中央に安置されている。金色の絹布には主の寝りの聖像、その四隅には四人の福音記者像が描かれており、布の中心には聖人の不朽体の一部が納められている。これは、昔、聖致命者の棺の上で聖体礼儀が行われたことに由来し、致命者たちが命がけで守った信仰の上に教会の最も重要な機密が行われていることを表わしている。聖体機密は、必ずアンティミンスの上で執行する。

 い

イイスス・ハリストス Иисус Христос (Iisus Hristos) 正教会の「イエス・キリスト」の呼称。ギリシャ語、ロシア語の発音による。「イイスス」とは人の名前で、ヘブライ語では「ヨシュア」と言い、「救う者」という意味を持つ。「イイスス・ハリストス」と言うだけで、「イイススというお方が実はハリストスであった」という信仰を表明していることになる。

イイススの祈り Иисусова молитва (Iisusova molitva) 「主、イイスス・ハリストス、神の子よ、我、罪人を憐れみ給え」という短い祈りを何回も繰り返して祈る祈り。絶え間なく祈るための祈りでもある。これを最も短くしたものが「主、憐れめよ」であり、いつでも、とこでも、何度でも祈ることができる。ただし、イイススの祈りを体系的に祈る時は、姿勢や息づかいなど注意が必要であるため指導者を要する。

いくとせも(幾歳も)Многая лета (Mnogaya leta)「神の恩寵がいつまでも永くありますように」という意味で歌われる聖歌。普通、三回繰り返される。スラヴ語では「ムノーガヤ・レータ」。奉神礼の時だけでなく、会食の場などで歌われることもある。

イコス(同讃詞) икос (ikos) コンダクとセットになっている短い祈祷。前のコンダクと同じような言葉使いやフレーズが用いられているのが特徴。「イコス」はギリシャ語で「家」「家庭」の意。

いきょうと 異教徒 язычник (yazychnik) キリスト教以外の宗教の信徒。

画像17 - 正教用語集イコノスタス(聖障) иконостас (ikonostas) 聖堂内の至聖所と聖所を区切るイコンの壁のこと。「天門」「南門」「北門」とよばれる出入口を備えている。各種イコンが数段にわたってはめ込まれ、そのイコンの配列には伝統的な順序がある。

イコン(聖像) икона (ikona) イイスス・ハリストス、生神女、聖人たちの姿、聖書の出来事等を色と線で表したもの。おもに一枚板に描かれたものを指すが、その他フレスコ画、モザイクなど正教会で用いられる美術一般を「イコン」と言う時もある。祈りの際、目に見えない天上の世界に心を向けるために用いる。

イスポラ исполла (ispolla) 主教が礼拝を行う場合、主教の壮健長寿を願って歌う短い聖歌。「イスポラ・エティ・デスポタ」(主教よ、幾年も!)と、ギリシャ語で歌われる。

イズライリ Израиль (Izrail’) イアコフが天使と相撲をとって勝ったことにより与えられた名前(創世記 32 : 28)。のち彼の子孫たちの呼び名となり、旧約時代の神の民の名称となった。一般では「イスラエル」。新しい神の民であるハリスティアニンをも含意する。

画像2 1 - 正教用語集イッソプ(イソプ) иссоп (issop) ヘブライ語では「エーゾブ」と言い、「輝く」もしくは「毛深い」という意味をもった、香気ある草。旧約では水や血や油などを降り注いて浄める儀式に用いられた。今では、聖水を振りかけるために用いる長い刷毛のような形をした器具の呼び名となっている。これは正式には「灌帚かんそう」というが、実際にこの用語を用いることは少ない。

いとたかき(至いと高たかき) Вышний (Vyshniy) 絶対的な価値を言い表す言葉で、「神の国」もしくは「天上界」、ひいては「神」そのものを表わす。聖歌では「至と高きには光栄神に帰し…」とか「至と高きにオサンナ…」など、聖書を元にした言葉として出てくる。

イパコイ(応答歌) ипакои (ipakoi) ギリシャ語で、「耳を傾ける」とか「聞く」といった意で、主日やいくつかの大祭の早課の中で歌われる短い聖歌。復活祭においては、早課だけでなく、時課や聖体礼儀の中でも歌われる。

いほうじん 異邦人 язычник (yazychnik) 旧約時代の神の民(イズライリ)から見た、異国人のこと。「真実の神を知らぬ人々」という意味合いをもつ。

イルモス(連接歌) ирмос (irmos) ギリシャ語で、「関係」とか「結びつけられたもの」もしくは「連なる」といった意で、早課のカノンの各歌頌の第一節(最初の歌)の呼び名。この聖歌がカノン全体と深い関りをもっていることから、この名称がある。すなわちイルモスにつづく祈祷文は、リズム(音節)が前のイルモスと同じに作られていて、同じメロディで歌うことが出来るという特徴を持つ(ただしこれはギリシャ語原文においてのみの特徴)。旧約聖書のエピソードを題材としていることが多い。→カノン 連接歌集

いんし 隠士 отшельник (otschel’nik) 聖人の呼称の一つ。世を遠く離れ、山野に隠遁して祈祷や斎を行う人々。

 う

うえよりのひがし 上よりの東 Восток свыше (Vastok svyshe) 降誕祭のトロパリの中に出てくるフレーズ。出典はルカ 1 : 78 にあるザハリアの言葉「東旭あさひは上より我等に臨めり」。「東」も「朝日」も原語は同じ「アナトリイ」。実際の朝日は下から昇ってくるが、降誕した真実の太陽であるハリストスは、「上より」すなわち天より降ってきて、人々に神の光をもたらす「朝日(東)」である。

ヴェリチャーニエ(讃歌) Величание (Velichanie) ロシア系の教会の伝統で、大祭や聖人の祭の早課において、ポリエレイの後に歌われる聖歌。この時に全堂炉儀が行われ、炉儀終了まで繰り返して歌う。聖歌隊が歌う前に神品達が歌うこともある。冒頭に「ヴェリチャーエム(讃揚せん)」という語句がある。漢字では「讃揚歌」とも書く。

うとう 右盗 благоразумный разбойник (blagorazumnyj razboinik) ハリストスと共に十字架に架けられた盗賊のうち、ハリストスを信じて天国に行った男のこと。聖書にはその位置は明記されていないが、聖伝ではハリストスの右手側にいたとされている。

 え

えいえんのきおく 永遠の記憶 вечная память (vechnaya pamyat’) 永遠の神に永遠に記憶されることを願う祈り。パニヒダや埋葬式の時に祈るだけでなく、墓碑にこの言葉を刻む人も多い。神に記憶されることこそが天国での永遠の生命である。主と共に十字架にかかり誰よりも先に天国に入った右盗が欲したのは、「記憶」だった(ルカ 23 : 42~)。

画像71 - 正教用語集えいかん 栄冠 венец, венчик 永眠した信徒の頭(額)に巻かれる紙のことで、「デイシス」のイコンが施される。また聖三祝文の祈りの言葉も書き込まれるが、これに関してテサロニケのシメオンという聖師父は、「永眠者は、至聖三者の神の僕である。至聖三者を信じる信仰のうちに永眠し、至聖三者へ向かう途中にある。天においては、神に聖三祝文を歌いつづける天使と共に数えられるだろう」と教えている。聖書では、自分を神にゆだね、神に従う者たちは「しぼむことのない栄冠」を受け(ペトル一 5 : 4)、信仰をもって人生という道を走りぬいた正教徒は競技者のようにそのゴールで栄光の冠をいただき(テモテ二 2 : 5、4 : 8)、悪魔の誘惑や患難に遭っても「死に至るまで忠実」であった者たちは、神から「命の冠」をいただく(黙示 2 : 10)。「栄冠」は、死をもって死を亡ぼしたハリストスを信じた永眠者は病や死に負けたのではなく、勝利したことをしている。なお、栄冠を永眠者に用いる習慣はスラブ系の正教会のみであり、ギリシャなどにはない。

えいざいのしゅ 永在の主 Пресущественный, превечный Бог 全く如何なる変化もなく、永遠に存在し続ける、不変不易の神のこと。降誕祭のコンダクでは「永在の主」「永久の神」と言い表されている。

えいたい 詠隊 лик (lik) 聖歌隊のこと。祈祷書には、注書きで「司祭」「輔祭」「詠隊」など、その祈りを誰が唱えるのか明示されており、ギリシャ語で「オ コロス」とあるその注が「詠隊」と訳されている。「コロス」は古典ギシリャ語では「踊り」「舞踏」を意味していたが、後に「コーラス」「聖歌(隊)」という意味になった。

えいち 睿智 премудрость (premudrost’) ギリシャ語では「ソフィア」。「至高の知恵」「計り知れない知恵」「神を知る知恵」を意味する。「睿智、粛つつしみて立て」とは、「尊敬と敬虔と注意深さをもって、神の前に正しく立ちなさい」という意味。

えいていどうじょ 永貞童女 Приснодева (Prisnodeva) 生神女マリヤのこと。彼女はハリストスを生む前も、生んだ時も、生んだ後も、生涯、童貞を守ったことから、このように呼ばれている。

えいみん 永眠 упокоение (upokoenie) 「死」を意味する言葉。「永」は、「永遠に」という意味ではなく、単に毎日の就寝と区別するための便宜的な表現。死者は目を閉じ、動かず、眠っているように見える。しかしそんな死者の肉体の状態を指すというよりも、「やがて起きる」という意味が「永眠」には含まれている。「死」を「眠り」にしたのはハリストスの復活である。人はハリストスの復活の故に、この世の終わりに再び復活の命を得る。その「復活」への希望が「永眠」という言葉で表されている。

えきしゃ 役者 служитель (sluzhitel’) 「役」には「つとめる」「働く」という意味があるため、正教会では、人のため或いは神のために仕え、つとめ、働く人を「役者」と言う。おもに「イピレティス」または「ディアコノス」の訳語。両方とも、助手、下役、家来、しもべという意味。天使も聖人も聖職者も信者一人一人も神のしもべであり、神の役者である。

エギペトのマリヤの主日しゅじつ Неделя Марии Египетской 大斎の第五主日のこと。エギペト(エジプト)のマリヤを記憶する。彼女は、エジプトでの淫蕩の生活をしていたが、エルサレムで目に見えない力によって聖堂に入ることが出来ないという体験をし、悔改めてヨルダンの砂漠で人知れず 47年もの間、隠遁修道を極めた。死の直前にゾシマ神父と出会い、最期に御聖体を領聖した。エギペトのマリヤは悔い改めの一つの典型的な模範である。

エクサポスティラリイ(差遣詞) эксапостиларий (eksapostilariy) 主日早課のカノンの後で唱えられる祈祷。主日早課の復活の 11の福音と同じく、11のサイクルを持つ。普段は略されることが多いが、復活大祭では必ず歌われる。「エクサポスティラリイ」とはギリシャ語で、「遣わす」「送る」「退出させる」という意味。

エドム Едом 死海から紅海の東アカバ湾にまでおよぶ国。エドム人はイアコフの兄エサウの子孫で、歴史上イズライリの敵国とされた。

エピクレーシス эпиклеза, эпиклесис 「呼び求める」という意味のギリシャ語で、聖体礼儀おいて神・聖神を呼び求めてパンとぶどう酒がハリストスの尊体尊血に聖変化するように求める祈り。⇒アナフォラ

画像5 - 正教用語集エピタラヒリ(領帯) епитрахиль (epitrahil’) 司祭が着用する祭服の一部。ギリシャ語で「首の上(から垂らす)」という意味。前掛けのように首からかける細長い布で、神の恩寵が司祭に豊かに臨んでいることを表わす。これなしでは公の奉神礼の執行はできない。聖体礼儀において着用する時には、第 132聖詠から取られた「神は崇め讃めらる、けだし彼はその恩寵をその司祭に流すこと、芳しき膏が首にありて、髯すなわちアーロンの髯に流れ、その衣の裾に流るるがごとし」という祈祷文を唱える。

エフレムの祝文 Молитва Ефрема Сирина 大斎の時期に伏拝と共に唱えられる痛悔の祈祷文。シリアの聖エフレム(4世紀)の作とされる。通常、二回繰り返されるが、その間に「神よ、我、罪人を浄め給え」という祈りが挿入される。排除すべき罪と育てるべき徳を列挙して祈り、自己の罪を認めて他人を批判しない心をいただけるよう主神に願い求める。

エムマヌイル Эммануил ヘブライ語で、「神は我等と共に」という意。預言者イサイヤが救世主の誕生を預言した中で使用され(イサイヤ 7 : 10~16)、これがイイスス・ハリストスの降誕において成就した(マトフェイ 1 : 22~23)。すなわち神が人となったお方であるハリストスを指す。

エワ  Ева アダムの脇骨から作られた人類最初の女性。一般では「イブ」「エバ」と言う。ヘブライ語では「ハヴァ」といい「生命」という意味をもつ。不従順によって罪を生じさせたエワ(第一のエワ)に対して、生神女マリヤを、その従順さによってハリストスを生み救いをもたらしたことから第二のエワと呼ぶ。

 お

おいめ 債 долг 「負債」の意。自分の至らなさのゆえに、物質的・精神的に神や隣人に負担をかけていること。すなわち「罪」を意味する。天主経では「我らに債おいめあるものを我ら免すがごとく、我らの債を免し給え」と祈る。

おうみつ 奥密 тайна ギリシャ語「ミスティコス」の訳語で「神秘的」という意味。この世を越えた神の力をいただくこと。

画像72 - 正教用語集おうもん 王門 Царские врата (tsarskie vrata) イコノスタスの中央にあり、至聖所からソレヤに通ずる門。王たるハリストスが見えずしてこの門を通ることから「王門」と呼ばれる。普通、生神女福音(聖母の受胎告知)の場面と四福音記者の聖像が描かれる。聖職者が礼拝を行うときに限り、出入することが許される。「天門」とも言う。⇒天門

おおものいみ 大斎 Великий пост (Velikiy post)  復活祭の前の準備期間で、特別に力を入れてとりくむ斎なので「大」がつく。40日間のため「四旬斎」とも言う。平日には、先備聖体礼儀など特別な祈祷が行われる。大斎期には、肉類や魚類や乾酪類などを断って節制するだけでなく、娯楽なども控えることが奨励される。大斎初週奉事式略

おおものいみじゅんびしゅうかん 大斎準備週間 大斎に入る前の期間のこと。4つの主日、すなわち「税吏とファリセイの主日」「蕩子の主日」「断肉の主日」「乾酪の主日」を持つ。三歌斎経によると、特に「乾酪の主日」を迎える前の週は「乾酪週」と呼ばれ、大斎の予行のような奉神礼が定められている。

オサンナ осанна 第117 聖詠(118 詩編)の中にある言葉。ヘブライ語で「ホシアー・ナー」といい、「何とぞ、救い給え」という意味。これがギリシャ語に音訳されて「オサンナ」となった。イイススがエルサレムに入られた時、民衆は、木の枝を手に持って「ダヴィドの子にオサンナ、主の名によって来る者は祝福せらる。至と高きにオサンナ」(マトフェイ 21 : 9)と歌った。新約時代のユダヤ人が救世主歓迎の歌として使用したものと言われる。この歌が、聖体礼儀中の聖歌に用いられている。口語訳聖書では「ホサナ」。

おだやかなるひかり 穏やかなる光 Свете Тихий 晩課の聖入の時に歌われる聖歌で、日本語では「聖にして福たる」で始まるが、原語では「フォス・イラロン(穏やかなる光)」で始まるため、このタイトルがついている。「イエルサリムの総主教聖ソフロニイの祝文」とも呼ばれる。この聖歌は、昼間の太陽は直視できないが夕日となって降りてきた時には穏やかなる光として見ることができるように、神がへりくだって人となったイイスス・ハリストスをとおして、至聖三者の神を知ることができるようになった、という意味をもつ。人類への愛に満ちた主の姿を的確に捉えた言葉である。

おだやかなるみなと 穏やかなる港 тихое пристанище 早課のカノンの第6調の第6イルモス、もしくは埋葬式のカノンの第6イルモス「誘いの嵐にて」の聖歌の中に出てくる言葉。人生を航海に譬えており、終着地としての港は、われわれが目指すべき「神の国」、もしくは「イイスス・ハリストス」ご自身を意味する。

画像6 - 正教用語集おび 帯 пояс 司祭や主教の祭服の一部。旧約時代から重要な事を行う時には、腰に帯を締めていた。帯を身に着ける時には「神は崇め讃めらる、けだし彼は力を持って我に束ね、わが為に正しき路を備う。わが足を鹿のごとくにし、我を高き所に立たしむ。」という第17聖詠(詩篇18)の聖句を唱える。

画像13 1 - 正教用語集オモフォル(肩衣) омофор (omofor) 主教祭服の一部。大オモフォル(首を巻き、一方の端が胸に、他方の端が背中に垂れる長い帯状の布)と、小オモフォル(両方の端が胸に垂れて一つに合わせられたもの)がある。司祭のエピタラヒリと同様、主教に神の恩寵が豊かに臨んでいることを象る。また、善き牧者として、一匹の迷える子羊(信者)を捜して見つけ出し、肩に携え、熱心に護る姿を象る。ギリシャ語「オモフォリオン」は「肩に担ぐ」を意味する。

画像14 1 - 正教用語集オラリ(大帯) орарь (orar’) 輔祭、副輔祭の祭服の一部。長く細い帯状の布で、輔祭に神の恩寵が豊かに臨んでいることを象る。輔祭は、オラリを左肩に掛け、しばしばその端を右手でもって上に挙げて発声したり、これをタスキ掛けのように十字形に身にまとい、宝座の周りで主教に仕えたりするが、これらは神の前で使える天使の姿を象る。ギリシャ語「オラリオン」の語源は「祈る」を意味するラテン語「オランド」にあると言われる。副輔祭は、十字形に着用する。

画像8 - 正教用語集オルレツ(鷲氈) орлец (orlets) 町の上空を飛ぶ鷲の姿が描かれた円形の敷物で、主教が用いる。これは、主教職が、鷲(高貴な鳥と見なされている)の如く高尚な職務であること、人々にとって善にして敬虔なる生活の模範であることを象る。「オルレツ」はロシア語で「鷲」の意。鷲は主教、町々は正教信徒の居住地を示し、主教が教会を管理し守っていることを象る。主教の権威のしるしの一つ。

おんすい 温水 теплота (teplota) 聖体礼儀の際、聖職者が領聖以前に聖爵の中に入れるお湯。また、信徒が領聖後に飲む「口すすぎ」(普通、お湯に少量の葡萄酒を加えたもの)の意にも用いられる。

おんし 恩賜 дар ギリシャ語「カリスマ」の訳語。神の恵み(カリス)が具体的な力になって現れることを指す(コリンフ前 12章参照)。また洗礼機密に続けて行われる傅膏機密において聖膏を体に塗る時、その人に聖神゜の賜物が降ることを宣言するたるに「聖神゜の恩賜の印」と唱えられる。

おんじゅう 温柔 кротость 「柔和」に相当する正教用語。参考:『聖師父の格言300選』

おんちょう 恩寵 благодать かぎりなき神の恵みのこと。この恵みが不徳の者に与えられる時は「恩寵」(マトフェイ 11 : 35、エフェス 2 : 5)、患難に遭う者の扶助として示される時は「憐れみ」(ルカ 1 : 72, 78、コリンフ後 1 : 3)、罪人の悔い改めを期待して罰を猶予される時は「恒忍ごうにん=常に変わりない愛をもって忍耐する」、その罰を軽減する時は「慈悲」(ロマ 11 : 22)などと形容される。

か

かいじゅう 海絨 губка 海綿の古い言い方。アンティミンスの中に平たく加工された海綿があり、聖パンの欠片を集めたり、拭ったりするために使用される。また、奉献礼儀の時に使用される海綿や、傅膏機密において塗られた聖膏を拭い取る時に使う海綿などもある。

かいしゅうさい 会聚祭 собор (праздник) ある聖人もしくは聖人たちを記念する特別な祭で、その聖人と関わり深い祭の翌日などに祝われる。ギリシャ語で「シナクス」(「集まる」という意味)と言い、その聖人の元に人々が集まるという意味。「前駆授洗イオアン会聚祭(1月20日=洗礼祭の翌日)」、「聖神使長ガウリイルの会聚祭(4月8日=生神女福音祭の翌日)」など。

画像9 - 正教用語集がいせんき 凱旋旗 хоругвь (horugvi) 十字行の時に持って歩く特別な旗。主の復活という死に対する勝利(凱旋)を祝う意味がある。布製で、長い棒の先に取り付けられる。旗は対になっており、主にハリストスと生神女マリヤのイコンなど、それぞれにイコンが貼り付けられる。イコン論争の時代、イコン反対論者が凱旋旗に十字架の図柄しか用いなかったため、それに対抗して凱旋旗にイコンを付けるようになった、と言われている。「聖幡」と表記されることもある。普段は聖所(詠隊席の辺り)の両脇に飾られているが、十字行の際には高く掲げて先頭にして運ぶ。

かいていしゃイオアンのしゅじつ 階梯者イオアンの主日 Неделя преп. Иоанна Лествичника 大斎第四主日のこと。6~7世紀のシナイ山の修道院長であった階梯者イオアンを記憶する。イオアンは『天国への梯子』という著名な書を書いたため「階梯者」と呼ばれる。『天国への梯子』は、修道士に向けて30段の梯子を登るよう、いかに修道を深めるべきか記されている。

ガウリイル Гавриил 一般では「ガブリエル」。ヘブライ語で「神の勇士」の意。神使長(大天使)の一人。ガウリイルは、預言者ダニイル(ダニイル 8 : 16、9 : 21)へ遣わされ、祭司長ザハリヤ(ルカ 1 : 11~25)と生神女マリヤ(ルカ 1 : 26~38)へも遣わされた。人類の救いに関する御旨を忠実に遂行する役割を担う。

がか 雅歌 Песнь песней (Pesn’ pesney) 旧約聖書の一書。聖書の中でも詩情溢れるもので、花婿と花嫁の愛の歌によって、イスラエル民(教会)に対する神の愛が描かれている。

がくし 学士 книжник ギリシャ語「グラマティウス」の訳語で、一般では「律法学者」。もともとはバビロン捕囚後のユダヤ教において書記官を務めた人を指したが、後に律法を始めとする聖書全体の学習、解釈、教授を行った人々を意味するようになった。ファリセイ派に属しており、ハリストスから厳しい批判を受けている。

かしょう 歌頌 песнь (p’esn’) 聖書に由来する歌で、カノンの九つの区分のこと。→カノン

カタワシヤ(共頌) катавасия (katavasiya) もともと早課のカノンの各歌頌の締めくくりとして歌われる聖歌。最初のイルモスと同じ歌をカタワシヤにすることもある。ギリシャ語で「カタワシヤ」とは「降りてくる」という意味で、ビザンチン時代、両聖歌隊が降りてきて聖堂の中央に集まってこの聖歌を「共に歌頌」したことに由来する。カタワシヤは幾種類もあるが、日本では、生神女マリヤをテーマにしたカタワシヤを聖体礼儀の神品領聖時に歌う習慣がある。

カノン(規程) канон (kanon) 主に旧約聖書にある歌を元にして、神、救世主、生神女マリヤ、諸聖人たちを讃美するために、巧みに作られた聖歌。カノンは九つの歌頌からなり、各歌頌は「イルモス」で始まり、その後に「讃詞トロパリ」がつづく。「カノン」とは「規定」「物差し」「順序」という意味のギリシャ語。第一歌頌から第九歌頌にはそれぞれの主題が「決められている」ためにこの呼称がある。祈祷書では「規程」という漢字が当てられている。各歌頌の主題は以下のとおり。

 第一歌頌 紅海の奇跡の歌(出エジプト 15 : 1~)
 第二歌頌 モイセイの歌(申命記 32 : 1~)※第二歌唱は大斎期のカノンにのみある
 第三歌頌 アンナの歌(サムエル記上 2 : 1~)
 第四歌頌 アワクムの歌(アワクム 3 : 1~)
 第五歌頌 イサイヤの歌(イサイヤ 26 : 9~)
 第六歌頌 イオナの歌(イオナ 2 : 1~)
 第七歌頌 三人の少者の歌(ダニイル 3 : 36~)
 第八歌頌 三人の少者の歌(ダニイル 3 : 57~)
 第九歌頌 生神女マリヤの歌(ルカ 1 : 46~)/ザハリアの歌(ルカ 1 : 68~)

