- 第一章
- 天の門
- 豊かな生命の実として
- 隠遁者カリニコス
- 陥罪は信仰の定理(ドグマ)
- 心の否定的な上昇
- 愛する理性と愛される神
- ポルタイティスのまなざしの下で
- 2つの庵をつくり
- 第二章
- 世界の置くに堪えざる者は(エウレイ 11 : 38)
- 美の無言なる讃詞
- 静寂と修道
- 聖アントニオスと社交性
- 修道者と隣人
- 新しき酒を古き革袋に盛る者あらず
- 静寂なくして潔めはない
- 神成(テオシス)のために誠めは与えられた
- 第三章
- 修道者と自然美
- 美の形而上学
- ハリストス教の善美
- 天上の映しである庵
- 第四章
- 長老テオリプトス
- ハリストスに負けて
- 医師よ、自分を癒せ
- 修行者マルコスと業
- 信仰と愛
- 世俗の交際を捨てて
- 第五章
- 私たちの心はイイススを求め
- 祈りより甘味なものはない
- 信仰の櫃と民族
- 主よ、我等の霊は憂う
- 諸宗教の固有な型
- 第六章
- 未知なる聖に近づき
- アレオパギティスの弁証
- 正教の神秘主義と新プラトン主義
- 一人でいるのは神か、獣か……
- 来るべき国の伝道者たち
- 私の友、隠遁者ニコディモス
- 釘の跡形
- 死するも、主のために死す
- 自叙伝
- 私はあなたの愛と美を楽しむ
- 肉体を制して
- 獣を制する天使
- 倫理的に堕落する者は理念においても堕落する
- 神秘的な要素
- 第七章
- アトスの神秘主義
- 神秘主義の枠
- カタルシス潔めとタヴォル山の光
- 神秘な結合の可能性
- 我等には此に恒に存する邑なし
- 第八章
- 荒野の友ハリストスはここに
- さいわい心の清き者は福なり
- 正教の本質は修行性
- 釣り上げられ、天使たちの非物質性の端に触れて
- 自由と制限
- 修道の全体的な展望
- 闘う教会の修道
天国への道標 聖山アトスを体験したかのような読了感の残る一冊
序文 ― 再版にあたり
この度、仙台の大主教及び東京の副主教セラフィム辻永座下のご英断により、1990年に翻訳して自費出版した「天と地の間」が 30年ぶりに再版される運びとなり、少しでも多くの人々、特に正教徒の目にとまるなら、それは訳者としての大きな喜びであり、誰よりもまず大主教座下に謝意を表します。
初版に多少の訂正を加え、できるだけ読みやすくしたつもりですが、多分に誤字・脱字などもあるものと思います。原本はアトスの修道をテーマとしたギリシャ語なので難解で正教用語が多用されています。さらに訳者の力不足から真意が伝えられていない箇所もあるかと心配は尽きません。しかし、聖書にも次の言葉があるのを知って多少の安堵を覚えます。シラフの子イイススの知恵書(序の18 : 20)に「我々は、懸命に努力したのであるが、上手に翻訳されていない語句もあると思われるので、そのような個所についてはどうかお許し願いたい・・・(シラ、序の26)いったん翻訳されると、原著に表現されているものと少なからず相違してくるのである」。
私たちは 21世紀のデジタル時代にいるので、何かを理解しようとすれば、様々な手段で対象の認識へ近づくことができます。正教の真髄に触れていただきたいという思いで、悔恨の情を抱えながら拙い翻訳の再版に応諾しました。
祈りと悔改が信仰生活の中心である正教にあって、アトスという修道半島はまさに不断の祈りが修練されている唯一の場所です。1000年以上の女人禁制と祈りの修行を頑なに続けるアトス、正教会でも「特別な地域=生神女の園」と認識されるアトスについて今では多くの人々の知るところとなっています。
この書は正教会の信者あるいは正教に関心を持つ読者の手に渡ると想定して短い叙文を書かせて頂きます。
修道者や修道院に憧れる人々が正教会だけではなく世の中に常に一定数います。そのような人々は何らかの方法で修道に関する情報を持っているだけでなく、福音書からも多く学び、ご存知だと思いますが、福音書から修道を志す人に向けられていると言われる箇所を引用します。「弟子たちは言った、『もし妻に対する夫の立場がそうだとすれば、結婚しない方がましです』。するとイイススは彼らに言われた、『その言葉を受けいれることができるのはすべての人ではなく、ただそれを授けられている人々だけである。というのは、母の胎内から独身者に生れついているものがあり、また他から独身者にされたものもあり、また天国のために、みずから進んで独身者となったものもある。この言葉を受けられる者は、受けいれるがよい』」(マトフェイ 19 : 10~12)。ここで述べている「他から独身者にされたもの」ですが、これは他の人から修道の話を聞き、あるいは諭されて修道の道に進む人を言います。最も尊いのは「みずから進んで独身者となったもの」だと言われています。聖ニコライ・カサトキン大主教は独身者を「閹者」と訳しています。正教の教えは観念的な神学論ではありません。修道とは人の生活全般に行われる言動と霊の生活であって、それは決して修道者だけのものでもなく、また言動だけの実践でもありません。福音を道標とした心からハリストスを信じる者の天国への道です。
修道とは元来ギリシャ語のモナヒズモスから出ていて、その原義は「神に在って単独で生活する」を意味します。ただ長い歴史を経た現在では単独での修道が様々な理由から危険であるとされたため教会は修行形態としての隠遁を許可していません。例外はありますが、一般には共住修道院で修道生活を営みます。日本語の修道という語も「道を修める」という素晴らしい訳語だと思います。
アトスは女人禁制の地だけでなく、そこに住み修行する修道者は宣誓で「童貞、清貧、服従」を神に誓い剪髪式を行います。単純に修道者の修行に障害となりうる女性、金品などを可能な限りなくし、修道院の決まりを守り院長や長老に服従した生活をします。すべては真の謙遜を獲得するためで、福音書には「同じように、若い人たちよ。長老たちに従いなさい。また、みな互に謙遜を身につけなさい。神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを賜うからである」(ペトル前 5 : 5)とあるように、最終的に救いに与るための神の恩寵を獲得する手段と条件です。
世俗では実行不可能と思えるハリストスの教えを愚直にまで守り通すために存在する環境がアトスという秘境の地です。一例を挙げると、福音書には「だれでも、情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。もしあなたの右の目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てなさい。五体の一部を失っても、全身が地獄に投げ入れられない方が、あなたにとって益である。もしあなたの右の手が罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。五体の一部を失っても、全身が地獄に落ち込まない方が、あなたにとって益である。」(マトフェイ 5 : 28~30)との誡めがありますが、これを死守する情熱は厚い信仰が支えとなって行われる長期の斎や不断の祈りによってしか達成できないでしょう。一言で言うと、修道とはハリストスの誡めを守って歩む天への道です。誰もが持つ人間としての弱さをなくするため、霊体的に強くなるまで修行するのです。それは一般に考えられているように、決して「肉体と闘っている」のではなく、南国でしか育たない植物も北国の温室なら生長し実をつけるのに似ているかもしれません。また列聖された修道士の存在を「земной ангел и небесный человек」(地上の天使と天上の人)と呼びますが、まさに修道の鏡となった人