なお、教会法や規則も「カノン」と呼ばれる。

カフィズマ(坐誦経) кафизма (kafizma) 150編の聖詠(詩編)を20組に分割したもの。『聖詠経』にあるとおり、第1カフィズマから第20カフィズマまである。各カフィズマは三段に区分され、各段毎に光栄讃詞が挿入される。ギリシャ語で「カフィズマ」は「座る」の意。これが誦経される時、参祷者は座って聞くことが許されることに由来する。

かみのこひつじ 神の羔 Агнец Божий イイスス・ハリストスのこと。旧約時代、イスラエル人は動物犠牲として無傷の子羊を神に捧げたが(出エジプト 28 : 38~、他)、これは罪の贖いとして十字架にかかった主イイスス・ハリストスの預象であった。前駆イオアンがハリストスを指して言った言葉でもあり(イオアン 1 : 29)、聖体礼儀において、御聖体となるパンのことも「羔こひつじ」と呼ばれる。→こひつじ

かみのたみ 神の民 народ Божий 「神によって選ばれた民」とか「救いにあずかった者」のことで、旧約ではイスラエルの民を、新約ではハリスティアニンを意味する。

かみびと 神人 Богочеловек 「全き神」であり、かつ「全き人」であるイイスス・ハリストスのこと。神性と人性を一体にした唯一の存在。

画像15 - 正教用語集カミラフカ камилавка (kamilavka) 聖職者、修道士のかぶる円筒形の帽子。ロシア系の正教会とギリシャ系の正教会では若干形が異なる。ギリシャ語「カミラフキオン」は、「駱駝」と「首筋」という語源を持ち、もともと駱駝の皮で作った後ろの首筋まで伸びた被り物だったことに由来すると言われる。意味としては謙遜を表わす。紫の礼拝用カミラフカは、輔祭及び司祭に褒賞として授与される。黒のカミラフカはリャサ修道士の服の一部、また修道輔祭の祭服の一部である。

かみをおそれるこころ 神を畏れる心 страх Божий 罪でもって神の愛を傷つけたくないという畏れ。畏怖心。「徳の始めは神を畏れる心なり」と言われている(聖イサアク『修行訓話』冒頭)。参考:『聖師父の格言300選』

かんし 冠詞 краегранесие (канона) いくつかのカノンの中で、讃詞の一つ一つの冒頭のギリシャ語のアルファベットを縦に読んでいくと意味のある文章になるように作られる手法、またはその文。たとえば、降誕祭のカノンでは「冠詞は『ハリストスは人と為りて、依然として神なり』」とあるが、訳文ではその手法は見えない。ギリシャ語「アクロスティヒス(最上部の語句)」の訳。

かんしゃきとう 感謝祈祷 благодарственный молебен 感謝を献げる祈祷。→モレーベン

がんそ 元祖 праотцы 人類の元祖、アダムとエワのこと。

かんもくしゃ 緘黙者 безмолвник (bezmolvnik) 聖人の呼称の一つ。言葉を深く慎み、人と全く言葉を交わさない修道を極めた。

かんゆう 寛宥 прощение 神の寛大さによって罪が赦されること。晩課や早課の重連祷の中で「…眷顧・寛宥、及び諸罪の赦を賜わんがために祈る」と唱えられる。

かんらくのしゅじつ 乾酪の主日 Неделя сыропустная 大斎準備週間中の第四番目の主日。この日を境に乾酪類の斎を始めるため、この名称で呼ばれる(「断酪の主日」という記載もある)。前晩に行われる徹夜祷は、「アダムの放逐」と呼ばれるテーマを持っており、罪を犯して楽園から出ていったアダムの嘆きと楽園へ回帰する希望を自分のこととして祈る。この日の聖体礼儀の福音はマトフェイ 6 : 14-21 で、主から教わった斎の心得とともに罪の赦し合いを学ぶ。また、特別な主日の晩課が行われ、祈祷の途中で、聖堂内のアナロイや台などの覆いを黒色に模様替えし、大斎の開始を見える形で告げる。晩課の終わった後、参祷者は互いに罪の赦し合いを行う。これを「赦罪の晩課」と呼ぶ。

かんく 管区 благочиние (blagochinie) 地域ごとにまとめられた幾つかの教会。主教区より小さい単位で、各主教区は幾つかの管区から構成される。

かんくちょう 管区長 благочинный (blagochinniy) 管区内の各教会の活動を総轄し監査する司祭。それぞれの主教区の主教によって任命される。

 き

きおく 記憶 поминовение, память (pominovenie, pamyat’) 聖体礼儀の際、それぞれの人のために聖パンから小片を切り取って祈ること。故人の冥福を祈り、追善供養すること。また、それぞれの祭日にまつわる聖書物語の場面、聖人などを記念すること。

ぎじん 義人 праведник 義人には二つの意義がある。まず、心においても行いにおいても神の教え(御言葉や律法)に正しく従った人のこと。聖人で「義人」と呼ばれる人たちのこと。もう一つは、罪は犯したが、神の憐れみによって無罪とされた人のことである。聖書に「義人はいない、ひとりもいない」(ロマ 3 : 10)とあるが、ハリストスが罪を贖ってくださったために、ハリストスを信じる者の罪は赦されて義とされた(ロマ 10 : 5)ということである。

ぎする 議する судить (マトフェイ 7 : 1) 人をさばくこと。「議」という漢字には「(論じ合って)是非を決める」「批判する」という意味がある。他人に対して良し悪しを言い、そう決めつけてしまうのは、避けるべき罪深い心である。

きせき 奇蹟 чудо 万物を創造し統治する全知全能の神が、その権威と能力をこの世に示す聖なる証(印)のこと。→休徴(きゅうちょう)

きせきしゃ 奇蹟者 чудотворец 聖人の呼称の一つ。神の権威とその絶大なる能力を目に見える形・印をもって自らの高徳な生活を通して人々に示した者。

きたれ 来れ Приидите (поклонимся) 聖体礼儀の小聖入で「来れ、ハリストスの前に伏し拝まん」と歌われる聖歌、もしくは時課などで聖詠が読まれる前に「来れ、我等の王神に叩拝せん…」と唱えられる祈祷。第94聖詠の「来たれ叩拝俯伏して、主わが造物主の顔の前に膝を屈めん」が元にある。聖歌者もしくは誦経者が信徒に「ここに来なさい(そして共に祈ろう)」と呼びかけている。

きてい 規程 канон (kanon) ⇒カノン

キノニク киноник (kinonik) ⇒りょうせいし

ぎのひ 義の日 Солнце Правды マラヒヤの預言書 4 : 2にある言葉で、ハリストスを意味する。降誕祭のトロパリでは「爾、義の日を拝み」と歌われる。このように神は、しばしば光や太陽にたとえられる。

ぎのまつり 義の祭 жертва правды 第50聖詠の結尾にある語句で、神に喜ばれる献げ物のこと。ハリストスがこの聖詠を成就した。すなわち、神に喜ばれる全き献げ物としてご自身を十字架上で献げられたため、ハリストスはまさに「義の祭」なのである。

きみつ 機密 таинство (tainstvo) ギリシャ語「ミステリオン」の訳語で、全ての信徒に神が恩寵を授けるために自ら定められた聖なる奉神礼のこと。見える形をもって見えない神の恩寵を伝える祈りである。広義には正教会の奉神礼はすべて機密的であると言えるが、狭義には「洗礼」「傅膏」「痛悔」「聖体」「婚配」「神品」「聖傅」の七つの機密を指す。機密の執行時には、聖職者とその機密に応じた物(水、油、パンと葡萄酒など)、及び祈祷文が欠かせない。

きみつのばんさん 機密の晩餐 Тайная Вечеря ハリストスが十字架につけられる直前に弟子たちと共にとった晩餐のこと。この食事の中で、ハリストスはパンを取り、祝福して、それを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取りて食らえ、これわが体たい、なんじらのために擘さかるるもの、罪の赦しを得るを致す」と。また、ぶどう酒の入った杯を取り、感謝の祈りを唱えて、弟子たちに与えて言われた。「皆これを飲め、これわれの新約の血、なんじら及び衆おおくの人のために流さるるもの、罪の赦しを得るを致す」と。これにより聖体機密が制定されたため「機密の晩餐」と呼ばれる。一般では「最後の晩餐」と呼ばれるが、ハリストスは復活した後にも弟子たちと夕食をとっているので、「最後の」という言い方には語弊がある。

きゅうせいしゅ 救世主 Спаситель мира イスラエル人が待望してきた「世の救い主」であり、「メシア」(「油つけられし者」という意味をもつ)と呼ばれる。「メシア」をギリシャ語に意訳したものが「ハリストス」である。つまり、イイスス・ハリストスは、人類を罪と死から救う救世主である。

きゅうちょう 休徴 знамение 「しるし」を意味するギリシャ語「セメイオン」の訳語の一つ。「休」には「よろこび」や「さいわい」、「徴」には「きざし」「証拠」という意味があり、一般的に「休徴」とは「めでたいしるし」を意味するが、正教会では神の救いの力の啓示、すなわち「奇蹟」を意味する。

きゅうはい 躬拝 поклон (поясной) 腰を深く曲げて頭をさげ、十字をかいて祈る事。「躬」という漢字には「身を屈する」「かがむ」という意味がある。

きゅうやく 旧約 Ветхий Завет ハリストスが藉身する前の時代、またはその時代に編まれた聖書。ハリストスがたてた新しい契約(新約)に対比して旧い約束(旧約)と呼ばれる。旧約は新約によって成就されたが、新約の土台でもあるがゆえに必要不可欠である。旧約聖書はもともとヘブライ語で書かれたが、正教会では紀元前2世紀ごろにギリシャ語に翻訳された七十人訳聖書のほうを原典とする。

きょうえきしゃ 教役者 церковнослужитель, причетник 「教会に役えきする(=仕える)者」。叙聖された聖職者に限らず、誦経者、堂役など、教会に奉職する全ての者を指す。

きょうかい 教会 Церковь ギリシャ語の「エクレシア」を訳した言葉。「エクレシア」とは、神の御旨と御業を行うために「呼び集められた者たち」という意味。ハリストス神が作られた聖なる共同体であり、教会をとおしてハリストスによって聖神において救われる、と信じることが肝要である。「信経」では、「又信ず、一の聖なる公なる使徒の教会を」と言う。教会が「一つ」と言われるのは、教会を教会たらしめているお方が「一つの神」だから。教会が「聖」であるのは、神が「聖なる」お方だから。つまり、教会に「聖性」を与えているのは神である。教会は「聖なる人々が集まる所」ではなく、「集まった人間が神の聖性にあずかることのできる所」である。「公おおやけ」とはギリシャ語の「カトリック」を訳した言葉で、時間と空間をとおして普遍の真理を持つという意味。「使徒の」という言葉は、ギリシャ語の「アポストリキン」を訳した言葉で、「派遣される」という意味。ハリストスも聖神も神・父からこの世に「遣わされた」お方であり、教会は、第一にこの「使徒的な」ハリストスと聖神のもとに存在していること、第二に、ハリストスはその弟子たちを使徒としてこの世に「遣わし」たがゆえに、正教会はこの「使徒たち」から連綿と継承されてきていること、第三に、教会の目的自体が、この世で神の国を証しするために「遣わされている」ということを意味する。

きょうしょう 共頌 катавасия (katavasiya) ⇒カタワシヤ

きょうしゅう 教衆 клир 副輔祭、誦経者、聖歌隊指揮者など、神品以外で、神に奉事する人々のこと。

きょうどうし 教導師 наставник 増連祷の中に出てくる「正しき教導師」とは、天使(ことに守護天使)のこと。人の霊たましいの真の指導者を指す。

きょうりもんどう 教理問答 катехизис (katehizis) 教会の教えが、質疑応答の形で簡潔に述べられた書物。信徒が習得しなければならない必要最低限の知識がまとめられている。

きんぎょうしゃ 勤行者 подвижник 聖人の呼称の一つ。世事に心を煩わされず、もっぱら神に仕えるために世を避けて祈祷や斎の功を積んだ高徳の人々。

きんこうイオアン 金口イオアン Иоанн Златоуст 紀元後4世紀後半に活躍したコンスタンチノープルの大主教で、その説教の素晴らしさの故に、黄金の口をもった人(金口)と呼ばれた。現在、正教会で行われている主日聖体礼儀の作者とされる。

きんちく 窘逐 гонение ギリシャ語「ディオコー」の訳語で、一般では「迫害」という。「窘」は「くるしむ」「ゆきづまる」、「逐」は「追い払う」「追いかける」「かりたてる」「しりぞける」「求める」という意味。「ディオコー」にも「追い出す」「追い求める」という意味があるので、より原語に近いニュアンスを持っている。

 く

く 句 стих スティヒラやポロキメンなどに挿入される短いフレーズ。そのほとんどは聖詠から取られいる。

画像22 1 - 正教用語集クーポル(穹窿) купол 聖堂に取り付けられる丸みを帯びた屋根のことで、「オニオンドーム」とも呼ばれる。「クーポル」の語源はラテン語で「小さな樽」を意味していた。「穹窿」という漢字が当てられることも。正教会ではクーポルは蝋燭の火を象っているとされる。またその数にそれぞれ意味付けがなされる。1個:唯一の主イイスス・ハリストス。2個:イイスス・ハリストスの二性。3個:至聖三者。5個:ハリストスと四福音記者。7個:七件機密もしくは七つの全地公会。9個:天使(の九階級)。13個:ハリストスと十二弟子。

くづけのスティヒラ 挿句の讃頌 Стихиры на стиховне 晩課や早課の終りの部分にある祈り。聖詠から取られた「句」が「挿入される」のが特徴。→スティヒラ

くちたるせい 朽ちたる性 тленное естество 「滅びゆく人の本性」のこと。元祖(アダム、エワ)以来の罪の結果として、人類は霊魂と肉体とに多大な影響を受けた。霊魂においては、神との親交を断たれ、恩寵を失い、与えられた神の像(イコン)を大きく損傷したことによって、無罪の状態を失ったばかりか、善よりも悪に傾く傾向が強まってしまった。肉体においては、疾病、憂慮、衰弱、死にさいなまれるようになった。そのような罪の結果である「朽ちたる性」を新たにしてもらうことが「救い」である。

くにとけんのうとこうえい 国と権能と光栄 Царство, сила и слава 天主経の最後に付加される祈りの中にある言葉。「国」とは神の支配、「権能」とは、神の真の力、「光栄」とは神の威厳を意味しており、父と子と聖神の三位一体の神にのみ帰せられるもの。

くらやみにざする 幽暗に坐する сидящие во тьме マトフェイ 4 : 16 にある言葉で(元はイサイヤ書 9 : 2)、死の力によって支配された「滅び」の世界に埋もれて生きている状態のこと。しかし、そこにハリストスの光が届き、神の威厳(栄光)によって治められる「永遠に輝く世界」がもたらされる。

画像88 - 正教用語集グリゴリイ・パラマのしゅじつ グリゴリイ・パラマの主日 Неделя Григория Паламы 大斎の第二主日のこと。テサロニケの大主教だった聖グリゴリイ・パラマを記憶する。聖グリゴリイは 14世紀頃の人で、絶え間なく祈る「イイススの祈り」によって人は造られざる神の光を見ることができる、と主張した。人は「神の像」を回復していく、という正教の教えを守りぬいた聖人。

くれないのうみ 紅の海 Чермное (Красное) море 「紅の淵」「紅海」とも言う。モイセイに導かれたイスラエルが、エジプト軍の追っ手を逃れて、奇蹟的に渡った海(出エジプト 14~15章)。

クロピーロ кропило (kropilo) 聖職者が信徒に聖水をふりかけるために用いる道具。長い獣毛を束ね、柄をつけた払子。また、聖像、十字架、鐘などを成聖する際に聖水をふりかけるのに用いる。

画像23 - 正教用語集クロブク клобук (klobuk) 修道士がかぶる黒い布付きの円筒帽子。カミラフカにベールが付いている形。布は三つに分かれ、背中に垂れる。また、主教品が礼拝以外の時にかぶる帽子もクロブクと呼ばれる。府主教は十字架付きの白いクロブク、大主教は十字架付きの黒いクロブク、主教は十字架なしの黒いクロブクを使う。

画像89 - 正教用語集クリーチ кулич (kulich) 復活大祭の時に成聖し、お祝いとして食べる円筒形の菓子パン。

くんし 訓詞 Известие учительное (в Служебнике) 聖体礼儀やその他の奉神礼における細かい注意がまとめられたもの。主に司祭に対する注意事項で、奉事経の付録として編集されている。

 け

ケーリヤ келия (keliya) 修道士の住む私室。僧房。庵室。

けいこうじょ 携香女 мироносица (mironositsa)

夜明け前に、ハリストスの墓へ「香料を携えてやって来た女たち」のこと。ハリストスの復活の知らせを最初に受けたのは携香女たちである(マルコ 16 : 1~8、ルカ 24 : 1~12)。復活大祭後第3主日は「聖携香女の主日」と定められている。

画像90 - 正教用語集げいせつさい 迎接祭 Сретение Господне 十二大祭の一つ。イイスス・ハリストスが生後40日目に神殿に捧げられた時、抱神者シメオンらが迎えたことを記憶する祭。2月15日(2月3日)。

けいもうしき 啓蒙式 чин оглашения (chin oglasheniya) これから洗礼を受けようとする者が悪魔を捨て、ハリストス(キリスト)に「配合」(結合)する儀式。昔、啓蒙式を経た者は一定の学びの期間の後で洗礼を受けたが、現在では啓蒙式は洗礼機密と一緒に行われる。

けいもうしゃ 啓蒙者 оглашенный (oglashenniy) (啓蒙式を経て)これから洗礼を受けるための準備(教理の勉強、祈祷への参加等)を進めている人のこと。すでに洗礼を受けた「信徒」と区別され、諸機密を受けることができない。

けいもうじょ 啓蒙所 притвор 聖堂の中で最も入口に近いスペースのことで、その昔、啓蒙者が専らここに立っていたことから名づけられた。

ゲエンナ геенна 地獄を意味する言葉。エルサレムの南にあった「ゲン(谷)・ヒンノム(嘆きの)」から派生。そこで偶像崇拝と(火で焼いた)人身犠牲が行われたことから、地獄の火のイメージが生まれた。正教会訳「新約」では、地獄という漢字に「ゲエンナ」とルビがふられている(マルコ 9 : 43など)。

けだし 蓋 яко ギリシャ語「オティ」、スラブ語「ヤーコ」、ヘブライ語「キー」の訳語で、「なぜなら」「~だから」という意味。「盖」「葢」と表記されたものもある。「けだし」は「推量」「強調」の意味をもつが、この場合は「理由」や「根拠」を強調している。なお、「オティ」「ヤーコ」「キー」はその文頭に位置しており、同じように「蓋、…」と訳されていて、原語の雰囲気が壊されてない。

げっかけい 月課経 Месячная Минея (Mesyachnaya Mineya) 祈祷書の一つ。一年間、毎日、記憶される聖人や諸祭日のための祈祷文が月ごとにまとめられているもの。膨大な量になるため、和訳の全訳は無く、月課経から主要な祭日や聖人の部分だけが「祭日経」としてまとめられている。本来は月毎にまとめられ、少なくとも計12巻からなる。

けんえいさい 顕栄祭 Преображение (Preobrazheniye) イエス・キリストが弟子の前で変容して、神としての光栄を顕した出来事を記憶する祭日。十二大祭の一つで、8月19日に祝われる。主の変容祭とも呼ばれる。→変容祭(へんようさい)

けんこ 眷顧 посещение 「恵むこと」「情けをかけること」の意。晩課や早課の重連祷の中で「…眷顧・寛宥、及び諸罪の赦を賜わんが為に祈る」と唱えられる。

けんぴ 謙卑 смирение 自ら自分を低く謙らせること。身も心も深い所まで下げるような謙遜。正教会訳聖書では聖詠 9 : 38、ロマ 12 : 16などに出てくる。祈祷書でも頻繁に使用される。参考:『聖師父の格言300選』

けんぺい 権柄 сила 「勢い」「力」の意。神の力を意味する言葉の一つで、「すべてを支配する」「自由に力を出す」という意味合いを持つ。その他、天使の九階級の一つを指す。

けんじょう 権杖 жезл (zhezl) 主教、または修道院長の権威の印である細長い杖。頂上には小さな十字架がついている。礼拝用の豪華な権杖と、礼拝以外の時に使うより素朴な権杖とがある。ジェーズル。→ヂェーズル。

 こ

こういせいしょくしゃ 高位聖職者 архиерей (arhierey) 各国正教会、またその中の各主教区を管轄、管理する主教職(総主教、府主教、大主教、主教)のこと。主教品。

こうえい 光栄 слава 善であり美である神に対して用いられる用語。しかし、人でも物でも、善美なるものはすべて、光栄なるものである。つまり、神の限りない栄を表わしたものである。聖書には、繁茂した高価な木を意味する「レバノンの光栄」(イザヤ 35 : 2)という言葉もある。人は皆、その信仰と善行によって神の光栄を表わすべきである(コリンフ前 6 : 20、ペトル前 2 : 12、イオアン 15 : 8)。ヘブライ語では「カーボード」といい、もともと「重たい」と言う意味があるが、神の顕現の時に使用され、その顕現には光を伴っていたため、「光栄」と訳された。ギリシャ語では「ドクサ」といい、もともと「意見」「考え」「教え」という意味があるが、「カーボード」の訳語として使用された。「光栄を神に帰す」というフレーズには、①罪を痛悔する ②感謝する ③讃美する(神を拝む)という意味が込められている。

こうえいさんし 光栄讃詞 Слава 「光栄は父と子と聖神に帰す」で始まる祈り。聖詠経では「光栄は父と子と聖神に帰す、今も何時も世々に、アミン。アリルイヤ、アリルイヤ、アリルイヤ、神よ、光栄は爾に帰す(三次)。主、憐れめよ(三次)。光栄は父と子と聖神に帰す、今も何時も世々に、アミン」という光栄讃詞が段毎に挿入される。→カフィズマ

こうかい 公会 собор (sobor) 教会の運営に関する重要な決定を行うための会議。日本正教会では年に1度行われ、全国各地の教会代表者が出席する。

こうざ 高座 горнее место 至聖所の中央最深部。宝座の真後ろで一段と高くなっている所。

こうしょうしゃ 光照者 просветитель 聖人の呼称の一つ。福音を伝え、暗闇に真の光を投じ、神の祝福に与ることができるように人々を導いた聖人。亜使徒聖ニコライは、そのトロパリの中で「我が国の光照者」と呼ばれている。なお、洗礼の準備をしている啓蒙者のことを「光照に備うる者」といい、新たに洗礼を受けた者のことを「光照せられし(者)」という意味で「光照者」と呼ぶこともある。

こうせい 高声 возглас (vozglas) 司祭または主教が、聖堂に参祷している信徒全員に聞こえるように大きな声で唱える短い祈祷。祈祷書には、連祷などの最後の祈祷文の冒頭に「高声」と書かれている。ギリシャ語では「エクフォニシス」とあり、「音を外に出す」という意味合いをもつ。信徒には聞こえないように唱えていた黙祷の結びに、大きな声で聞こえるように唱えて祈り終えるものが多い。

こうたんさい 降誕祭 Рождество Христово 十二大祭の一つ。イイスス・ハリストスの降誕を祝う祭。降誕という語は、神が降って人となった(藉身)という意味を伝えている。1月7日(12月25日)。

こうはい 叩拝 поклон (poklon) 立ったままで十字を画き、前屈する姿勢。「躬拝」もしくは「小拝」の意味で使われることも。「叩」の字には、「ぬかずく」という意味があり、この姿勢は、神を拝む心、愛、感謝、敬虔、罪の承認、赦罪の祈願などを表わす。

こうめいしゅうかん 光明週間 Светлая седмица 復活大祭後の一週間のこと。復活の光に満たされる週として、復活大祭と同様の喜びに満ちた奉神礼を行う習慣がある。ハリストスの復活によって天堂(エデンの園)の入口が開かれたことを表すため、イコノスタスの王門などの門は開かれたままになっている。

こうようか 光燿歌 светилен 「エクサポスティラリィー」の代わりに大斎の平日の早課の中で歌われる(誦経される)祈祷文で、ギリシャ語では「フォトゴギコン(光に導かれる)」という。「主よ、光を輝かし…」という言葉で始まることに由来する。一調から八調までの種類があり、またその中でも曜日によって言葉を入れ替える部分がある。

画像25 - 正教用語集こうろ 香炉 кадило (kadilo) 香を焚くための器。炭を燃やし、その上に乳香を載せて焚く。香を焚く習慣は旧約時代からの伝統。振り香炉とよばれる鎖のついた香炉は、輔祭、司祭、主教などの神品が用いる。鈴が12個(十二使徒の象徴)ついていて音で注意喚起を行う。その他、置いて使う香炉や、取っ手のある手持ち香炉などもある。

こくしょうしゃ 克肖者 преподобный (prepodobniy) 聖人の呼称の一つ。修道院もしくは荒野でハリストスの戒めを堅く守り、敬虔で卓越した修道士に与えられる称号。「克」とは「よく」「非常に」「とても」という意味で、「肖」とは「似ている」という意味。すなわち「神によく似た」「神の肖(似姿)を得た」という意味である。ロシア正教会ではラドネジの聖セルギイ、サロフの聖セラフィム等が有名。

こくしょうほうしんなるしんぷ 克肖捧神なる神父 преподобные и богоносные отцы 「克肖」であり「捧神」である聖なる神品たちのこと。「捧神」とは、「神を常に心に抱く」という意味。

ごこう 後光 нимб イコンの中で、ハリストスや天使や聖人たちの頭の後ろに描かれる円のこと。英語では「ニムブス」もしくは「ハロ」。正教会としての定まった訳語があるわけでなく、「後光」はより一般的な言葉。その他「光輪」「円光」とも言われる。神の光を反射している神聖さを表す印。これが立体的な輪として頭の上に浮かんでるように描かれ始めたのが、天使の輪の由来。

ここのかさい 九日祭 девятый день 永眠後、九日を数えて永眠者を記憶し祈ること。九という数字は、天使の階級の数を表しており、復活の時には人は「天使のようになる」と言われたことを想起させる(マトフェイ 22 : 30)。

こしゃのしゅじつ 瞽者の主日 Неделя о слепом 五旬節の第六番目の主日。この日の聖体礼儀においてイオアン 9 : 1~38にある瞽者の癒しの福音が読まれる。生まれつき目の見えなかった男(「瞽者」と呼ばれる)が、ハリストスに目に泥を塗ってもらい「シロアムの池に行って洗いなさい」という一言に従ったところ目が見えるようになった。このハリストスとの力と瞽者の行動は私たちの心の目が開かれることを象徴している。

ごじゅんけい 五旬経 Цветная триодь (Tsvetnaya triod’) 祈祷書の一つ。五旬節の期間、すなわち復活祭から五旬祭の間(正確には次の週の衆聖人の主日まで)に使用される。ギリシャ語では「ペンテコスタリオン」。「(三歌)花経」と呼ばれることもある。『五旬経略』

ごじゅんさい 五旬祭 Пятидесятница (Pyatidesyatnitsa) ⇒せいしんこうりんさい

ごじゅんせつ 五旬節 もともとはユダヤ教の祭で、過ぎ越しの祭から50日目に行われていた収穫祭。この日、12使徒たちに聖神が降ったので、正教会では「聖神降臨祭」のことを「五旬祭」と呼び、復活祭から50日の期間を「五旬節」という。

ごじゅんちゅうせつ 五旬中節 Преполовение Пятидесятницы 五旬節の真ん中の週、すなわち「癱者の主日」から「サマリヤの婦の主日」の間のこと。五旬中節の水曜日は、ハリストスが五旬節において「渇く者は我に来りて飲め」と教えたこと(イオアン 7 : 37)が主題となっている。

ごせいたい 御聖体 Святые Тайны, Святые Дары 主イイスス・ハリストスの尊体尊血(「聖体血」ともいう)。聖体礼儀において、聖神の働きによりパンとぶどう酒が聖変化し、ハリストスの体と血に成る。御聖体をいただくことによって、罪のゆるし、永遠の生命、天国、癒し、聖神の恵みが与えられる。

ことば 言 Слово イオアン伝の冒頭にある「太初に言ことば有り」(イオアン 1 : 1)の「言ことば(ロゴス)」は、ハリストスを指す。ロゴスは「言ことば」だけでなく「知恵」「理性」「行動」をも意味し、神・子は、永遠なる存在として、こうした神の属性をもっている。ハリストスは「神言かみことば」とも呼ばれる。

こっかい 告解 исповедь (ispoved’) ⇒つうかいきみつ

コピエ(聖戈) копие (kopie) ⇒聖戈せいか

こひつじ 羔 Агнец (agnets) 聖体礼儀の際、主イイスス・ハリストスの御聖体となるやや大型のパン。ハリストスは「世の罪に荷なう神の羔」(イオアン 1 : 29)であり、旧約時代の犠牲の羔、または過越の祭の羔の成就であることが意味されている。奉献礼儀において供餅(プロスフォラ)から「羔」を切り分ける時にイザヤ書53章の聖句が唱えられることも注目に値する。

ゴルゴファ Голгофа ハリストスが十字架につけられた丘の名前。一般では「ゴルゴタ」。もともと「髑髏されこうべ」を意味するアラム語で、丘の形が髑髏に似ていたという説と、そこにはアダムの墓があったからという説がある。「死」を象徴する丘の上で「死」を受け入れたハリストスが「死をもって死を滅ぼした」ことを記憶するため、正教会の十字架の足元に髑髏が描かれる場合がある。

コンダク(小讃詞) кондак (kondak) 聖人の生涯や歴史的な聖なる出来事を簡潔にまとめた短い聖歌。その祭の主要な意味が込められている。ギリシャ語「コンタキオン」は、「柱」「さお」「巻物の心棒」などいう意味をもつ「コントス」から派生した語。

こんぱいきみつ 婚配機密 Таинство брака (Tainstvo braka) 七件機密の一つ。結婚式。聘定式と戴冠式とからなる。聘定式は指輪の交換が中心で、戴冠式は、冠を新郎新婦に被せる(スラブ系の正教会では他の信徒が後ろから冠を掲げる)ことが中心となる。主イイスス・ハリストスと教会との結合に象って、結婚する男女間の夫婦の結合に祝福し、二人が互いに愛し合って貞操を守り、信者として子供を産み育てていくための恩寵を祈願する機密。

 

さ

さいじつけい 祭日経 Минея праздничная (Prazdnichnaya Mineya) 祈祷書の一つ。『月課経』から主な祭日を選択してまとめたもの。日本正教会訳の『祭日経』には、「花経」という漢字に「アンフェロギオン」(アンソロジー=花束)とルビが振ってある。

さいひん 祭品 (Святые) Дары 聖体礼儀で扱われる「聖なる献げ物」すなわち「御聖体」のこと。⇒ごせいたい

さいふく 祭服 облачение (oblachenie) 正教会の奉神礼において神品やその補助をする者が、身につける特別な衣服。祭服の使用は旧約聖書に由来する。それぞれの形に聖書的な意味づけがなされている。また教会の暦、祭、奉事にしたがって、白、黒、赤、緑、青など色が取り替えられる。その色にもそれぞれ意味が込められている。

画像27 - 正教用語集さいほうしたぎ 祭袍下衣 подризник 主教や司祭が奉事の時に祭服の下に着る白いステハリ。

さいりん 再臨 Второе пришествие イイスス・ハリストスが、この世の終わりに、全人類(生きている者もすでに死んだ者も)を審判するために再び到来されること。その日その時がいつであるかは誰にもわからないが、「光栄を顕わして」来られるため、それが再臨の主であることは誰にでもわかる。それは神の国の到来でもあるため、その日を待ち望んで、「爾の国は来たり」と祈る。

サタナ сатана 悪魔のこと。一般では「サタン」。もともとヘブライ語で「敵対する」という意味。

ざか 座下 (высоко)преосвященный, владыка ((vysoko)preosvjaschenniy, vladyka) 主教(大主教、府主教)に対する敬称。

ざしょうけい 坐誦経 кафизма (kafizma) ⇒カフィズマ

画像28 - 正教用語集サッコス(聖衣)саккос (sakkos) 主教用の祭服。祭袍下衣の上に着る、主教の謙遜さを表わす祭服で、十字架の模様がたくさん施されている。ギリシャ語「サッコス」は「粗布の服」「襤褸ぼろ」という意味で「悔い改めの衣」とも呼ばれるが、「聖衣」という漢字が当てられる。裾に鈴が取り付けられるのも特徴の一つ。

サドゥッケイ саддукеи ハリストスの時代のユダヤ教にあった一つのセクト。一般では「サドカイ」。ヘブライ語「ツァドク(義)」に由来。ファリセイ派と対立し、会堂礼拝を否定して神殿礼拝のみを認め、祭司職に権威を置いた。成文の律法だけに重きを置き、死者の復活や天使の存在なども信じなかった。そのため、ファリセイ派と対立していた。

サマリヤのおんなのしゅじつ サマリヤの婦の主日 Неделя о самаряныне 五旬節の第五番目の主日。この日の聖体礼儀においてイオアン 4 : 5 ~ 42 にあるサマリヤの婦とハリストスとの出会いの福音が読まれる。井戸に水を汲みに来た或るサマリヤの婦(正教会では「フォティナ」という名前で記憶される)が、イイススをハリストス(救世主)であると信じて「生ける水」をもらった。この水は、ハリストスを信じることによっていただく聖神の恩寵を意味している。

サワオフ Саваоф ヘブライ語で「万軍」「天上の勢力」「天使等」を意味する。「主サワオフ」は「万軍の主」とも訳される。神の全能、神の偉大な力を想起させる言葉。聖体礼儀で歌われる「聖、聖、聖なるかな、主サワオフ…」は、イザヤ書 6 : 3 からの引用。

さんかしょうかけい 三歌頌花経  Цветная триодь (Tsvetnaya triod’) ⇒ごじゅんけい

さんかさいけい 三歌斎経  Постная триодь (Postnaya triod’) 祈祷書の一つ。「トリオディ」とルビが振られることも。大斎準備週間と大斎、受難週の時に使用される。大斎の平日の祈祷においてカノンの歌頌が三つに制限されていることから、この名称となった。三歌斎経の中の祈祷文は、正教会の深い精神性、教義、徳、信仰、聖書解釈を学ぶためのよきテキストでもある。

さんし 讃詞 тропарь (tropar’) ⇒トロパリ

さんしょう 讃頌 стихира (stihira) ⇒スティヒラ

さんしょくき 三燭器 трикирий 復活祭において使用される三本のロウソクが立てられた特別な燭台で、祈祷の間、主教や司祭が手にもつ。三燭器の火の光は、三位一体という神の光、生命の光を表し、その光に私たちが向かっていることを表す。

さんとうしゃ 参祷者 молящийся за богослужением, богомолец (bogomolets) 聖体礼儀等の祈祷に参列する信徒。

画像96 - 正教用語集さんせいせいしゃさい 三成聖者祭 Праздник трех святителей (Prazdnik tryoh svyatiteley) 三大成聖者(聖大ワシリイ、神学者聖グリゴリイ、聖金口イオアン)を記憶する祭日。

さんびし 讃美詞 похвалы 聖大スボタの早課(ふつう聖大金曜日の夜に行われる)において、就寝聖像の前で主教もしくは司祭によって唱えられる祈祷文。第 118聖詠の一節一節が挟まれる。短いフレーズが約176もあり、三段に分けて朗誦される。ギリシャ語では「エグコミア(エンコミア)」といい、「勝利を讃える歌」という意味をもっている。

さんようか 讃揚歌 Хвалитны, стихиры на хвалитех 早課の終わりごろに唱えられる第148、149、150聖詠、もしくはその聖詠を句として挿入されるスティヒラ。「凡そ呼吸ある者」とも呼ばれる。

さんようし 讃揚詞 величание 早課において、その日に記憶する聖人を讃美する短い聖歌。主の祭日には主を、生神女の祭日には生神女を讃美する。⇒ヴェリチャーニエ

 し

画像73 - 正教用語集じいんせいぞう 自印聖像 Нерукотворный Образ (Убрус) 「手によって描かれざるイコン(アケイロポイエトス)」と呼ばれる聖像のこと。「マンデリオン(布という意味)」と呼ばれことも。その由来として、次のような伝承がある。シリア地方にあったエデッサという町のアブガル王が重病を患い、イイススのもとへ使者を送り、癒しを求めた。イイススはご自分の顔を一枚の布に押し当てて、それを使者に渡した。その布には、イイススの顔が写っていた。エデッサに持ち帰られたこの布の顔を見て、王の病気は治癒した。この自印聖像がエデッサからコンスタンチノープルに移された(944年)ことが8月29日に記念される。布にハリストスの顔の画像が写ったことは、ハリストが肉体をもった現実の人間であったことを証しする。誰かが想像して作り出したのでもなく、幻影をスケッチしたのでもなく、藉身の真実を物語るイコンとして位置づけられる。しかし、実物はもはや現存せず、自印聖像のテーマで多くのイコンが書かれている。

ジェーズル жезл (zhezl) ⇒けんじょう

じか 時課 часы (chasy) もともと一日を八つの時間に分けて祈る習慣から生まれた祈りで、使徒時代、初代教会までさかのぼることのできる伝統的な奉神礼。主に聖詠(詩編)を読み、祈祷文を読んだり歌ったりする構成となっている。時課を行うには、基本的に『時課経』という祈祷書を使用する。その種類は、日没後に行われる「晩課」、夜の「晩堂課」、真夜中の「夜半課」、日の出前の「早課」、朝の「第一時課」、午前中の「第三時課」、真昼の「第六時課」、午後の「第九時課」である。八つの時間それぞれに、記憶される固有のテーマがある。現在では実際の時間とは関係なく、まとめて行われることが多い。

じかけい 時課経 Часослов 祈祷書の一つ。時課を祈るために用いるが、晩課や早課では他の祈祷書と併せて使用される。

しぎょう 嗣業 достояние 「相続」「遺産」「財産」を意味する言葉。旧約では、神の約束の地であり、またそれを受け継ぐイスラエル民を指す。新約では、相続されるものは神の国、救い、永遠の生命に変化し、それを受け継ぐ新しいイスラエル、すなわちハリスティアニンもしくは「教会」を意味する。

じごく 地獄 ад ギリシャ語「ハデス」、ヘブライ語「シェオール」は、「地獄」と訳されることが多いが、もともとは、単に死者のいる所という意味で、日本語では「黄泉」または「陰府」と訳されることもある。それとは別に、「地獄」には、永遠の刑罰を受けて苦しむ所という意味があり、その場合、ギリシャ語では「ゲエンナ(腐敗の場所として有名だった「ヒンノムの谷ゲー」に由来する言葉)」と呼ばれる。地獄(死の支配する暗黒の世界)は、天国(永遠に光り輝く神の世界)と比較、対比して語られる。

しさい 司祭 иерей, священник (ierey, svyaschennik) 主教によって立てられ、信者を教誨し、聖務を行う権を委託され派遣される神品。原語のギリシャ語「プレスヴィテル」は「長老」の意、「イエレイ」は「聖にされた者」の意。正教会では妻帯者も司祭に叙聖されるが、司祭となってからは結婚、離婚、再婚はゆるされない。司祭の中には、修道院の院長を意味する「掌院」または「典院」の他に、「首司祭」「長司祭」「司祭」の区別がある。

しじょうしゃ 至上者 Вышний 至って上位の者、万物を超越した存在という意味で、「神」のこと。

しせいさんしゃ 至聖三者  Пресвятая Троица (Presvyataya Troitsa) 三位一体の神のこと。父と子と聖神(聖霊)は、一体にして分かれざる聖なる三者である。

しせいじょ 至聖所 алтарь (altar’) 聖堂の最深部、イコノスタスの後方で宝座や奉献台の置かれている場所。これはモイセイの「幕屋」もしくはソロモンの「神殿」の構造に倣っている。聖書の原語を直訳すると「諸聖の中の聖」。旧約時代は年に一回だけ大祭司のみが入室を許された。聖職者とその手伝いをする者しか入ることができない至って聖なる所。天の世界、天国を象徴する。

じちきょうかい 自治教会 автономная Церковь 通常の教会運営に関して「自ら治める」ことの出来る教会。ギリシャ語で「アウトノモス」といい、「自ら統治する」という意味。日本正教会は現在、自治教会である。

しちけんきみつ 七件機密 семь таинств 「洗礼」「傅膏」「痛悔」「聖体」「婚配」「神品」「聖傅」の七つの機密のこと。→機密

しちじゅうにんやくせいしょ 七十人訳聖書 Септуагинта 紀元前3~1世紀ごろ、ヘブライ語からギリシャ語に翻訳された旧約聖書。プトレマイオス二世フィラデルフォスの命により、アレキサンドリアの図書館にユダヤ人の書を蔵書とする目的で、イスラエル12部族からそれぞれ6人、総勢72人の学者が集まって72日間かけて翻訳されたとの伝承があり、端数をとって「七十人訳」と呼ばれる。略号はLXX(ラテン数字の70)。正教会が正典として受け入れている旧約であり、ヘブライ語聖書(略号MT)と比較すると書数も多く、付加された部分も多い。これらの書を新教は「アポクリファ(外典)」として正典に含めないが、カトリックは「第二正典」という位置づけをする(新共同訳では「旧約聖書続編」として翻訳されている)。正教会は、新教やカトリックの影響を受けた解説書がしばしば見受けられるものの、基本的には正典扱いをする。ただし、より正確には、聖アファナシイの復活祭書簡を元に「アナグノースコメナ(読むべきもの)」と呼ばれるべきである。しかし、新教やカトリックでも、キリスト教が使用する旧約の書名や配列はMTではなくLXXに従っている。たとえば「創世記」はLXXの「ゲネシス(生み出す)」に由来する書名(MTでは「ベレシート(初めに)」)。新約聖書で引用されている旧約の言葉は、ほとんどがLXXであり、また、旧約聖書として正教会が写本して伝えてきたのもLXXである。

じっかい 十誡 Десять заповедей 一般では「十戒」。直訳すると「十の言葉」(申命記 4 : 13)。神がシナイ山でモイセイに与えた十の誡め。二枚の石板に刻まれた。信仰や倫理の基礎をなす内容。出エジプト記20章参照。

しつじ 執事 神品教役者と協力し、教勢の発展、財政の充実、庶務の整理および信徒の信仰的親和をはかるために選ばれた信徒。

しつじちょう 執事長 церковный староста (tserkovniy starosta) 各教会で事務の執行等を監督するために選ばれた信徒。

しと 使徒 апостол 「遣わされた者」の意。イイスス・ハリストスの弟子たちであり、ハリストスの福音を伝道するために心血を注いだ人たち。特に十二使徒が有名だが、七十使徒などもいる。

しとう 司祷 複数の聖職者が奉神礼を行う時、その奉神礼を主となって執り行うこと。→陪祷

しとけい 使徒経 Апостол (богослужебная книга) 奉神礼用に特別に編纂された本で、新約聖書の中の福音経と黙示録を除いた「使徒行実」と使徒たちの手紙を一つにまとめたもの。奉神礼に必要なポロキメンなどの指示一覧が付加されている。聖体礼儀では、福音経(福音書)の前に読まれる。

じひ 慈悲 милосердие 神の憐れみ。対象(特に小さきもの、困っている相手)を慈しむ心。参考『聖師父の格言300選』

 しゅ

じゅうじか 十字架 крест 十字架は、もともと惨い処刑道具だったが、ハリストスの死を象るものであると共に、復活をもって死を滅ぼした主が、人類に永遠の生命をもたらしたことを宣言する「命の木」でもある。十字架は、私たちにとっても「自分の十字架を負って」と言われているように苦難や死を意味する。と同時に復活の力を与える印として、自分に十字を画いて、ハリストスの十字架による救いを祈る。

画像95 - 正教用語集じゅうじかきょえいさい 十字架挙栄祭 Воздвижение Креста Господня (Vozdvizhenie) 十二大祭の一つ。コンスタンチヌス大帝の母エレナによってハリストスの十字架が発見されたことを記憶する祭日。「挙栄」とは、当時のエレサレム総主教マカリイが多くの人々に見せようとしてこの十字架を高く持ち挙げたこと、また全世界に十字架の光栄が照らされていることを意味している。この日、聖堂中央に花で飾った器の上に十字架を安置し、伏拝、接吻する習慣がある。9月14日に祝われる。

じゅうじかこうはいのしゅじつ 十字架叩拝の主日 Неделя крестопоклонная 大斎の第三主日のこと。尊貴にして生命を施す十字架の伏拝の奉事が行われる。すなわち聖堂の中央に花で装飾された器に十字架を安置し、伏拝・接吻を行う。十字架はその週の金曜日まで置かれる。ハリストスの十字架と復活は一体のものであり、ハリストスの十字架こそが私達の救いであることを大斎の真ん中で確認する。

じゅうじこう 十字行 крестный ход (krestniy hod) 十字架や蝋燭、イコンやその他の聖器物などを持って行進すること。神の民の集まりが神の国へ向かって歩むことを象る。重要な祭日に聖堂の周りを回ったり、聖地などへ向かって行進する。

しゅうじんにへいあん 衆人に平安 Мир всем 「衆人」とはすべての人を意味する。奉神礼の中で司祭(主教)が参祷者に向かって祝福しながら唱える。「平安」は、金口イオアンによれば、「諸福の泉、喜悦の源、愛の道の準備」である。「平安」を祈る祝福は民数記 6 : 26に遡り、古代教会より行われて来た。信徒はこれに対し「爾の神しん゜にも」と応え、互いに平安を祈り合う。

しゅうせいじんのしゅじつ 衆聖人の主日 Неделя всех святых 五旬祭後、第一主日の別名。すべての聖人たちを崇敬することをテーマとしているためこの名称で呼ばれる。『五旬経』という祈祷書が用いられる最後の主日。

しゅうどうし 修道士 монах, инок (monah, inok) 独身のまま家庭を持たず、神に全人生を捧げて清貧、貞潔、聴従の道に生きることを選んだ人。

しゅうどうしさい 修道司祭 иеромонах (ieromonah) 修道士でありながら司祭に叙聖された非妻帯聖職者。

しゅうどうほさい 修道輔祭 иеродиакон (ierodiakon) 修道士でありながら輔祭に叙聖された非妻帯聖職者。

しゅうどうみならい 修道見習い послушник (poslushnik) 修道士となることを志望して修道院に入り、修道士になるための準備を進めている者。見習い期間は数年とされるが、人によって異なる。

じゅうにふくいん 十二福音 Двенадцать Евангелий 受難週の聖大金曜日の早課において、四福音書にあるハリストスの受難の箇所を12に分けて誦読すること、またはその福音の箇所そのもの。

しゅうむいん 宗務院 Синод (Sinod)  7~9名の高位聖職者から構成されていたロシア正教会の最高行政機関。1721年、総主教制度の廃止に伴い、ピョートル大帝によって設立された。1918年に総主教制度が再建され、現在では総主教直属の協議機関として活動。聖務会院。

しゅうむいんそうかん  宗務院総監 обер-прокурор Синода 国家権力の代表者として宗務院の会議に参加し、その活動を総轄した役人。聖職者でない者が任命された。

じゅうれんとう 重連祷 сугубая ектения 連祷の一つ。信徒が「主、憐れよ」を三回繰り返して応答する連祷。「重連祷」の「重」は「重ねる」という意味。

しゅきょう 主教 епископ (episkop) 正教会の最高聖職者。主教は正教会が使徒継承の教会であることの生きた証人である。使徒からの繋がりをもつことが正教会の生命であるゆえ、主教なしには教会は存在しない。逆に主教は教会の民と共にいなければ主教たりえないため、信徒なしには主教は存在できない。主教には、三つの役割があると言われる。一つは教会を監督すること。主教の原語であるギリシャ語「エピスコプ」は「監督」という意味であり、教会を秩序正しく混乱のないように導く役目がある。二つ目は、教えを正しく伝えること。神の国の教え、ハリストスの福音を人々に伝えることは、使徒以来の主教の務めである。三つ目は、機密を執行すること。主教は、正教会の機密と奉神礼全体の源泉である。機密を行うことができるのは、ハリストスから使徒へ、使徒から主教へと受け継がれてきた賜物による。主教や司祭が行う機密の有効性は、神品の個人的な徳によるのではく、聖神に よって働くハリストスのお力による。主教は、修道士もしくは独身者の中から選ばれる。主教には、指導的主教を意味する「大主教」、複数の主教の管轄区をまとめる「府主教」、完全独立の教会を監督する「総主教」という位階がある。

しゅきょうざ 主教座 епископская кафедра 主教が奉神礼の時に着座するための椅子もしくは台。ギリシャ系の正教会は聖堂の壁側に専用の椅子が設置されるが、スラブ系の正教会では、聖堂の中央に台が置かれる。その台の上に臨時的に椅子を置くこともある。

しゅきょうひん 主教品 епископство, архиерейство 主教職(総主教、府主教、大主教、主教)の総称。

しゅくぶん 祝文 молитва (molitva) 「祝」という漢字があるが、「何かを祝う」というニュアンスはなく、単に神に祈るための言葉という意味で、「祈り」「祈りの言葉」「祈祷文」を指す。

画像75 - 正教用語集しゅくふく 祝福 благословение 神の善なる力が人や物などに及ぶこと。ギリシャ語では「エウロギア」といい、「善い言葉を言う」という意味をもつ。ヘブライ語では「バラフ」といい、もともとは「膝まずく」という意味だが、神を礼拝し讃美することも意味した。「バラフ」も「エウロギア」も、神に向けられる時には「讃美」となり、逆に神が人に対して行う時には「祝福」という意味になる。旧約の祭司は、神の名によって祝福する力が与えられた(民数記 6 : 22~)。正教会における主教や司祭は、イイスス・ハリストスの名によって祝福を行う。その際、右手の指を ICXC(「イイスス・ハリストス」のギリシャ語のイニシャル)の形にする。

しゅごしゃ 守護者 хранитель 増連祷に出てくる「我が霊体の守護者」とは「天使(殊に守護天使)」のこと。また『祭日経』などでは、聖人や生神女マリヤのことも「守護者」と呼んでいる。

しゅごてんし 守護天使 Ангел-хранитель 神から与えられた目に見えない同伴者。人間一人一人に神から遣わされた守護天使は、その人の命を護り、善に導くことを使命としている。ハリストスは、「これらの小さい者のひとりをも軽んじないように、気をつけなさい。…彼らの御使(守護天使)たちは天にあって、天にいますわたしの父のみ顔をいつも仰いでいるのである」と言っている(マトフェイ 18 : 10)。

しゅさい 主宰 владыка ギリシャ語「デスポタ」の訳語。第一に「神」に対して用いられ、絶対の権威をもつ主であり、すべての者の上にいますという意味が込められる。第二に、主教品に向かっても「デスポタ」と呼びかけられる。この場合、使徒権継承者としての主教への尊敬が込められている。

しゅざしゅきょう 首座主教 предстоятель 自治教会または独立教会の長にあたる主教のこと。

しゅしさい 首司祭 протопресвитер (protopresviter) 妻帯聖職者の最高位。

しゅじつ 主日 неделя (nedelya) 日曜日のこと。主であるハリストスが復活したことを祝う日。旧約では、神による終末の審判の日が「主の日」と呼ばれていた(ゼカリヤ 14 : 1 他)。ハリストスの復活が、その旧約の終末の成就である。新約では、主の再臨の日も「主の日」と呼ぶ(フェサロニケ前 5 : 2)。教会は、初代から「主日」に聖体礼儀を行ってきた。

しゅしょうせいえい 首誦聖詠 предначинательный псалом 晩課の最初に唱えられる聖詠、すなわち第103聖詠(詩篇第104編)のこと。聖書の伝統にのっとって奉神礼の一日の始まりは晩課(夕方)であるため、その日の冒頭(首は「頭」の意)に位置する聖詠としてこう呼ばれる。その内容は、晩課の最初に記憶するテーマとしてふさわしく、神による天地創造である。平日は聖詠全体が誦経されるが、主日や祭日には首誦聖詠から抜粋された言葉を聖歌として歌う。

じゅせんしゃ 受洗者 крещенный (kreschenniy) 洗礼を受けた者。

じゅなんしゅう 受難週 Страстная седмица (Strastnaya sedmitsa) 復活祭を迎える前、ハリストスの受難を記憶する一週間のこと。それぞれの曜日に「聖大」という形容詞をつけて呼び、聖書の記事に合わせた特別な奉神礼が行われる。『受難週奉事式略』

しゅにんしさい 主任司祭 настоятель (nastoyatel’) その聖堂を管理する聖職者。主管者。

しゅのせんれいさい 主の洗礼祭 Крещение Господне⇒しんげんさい

しゅはかみなり 主は神なり Бог Господь 早課において大連祷に続いてトロパリを歌う前に歌われる聖歌(その他、モレーベンなどでも歌われる)。「主は神なり、我等を照らせり。主の名によって来る者は崇め讃めらる」は、第117聖詠の26節と27節から取られた言葉。一調から八調までのメロディがあり、それに続くトロパリの調に合わせた調で歌う。繰り返して歌われ、同じ第117聖詠の1、11、17、22-23節が「句」として用いられる。「照らせり」は、ギリシャ語では「顕れた」という意味であり、主なる神が光として私達に顕れたというニュアンスになる。これは、ハリストスが人を照らす真の光として顕れたことを意味している。また第117聖詠は、主のエルサレム入城の時に歌われた歌でもあることから、ハリストスの最後の光栄の現れ(受難と復活)をも含蓄している。なお、大斎の平日の奉事では、「主は神なり」の代わりに、「アリルイヤ」が繰り返し歌われる(イザヤ書26章から取られた「句」が用いられる)。

しゅほさい 首輔祭 архидиакон (arhidiakon) 輔祭として著しい功績を有する者に与えられる称号。

しゅや、なんじによぶ 主や、爾に呼ぶ Господи, воззвах к Тебе 晩課の中で歌われる第140聖詠のこと。タイトルは冒頭の言葉に由来(「呼ぶ」は祈祷書では「籲ぶ」と表記)。一調から八調までのメロディがあり、主日では順番に、祭日などでは指定された調で歌われる。この聖歌に続いて、「主や、爾に呼ぶ」のスティヒラが聖詠の句に挟まれて誦経される(本来は歌われる)。

 しょ

しょういん 掌院 архимандрит (arhimandrit) 高位の修道司祭の称号。修道院の院長、もしくは主教に叙聖される前段階の司祭のこと。「アルヒマンドリト(「囲いの中の長」という意味)」とも。「掌」には「つかさどる」という意味がある。主教に次ぎ、典院の上となる位階。

しょうかん 傷感 умиление 罪の自覚、悔恨の情、良心を痛めること、痛悔へと導く心のこと。ギリシャ語では「カタニクシス」といい、「突き刺すような痛み」「激しい悲しみ」というニュアンスがある。人間が自分自身を憐れみ、自分自身の不幸な陥罪状態すなわち永遠の死の状態を不憫に思って痛感すること。現にイエルサリムの人々は、聖使徒ペトルの説教を聴いて「心刺ささるるがごとし」であったという(使徒2 : 37)。つまり傷感を味わったからこそ、ハリストス教に入信したのである。

しょうけい 誦経 чтение 『時課経』『八調経』などの祈祷書にある祈祷文を読むこと。作文のようには読まず、ある一定の音の高さを保ちながら「歌うように唱える」という特徴をもつ。「誦経者」と呼ばれる教衆もいる。→誦読

しょうけいしゃ 誦経者 чтец, псаломщик (chtets, psalomschik) 礼拝の際、信徒を代表して各種の祈祷文を読経する者。

しょうさんし 小讃詞 кондак (kondak) ⇒コンダク

しょうじょ(しき) 昇叙(式) возведение (в сан) (vozvedenie) 神品が一つ上の位階に上がること。「長司祭に昇叙される」などと言う。

しょうしんじょ 生神女 Богородица (Bogoroditsa) ハリストスを生んだマリヤのこと。「神を生んだ女性」という意味のギリシャ語「テオトコス」の訳。イイスス・ハリストスは本性(本質)においては全き人であると同時に全き神であり、位(ヒポスタシス)においては、神の独生子である。つまり、マリヤが、新たな神を誕生させたという意味ではなく、マリヤをとおして人となったのは「神」である、ということを表わす。マリヤを「生神女」と認めることは、神の藉身と救贖の要である。

しょうしんじょさんし 生神女讃詞 богородичен (bogorodichen) 生神女を讃美する短い祈祷文。各スティヒラやカノンの各歌頌の最後に位置している。特に生神女による神の藉身を教義的に歌う生神女讃詞は「ドグマティク」と呼ばれる。→ドグマティク

画像76 - 正教用語集しょうしんじょしゅうしんさい 生神女就寝祭 Успение Пресвятой Богородицы (Uspeniye) 十二大祭の一つ。生神女マリヤが永眠したことを記憶する祭。ハリストスにおける死は眠り(やがて起きることを含蓄する)であるため「就寝」と呼ばれるが、マリヤが肉体の死を迎えたことは確実である。しかし、その神゜はイイススに迎えられて天に昇り、すでに復活を先取りしたため「生命の母として生命に移れり」と讃詞では歌われる。8月28日(8月15日)に祝われ、その前には2週間の斎が定められている。

画像77 - 正教用語集しょうしんじょしんどうさい 生神女進堂祭 Введение во храм Пресвятой Богородицы (Vvedenie) 十二大祭の一つ。生神女マリヤが3歳になった時、両親によって神殿に奉献されたことを記憶する祭。「進殿祭」とも。伝承では至聖所に入れられ、12歳になるまで神殿で過ごしたと言われる。やがてハリストス神を孕むマリヤは、生きた神殿として準備されたことが強調される。12月4日(11月21日)に祝われる。

画像78 - 正教用語集しょうしんじょたんじょうさい 生神女誕生祭 Рождество Пресвятой Богородицы 十二大祭の一つ。生神女マリヤの誕生を祝う。マリヤの両親はイオアキムとアンナと言い、彼等には年老いるまで子供がなかったが、子が授けられるように神に祈った。 神はその祈りを聞き入れられ、やがてマリヤが生まれた。正教会では、このマリヤの誕生を「救いの始まり」として祝う。9月21日(9月8日)に祝われる。

画像79 - 正教用語集しょうしんじょひごさい 生神女庇護祭 Покров Пресвятой Богородицы 10世紀頃、コンスタンチノープルのウラヘルナ教会で、佯狂者聖アンドレイがその弟子エピファニイと共に、生神女マリヤのお姿を目撃したという奇跡に由来する祭。マリヤは、多くの聖人たちを伴って教会の中央に現れ、跪いて涙を流し祈った後、立ち上がって聖堂の中の人々を大きなヴェールで覆った。その時、町に襲撃をかけていた軍隊が奇跡的に撤退した。しかし、こうした奇蹟的な出来事は由来であって、本質としては、生神女がいつでもどこでもとりなしの祈りによって教会を守っているという普遍的な真理をもつ祭。10月14日(10月1日)に祝われる。

画像80 - 正教用語集しょうしんじょふくいんさい 生神女福音祭 Благовещение Пресвятой Богородицы (Blagoveschenie) 十二大祭の一つ。神使首ガウリイルがナザレのマリヤに現れて神・子を産むという「福音」を伝え、マリヤがそれを受け入れたことによってハリストスを懐妊したことを記念する祭。一般では「受胎告知」と言うが、「受胎した」ことを告知したのではなく、「受胎するだろう」ことを告げた点に注意。マリヤの意志を無視して受胎があったのではなく、マリヤの同意があってこそ、ハリストスはマリヤから藉身したのである。4月7日(3月25日)に祝われる。

しょうせいにゅう 小聖入 малый вход 聖体礼儀の中で、第三アンティフォンを歌った後に、神品が北門から聖福音経を捧出し、アンヴォンに立って衆人を祝福し、宝座に安置する一連の儀式のこと。主が公生涯をお始めになって神・言葉を人々に伝えたことを象っている。「大聖入」と比較して「小聖入」と呼ばれる。なお、晩課における香炉(時には福音経)の聖入も「小聖入」である。

画像81 - 正教用語集しょうてんさい 昇天祭 Вознесение Господне 十二大祭の一つ。主イイスス・ハリストスが復活後40日目に、天に昇ったことを祝う祭。旧漢字では「昇」は「升」と記される。ハリストスは神として人の本性を引き連れて昇天したことが強調される。復活大祭後40日目に祝われる。

しょうどく 誦読 чтение 聖詠経、福音経などの本文を読むこと。誦経とほとんど同義語。→誦経

しょうだん 昇壇 амвон (amvon) ⇒アムウォン

しょうだんがいのしゅくぶん 昇壇外の祝文 заамвонная молитва (zaamvonnaya molitva) 

画像31 1 - 正教用語集しょうふく 小袱 покровец (pokrovets) 聖体礼儀の際、ポティルとディスコスをそれぞれ覆うための十字形の布。埃や虫などから御聖体を守るという実際的な目的をもっている。その上には更に「太気」をかける。

しょうれんとう 小連祷 Малая ектения 連祷の一つ。「大連祷」を短くした連祷。「我等、復又、安和にして主に祈らん」で始まる。

しょくざい 贖罪 искупление 「贖う」という言葉は、代価を払って奴隷の状態から解き放つことを意味した。「贖罪」は、「罪」からの解放のためにハリストスが「死」を身に受けたことを意味する。

しょくざいしゅ 贖罪主 Искупитель 己の血を十字架上に流すことによって人類の贖罪を実現した主イイスス・ハリストスのこと。

じょさい 女宰 Владычица 生神女マリヤのこと。「女主人」とか「女王」という意味のギリシャ語「デスポニア(「主宰」の女性形)」の訳語。マリヤは、万物の王であり主宰(デスポタ)であるハリストス神の母であることから、こう呼ばれる。聖書では「我が主の母」(ルカ 1 : 43)と言われている。祈祷書には「我等の光栄の女宰」とか「衆人の女宰」「世界の女宰」「万物の女宰」などいう言葉もある。

しょさつ 書札 послания (апостольские) 『使徒経』のこと。ほとんど「手紙」で構成されているため、こう呼ばれる。

しょせいしんぷのしゅじつ 諸聖神父の主日 Неделя святых отец 五旬節の第七番目の主日。この日、ニケヤ全地公会に集まった318人の聖なる神父たちを記憶する。猛威を振るっていたアリイの異端との闘いのため325年に全地公会がニケアという町で開かれ、正統的な信仰箇条すなわち「信経」が作成された。

じょせい(しき) 叙聖(式) рукоположение, хиротония (rukopolozheniye, hirotoniya) 聖職(輔祭、または司祭、または主教)に叙すること。聖体礼儀中に主教が、叙聖される者の頭の上に手を按のせ、所定の祈祷を唱えることによって行われる。

じょほさい 女輔祭 диакониса (diakonisa) 初代教会の教役者の一種。女輔祭は、受洗する女性を洗礼盤から迎えたり、病気の女性信徒をお見舞いしたり、主教と女性信徒の間のコミュニケーションを担当するなど、補助的な奉仕活動に従事していた。奉仕の内容としては初代教会の輔祭に似ていたが、輔祭とは異なり、公祈祷において特別な役割を担っていなかった。

 しん

しん 神゜дух ヘブライ語「ルーアッハ」、ギリシャ語「プネウマ」の訳語。一般では「霊」と訳されるが、日本正教会ではヘブライ語「ネフシュ」、ギリシャ語「プシケー」を「霊たましい」もしくは「生命」と訳す。「プネウマ」=「神゜」は、動物にはない人間のまさに見えない部分であり、自由意志の所在である。「神かみ」と区別するために右隅に「゜」をつける方法をとっている(「゜」を使わず、ルビを振って明示することも)。一般でも、例えば「精神的」の「神」は「神かみ」ではなく「神しん」という意味であり、「神父しんぷ」も「神かみのような父」という意味ではなく、「神゜の(スピリチャルな)父」という意味で使用されている。天使は、純粋に神゜の存在であり、人間は「神゜」と「霊」と「肉体」を持つ。そういった人間や天使の「神゜」という言葉を借りて、神の神゜を表すときに「聖神゜」といい、至聖三者の神の第三位を指す言葉として使われる。

じんあい 仁愛 любовь, человеколюбие 限りない愛をもって恵みいつしくむこと。ギリシャ語「フィランソロピア(人を愛すること)」の訳。

しんあん 審案 суд, осуждение意味は「審判」と同じ。「案」には「取り調べる」という意味がある。

しんがく 神学 богословие 神を知るための学。神についての単なる知識の著述ではなく、信仰深く神の道を生きた者の言葉による表現。

しんがくしゃ 神学者 Богослов 神学者と呼ばれる聖人や聖師父たちは多いが、正教会において正式に神学者と名づけられているのは次の三人のみである。聖使徒福音記者神学者イオアン、神学者グリゴリイ(ナジアンザスの)、新神学者シメオン。

しんがくだいがく 神学大学 духовная академия (duhovnaya akademiya) 神学や教義など、教会に関する様々なことを専門的に学ぶ高等学術機関。

しんがっこう 神学校 семинария (seminariya) 神学や教義など、教会に関するさまざまなことを学ぶ中等学術機関。

しんけい 信経 Символ веры (Simvol very) 正教会において使用する信仰箇条。ニケヤ・コンスタンチノープル信経のこと。信徒として必ず知っていなければならない重要な教義のエッセンスが詰まっている。聖体礼儀の中で唱えられる。

画像82 - 正教用語集しんげんさい 神現祭 Богоявление (Bogoyavleniye) 十二大祭の一つ。イイスス・ハリストスが洗礼を受けたことを記念する祭で、「洗礼祭」と同じ。神・父が天からの声として現れ、神・子が洗礼を受けているハリストスとして現れ、神・聖神が鳩の形で現れたこと、すなわち「至聖三者の神の顕現」を記憶して祝う祭。1月19日(1月6日)に祝われる。

しんげんしゃ 慎言者 молчальник 聖人の呼称の一つ。深く言葉を慎む人。

しんし 神使 ангел 神によって創造された属神的(霊的)存在。ギリシャ語「アンゲロス」は「使い」という意味で、他にも「天使」または「神の使い」とも訳される。「神使」は、次の九つの階級に分類される。

 ①セラフィム(熾天使)
 ②ヘルヴィム(智天使)
 ③宝座(座天使)
 ④能力(能天使)
 ⑤権柄(力天使)
 ⑥主制(主天使)
 ⑦首領(権天使)
 ⑧神使首(天使長)
 ⑨神使(天使)

「ミハイル」「ガウリイル」などは、⑧神使首に属する天使の名前。

しんししゅ 神使首 архангел (arhangel) ⇒てんししゅ(天使首)

じんじ 仁慈 милость 限りない憐れみをもって恵みいつくしむこと。ギリシャ語「エレオス(憐れみ)」の訳。

しんじつ 真実 истина ⇒しんり(真理)

しんせい 神成 обожение ギリシャ語「テオシス」の訳語で、一般では「神化」と言う。「神が人と成ったのは、人を神に成らせるため」という名句に由来する(聖大アファナシイ)。「神に成る」といっても、全知全能の神様が新しく存在し始めるという意味ではなく、人が神の本性に与ることにより、神の像を回復し、限りなく神の肖に近づいていくことを意味する。

しんぱん 審判 Суд (Божий) 神の裁きのこと。審判には人が永眠した時に直ちに行われる「私審判」と、この世の終りに万人に対して再度行われる「公審判」がある。「審判」は、悪い判決が下ることが予想されるため、「審判」それ自体を恐れ、避けたい思いをもって祈ることもあるが、しかし、信者は神の裁きを恐怖するのではなく、その時に「宜しき答を為すを賜わんことを(自分が正しい答えをすることができるように)」祈ることが肝要である。

しんぴん 神品 священство (svyaschenstvo) 正教会における主教、司祭、輔祭の役職の総称。「品」には「等級」「種類」という意味があり、「神聖なことに携わる類の人々」というニュアンス。

しんぴんきみつ 神品機密 Таинство священства (Tainstvo svyaschenstva) 七件機密の一つ。「神品」を任命する機密。主教のみが執行できる。手を頭に載せて祝福するため、「按手礼」とも呼ばれる。

しんぷ 神父 отец 神品に対する尊称。「神しん゜の(スピリチャルな)父」という意味。

しんぷくきゅうたん 真福九端(真福詞しんぷくし) Заповеди блаженства 主ハリストスが、ガリラヤでの伝道開始時に山上で説かれた「真の幸福」の教え(マタイ 5 : 3~12)のこと。九つのフレーズから構成されているためこの名がついた。主日の聖体礼儀の第三アンティフォンや、第九時課につづけて行われる「聖体礼儀代式(ティピカ)」などで歌われる。

しんみょう 神妙 божественный 一般では「かしこまる」「おとなしい」「すなお」などいう意味で使われるが、正教会の祈祷文などでは「不思議な」「人の力ではない」「神の妙なる力」という意味で使用される。原語「セイオス」は「神の」とか「神聖な」という意味。

しんやく 新約 Новый Завет ハリストスによって始められた「新しい契約」。預言者エレミヤをとおして預言されたこと(31 : 31)がハリストスにおいて成就した。「新約」に対して「旧約」がある。正教会において「新約」という語は、いわゆる「新約聖書」をも意味する。

しんやくのち 新約の血 Кровь Нового Завета 万人の罪の赦しのためにハリストスが十字架上で流された新しい契約の血のこと。聖体礼儀では、「皆、これを飲め、これ、我の新約の血、爾等及び衆おおくの人の為に流さるる者、罪の赦しを得るを致す」(マトフェイ 26 : 28)という主の言葉が唱えられる。

しんり 真理 истина ハリストスご自身のこと、本当のこと、正しいこと。日本正教会では「真実」と訳されることが多い。参考:『聖師父の格言300選』

 す

画像33 1 - 正教用語集スクフィヤ скуфья (skuf’ya) 普通、修道士や主教が礼拝以外の時にかぶる、黒または紫のピラミッド型の丸い帽子。

画像34 - 正教用語集スティハリ(祭衣) стихарь (stihar’) 輔祭や副輔祭または堂役が奉神礼の時に着る祭服。天使のように純潔で高貴なことを象徴する。主教や司祭用としては、これが少し形を変えて「祭袍下衣」となる。

スティヒラ(讃頌) стихира (stihira) 祭や聖人の讃歌で、いくつもの節によって構成される。聖詠から取られた句(スティフ)を挿入しながら唱和することから「スティヒラ」の名が生まれた。漢字では「讃頌」と表記されるが、振り仮名は「スティヒラ」と振られている。「スティヒラ」には主に次の三つがある。1、「主や爾に呼ぶ」の讃頌(晩課の中で「主や爾に呼ぶ」を歌った後に続くもの)。2、挿句くづけの讃頌(晩課や平日早課の中で唱えられる)。3、讃揚の讃頌(主日もしくは祭日の早課で「讃揚歌」とも呼ばれる「凡そ呼吸ある者」を歌った後に続くもの)。

ステペンナ(品第詞) степенна 主日や祭日の早課の中にある福音経の読みの前のポロキメン直前にある祈祷で、一調から八調までの種類がある。各調は三つに分かれており、それぞれ第一、第二、第三アンティフォンと呼ばれる。聖詠の「登上の歌」(第 119~ 133聖詠)を元にして作られており、「ステペンナ」はスラブ語で「階段を登る」という意味。漢字では「品第詞」と書く。祭日などでは第四調のステペンナが指定されて歌われる。

スボタ(安息日) суббота 土曜日のこと。ヘブライ語「シャバット」を音訳したもので、「安息日」という意味。聖書の中では「一週間」という意味で使用されることもある。正教会の奉神礼においては、土曜日が「スボタ(安息日)」であって、日曜日は安息日ではなく「主日」である。

 せ

せいえい 聖詠 псалом, псалмы 旧約の中に在るダヴィド王による歌のこと。一般では「詩編」もしくは「詩篇」。ヘブライ語のタイトルは「テッヒリーム」と言い「祈り」もしくは「讃美」を意味する。七十人訳聖書のタイトルは「プサルモイ」というギリシャ語で「竪琴などの楽器を弾じて歌う」という意味。「聖詠」という訳語はここから来ている(「詠」は「歌う」という意味)。正教会では聖詠そのものを祈るだけでなく、聖詠を元に様々な祈祷文が作られている。ギリシャ語とヘブライ語の聖書では聖詠(詩篇)の数え方がずれているので、注意が必要。以下にそのずれをまとめて比較する。

聖詠

詩編
1~8

9

10

…

112

113

114、115

116

…

145

146、147

148~150

1~8

9、10

11

…

113

114、115

116

117

…

146

147

148~150

 

せいえいけい 聖詠経 Псалтирь (Psaltir’)  祈祷書の一つ。「聖詠」を一つの書にまとめたもの。カフィズマが明示されている。奉神礼のときに多く用いられる。

せいえいしゃ 聖詠者 псалмопевец 聖詠を作成した聖王・預言者ダウィド。

せいか 聖歌 церковное пение, песнопения 正教会の奉神礼の中で歌われる歌の総称。正教会では楽器を使用せずにアカペラで歌われる。歌われる内容や順番、メロディに複雑な取り決めがあるので、カトリックやプロテスタンでいう「讃美歌」とは全く本質を異にする。したがって、正教会では「讃美歌」とは言わない。

画像35 - 正教用語集せいか 星架 звездица (zvezditsa) 聖体礼儀で用いる聖器物の一つ。金属で作られた十字の形をした聖器物で、ディスコスの上に載せられる。祭品と小袱が直接ふれないようにする役割をもつ。ハリストスの降誕を祝うために東方の博士たちをベツレヘムまで導いた星を象るため「星架」と呼ばれる。

画像68 - 正教用語集せいか 聖戈 копие (kopie) 聖体礼儀において、奉献礼儀や聖パン記憶の際、聖パンを切るのに用いる聖器物。「戈」と呼ばれるのは、ハリストスが十字架上で刺された時の戈を模しているためで、形は先が三角形で両刃になっている。

せいかしゃ 聖歌者 сладкопевец 聖人の呼称の一つ。聖歌(詞とメロディ)を作ったことで列聖された聖人。

せいかたい 聖歌隊 церковный хор (tserkovnyj hor) 聖堂における礼拝等の際、聖歌を歌うアカペラ合唱団。

せいかたいせき 聖歌隊席 клирос (kliros) 聖堂において、聖歌隊のために特別に設けられたスペース。ソレヤの脇に設けられるのが典型的な例である。

せいかつ 生活 живой (Бог) 正教会の祈祷書では、通常の「日々の営み」や「暮らし」という意味ではなく、「生きて活動している」という意味で使用される。「生活の神」(聖詠 83 : 3、マトフェイ 16 : 16、領聖祝文など)とは、つまり神が「生きた神」であることを表わす。

画像36 - 正教用語集せいがん 聖龕 дарохранительница (darohranitelnitsa) ①予備聖体を入れて保管する聖器物。宝座の上に安置される。金属制で小さな聖堂のような形をしている。英語では「Tabernacle」といい、聖書の中ではモイセイが建てた幕屋を指す。その幕屋には神が臨在された(出エジプト記 25 : 22、サムエル下 7 : 6)。旧約の幕屋に安置された「神の箱」の中には、「天からのパン」と言われた「マンナ」を容れた壺も納められていたが、正教会の「聖龕」の中には、「天から降くだってきた生きたパン」(イオアン伝6章)であるハリストスの御聖体が入っている。
②宝座の上の聖龕から御聖体を取って、病者領聖のために運ぶ聖器物のことも「聖龕」と呼ばれる。ポケットに入るくらいの小ささで、領聖のために小さな聖爵と聖匙も入っている。
③先備聖体礼儀のために先備された御聖体を保存する聖器物も「聖龕」と呼ばれる。

せいき 聖匱 дароносица (daronositsa)  聖体礼儀に参祷できない病者の領聖のため、司祭等が予備聖体を持ち運ぶための聖器物。首からかける小さい箱の形をしている。

せいきぶつ 聖器物 церковная утварь (tserkovnaya utvar’), богослужебные сосуды 聖体礼儀などの奉神礼を執行するために用いられる各種の教会器具。

せいきょうしょうりのしゅじつ 正教勝利の主日 Неделя торжества Православия 大斎の第一主日のこと。聖像破壊論争が終結し、聖像擁護派が勝ったことを記憶する。その日、すなわち西暦 843年3月11日は、ちょうど大斎第一主日であった。聖像は、正教そのものを象徴するため「正教勝利」と呼ばれる。聖像破壊論争において信仰のために闘った致命者と表信者を記憶し、大斎とは彼等に倣うための期間であることも教えられる。

せいけいこうじょのしゅじつ 聖携香女の主日 Неделя святых жен-мироносиц 五旬節の第三番目の主日(第一番目は復活祭、第二番目はフォマの主日)。ハリストスの墓に香を携えていった女たちが、最初の復活の証人になったことを記憶する。この日の聖体礼儀の福音は、マルコ 15 : 43 ~ 16 : 8が読まれる。

せいけん 聖絹 плат 聖体礼儀において、唇や聖器物などを拭うための赤い布。

せいこう 聖膏 миро (miro) 総主教座教会において(独立教会の首座主教によって)、さまざまな材料を用いて特別な祈祷を行なって作られ、受難週の聖大木曜日に成聖される聖なる香油。すべての教会に配布される。聖膏を洗礼者に塗ることを「傅膏ふこう機密」と言い、「聖神の恩賜」が聖膏をとおして与えられる。

せいこういれ 聖膏入れ мирница (mirnitsa) 聖膏を保管するための器。

せいさいひん 聖祭品 Святые Дары 聖体礼儀で扱われる「聖なる献げ物」すなわち「御聖体」のこと。⇒ごせいたい

せいさんしゅくぶん 聖三祝文 Трисвятое 「聖なる神、聖なる勇毅、聖なる常生の者や、我等を憐れめよ」という祈祷のこと。三回重ねられた「聖」という言葉が「聖三者」に向けられているので、こう呼ばれる。古い訳では「聖天主、聖勇毅、聖常生なる主、我等を憐れめよ」。この祈祷は、五世紀頃、地震で悩まされていたコンスタンチノープルにおいて、ある少年が奇跡的に天使の歌を聞いたことに由来している。

せいじけい 聖事経 Требник (Trebnik) 司祭専用の祈祷書の一つ。「洗礼機密」「痛悔機密」「婚配機密」「聖傅機密」「埋葬式」などの祈祷文や、さまざまな機会に用いられる祝文などが掲載されている。

画像84 - 正教用語集せいしさい 聖枝祭 Вербное воскресенье (Verbnoye voskresen’e), Неделя ваий 十二大祭の一つ。主イイスス・ハリストスが最期を迎えるためロバに乗ってエルサレムに入城したことを記念する。この時に、人々が枝をもってハリストスを迎え入れたように、この日信徒は、その手に枝(棕櫚やオリブ、ネコヤナギなど)をもって参祷することから、この名で呼ばれる。使徒経では「花の主日」とも。

せいしゃく 聖爵 Святая чаша (Svyataya Chasha) 聖体礼儀で使う杯。「爵」という漢字には、祭礼用の酒器という意味がある。⇒ポティル

せいしょ 聖書 Священное Писание, Библия 神の言葉がまとめられた書物。神・聖神の導きによって書かれた。旧約と新約の二つがある。多くの文書から、これが「聖書」であると決め、それを伝えてきたのは正教会の伝統(聖伝)である。聖書は聖伝から生み出されたものであるが、聖伝を基づける権威を有するものでもある。

せいじょ 聖所 средняя часть (храма) 聖堂の中央部分で、信者が入って祈る場所。聖堂は、奥の方から「至聖所」(イコノスタスの後ろ)、信者が立つ「聖所」、もっとも入口に近い「啓蒙所」(啓蒙者が立つ場所)の三つの部分に設計されている。

せいしょう 聖鐘 колокола 奉神礼のために使用される鐘。聖堂や会堂もしくは単独に鐘楼が設置されて、その中に下げられる。基本的に祈祷の始まりと終わりに打鐘される。また、祈祷の重要部分の時にも注意を喚起するために打たれる。教会の勝利の喜びを音で表現するという面も持つ。複数の鐘を打つ場合にはさまざまな打ち方があり、多彩なリズムをつけて一つの作品のように打ち上げる点が正教会固有の特徴。

せいしん 聖神 Святой Дух (Svyatoy Duh) 神・父、神・子と並んで三位一体をなす神・聖霊のこと(ここでいう「神しん」とは、「霊」Spiritの意。「神かみ」と区別するため「神゜」とも表記される)。

画像83 - 正教用語集せいしんこうりんさい 聖神降臨祭 Пятидесятница (Pyatidesyatnitsa) 十二大祭の一つ。別名「五旬祭」。ハリストスの復活後 50日目に、聖神が弟子たちの上に降臨したことを記念する祭日。教会が誕生した日とされている。生命を施す聖神の働きを記念するため、聖堂内を草木や花で飾る習慣もある。また五旬節の間、奉神礼において起立の姿勢を保つが、この日に特別な晩課を行い、三つの祝文の際に膝まづいて祈る。

せいじん 聖人 святой 神に正しく従った人のこと。この世で真に敬虔に生き、天上で神と絶えざる喜びの交わりを果たした人。公式に「聖人」として認められるようになることを「列聖」という。列聖された聖人は、聖人伝や祈祷文が編纂され、イコンが作成される。

せいすい 聖水 святая вода 成聖された水。ハリストスは水によって洗礼を受けたことにより、水を成聖した。水は万物を代表する物質であるため、神による全被造物の成聖の先取りとして聖水を用いる。すなわち、あらゆるものを成聖する時に聖水が使用される。

せいすいしき 聖水式 водосвятие (vodosvyatie) 水を成聖するための祈祷。大聖水式は年に一度(1月19日の神現祭)に行われ、小聖水式は随時行うことができる。

せいせい 成聖 освящение 聖と成すこと。神の聖性に与ることを意味する。聖水が降り注がれて、イコン、十字架、家屋、車など、いろいろなものが成聖される。成聖とは、聖なる神との繋がりを回復するという目的がある。

せいせいしき 成聖式 чин освящения (chin osvyascheniya) 新しく建立された聖堂等を神に捧げ、聖にする式。

せいせいしゃ 成聖者 святитель (svyatitel’) 聖人の種類の一つ。おもに主教職にあって偉大な功績を残した聖人に付けられる。

せいせそのしゅじつ 聖世祖の主日 Неделя святых праотец 降誕祭の前の前の主日の別名。旧約時代の聖人、義人たちを記憶する。ハリストスの降誕は、旧約の成就であり、連綿と受け継がれた信仰を集約するものであることを学ぶ。

せいぞう 聖像 икона 「イコン」のこと。特に古い正教会の書籍には「イコン」ではなく「聖像」という言葉が用いられている。→イコン

せいたいきみつ 聖体機密 Таинство Евхаристии (Tainstvo Evharistii) 七件機密の一つ。正教徒が永遠の生命を得るために、主イイススの尊体尊血を受ける機密。領聖。

せいたいれいぎ 聖体礼儀 Божественная Литургия (Liturgiya) パンとぶどう酒から聖変化したイイスス・ハリストスの尊体尊血をいただく儀礼のこと。毎週主日には必ず執行し、教会の暦にしたがって祭日などにも執り行われる。奉神礼の中心であり、その中でいただく「御聖体」こそ信仰生活の中心である。ギリシャ語で「感謝」を意味する「エウハリスティア」(ユーカリスト)と呼ばれることもある。現在、正教会で行われている聖体礼儀にはいつくかの種類がる。(1)聖大ワシリイの聖体礼儀:聖大ワシリイが作成したといわれる聖体礼儀で、年10回だけ行われる。(2)聖金口イオアンの聖体礼儀:ほとんどの主日、祭日に執行されるもので、聖大ワシリイの聖体礼儀を少し短くしたもの。ふつう「聖体礼儀」と言えば、この金口イオアンの聖体礼儀を指す。(3)問答者聖グリゴリイの聖体礼儀(先備聖体礼儀):復活祭前の準備期間である大斎期に、晩課の祈りにつづいて御聖体を領聖する奉神礼。そこで領聖する御聖体は、先の聖体礼儀で作られて準備されたものなので「先備聖体礼儀」と呼ばれるが、「聖変化」は含まれないので厳密には上記(1)と(2)と同じレベルでの「聖体礼儀」ではない。

せいたいれいぎだいしき 聖体礼儀代式 Последование Изобразительных もともと聖体礼儀を行わない時に「代わりに」祈るための聖詠などの歌や祝文で構成された奉神礼。今では、大斎や受難週の平日の祈祷において、第九時課につづけて祈られる部分。「ティピカ」とも言う。

画像85 - 正教用語集せいだいワシリイ 聖大ワシリイ св. Василий Великий 4世紀の聖師父で、偉大な功績を残した聖人として「大」という言葉が付け加えられる。カッパドキヤで生れ、ケサリヤ(カエサリア)の主教になったため「聖神父カッパドキヤのケサリヤの大主教大ワシリイ」とも呼ばれる。修道、福祉、奉神礼などの面で多大な影響を与えた。ワシリイが編纂したとされる「聖大ワシリイの聖体礼儀」は、現在、年10回行われるように指定されている。

せいでん 聖伝 Священное Предание イイスス・ハリストスが使徒たちに与えた信仰や教えは、正教会によって世代から世代へと連綿と受け継がれてきた。この「受け継ぎ」は、教会の聖なる伝統であることから「聖伝」という。「聖伝」を伝えていく中に、神の導きがある。神・聖神゜が「あらゆる真理に導いて」(イオアン 16 : 13)くださるからである。「聖伝」とは、形や言葉を機械的に保存することではない。むしろ、いつでもどこでも聖神の臨在によって神の啓示を教え伝えるということである。つまり、生きたものである。「聖伝」の中で生きた生活をすることによって、正教会の教えが理解できるようになる。正教徒とは、「聖伝」を生きる者だといえる。正教会とは、「聖伝」そのものである。すなわち、正教会のもつ聖書、奉神礼、教義、聖師父、イコン、聖歌、その他さまざまものが、すべて聖伝の中にある。

せいどう 聖堂 храм 教会の祈祷用の建物。正教会の聖堂は、全世界どこでも必ず東にむかって建てられる。

せいどうさい 聖堂祭 престольный праздник (prestolny prazdnik) 各聖堂で特別に祝われる祭日。たとえば、「復活聖堂」という名の聖堂では、復活祭が聖堂祭となる。堂祭。

せいな 聖名 святое имя, христианское имя (svyatoe imya, hristianskoye imya) 新しく洗礼を受ける信徒が、その守護聖人となる聖人に因んでいただく名前。男性は男性の聖人から、女性は女性の聖人から選ばれ、自分の聖名の聖人の記憶日は、自分の聖名祭となる。正教会の聖名はギリシャ語由来の名前が多い。

せいなさい 聖名祭 именины (imeniny) 各信徒の守護聖人を記念する祭日。聖名祭を祝う信徒は、その日の礼拝に参加して領聖する習慣がある。

画像20 - 正教用語集せいパン 聖パン просфора (prosfora) 聖体礼儀を行うときに用いる特別なパン。ギリシャ語で「携えこられた物」「供えられたもの」の意。「供餅」という漢字が当てられる。単に「聖パン」と呼ばれることが多い。プロスフォラは、白い小麦粉で煉られた発酵したパンで、二段重ね(ハリストスの二性を表す)の円形に形成されている。その上面には、十字と「IC XC NI KA」(「イイスス・ハリストス 勝利」という意味)の文字が記されている。

画像37 - 正教用語集せいひ 聖匙 лжица 領聖の時、御聖体を信徒に与えるために用いる聖なるスプーン。領聖の時に用いる方法は、およそ8世紀頃から始まったとされる。ロシア語では「ルジーツァ」、ギリシャ語では「コクリアリオン」もしくは「ラビダス」という(ラビダスは「挟むもの」という意味で、イザヤ 6 : 6の「火ばさみ」の関連からの名称)。

せいふきみつ 聖傅機密 Таинство елеосвящения, Соборование (Tainstvo eleosvascheniya, Soborovaniye) 七件機密の一つ。重病者のために行う機密で、病者に油を塗り、罪の赦しと快癒を祈る。死に直面している人のためには、信仰を固め、精神的な力を与える。基本的には、七人の司祭が交代で聖書を読んで祈り、七回油を塗るが、司祭一人でも行うことはできる。また、受難週には健康な信徒にも授けるという習慣がある。

せいへんか 聖変化 преложение, пресуществление (Святых Даров) 聖体礼儀の中で、聖神の力によって、パンとぶどう酒が成聖され、主イイスス・ハリストスの尊体尊血に変化すること。正教会では、パンとぶどう酒を象徴として主イイススの体と血に見立てているのではなく、成聖された聖祭品は現実にハリストスの体と血であると信仰している。聖体機密を行う聖務者は、パンとぶどう酒に聖神が降ることを祈り、神父かみちちに向かって「この餅へいをもって、なんじのハリストスの尊体と成し、この爵中のものをもって、なんじのハリストスの尊血と成し、なんじの聖神をもってこれを変化せよ」と唱えつつ、聖餅と聖爵に祝福する。このとき、聖神が降臨し、パンとぶどう酒はハリストスの体と血に変わる。すなわち、パンとぶどう酒の実体が尊体尊血の実体に変わり、ハリストスが聖体機密に臨在(現存)するということである。

餅(パン)と酒(ぶどう酒)はその実体を変化して彼(ハリストス)の真体真血となる。これを、主が機密に臨在す、と云うなり。けだし餅酒(パンとぶどう酒)自らその実体を変化してハリストスの体血となるにあらずんば、餅(パン)はハリストスの真体となり酒(ぶどう酒)はハリストスの真血となるあたわざるなり。(府主教マカリイ著『正教定理神学』、575頁)

ただし、聖変化後も、われわれの五感から見たパンとぶどう酒の物理的な特徴(外観、味、色、匂いなど)は変わらない。聖体機密において、どのようにしてパンとぶどう酒がハリストスの尊体尊血に変化するかは、計り知れない神秘であり、正教徒にとって敬虔な信仰の対象となっている。

せいむしゃ 聖務者 священнослужитель (совершающий богослужение) 奉神礼を執り行う神品のこと。

せいむちょう 聖務長 複数の神品で奉神礼が行われる際の長となる聖務者。「首聖務者」とも。

画像87 - 正教用語集ぜいりとファリセイのしゅじつ 税吏とファリセイの主日 Неделя мытаря и фарисея 大斎準備週間の中の第一番目の主日。この日から三歌斎経が使用され始める。ルカ 18 : 10-24 にある「税吏とファリセイの譬」が、この日の聖体礼儀の福音として読まれる。大斎はファリセイのような高慢を避け、税吏の痛悔・悔改めに倣うためにある。この主日に続く一週間は、「不禁食週間」と呼ばれ、斎を守ることを誇ったファリセイに倣うことのないように、あえて水曜日と金曜日に斎をしない。

せいれっそのしゅじつ 聖列祖の主日 Неделя святых отец 降誕祭の前の主日の別名。聖世祖の主日と同じように旧約時代の聖人、義人たちを記憶するが、この日の聖体礼儀の福音としてマトフェイ 1 : 1~25にあるハリストスの系図の部分が読まれることが特徴。

せきしん 藉身 воплощение, вочеловечение (Христово) 神が人となったことを意味する用語。神言かみことば(ハリストス)が「身をとった」ことを表している。一般では「受肉」。「藉」はまた「敷く」「~による」「ゆるす」という意味がある(「籍」は別字なので注意)。「身」とは、心も体も含めた全体というニュアンスがある。イイスス・ハリストスは神が藉身したお方(神人かみびと)である。

画像86 - 正教用語集ぜんくじゅせんイオアン 前駆授洗イオアン Предтеча и Креститель Иоанн ハリストス到来の前に現れて人々に悔改めの洗礼を施した最後の預言者。「前駆」とはハリストスの先駆け、「授洗」とはハリストスに洗礼を授けた者という意味。「イオアン」という名(一般では「ヨハネ」)には、「主の恵み」という意味がある。

せんぱつしき 剪髪式 постриг (монашеский) (postrig) 髪を剪きって修道士になる儀式。従順、貞潔、清貧の誓願を立てることを伴う。

せんびせいたいれいぎ 先備聖体礼儀 Литургия преждеосвященных Даров (Liturgiya prezhdeosvyaschennyh Darov) 大斎期間中の平日に行われる聖体礼儀。御聖体の聖変化は行われず、領聖には先備聖体(その前の聖体礼儀で用意した御聖体)を用いる。問答者グリゴリイの編纂によると伝えられ、初代教会時代の古い奉神礼の形を今に残しているとも言われる。

せんれい 洗礼 крещение ギリシャ語「バプティスマ」の訳語で、単に「洗せん」と訳されることも。「(水の中に)浸す」というのが原語の意味。信経では「我、信ず、一つの洗礼、もって罪の赦しを得るを」といい、洗礼が一生に一回のみであること、洗礼をとおして罪の赦しを得て神との結びつきが回復されることを教える。ハリストスは、ご自身のためではなく、すべての人のために、ヨルダン川の水で、前駆授洗イオアンから洗礼を受けた。洗礼機密のことを単に「洗礼」と言う。正教会の洗礼は、必ず至聖三者の名(父、子、聖神゜)によって授けられる。

せんれいきみつ 洗礼機密 Таинство крещения (Tainstvo krescheniya) 七件機密の一つ。正教会の信徒となるための儀式。全身を水中に浸し(専用の設備がない場合には頭上に水をそそぎ)、キリストによって原罪を清められて新しい生命によみがえる。聖洗機密。

せんれいさい 洗礼祭 Крещение Господне 十二大祭の一つ。主イイスス・ハリストスが洗礼を受けたことを記憶する祭。「神現祭」もしくは「光照祭」とも呼ばれる。⇒神現祭

せんれいばん 洗礼盤  крещальная купель (kreschal’naya kupel’) 洗礼機密を受けるための大型の容器。

せんれいしつ 洗礼室 крещальня (kreschal’nya)  洗礼機密を行うための専用部屋。全身を水中に浸すための小型プールが設けられることがある。

 そ

そうか 早課 утреня (utrenya) 時課の一つ。 朝(早朝3時ごろに相当)の祈り。さまざまな祈祷文、聖詠(詩編)、聖歌が豊に盛り込まれているが、主に「感謝」と「讃美」がテーマ。スラヴ系の正教会では、「晩課」「早課」「第一時課」を「徹夜祷」と称して前晩に行うのが習慣となっているので、「早課」と言いつつ夜に行われることが多い。

そうげっかけい 総月課経 Общая Минея (Obschaya Mineya) 「成聖者の総奉事」「克肖者の総奉事」など、特定の聖人や祭日ではなく、それぞれの種類の聖人や祭日を記念する奉事式を収録した祈祷書。特定の聖人への奉事がまだ作成(翻訳)されていない場合に用いる。

ぞうせいしゅ 造成主 Творец, Создатель 全てのものを創造した主なる神のこと。「造物主」とも言われる。神様は無からすべてを創造したが、その創造したもの(材料)をもって新しいものを「造成していった」というニュアンスもこの言葉には含まれている。

ぞうれんとう 増連祷 просительная ектения 連祷の一つ。信徒が「主、賜えよ」と応答する連祷の形。「増連祷」の「増」は祈る心の熱心さを「増す」という意味。

ぞくしん 属神゜духовный ギリシャ語「プネウマティコス」の訳語で、一般では「霊的」「霊的な」と訳される。「属神゜」とは「神゜」の世界に「属している」という意味。

そのなはひがし その名は東 Восток имя Ему 「イサイヤ、祝えよ」で始まる聖歌(主日カノン第5調第9歌頌、婚配式や神品機密の聖歌)の中に出てくるフレーズで、ハリストスのことを指す。出典は旧約のゼカリヤ書6章12節。ただし、ヘブライ語で「枝」という言葉が七十人訳ギリシャ語聖書では「アナトリイ(朝日、日の出、東)」となっているため、「その名は東」と訳された。ハリストスが「東(アナトリイ)」と呼ばれることについては「上よりの東」を参照。

そうしゅきょう 総主教 патриарх (patriarh) 主教職の最高位で、各国の独立教会の上に立つ聖職者。

ソレヤ(高処) солея (soleya) イコノスタスの前の床が聖所(聖堂の中央部)より一段高くなっている所。聖職者が礼拝の際に往来するスペースで、信徒の立つ聖所から、低い格子によって遮られることがある。

 

た

だいいちじか 第一時課 Первый час 時課の一つ。夜明けごろ(6時~7時)に行われていた祈祷に由来する。未明におこなわれたハリストスの裁判(マルコ 15 : 11 他参照)をテーマにもつ。

だいえいしょう 大詠頌 Великое славословие (Velikoe slavoslovie) 早課の終盤で「凡そ呼吸いきある者」とそのスティヒラにつづいて歌われる聖歌。「至と高きには光栄、神に帰し……」(ルカ 2 : 14)で始まる。主日、祭日の早課では歌われ、平日には読まれる祈祷の一つ。総じて聖三者を讃美する句から成り、聖三祝文に終わる。「大頌詠」とも。

画像38 - 正教用語集たいき 太気 воздух (vozduh) 聖体礼儀の際、ディスコスとポティールの両方を覆う長方形の布。イイスス・ハリストスの遺体が包まれた布を象る。また、大気が地球を覆うように、聖神゜が主の尊体尊血となる聖なる献げ物の上を覆うことを象る。聖体礼儀では、信経の時に上下に揺り動かされるが、これは、聖神゜の恵みを表わすものとして風を起こすためである。また、ハリストスの復活の時に起きた地震を表すとも言われる。

だいくじか 第九時課 Девятый час 時課の一つ。昼の3時ごろに相当する。町の教会などでは通常あまり行われず、大斎期に「第六時課」につづけて行う習慣となっている。ハリストスの死がテーマ(マルコ 15 : 33 他参照)。

たいごう 体合 соединение 人と神ハリストスが合わせられて一体となること。

だいさんじか 第三時課 Третий час 時課の一つ。朝の9時ごろに相当する。実際は、聖体礼儀を行う前に祈る習慣となっている。ハリストスが十字架につけられたこと(マルコ 15 : 25)や、使徒たちに聖神が降臨したこと(使徒 2 : 1 以下)をテーマにもつ。

だいし 代子 крестный сын или дочь 代父母との関係で子に相当する人。

だいしき 代式 Чин обедницы 司祭が不在の時、信徒の代表が先導して祈祷を行う奉神礼。聖体礼儀の中の司祭が唱えるべき祈祷文、アナフォラや領聖の部分が無く、単に連祷やその他の聖歌が歌われる形に整理されている。時課経にある「聖体礼儀代式」とは別物。

だいしゅうどういん 大修道院 лавра (lavra) 古い歴史を持つ大規模な修道院や中心的な修道院に与えられる称号。モスクワ近郊の聖三者聖セルギイ大修道院、サンクト・ペテルブルグの聖アレクサンドル・ネフスキー大修道院、キエフ洞窟大修道院、プスコフ洞窟大修道院がある。ラヴラ。

画像39 - 正教用語集だいじゅうじか 大十字架 「十字行」と呼ばれる行進のときに持って歩く特別な十字架。普段は至聖所の中に安置されるが、受難週の聖大金曜日に、就寝聖像を聖堂の中央に安置する時に、その後ろ側に立てられ、ハリストスの十字架上の死と葬りを記憶する。そして十字行の時に、イコンなどと共に携えられ行進が行われる。その歴史は古く、すでに4世紀の文献に言及があり、6世紀には習慣化され、11世紀には十字架そのものにイコンが書かれるよ うになった。日本で使用されている大十字架には金属の覆いが施され、ハリストスの十字架刑のイコンや、その裏には復活のイコンが書かれているものが多い。

だいしょうえい 大頌詠 Великое славословие ⇒大詠頌だいえいしょう

だいせいどう 大聖堂 собор (sobor)

たいさい 大斎 Великий пост (Velikiy post) ⇒大斎おおものいみ

だいしゅきょう 大主教 архиепископ (arhiepiskop) 主教職の一つ。府主教に次ぎ、主教の上の位階。

だいせいにゅう 大聖入 Великий вход (Velikiy vhod) 聖体礼儀の中で、ヘルヴィムの歌が歌われる時、神品によって祭品が奉献台から宝座に移される儀式(神品は聖爵とディスコスを手にイコノスタスの北門を出、記憶の祈りを唱えて王門に入る)。これは、主が十字架より降ろされ、墓に納められたことを象る。一旦、至聖所から聖所に出て、再び至聖所に入るが、もともとは別の場所から至聖所に祭品を運び「入れる」行為だった。

だいふぼ 代父母 крестные родители, восприемники (kryostnye roditeli, vospriemniki) 幼児が洗礼を受ける場合、まだ物心がついていない幼児の代わりに洗礼の際の誓いを立てる信徒。また、日本正教会では大人が洗礼を受ける場合も代父母がつく習慣がある。

だいれんとう 大連祷 Великая ектения 連祷の一つ。信徒が「主、憐れめよ」と応答する連祷の基本的な形。様々な奉神礼の最初に位置している。

だいろくじか 第六時課 Шестой час 時課の一つ。正午12時ごろに相当する。実際は「第三時課」に続けて行う習慣がある。十字架上のハリストスがテーマとなっている(マルコ 15 : 33 他参照)。

ダニイル Даниил 旧約の預言者で、「ダニイル書」の中心人物。バビロン捕囚の時、ネブカデネザル王の夢解きをして頭角をあらわし、バビロンの総督となり、最も高い官位を保った。獅子の穴から救出された話や、偶像崇拝を拒んだ三人の少者(若者)が炎の中から救われた話は、第7イルモスのテーマとなっている。

たん 端 зачало 暦によって読むべき箇所を明示するために『使徒経』と『福音経』に施された単位のこと。ギリシャ語では「ペリコペ」といい、「切り取られたもの」という意味。聖書を区切って暦に従って読んでいく方法は、律法書と預言書を読むユダヤ教のシナゴーグの祈りに由来する。現在の端のサイクルの確定は、8世紀に遡ると言われる。年間をとおして、ほぼ毎日の端が指定さ れており、四つの福音書のほぼ全体が聖体礼儀において一年間で通読されることになる。「端」とは別に、便宜上、聖書には章と節が施されているが、これらは 13世紀頃にイギリスにおいてまず章分けが、16世紀頃にフランスにおいて節が施されたと言われている。

たんいろん 単意論 монофелитство ハリストスに神としての意志一つしか認めない異端。正教では、ハリストスには神の意志と人の意志の両方があり、その二つは一致していると教える。

たんせいろん 単性論 монофизитство ハリストスに神としての性質一つしか認めない異端。ハリストスの藉身の瞬間、偉大なる神性の中に小さな人性は溶け込み、変化し消失したと言う。一つの本性しか認めないので「単性論」と呼ばれる。正教では、ハリストスは、神としての一つの格と二つの本性(神性と人性)をもつと教える。そして、その二つの本性は、「混合せず変化せず分かれず離れず」に完全に一致している(第四全地公会の定理)。

だんにくのしゅじつ 断肉の主日 Неделя мясопустная 大斎準備週間の中の第三番目の主日。この日を境に、復活祭を迎えるまで肉食を断つことからこの名称で呼ばれる。またマトフェイ 25 : 31 – 46にある「最後の審判を表す羊と山羊の譬」がこの日の聖体礼儀の福音として読まれるので、別名「審判の主日」とも呼ばれる。

 ち

画像43 - 正教用語集ヂェーズル 権杖 жезл 主教が奉神礼の時に用いる杖。神の民(神品、信徒)の牧者、父親、保護者たる主教職の属神的権威の象徴。

ちちのふところ 父の懐 лоно (недро) Отчее 「父」とは、「神・父」のこと。「懐」とは、その真ん中であり、親が懐に子を抱くイメージから、愛に満ちあふれる親子の関係を表わす。すなわち、神・子ハリストスは、父の懐におられる(ヨハネ 1 : 18 参照)。

ちちのみぎにざするもの 父の右に座する者 Сидящий одесную Отца ハリストスのこと。ハリストスは、昇天して「神(父)の右に座られた」(マルコ 16 : 19)。

ちどう 地堂 Эдем エデンの園のこと。特に元祖アダムとエワが最初に住んでいた場所としての楽園を意味する。→天堂

ちめいしゃ 致命者 мученик (muchenik) 聖人の種類の一つ。いかなる困難にも負けず、信仰によって神への愛を貫き通し、ついに己の命までも主に献げた人。一般では「殉教者」。

ちょう 調 глас (glas) 聖歌を歌うための定型のメロディーのこと。八つのパターンがあり、それぞれに数詞をつけて「第一調」などと呼ぶ。八調経においては、一週間毎に調を順番に変えて行き、一調~八調のサイクイルで繰り返す。その他、祭日などでは、それぞれ歌うべき調が指定されている。→八調経

ちょうかいしさい 聴悔司祭 духовник (duhovnik) 信徒の痛悔(痛悔機密の際の罪の告白)を聴聞する司祭。聴罪司祭。修道院では、修道士の痛悔を聴聞し指導するため、経験豊かな神父が特別に選ばれる。

ちょうしさい 長司祭 протоиерей (protoierey) 功績のある司祭に与えられる称号。

ちょうじゅう 聴従 послушание 神の声や聖句をはじめ、自分よりも洞察力のある優れた相手の言葉に聴き従うこと。主に修道士などが属神的指導者(聴悔神父)の言葉に聴き従い、自分の意志を断ってゆく訓練を意味する。神の前でへりくだる上で欠かせない道。参考:『聖師父の格言300選』

ちょうほさい 長輔祭 протодиакон (protodiakon) 功績のある輔祭に与えられる称号。

画像44 - 正教用語集チョトキ чётки 布で編まれた数珠。絶え間ない祈りである「イイススの祈り」を行う時に用いられる。祈りの数を数えるため(チョトキはスラヴ語で「数える」の意)とも言われるが、リズムよく祈りに集中するためにも用いられる。数珠の玉の数は、さまざまある。ギリシャ語では「コンボスキニオン」(「縄」の意)と言う。

 つ

つうかい 痛悔 покаяние (pokayanie) 「悔い改め」「回心」のこと。信者はすべて神との間に契約を結んだ者であり、この契約に忠実に生活しているか絶えず自己注視する義務がある。もしこの契約を破ることがあれば、ただちにその行為を反省し、神に罪の赦しを祈り、再び破ることのないように、自力だけに頼らず神の加護を求めることが肝要である。ギリシャ語では「メタノイア」といい、「考え方の方向転換」を意味する。広義には「痛悔」とは、痛悔する心であり、その心に基づいた行動のことを言うが、狭義には「痛悔機密」を指すこともある。参考:『聖師父の格言300選』

つうかいきみつ 痛悔機密 Таинство покаяния, исповедь (Tainstvo pokayaniya, ispoved’) 七件機密の一つ。自分の罪を悔い改め、神へ心を向け直す気持ちを言葉で表し、罪のゆるしを得る機密。司祭は、罪を繰り返さないための助言をすることもあるが、基本的にはその人が心から痛悔の心をもっていることを証する証人にすぎない。「罪のゆるし」という恩寵を受けるがゆえに「第二の洗礼」とも呼ばれる。聖事経では「告解禮儀」と記されている。日本正教会では、御聖体を領聖する信徒は、その前に痛悔機密を受けておくべきとされている。

つうかいしゃ 痛悔者 исповедник (ispovednik) 痛悔機密を受ける信徒。

つねにさいわい 常に福い  Достойно есть (Dostoyno est’) ①生神女に捧げる代表的な祈り。「常に福いにして全く瑕なき生神女、我が神の母なる爾を福いなりと称うるは真に当れり、ヘルウィムより尊く、セラフィムに並びなく栄え、操を破らずして、神・言を生みし実の生神女たる爾を崇め讃む」と唱える。②生神女マリヤを讃美する聖歌。冒頭の言葉がタイトルになっている。ギリシャ語では「真に当たれり」を意味する「アクシオン・エスティン」がタイトル名。前半部分は、10世紀頃、アトス山において天使ガウリイルが若い修道士の前に現れて教えたものという伝承がある。後半の「ヘルヴィムより尊く~」の部分は古くから歌われており、8世紀頃の聖歌者コスマの作とされる。会合などの閉会の時に歌い祈られる習慣がある。

つみ 罪 грех 神の戒めに反した思い、言葉、行動。知ると知らざる罪がある。参考:『聖師父の格言300選』

つみのふち 罪の淵 бездна греха 「淵」とは、深い水の底であり、ヨナ書 2 : 5 を元にして作られたフレーズ。「罪の虜となっている状態」や「神に遠のいた生活をしてしまっている状態」のこと。

 て

画像45 - 正教用語集ディキリ(二光燭) дикирий  主教が奉神礼の際にトリキリイと共に使用する聖器物。二本のロウソクが一つに束ねられたもので、その燭台ごと主教が手に持って信徒を祝福するために使う。ハリストスの神性と人性が一体であることを象る。「ディキリ」とは、もともとギリシャ語で「二本の蝋燭」という意味。「トリキリ」と対で使用される。→トリキリ

ていざい 定罪 осуждение 罪に定められること。審判、裁き、刑罰の意。「元祖よりの定罪」(主日トロパリ4調)とは、アダムの堕落によって生じた罪のこと。

デイシス Деисис 「嘆願」とか「懇願」という意味をもつギリシャ語で、真ん中にハリストスがいて、両脇に生神女マリヤと授洗イオアンがいる構図のイコンのことをいう。その歴史は古く、一説によれば、7世紀頃のエルサレムの主教聖ソフロニイによって言及されていると言われている。ロシアでは、イコノスタスの一部に組み込まれ、聖使徒や天使たちが両脇に並んでいることも(「大デイシス」とも呼ばれる)。「デイシス」は、私たちのためにマリヤやイオアンが、「転達(とりなしの祈り)」している、ということを教えている。「デイシス」の中のハリストスは、普通、きらびやかな装飾のある王座に座っている。この王座は、審判するための椅子でもあり、最後の審判を私たちに想起させる。その左手には聖書があり、私たちが神の教えを守って生きるべきことを告げる。しかし、その右手は祝福の形をしており、その教えを守りきれない罪人である私たちに大いなる憐れみをもっておられることを表す。悔い改めの心をもって、マリヤとイオアンの「転達」を願いつつ、罪の赦しを願うことが、「デイシス」の前で祈る時の姿勢である。

画像47 - 正教用語集ディスコス(聖盂) дискос (diskos) 聖体礼儀に使う主要な聖器物の一つ。ご聖体や記憶されたパンの小片を安置する聖なる皿。「ディスコス」とは、もともとギリシャ語で「丸い小皿」を意味する。

ていせい 定制 домостроительство, смотрение (Божие) ギリシャ語「イコノミア」の訳語で、一般では「摂理」。「イコノミア」はもともと「家庭の世話」を意味したが、神による配慮、統治、管理、計画を意味するようになった。「定制」には「制度を定める」という意味の他に「一定の決まり」という意味があり、神によって定められた救いの道という意味があると思われる。奉事経には「我等に於ける定制を成全し」とか「父の定制を悉く成満せし」という言葉がある。

ティピコン(奉事例) Типикон 「型にはまった」「範例的な」という意味のギリシャ語「ティピコス」に由来する言葉で、正教会で行われる祈祷の式次第や所作、暦による変更などの指示が記された書。日本語には訳されていない。

テオシス теосис 「神成(神化)」のこと。「テオ(神)」「オシス(状態、身分)」からなるギリシャ語。⇒神成しんせい

でし 弟子 ученики ハリストスに従って福音を体得し伝道した人々。正教会では「門徒」という言い方も。十二弟子は有名だが、女性の弟子(「女弟子」と言う)や七十人の弟子(「七十門徒」と言う)もいる。その他に、ある人物がその後継者として選んだ者という一般的な意味にも用いる。

てつやとう 徹夜祷 всенощное бдение (vsenoschnoe bdeniye) 主日や祭日の前日の夜に、晩課と早課と第一時課を続けて執り行う奉神礼のこと。古代において信徒が文字通り徹夜して祈った習慣があったことから「徹夜祷」という名称があるが、現在では実際には徹夜はしない。誤解を避けるために単に「前晩祷」と呼ぶことの方が多い。しかしながら、正教会における一日の始まりは夕方にあるので、正確には前日の祈祷ではなく、すでに当日(主日もしくはその祭)が始まったがゆえに祈る祈祷である。

てんいん 典院 игумен (igumen) 高位の修道司祭の称号。「イグーメン」(指導」という意味)とも呼ばれる。掌院に次ぎ、修道司祭の上の位階。

でんきょうがっこう 伝教学校 катехизаторское училище (katehizatorskoe uchilische)

でんきょうしゃ 伝教者 катехизатор (katehizator)

てんぐん 天軍 Силы Небесные 「天の軍勢」すなわち「天使の群れ」のこと。天にはおびただしい数の天使がおり、「万軍」とも呼ばれ、従順に神に仕えている(ルカ 1 : 13 参照)。

てんこく 天国 Царство Небесное 「国」と訳された「バシレイオス」は、「支配」という意味。すなわち、天において神が支配する世界であり、神の光栄が満ちいる、永遠に光り輝く、全く善なる世界。救われた者の入る世界。万物が、その創造主かつ摂理主である神との完全なる交わりを果たす世界。至福の世界。「神の国」「楽園」「天堂」「アウラアムの懐」「安息の所」「光る処」なども「天国」と同義語。なお、正教会訳「新約」では、「てんこく」と濁点のとれたルビがふられている。

てんし 天使 ангел ⇒神使

てんししゅ 天使首 архангел (arhangel) 天使の九階級(セラフィム、ヘルウィム、天使首、天使など)の第八位であり、天使の上。天使首ミハイル(ミカエル)、天使首ガウリイル(ガブリエル)が特に有名。

てんしゅけい 天主経 Молитва Господня (Отче наш) (Molitva Gospodnya (Otche nash)) 主イイスス・ハリストス自ら教えられ唯一聖書に書き留められた祈祷で、最も大切な祈りとされる。その始まりの言葉から「天にいます」と呼ばれることが多い。別称「主の祈り」。「天に在います我等の父よ~」と唱える(マトフェイ 6 : 9~13 参照)。

てんたつ 転達 предстательство, ходатайство 「とりなし」「仲介」という意味。「転」には「運ぶ」「伝える」という意味、「達」には「とどく」という意味がある。生神女マリヤや諸聖人たちのとりなしの祈りが「転達」と呼ばれる(コリンフ後 1 : 11 参照)。

てんどう 天堂 рай 天国のこと。「パラダイス」の訳。「楽園」とも訳される。もともとは「エデンの園」を意味していたが、私たちが帰るべき楽園として「天国」と同義語のようになった。→地堂

てんのおう 「天の王」 Царю Небесный (Tsaryu Nebesniy) 聖神(聖霊)に捧げる代表的な祈り。「天の王、慰むる者や、真実の神しん、在らざる所なき者、満たざる所なき者や、万善の宝蔵なる者、生命を賜うの主や、来りて我等の中うちに居り、我等を諸々の汚れより潔くせよ。至善者や、我等の霊たましいを救い給え」と唱える。

てんもん 天門 Царские врата イコノスタスの中央にある門のこと。至聖所(天)と聖所(地)を結ぶ門なので、「天門」と呼ばれる。奉神礼において重要な意義づけがされ、開閉や通過が行われる。「王門」とも呼ばれる。天門には普通、四福音記者のイコンや生神女福音のイコンが取り付けられる。この門の前で福音が伝えられることを意味する。⇒王門

 と

どうえき 堂役 пономарь, алтарник (ponomar’, altarnik) 教衆以外の信徒で奉神礼の時に神品たちを補助する働きをする人々。

どうさい 堂祭 престольный праздник 聖堂には記念すべき祭や聖人の名が付けられるが、その堂の名前の祭のことを「堂祭」と言う。

とうしのしゅじつ 蕩子の主日 Неделя блудного сына 大斎準備週間中の第二番目の主日。ルカ 15 : 11-32にある「放蕩息子の譬」が、この日の聖体礼儀の福音として読まれる。大斎とは、自分の罪(放蕩)を自覚して悔い改めること、すなわち放蕩息子が我に帰って父の家へ帰ったように、神の元へ帰ることである。

とうとうしゃ 登塔者 столпник 聖人の呼称の一つ。修道の厳しさを求めて、自ら高い塔の上に住んだ聖人。祈りと斎に集中するための方法である一方、多くの人々が教えを乞いに集まることもあったため、決して世間との隔離を意味しない。

画像97 - 正教用語集とうはん 糖飯 коливо (kolivo) 穀物を炊いたものを蜜や砂糖で甘くした食べ物。永眠者の記憶の時に作られる。ギリシャなどでは麦が使われるが、日本では餅米を使う習慣が定着している。「一粒の麦が地に落ちて死ななければそれはただ一粒のままである。しかしもし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる」(イオアン 12 : 24)と言われたハリストスの言葉のとおり、穀物は永眠者の復活を象る。甘くするのは、天国の甘美さを表し、旧約における神の約束の地が「乳と蜜の流れる地」(申命記 6 : 3)と表現されたように、神の国のよき味わいを象る。通常、皿にこんもりと盛った上に、干しぶどうなどで十字架の形が描かれる。その他さまざまなお菓子類を飾りつけたりもする。永眠者の記憶の祈りが終わった後、参祷者全員で分かち合い、食す慣習となっている。ただし、糖飯そのものの由来は永眠者の記憶とは関係なく、聖致命者フェオドルが或る主教の夢の中で迫害を乗り越えるために指導して作らせたことに帰せられている。

どくせいし 独生子 Единородный Сын 神・子ハリストスのこと。「神・子」は、「神・父」の唯一の子であるという意味。

ドグマティク(定理歌) догматик 晩課の中で「主や爾に呼ぶ」のスティヒラにつづいて歌われる聖歌。その内容が生神女マリヤに関する讃歌であることから「生神女讃詞」の一つではあるが、特にマリヤによる神の藉身に関する「ドグマ(定理、教理)」を扱っていることから「ドグマティク」と呼ばれている。

どくりつきょうかい 独立教会 автокефальная Церковь 他から何も干渉を受けずに、すべてのことにおいて教会を自ら統治できる教会。ギリシャ語で「アウトケファリヤ」言い、「自身で頭を持つ」という意味をもつ。かといって正教会として分裂しているのではなく、一つの正教会としての絆がある。→自治教会

どせい 度生 житие, жизнь 生活する、生きていくという意味。「度」には「渡る」という意味があり、ティモフェイ前書 2 : 2 などでは「生いのちを度わたる」と訳される。

トリオヂ Триодь (triod’)⇒さんかさいけい、ごじゅんけい

画像50 - 正教用語集トリキリ(三光燭) трикирий (trikiriy) 主教が奉神礼の際にディキリイと共に使用する聖器物。三本のロウソクが一つに束ねられたもので、その燭台ごと主教が手に持って信徒を祝福するために使う。至聖三者の神を象る。「トリキリ」とは、もともとギリシャ語で「三本の蝋燭」という意味。「ディキリ」と対で使用される。

トロパリ(讃詞) тропарь (tropar’) 祭日の意義や聖人の本質を簡潔に歌いあげる聖歌。その日のテーマソングとも言うべき役割を果たす。主日のトロパリのテーマは「復活」で、特別に八種類あり、「八調」として順に用いられる。「トロパリ」とはもともとギリシャ語で「方法」「様式」「形式」という意味。漢字では「讃詞」と表記される(なお、カノンの中のイルモスにつづいて唱えられる短い祈りも「讃詞」と呼ばれる)。

トン・デスポティン Тон Деспотин 主教を歓迎する歌で、主教が奉神礼を行う時に歌われる。全文とその意味は以下のとおり。「トン(定冠詞)デスポティン(主宰を) ケ(そして) アルヒエレア(大祭司を) イモン(私たちの)、キリエ(主よ)フィラテ(守り給え)」。これに続いて「イス(~へ)ポラ(多くの)エティ(年があるように)デスポタ(主宰よ)」を三回繰り返して歌う。

 

な

なぐさむるもの 慰むる者 Утешитель 「聖神」のこと。聖神は、聖書の中で「パラクレトス」(「傍に呼び寄せられた者」の意)と呼ばれており、「助け主」とか「弁護者」と訳されるが、正教会訳では「撫恤者(なぐさむるもの)」となっている(イオアン 15 : 26)。→撫恤者(ぶじゅつしゃ)

画像52 - 正教用語集画像51 1 - 正教用語集ななとうしょくだい 七灯燭台 семисвечник 七つの灯火を灯す燭台で宝座の後方に置かれる。この由来は、旧約時代にさかのぼり(出エジプト 25章など)、幕屋とよばれる礼拝所や神殿、また会堂などで使用された。「七」は、第一に天地創造の七日間を想起させる。つまり、神様が万物をお造りなったことを記憶し、感謝し、讃美するための七つの光である。第二に、「七」は、神・聖神による七つの恩寵を表す。すなわち「明智(知恵深さ)」「聡恵(理解力)」「謀略(計画力、意志の強さ)」「勇毅(力強さ)」「超識(神を知ること)」「虔誠(敬虔さ)」「敬畏(神を畏れる心)」(イザヤ8章)。

画像53 - 正教用語集ナベドレニク набедренник (nabedrennik) 司祭に褒賞として授与される祭服の一部。パリツァと同様、霊的な武器としての神の言葉を象徴する。ギリシャ語で「膝(ベドゥロ)を覆うもの」という語源をもつ。「股衣こい」。もともとは神品が祈祷中に手を拭うための布であったが、次第に祭服の一部となり、ハリストスの教会の諸敵と戦うための「神聖なる剣」という象徴的な意味をもつようになった。長方形の小布の中央に十字架を付け、司祭の肩から吊るすようにして着用する。

なんしゃのしゅじつ 癱者の主日 Неделя о расслабленном 五旬節の第四番目の主日。この日の聖体礼儀においてイオアン 5 : 1~15 にある癱者の癒しの福音が読まれる。38年間も体を動かせない病気で悩んでいた孤独な男(癱者)は、ハリストスの「起きよ」の一言で癒された。これは私達にも与えられる復活の力を象徴している。

なんもん 南門 южные врата イコノスタスの向かって右手側にあるドア。東向きに建てられた聖堂では南側になるのでこの名称がある。主に聖所から至聖所に入る時に通る。神品以外は王門を通れないのでこの門を使用する。天使のイコンが取り付けられることが多い。

 に

にちようのかて 日用の糧 хлеб насущный 「天主経」の中にある言葉で、物質的な食物だけでなく属神的な食物も意味する(イオアン 4 : 43 など参照)。「日用の」とは、その日一日分のという意味。一日一日、神によって人は生かされているという信仰が、この祈りには必要。

にゅうこう 乳香 ладан 旧約時代から用いられてきた香で、乳香の木の樹脂。樹脂をとるために木に傷をつけると乳のような白い液体が出てきて凝固する。ヘブライ語では「レバナー」と言い、「白い」という意味の「ラバン」から派生した言葉(ギリシャ語でも音訳されて「リバノス」と言う)。現在ではさまざまな香りがブレンドされていろいろな種類の匂いのする乳香がある。乳香単独だけでは燃えないので、香炉の中の炭火の上に置かれて芳香と煙を放たせる。

にょおう 女王 Царица 生神女マリヤのこと。彼女は幼少の時から熱心に神に仕え、その信仰が認められて神の子を生むに至った。神の子・ハリストスは、「王」と呼ばれる存在であるため、マリヤも「女王」と呼ばれうる。また第44聖詠(詩篇45)にある「女王は爾の右に立てり」という預言的な言葉が生神女マリヤを意味することからもこの呼称が用いられる。

 ね

ネポロチニ непорочны 第118聖詠(詩篇119)=第18カフィズマのこと。冒頭の言葉「道に玷なく」をスラブ語では「ネポロチニ(罪が無い、汚点が無い)」というため、聖詠全体を指すタイトルとなった(ギリシャ語では「アモノス」)。

画像55 - 正教用語集ねむりのせいぞう 就寝の聖像 плащаница (plaschanitsa) 十字架上で亡くなったハリストスの遺体が書かれたイコン。「聖骸布」を象る。ふつう布で出来ている。ハリストスのご遺体のみの構図と、十字架から取り下ろして葬りの準備をする様子の二種類がある。イコンの周囲には「尊きイオシフは、爾の潔き身を木より降ろし、浄き布に包み、香料にて覆い、新たなる墓に納めたり」という文字も書かれる。受難週の聖大金曜日に聖堂の中央に置かれ、花で飾られ、その前で聖大スボタの早課が執り行われる。その後、担がれて十字行が行われる。また復活祭から昇天祭まで宝座の上に安置される。スラブ語では「プラシツァニッツァ」(「包む布」「覆い」の意)、ギリシャ語では「エピタフィオン」(「墓の上」の意)と言う。

 

は

画像54 - 正教用語集パーリツァ (方佩ほうはい) палица (palitsa) 主教、掌院、司祭の祭服の一部(司祭には褒賞として授与される)。紐を使って右の腰に佩用する菱形の布。属神的な武器である神の言葉を象徴する。ナベトレニクと同じく肩からかける。形が菱形になっただけで内容的にはナベトレニクと同じ。昔、パーリツァは主教だけが着けたものであったが、今日では掌院、修道院長をはじめ高位の司祭も着けるようになった。

ばいとう 陪祷 сослужение (sosluzhenie) 複数の聖職者が奉神礼を行う時、司祷者以外の者が共に立って奉事すること。

はしりつく 趨り附く прибегать 「趨」という漢字には「速く走る」「急ぐ」という意味があり、「附」には「たよる」「まかせる」という意味がある。第一に神ハリストスの恩寵のもとに、第二に生神女マリヤや諸聖人たちの転逹のもとへ急いで避難したいという心の表れとして祈祷文に頻繁に出てくる。

パスハ Пасха (Paskha) 「復活祭」の別称。もとは旧約時代の「過越祭」を指す。正教会訳聖書では、「逾越祭」と書いて「パスハ」と読ませている。ヘブライ語の「ペサハ」は、祭の食事、またはそこで食される小羊のことも意味する。また、正教会ではその「過越祭」の成就である復活祭のことを「パスハ」という。また、それを為し遂げたハリストスご自身をも指す。なお、復活祭の時に食される特別なお菓子(ケーキ)も「パスハ」と呼ばれる。

画像14 - 正教用語集はったんじゅうじ 八端十字 Восьмиконечный крест 十字架の上と下に二つの横棒がついている十字架の形で、八つの端を持っていることから「八端十字」と呼ばれる。また主にロシア正教会で使用されることから「ロシアン・クロス」とも。一番上の短い横棒は、「罪状札」を表している(イオアン 19 : 19以下、他参照)。下の方にある斜めの棒は体を支えるための「足台」を表しているが、これを天秤ばかりのようにわざと傾けさせているのは、ハリストスと共に十字架に掛かった二人の盗賊のうちの一人が悔い改めて天国を約束されたことを想起させるため。

はっちょうけい 八調経 Октоих (Oktoih) 奉神礼書の一つ。晩課、早課、晩堂課などで用いる第一調から第八調までの祈祷文が掲載されている。八調経の中では「オクトイホ」(ギリシャ語で「八つの様式」の意)とルビが振られている。

はっぽうし 発放詞 отпуст (otpust) 晩課、早課、聖体礼儀、その他の祈祷の最後に司祭が衆人に向かって祝福する言葉。曜日や祭日によってさまざまな種類がある。ギリシャ語では「アポリシス」といい「解き放つ」「去らせる」という意味。「発」には「送り出す」、「放」には「四方に広げる」という意味があり、祝福を頂いた信徒は祈祷を終えて、世の中に送り出されるという意味合いを持つ。

画像16 - 正教用語集パナギヤ панагия (panagiya) 主教が十字架と共に胸に掛ける聖像(胸間聖像)。おもに、生神女の聖像であることが多い。ギリシャ語で「至聖」という意味。語源は、そこに描かれている小型で円形の生神女マリヤのイコンにある。すなわち生神女マリヤご自身が「至聖なる者」である。主教がこれを絶えず身に着けている理由は、聖使徒の「言葉にも、行状にも、愛にも、信仰にも、純潔にも、信徒の模範となりなさい」(ティモフェイ前 4 : 12)という教えを間断なく思い起こすためである。

パニカディーロ паникадило (panikadilo) 聖堂の中央に天井から吊り下げられる大きな灯りのこと。シャンデリア。「パニカディーロ」はロシア語で、「たくさんの光」を意味する。ギリシャ語では「ポリエレオス」と言い、「たくさんの油」という意味。堂内を明るくするという便宜的な意味の他に「天空の星々」を象徴的に表し、至と高き所にいます神の光栄、すなわちハリストスの光を象る。

パニヒダ панихида (panihida) 死者のための祈祷式。永眠した親戚等の死後の安楽や救いを祈る。ギリシャ語の「パン(すべて)」「ニクス(夜)」「アド(歌)」からなる合成語で「夜を徹して歌って」死者のために祈ったことに由来。しかし、現代のギリシャの正教会では「パニヒダ」ではなく「ムニモーシナ(記憶)」と言う。

パラスタス парастас 大斎第二週と三週と四週のスボタ(土曜日)に行われる永眠者のために祈る奉神礼のこと。特別な時課や聖体礼儀が行われる、パラスタスとは、ギリシャ語で「そばに立つ」という意味。

パラマン параман (paraman) 修道士が身につける、十字架を描いた四角い布。四隅に縫い付けた4本の紐を使って服の下に着用する。イイスス・ハリストスの十字架を象徴する。

ハリスティアニン христианин 「ハリストスに従う者」の意で、一般では「クリスチャン」。キリスト教徒、ハリストスを着た者、ハリストスに生きている信仰者のこと。

画像92 - 正教用語集ハリストス Христос ヘブライ語「マシーハ(メシア)」をギリシャ語で意訳した言葉で、「油つけられし者」を意味する。旧約では特に王の即位の時に油を頭に注いでいたので、ダヴィド王の再来、すなわち「新たなるメシア」(油つけられし者)が待望されるようになって「救世主」という意味になった。イイススがハリストスであると認めることが信仰の基である。一般では「キリスト」と言うが、正教会ではギリシャ語の発音にならって「ハリストス」と表記する。

ハルデヤ(ハルデイ) Халдея バビロン地方の別名。一般では「カルデヤ」。特に、イスラエルがネブカデネザル王の率いるバビロン軍に敗れ、捕囚の屈辱を味わった時代を表す時に使用される。例えば「ハルデイの苦しめ人は」(主日カノン第8調 第8歌頌)「ハルデイを焼く神の詔は」(主日カノン第6調 第7歌頌)など。

パレミヤ(喩言) паремия (paremiya) 奉神礼の中で誦経される旧約聖書。主に三つセットになっている。祭日や大斎、受難週などの奉事において、それらに関係のある箇所が旧約聖書から抽出される。「パレミヤ」はギリシャ語で「譬」「諺」「教え」という意味がある。「喩言」とか「旧約節目」という漢字が当てられる。

ばんか 晩課 вечерня (vechernya) 時課の一つ。夕方に行われる。正教会では一日の始まりは夕方からであり、よって晩課は一日の最初の奉神礼に位置する。神による天地創造と救贖がテーマとなっている。

ばんぐんのしゅ 万軍の主 Господь Сил →サワオフ ヘブライ語「サワオフ」の訳語。

ばんじゅし 万寿詞 многолетие 時課や聖体礼儀、その他の奉神礼の最後に歌われる聖歌で、為政者や主教品のために「いくとせにも守り給え」と神に祈る。「万寿」は、ギリシャ語「ポリ(多くの)クロニオン(時間)」の訳。

ばんどうか 晩堂課 повечерие (povecherie) 時課の一つ。夜(21時ごろに相当)の祈り。「痛悔」がテーマとなっている。大斎期には、町の教会でも夕方に行うことが多い。晩堂大課(velikoe povecherie)と晩堂小課(maloe povecherie)とがある。

ばんゆう 万有 вся тварь (все творение) 「全被造物」のこと。創造主である神以外のすべて。

 ひ

ひかり 光 Свет 「神」のこと。「神は光なり」(イオアン一 1 : 5)。またハリストスのこと。「我は世の光なり」(イオアン 8 : 12)。物理的な光も霊的な光も、その光源は神ハリストスにある。神のみが造られざる光である。

ひょうしんしゃ 表信者 исповедник (ispovednik) 聖人の呼称の一つ。激しい迫害にもかかわらず、キリストへの信仰を表明して貫きとおした聖人。致命者(殉教者)との違いは、迫害を受けながらも死には至らない点である。

 ふ

ファラオン Фараон エジプトの王の称号。一般では「パロ」もしくは「ファラオ」。

ファリセイ фарисей ユダヤ教の主流の一派で、一般では「ファリサイ派」もしくは「パリサイ人」。ヘブライ語で「分離」(選抜)を意味する。正統的で伝統的なユダヤ教徒たちで、敬虔さをモットーとし、律法や口伝による掟を重んじた。しかし、その行き過ぎた律法主義や偽善に対して、ハリストスは厳しく批判した。

ふうし 夫子 равви 日本語で「長者、賢者、先生に対する尊称」として使用される語だが、正教会訳聖書においては、ハリストスに対して「先生」「教師」という意味で用いられている。ギリシャ語「エピスタテス(目上の人)」「ディダスカロス(師)」「ラビ(ヘブライ語で「大いなる者」)」の訳語。

画像93 - 正教用語集フェロン(祭袍) фелонь (felon’) 司祭職が聖体礼儀などを執行する際に着用する祭服の一つ。袖のない上着の形をしている。綺麗に飾られた栄光の十字架が付けられ、「義の衣」と呼ばれる。その反面、総督ピラトの前に引き出されたイイススが纏わされた「侮辱の衣」という意味ももつ。頭から被るようにして着用。昔は、フェロンは主教・司祭双方の共通の祭服であった(現在は司祭のみが着用)。

ふきゅうたい 不朽体 мощи (moschi) 聖人の遺体(聖骸)、またはその一部。神の恩寵が、生きていた彼等をとおして働き、またその遺体を通しても働きつづけることから「不朽体」という。正教会では、神の創造物である物質としての身体も、成聖され変容すると確信しているため、信者の崇敬の対象とされる。また、聖体礼儀を行うためのアンティミンスの中には、必ず聖人の不朽体の一部が縫い込まれる。

ふきんしょくしゅうかん 不禁食週間 сплошная седмица 斎をしない一週間のこと。税吏とファリセイの主日に続く週、光明週間、五旬祭に続く週、降誕祭に続く週がそれに該当する。

ふく 福 блаженный その地方の教会によって非常に敬愛され尊敬される聖人に付けられる語。聖人に列聖されずにいる義人たちのことではない(それはローマ・カトリックにおける見解)。福ワシリイ、福アウグスチン、福フェオフィラクト、福マトロナなど。

ふくいん 福音 Евангелие, благовестие 「喜ばしき音信おとずれ」の意。福音は神の国の平安を人々に伝え、全世界に主の救いをもたらす目的をもっている。ギリシャ語「エヴァンゲリオン」の訳語で、天使が伝える吉報も「福音」と呼ばれる。→生神女福音祭

ふくいんけい 福音経 Евангелие (Evangelie) 新約聖書にある四つの福音書だけを一冊に求めた書で、各奉神礼に必要な注意事項などが付録されている。特別な装具・装飾が取り付けられ、宝座の上に安置される。教会の只中にハリストスご自身が臨在されていることを象徴する。

ふくさいだん 副祭壇 придел (храма)

ふくしゅうどういんちょう 副修道院長 наместник (монастыря)

ふくしゅきょう 副主教 викарий (vikariy) ある主教の副として補助的な役割を果たす主教。

ふくはい 伏拝 земной поклон 床に平伏する動作。敬虔や謙遜、己の罪を悲嘆し痛悔の心を表現する。

ふくほさい 副輔祭 иподиакон (ipodiakon) 奉神礼において主教付きの堂役の役目をする教衆。司祭の補助も行う。輔祭になる一つ前の段階とも言えるが、神品とは呼ばれない。オラリを襷掛けのように身に着けるのが特徴。

ふくをくだせ 福を降せ благослови 主教や司祭に対して「神の祝福がいただけますように」と懇願する言葉。

ふこうきみつ 傅膏機密 Таинство миропомазания (Tainstvo miropomazaniya) 七件機密の一つ。ふつう洗礼をうけた直後に引き続き行われる機密。「傅膏」の「傅」は「つける」とか「塗る」という意味で、「膏」とは油のこと。神・聖神の恵みが新しい洗礼者に降るために、「聖膏」と呼ばれる特別な油を受洗者の体につけて、「聖神の恩賜の印」と唱えていく。

ふしゅきょう 府主教 митрополит (mitropolit) 主教職の一つ。総主教に次ぎ、大主教の上の位階。18世紀~20世紀初頭のロシア正教会では、総主教制が廃止されていたため、最高聖職者であった。

ぶじゅつしゃ 撫恤者 Утешитель 神・聖神のこと。「なぐさむるもの」と読むことも。「撫恤(ぶじゅつ)」は「いつくしみあわれむこと」という意味の熟語。神・聖神゜は、イイススと別れた弟子たちの憂いを解き、平安にし、力づけ、励まし、信仰を育む働きをした(使徒行実 9 : 31)。 →「慰むるもの」

ふしょう 付唱 припевы (канона) カノンのイルモスの後のトロパリの前に挿入される短い祈りで、同じ言葉がリフレインされる。その日の主題によってさまざまな附唱の言葉がある。たとえば、キリストの復活をテーマとした主日早課では「主よ、光栄は爾の復活に帰す」、生神女マリヤには「至聖なる生神女よ、我等を救い給え」など。また祭日の聖体礼儀のアンティフォンの中、その他の聖歌の中で繰り返し挿入される短い句のことも附唱と呼ばれる。

ふしんこう 不信仰 неверие 信仰がないこと。神の前では大きな罪となる。参考『聖師父の格言300選』

ふりょしんこういあんかい 俘虜信仰慰安会 Общество духовного утешения военнопленных (Obschestvo duhovnogo utesheniya voennoplennyh) 日露戦争中、ロシア人捕虜の信仰を慰めるために活動した日本正教会の組織。司祭を派遣するなどした。

プロキメン прокимен (prokimen) ⇒ポロキメン

プロスコミディヤ проскомидия (proskomidiya) ⇒ほうけんれいぎ

プロスフォラ(供餅) просфора (prosfora) ⇒せいパン

プロスコミディヤ (奉献礼儀) проскомидия ギリシャ語で「始める」「起こす」の意。聖体礼儀の最初の部分(第一部)に当たる。プロスコミディヤでは、主イイスス・ハリストスの降誕と受難、生神女マリヤ、諸聖人、生者、死者などを記憶する。「奉献礼儀」と訳される。

ぶん 分 частица (chastitsa)  司祭が奉献礼儀の際に、生神女・諸聖人・生者・死者を記憶して聖パンから切り取る小片。また、領聖者の人数に応じて「聖羔こひつじ」の一部を細かく切り、信徒領聖に用いる小片(『奉事経』では後者を「小分」という)。

ぶんいん 分院 подворье (podvor’e) 独立正教会・自治正教会・修道院の出張所として機能し、渉外的な役割が与えられている教会。日本には、ロシア正教会による「モスクワ総主教庁駐日ポドヴォリエ」が本駒込と下目黒に存在する。主としてロシア人信徒のために奉神礼の大半を教会スラヴ語で行っているが、日本人はじめ他国人の参祷を妨げるものではない。

 へ

へいきょしゃ 閉居者 затворник 聖人の呼称の一つ。隠遁してほとんど世間に姿を現さない勤行者。

へいし 聘質 залог 「確かな保証」「固い約束」を意味しており、神の国の民となること、復活の生命を与えることを聖神゜が保証し約束することを表す。

ヘルヴィム херувим セラフィムに次ぐ高位の天使。聖書には、エデンの園の門番(創世記 3 : 24)、神の箱の上に置かれた像(出エジプト 25 : 18 他)、主なる神がその上に座す天使(イザヤ 37 : 16 他)として登場する。→「神使」

ヘルウィムのうた ヘルウィムの歌 Херувимская песнь (heruvimskaya pesn’) 聖体礼儀の中心的な聖歌の一つで、特に前半部はゆっくりと歌われる。「我等奥密おうみつにしてヘルヴィムを像かたどり、聖三せいさんの歌を生命いのちを施す三者に歌ひて、今此この世の慮おもんぱかりを悉ことごとく退しりぞく可べし。神使しんしの軍の見えずして荷になひ奉たてまつる萬有ばんゆうの王を戴いただかんとするに縁よる。アリルイヤ、アリルイヤ、アリルイヤ」。「ヘルウィム」(ケルビム)とは、天使九階級の第二位>。

画像91 - 正教用語集へんようさい 変容祭 Преображение Господне 十二大祭の一つ。山の上でイイスス・ハリストスの姿が光り輝いたことを記憶する祭。この変容の光は、神の造られざる光であり、三人の弟子がその目撃者。この時、旧約の人物であるモイセイとイリヤも現れて神ハリストスと会話をした。ハリストスの変容は、神としての光栄なる姿を顕わしているので「顕栄祭」とも呼ばれる。この日、果物を教会に持参して成聖する習慣がある。

 ほ

ほうかん 宝冠 митра (mitra) ⇒ミトラ

ほうけんだい 奉献台 жертвенник (zhertvennik) 奉献礼儀を行う祭台。至聖所の左奥に置かれる。

ほうけんれいぎ 奉献礼儀 проскомидия (proskomidiya) 聖職者が至聖所の中で行う聖体礼儀の第一部。これから聖体機密を行うための聖パンとぶどう酒を用意する。⇒プロスコミディヤ

画像56 - 正教用語集ほうざ 宝座 престол (prestol) 至聖所の中央にあって、あらゆる奉神礼の要となる最も重要かつ神聖な祭台。高位聖職者によって成聖される。宝座は、様々な象徴的意味を持つ。聖体礼儀中の小聖入では主の伝道の拠点地、大聖入では主が葬られた聖墳墓、領聖の時には機密の晩餐の食卓、そして最後には主が昇天された場所(オリブ山)を象る。「宝座」という名称は、ここに神が臨在なさる(この上に坐す)ことから来ている。「聖堂」には、正式に成聖された宝座があり、その中には聖人の不朽体が安置されている。聖堂の中でも特に神が密かに臨在する場所。宝座の上にはアンティミンス(代案)、福音経、十字架、聖龕等が置かれる。

ほうじ 奉事 служба (sluzhba) 聖体礼儀、晩課、早課など、聖堂で執り行われる各種祈祷の総称。神に奉る事、すなわち祈祷一般のことで、奉神礼とほぼ同義語。

ほうじけい 奉事経 Служебник (Sluzhebnik) 祈祷書の一つ。神品によって使用され、晩課、早課、聖体礼儀などの祈祷文が掲載されている。

ほうしんしゃ 抱神者 богоприимец 聖人の呼称の一つだが、生後40日のハリストスを抱いたシメオンただ一人にのみにあてられる。ハリストスは人となった神である故に、「神を抱いた者」と呼ばれうる。

ほうしんしゃ 捧神者 богоносец 聖人の呼称の一つ。常に心に神を抱いていたという意味。「捧」には「抱く」という意味がある。ただし、ハリストス神に抱かれた幼子だった(マルコ 9 : 36)という伝承から、神品致命者聖イグナティ(1~2世紀)のみを「捧神者」と呼ぶこともある。

ほうしんれい 奉神礼 богослужение (bogosluzhenie) 正教会で行われる祈祷や儀式の総称。一般では礼拝。「ボゴスルジェーニエ」というロシア語の訳語。「ボゴスルジェーニエ」とは直訳すると「神に仕えること」「神を奉り礼拝すること」という意味(ギリシャ語では「リトルギア」という。「リトルギア」とは直訳すると「公の仕事」すなわち「人々による奉仕」という意味。信徒の仕事は「祈り」である)。

ほくもん 北門 северные врата イコノスタスの向かって左手側にあるドア。東向きに建てられた聖堂では北側になるのでこの名称がある。主に至聖所から聖所に出る時に通る。神品以外は王門を通れないのでこの門を使用する。天使のイコンが取り付けられることが多い。

ほさい 輔祭 диакон (diakon) 神品の一つ。礼拝の際、主教や司祭の補助をする聖職者。その起源は、教会の現実問題に対処するため使徒の補佐として選ばれた人々(使徒6章)にある。ギリシャ語「ディアコノス」は、「仕える者」「奉仕する者」を意味する。輔祭は、機密の執行は行えない。昇叙されると長輔祭、首輔祭になる。時代や地域によっては女性の輔祭もいた。

ぼっかい 牧会 окормление (пастырское) 信徒が神の道をしっかり歩むために施される指導や配慮。

ほっす 払子 кропило (kropilo) ⇒クロピーロ  聖職者が信徒などに聖水をふりかけるために用いる聖器物。

画像57 - 正教用語集ポティール(聖爵) потир (potir) 聖体礼儀を執行するために使う主要な聖器物の一つ。金属製の脚付きの杯で、聖体機密のための葡萄酒をこの中に入れる。イエス・キリストが最後の晩餐のときに使った杯をかたどる。

画像58 - 正教用語集ポドリヤサ подрясник リヤサの下に着る袖の深くない衣。「ポド」とはロシア語で「~の下に」という意味。→リヤサ

ポリエレイ(多油祭) полиелей (polieley) 「多油祭」と呼ばれるのは、「多くの(ポリ)」「オリブ油(エレオン)」を使って灯明の明るさを増したことに由来。主日および祭日の早課の中で「主の名を讃め揚げよ」で始まる聖歌が歌われ、福音が読まれるまでの間の祈祷のこと。リフレインされる「その憐れみ(エレオス)は世々にあればなり」という言葉にも掛かっている。全員の聖職者が蝋燭を点して聖堂の中央に出る盛大な儀式。

画像59 - 正教用語集ポルーチ(套袖) поручи 「枷かせ」という意味。神品の祭服の一部で、両手首に籠手のように着ける。「套袖とうしゅう」という漢字が当てられるが、単に「コテ」と呼ばれることが多い。ハリストスが逮捕された時に手首を縛られたことを象徴するが、着用時には神の創造と救贖が記憶される。機密執行の時に長い袖によって粗相することを防ぐという実際的な意義もある。

ポロキメン(提綱) прокимен (prokimen) ギリシャ語で「前に置かれたもの」「先行する句」という意味。書札、福音経、パレミヤの誦経の前に先駆けて歌われる短いフレーズ(時にはポロキメンだけ単独で歌われることもある)。祭日やその日の主題に合った内容の聖句が、主に聖詠(詩篇)から抜粋されている。誦経者と聖歌隊が交互に歌い交わすという旧約時代由来の歌い方に特徴がある。その日の記憶事項を要約して教示する働きをもつので、漢字では「大体の要点をあげる」という意味をもつ「堤網」という字があてられる。

 

ま

まいそうしき 埋葬式 чин погребения 正教会における葬儀の祈り。聖事経によれば、一般信徒のための埋葬式の他に、司祭のための埋葬式、嬰児のための埋葬式がある。永眠者のために祈る特別な祈祷と聖詠と祝文で構成されているが、大幅に省略されることがほとんど。埋葬式を行った後に火葬(土葬)される。

まかん 魔関 мытарства 死後、霊たましいが通過するとされる一連の「魔の関所」あるいは「検問所」を指す表現。それぞれの魔関では特定の種類の罪が取り調べられ、その人の生前の罪や慾に応じて悪霊による告発が行われる。また、天使たちがその人の悔い改めや善行を弁護すると教えられている。

マトシカ матушка 司祭の配偶者に対する親しみを込めた呼称。「マトシカ」はロシア語で「お母さん」という意味。

マルコのしょうてい マルコの章程 Марковы главы 大斎準備週間および大斎期に、聖人の記憶の祭や迎接祭や生神女福音祭が第何週の何曜日に当たった場合にどう祈祷を順序立てれば良いかがまとめられている指示書。もともとティピコンの中にあるものだが、三歌斎経の巻末に付録として付加されている。「章程」とは、「規則を集めて文章にしたもの」という意味。マルコの章程は、10世紀ごろ、エルサレム近郊の聖サワ修道院の修道士マルコによって編纂され、14世紀ごろにロシア正教会に受け継がれた。指示する文章の欄外に、マルコのイニシャルがデザインされた印が付いているのが特徴。

画像60 1 - 正教用語集マ画像62 - 正教用語集ンティヤ(長袍) мантия (mantiya) 「清潔な衣」「不朽の衣」を意味する、裾が床にまで広がるゆったりした袖なしの祭服で、主教や掌院や修道士が着る。主教、掌院は紫のマンティヤを使い、入堂式等の際に着用する。修道士は黒のマンティヤを使う。マンティヤは修道士の清潔、謙遜、神の恩寵を表象している。形として、主教用、掌院用、修道士用の三種類がある。

マンドーラ мандорла ハリストスの背後に描かれる光背のこと。普通、アーモンド(イタリヤ語で「マンドーラ」)のような楕円形をしているので、こう呼ばれる。何重か同心円形に分かれており、天の世界や神聖さ、神の光栄などを意味している。

マンナ манна ヘブライ語で「(これは)何か」という言葉に由来。イスラエルの民がモイセイに引率されエジプトを逃れて約束の地に行き着くまでの 40年間、シナイの広野で「奇跡的で神秘的な食べ物」として神から直接授かったもの(出エジプト 16 : 14~36)。マンナは聖体礼儀において領聖者に授けられる「命のパン」「天から下って来たパン(イイスス・ハリストス)」(イオアン 6 : 48, 51)の預象である。

 み

みたりのしょうしゃ 三人の少者 три отрока (в печи Вавилонской) ダニエル書3章に出てくる三人の若者。バビロンに抑留されていたシャデラク、メシャク、アベデネゴの三人のイスラエル人の若者は、ネブカデネザル王の金の像を拝むことを拒否したために、平常より七倍熱くされた火の燃え盛る炉の中に投げ込まれたが、神の庇護により無事であった。王はこれを見てイスラエルの王を讃美した。彼等は「イズライリの少者」「アウラアムの少者」「敬虔なる少者」とも呼ばれる。火につつまれても害を受けないという奇跡は、神を孕んでも無事であった生神女マリヤを預象している。

みっかさい 三日祭 Третий день 永眠後、三日を数えて永眠者を記憶し祈ること。三日という数字は、ハリストスが死後三日目に復活したことに意味付けられている。

画像63 - 正教用語集ミトラ(宝冠) митра (mitra) もともとのギリシャ語は「包帯」「鉢巻」を意味した。主教が奉神礼の執行時に着用する豪華な冠。また、褒賞として司祭に授与されることもある。ハリストスが総督ピラトの前で被せられた屈辱的な「いばらの冠」と、葬りの時に主の聖顔にまかれた「白布」を象っている。金糸、銀糸で織られ、四方には救世主、生神女、前駆授洗イオアン、主の磔刑の四つの聖像が付けられ、数々の宝石などで飾られている。

ミネヤ ⇒げっかけい

ミハイル Михаил ヘブライ語で「神に似た者は誰か」という意味をもつ。神使首の一人で、天軍の総指揮官、諸敵に対する勝利者。頭には兜、左手には棕櫚の枝(勝利の印)、右手には燃える剣または槍を持った軍人の姿で聖像に描かれる。→神使

 む

むけつさい 無血祭 Бескровная жертва 聖体礼儀のこと。旧約時代の献祭は動物の血を流して行われたが、新約の献祭である聖体礼儀は、実際の血は用いられないためにこう呼ばれる。

むげん 無原 Безначальный 「始まりが無い」という意味で、神が始まりも終わりもない永遠なる存在であることを表す。「もと」「根本」いう意味の「原」を、「無」で打ち消している(「無限」と書くのは誤り)。神・父だけでなく、至聖三者の位格すべてが無原である。

むてん 無玷 Непорочная 「玷」は「欠ける」「玉に傷がつく」「あやまちを犯す」「失敗する」「けがれる」という意味があり、それを「無」で否定しているので、「きずがない」という意味になる。主に生神女マリヤに対して使用される。

むよく 無慾 бесстрастие ロシア語「ベスストラスチエ」、ギリシャ語「アパスィア(アパテイア)」の訳語。一般では「不動心」とか「不受動心」とも言う。「ア(無い)」「パトス(慾)」に分けられ、そもそもギリシャ哲学では無感動や感情に流されない状態、禁欲主義などを意味したが、正教会では、理性を神に向けて昇らせ、この世を離れて神に前進するという積極的な意味にとらえる。また、「パトス」には、「受難」「苦痛」という意味もあり、ハリストスに対して「無慾(アパテイア)の苦しみ」と用いられることがある。これは、ハリストスが、苦痛など超越している神でありながら人として受難している、という意味を持つ。

 め

メトリカ метрика (metrika) 信徒の氏名、受洗日等の個人情報を記録した台帳。

 も

もくしろく 黙示録 Апокалипсис, Откровение Иоанна Богослова 新約聖書の巻末に収録されている一書。著者の神学者イオアン(ヨハネ)は、この世の終末、ハリストスの再臨、神の国の到来などについて叙述している。

ものいみ 斎 пост (post) 食事を節制し、娯楽を自制すること。また、より熱心に祈ることが勧められる。一般では「断食」と言うが、絶食することだけを指すのではないため「斎」という言葉を用いる。「斎」という漢字には、「飲食をつつしんで心身をきよめる」「心静かに籠る」という意味があり、また「ものいみ」という和語には「ものの中に入って次の段階に成長するまで籠る」という意味がある。毎週水曜日と金曜日のほか、祭の前にある一定期間に斎をする習慣がある。中でも、より力を入れて取り組まれるのが「大斎」である。

モレーベン(祈祷礼儀)молебен (moleben) 門出、神の恩恵への感謝など、特別な機会に行う祈祷。「モレーベン」という言葉は、もともと「(短い)祈祷」という意味で、聖人のとりなしを願う祈りを指すが、日本正教会では慣習として「感謝祈祷」を表す言葉となっている。

もんと 門徒 ученики ハリストスの弟子のこと。ギリシャ語「マシティス(学ぶ者という意味)」の訳語。→弟子

や

やきまつり 燔祭 всесожжение 旧約では、イスラエルの民の悔い改めと神への従順の証として、犠牲の献げ物(牛、羊、鳥などの動物)」の血を祭壇に注ぎ、その肉を火に焼いたことを意味する。一般では「燔祭(はんさい)」とか「焼き尽くすいけにえ」とも訳される。新約では、ハリストスが、ご自身の体(血と肉)を完全無欠の献げ物として十字架に架け、火の無い燔祭とした。

やはんか 夜半課 полунощница 時課の一つ。 真夜中(深夜0時に相当)の時課。「最後の審判」がテーマとなっている。町の教会ではほとんど行われないが、復活祭の夜に十字行を行う前に「夜半課」が行われる習慣がある。

 ゆ

ユーカリスト Евхаристия 聖体礼儀のこと。「ユーカリスト」はギリシャ語で「感謝」を意味する。

ゆうき 勇毅 Крепкий ギリシャ語「イスヒロス」の訳語。「力」「強さ」「大きな能力」などの意味。「勇」も「毅」も「いさましい」「つよい」という意味がある(「勇気」と書くのは誤り)。神の全能の力を指しているが、特に「聖なる神、聖なる勇毅、聖なる常生の者」という時は、神・子ハリストスに向けられた言葉で、死に勝利したハリストスの力強さを意味している。

ユリウスれき ユリウス暦 Юлианский календарь 紀元前46年にローマの政治家ユリウスによって制定された太陽暦。「1年を365日とし、4年に1回うるう年を設ける」という暦で、現在の暦の数え方とあまり変わらないように思えるが、実際の太陽の動きとは微妙にずれてしまい、計算すると128年に1日ユリウス暦が多く日を数えることになる。16世紀にそのずれを解消するためにローマ法王グリゴリオスによって制定されたのがグリゴリオ暦とも呼ばれる暦で、「新暦」と呼ばれる。それに対してユリウス暦は「旧暦」と呼ばれる。現在、新暦と旧暦との差は13日生じている。日常のカレンダーは新暦で表示されているため、その上に旧暦を重ねると13日のずれが問題になってくる。たとえば、旧暦の12月25日は、新暦のカレンダー上では1月7日となる。世界の正教会には、新暦にのっとる教会と旧暦にのっとる教会とがあるが、復活祭の日付だけは旧暦に従って計算されたものに統一されている。

 よ

ようきょうしゃ 佯狂者 юродивый (yurodivy) 聖人の呼称の一つ。ハリストスのためにあえて世から離れて粗末な身なりで生活し、一見、狂人のように見えるけれどもその実は聖なる者である人々。「佯」には「ふりをする」という意味がある。「ハリストスの為にする佯狂者」とも。

よく 慾 страсть 「身の上に降りかかって来ること」「苦しみ」「悩み」「激情」「病的な状態」という意味をもつギリシャ語「パトス」の訳語で、パトスには他にも「情欲」「怒り」「情念」といった意味もある。普通の「欲」という漢字と「心」がついた「慾」とは別の漢字で、単なる欲求というより、自己中心的に何か欲する心を意味する。

よげんしゃ 預言者 пророк 預言者とは神・聖神に感じて神の啓示を受け、神の言葉を人々に伝えた使者、「神の言葉を託された者」である(ペトル前 1 : 10~11、申命 18 : 18~22)。未来を予測して自分の考えを述べる所謂「予言者」とは違い、神の意志を神の言葉として人に伝える「預言者」であることに注意。ハリストスも最大の預言者としての一面を持つ。ハリストスは「神の言葉(ロゴス)」そのものであり、神の聖旨を直接、人々に示した。

よしょう 預象 прообраз, прообразование 旧約聖書の中にある特定の歴史的出来事を「預象」(タイプ=型)としてとらえること。一般では「予型」。「預言」は言葉によって予め示されて成就されるが、「預象」は、事象や形によって示されて成就されるもの。金口イオアンは、「いずれ新約時代に達成される神の摂理(万物の秩序)を、まるでその下絵を描くようにあらかじめ先読みしたもの」と説明する。たとえば、イオナ(ヨナ)が大魚の腹のなかで三日三晩を過ごした事は、ハリストスの復活の預象であった。また、シナイ山の燃ゆれども焼けざる茨は、生神女マリヤの預象であった。

よびせいたい 予備聖体 запасные Дары (zapasnye Dary) 病者領聖などのために一年間保存される御聖体。尊血を含ませた尊体を乾燥させて聖龕に保管する。受難週の聖大木曜日の聖体礼儀の時に一年分用意される。

よめならぬよめ 嫁ならぬ嫁 Невеста Неневестная 生神女、永貞童女マリヤのこと。マリヤはイオシフの嫁でありながら、永貞童女だったため普通の「嫁」ではなく、また神・子を孕んだがゆえに「神の嫁」と呼ばれうるが、人間的な言葉での「嫁」ではないため、こう呼ばれる。

よんじゅうにちさい 四十日祭 Сороковой день 永眠後、四十日を数えて永眠者を記憶し祈ること。四十日という数字は、復活後四十日目にハリストスが昇天したことに意味付けられている。

 

ら

ラザリのスボタ Лазарева суббота 聖枝祭の前の日の土曜日のこと。この日の聖体礼儀の福音においてイオアン 11 : 1~46 にあるラザリの蘇りの部分が読まれる。ラザリを蘇らせたハリストスは人となった神であることが強調され、また復活への希望が確認される。聖書に記されているハリストスの受難の時系列に従って奉神礼のテーマが設定されている。

画像64 - 正教用語集ランパード лампада もともと油に浸した芯に火を灯す器(オイルランプ)のことで、「光る」「輝く」「照る」を意味するギリシャ語から派生した言葉。正確には「ランパーダ」。しかし今では、カップ型のローソクの燭台も「ランパード」と呼ばれる。イコンの前に置かれたり、吊り下げられたりする。

 り

りっぽう 律法 Закон (ветхозаветный) 旧約聖書の中の神の戒め、掟。ヘブライ語「トーラー」の訳語。旧約聖書の最初の五つの書(「モイセイ五書」)のことも指す。ハリストスは「律法を成就するために」来られた。

リティヤ(熱衷公祷) лития (litiya) 神の憐れみを求める「熱切なる祈願」。①祭日の晩課に行われる特別な祈祷。聖職者が聖堂の中央に集まり、専用の器に盛られた五つのパン(日本では米が多い)と麦と葡萄酒とオリブ油を祝福する。その時に、何度も「主、憐れめよ」が繰り返されて熱切な祈りが捧げられる。ギリシャ語では「アルトクラシア(「パン割き」の意)」と呼ばれる。②パニヒダ(永眠者のための祈り)を簡略化した祈祷。>内容は基本的にパニヒダの最後の部分と同じ。

リトゥルギヤ Литургия もともとのギリシャ語は「民の仕事」を意味した。広義には「奉神礼」を指す。狭義には「聖体礼儀」を意味する。

画像65 - 正教用語集リピダ(聖扇) рипида (ripida) 長い棒の先に金属製の丸い皿の形をしたものが取り付けられた奉神礼の用具。普通、二本一組で、六翼のセラフィム(熾天使)がデザインされているのが特徴。もともと中近東で聖体礼儀の際に、飛んでくる昆虫を祭壇から追い払うのに用いられた扇であった。「リピダ」はギリシャ語で「扇」という意味。輔祭が叙聖された時にリピダで祭品に聖号をかく。その他、福音経の誦経の時、聖入の時、十字行の時などにも使用され、天使たちが天上で同じ奉神礼を奉事していることを象る。現在、主教が礼拝を行うときに用いられる。

画像67 - 正教用語集リヤサ ряса (ryasa) 神品や教役者や修道士が身にまとう黒や暗い色の長い衣。もともとは 10世紀頃から修道士たちが着ていたとされ、黒はこの世に対する死を象徴する。ギリシャ語では「ラーソ(ス)」と言い、聖師父ギリシャ語辞典によれば「擦り切れた着物」または「ハリストスのガウン」という意味も持っている。リヤサには、「ポドリヤサ」と呼ばれるリヤサの下に着る袖の深くないリヤサと、ポドリヤサの上に着る深い袖を持つ「リヤサ」(ギリシャ語では「エクソ(外の)ラーソン」)の二種類がある。→ポドリヤサ

りょうせい 領聖 причащение (prichascheniye) 聖体礼儀の際、御聖体(ハリストスの尊体尊血)を拝領すること。

りょうせいし 領聖詞 причастен (prichasten) 聖体礼儀の際、聖職者の領聖に当たって歌われる短い聖歌。キノニクとも呼ばれる。ギリシャ語の「キノニク」は「交わり」「参与」「共有」などの意味をもつ。現在では、神品が領聖するあいだ(および信徒領聖の準備中)にイルモスなどが歌われたりするが、領聖詞が歌われるのが本来のかたちである。領聖詞の大半は、聖詠から抜粋された短い句で成り立っている。今では20数種類あり、祭日や暦によって指定がある。通常の主日に歌うよう指定されている「領聖詞」は、第148聖詠から取られた句「天より主を讃め揚げよ。至と高きに彼を讃め揚げよ」である。現在、信徒領聖時に歌われる「ハリストスの聖体を受け、不死の泉を飲めよ」は、もともとは復活大祭の「領聖詞」であったが、今ではいつもこの聖歌が信徒領聖時に歌われるようになった。

りょうせいしゃ 領聖者 причастник (prichastnik) (当日の聖体礼儀において等)聖体を拝領した(または拝領しようとする)信徒。

りょうせいよびきてい 領聖預備規程 Правило ко Святому причащению (Pravilo ko Svyatomu Prichascheniyu) 領聖する前の準備として、聖職者、信徒が各自で唱える祈り。前日の暮れの祈り(カノン等)と、領聖当日の朝の祈り(様々な聖人が作成した12の祈祷文等)からなっている。それぞれ自宅で唱えることが多いが、聖堂において代表的に唱えられることもある。

 れ

れいしん 霊神 дух 意味としては「神゜」と同じで、ギリシャ語「プネウマ」の訳。「諸々の霊神と諸々の肉体との神」という言葉で使用されている。これは、霊神である天使たちだけでなく、霊神と肉体の両方を持つ人間にとっての神という意味。

れいたい 霊体 душа и тело 霊たましいと身体からだという意味。「霊の体」とか、「目に見える形での霊」という意味ではないことに注意。

れいち 霊智 словесный 智恵を与えられた属神的存在のこと。ギリシャ語では「ロギキン」と言い「ロゴス(言葉)」から派生した語。「語ることに関する」「理性に関係する」「スピリチャルな」というニュアンスがある。

れっせい 列聖 канонизация 公式に聖人の列に加えられること。

れっそのかみ 列祖の神 Бог отцов 祈祷文の中にしばしば出てくるフレーズで、「先祖の神」とも訳されている。この「列祖(先祖)」とは、旧約の人物であるアウラアム、イサアク、イアコフのこと。「列祖(先祖)の神」という言葉は、聖書の中にもある(出エジプト 3 : 6など)。ハリスティアニンにとって、アウラアムたちは信仰における先祖である(ガラテヤ 3 : 26、ロマ 4 : 16)。

れんししゃ 廉施者 бессребреник 聖人の呼称の一つ。慈愛の心をもって人々に施し、自分自身は清貧を甘んじた人。

れんせつか 連接歌 ирмос (irmos) ⇒イルモス

れんせつかしゅう 連接歌集 Ирмологий (Irmologiy) 祈祷書の一つ。もともと聖歌を歌う者のためにイルモスを収録したもので、他の祈祷書に含まれない聖歌の歌詞の部分が収録されている。「イルモロギイ」とも呼ばれる。八調経、祭日経、三歌斎経等に掲載されている各種カノンの各歌頌のイルモス(連接歌)、カタワシヤ等を全て収録した奉神礼書。

れんとう 連祷 ектения (ekteniya) ギリシャ語では「エクテニヤ」といい、「熱心で根気強い(祈り)」という意味をもつ。数々の祈願が神品によって唱えられ、信徒は、それ毎に「主、憐れめよ」もしくは「主、賜えよ」と祈る。祈願の数や正確によって「大連祷」「小連祷」「重連祷」「増連祷」の四種類がある。

 ろ

ろぎ 炉儀 каждение (kazhdenie) 聖職者が奉神礼の決まった場面において、宝座や聖器物、イコンや参祷者に向かって香炉をふること。

ろくだんのせいえい 六段の聖詠 шестопсалмие (shestopsalmiye) 早課の冒頭で誦経者によって朗誦される聖詠(詩編)のこと。第3、37、62、87、102、142聖詠。冒頭で「至と高きには…」(ルカ 2 : 14)と「主よ、我が口を開け…」(第50聖詠)が唱えられ、三つの聖詠の後には光栄讃詞が挿入される。

 

わ

わへい 和平 мир 正教会訳新約や祈祷書において、ギリシャ語「イリニー(平安、和睦、平和)」の訳として主に使用されている言葉。日本語の歴史の中で「和平」は「平和」よりも古くから使用されてきた。「平和」は政治的なニュアンスに限定される印象があるが、「和平」には、「穏やかさ」「睦まじさ」「安らかさ」といった多義的な意味がある。

ワワィロンのかわべ ワワィロンの河辺 На реках Вавилонских 大斎準備週間の「蕩子の主日」「断肉の主日」「乾酪の主日」の三つの主日の早課に於いて歌われる第136聖詠(詩篇137)のこと。イスラエル民が、バビロン(ワワィロン)補囚の時の屈辱を思い出して、望郷の思いを募らせたことを歌った。「我等かつて、ワワィロンの河辺に座し、シオンを思うて泣けり」という詞からつけられたタイトル。彼らの強い望郷の心は、家に帰りたいと願った放蕩息子と、エデンの園を出されたアダムと、これを歌い祈る者の痛悔に重ねられる。

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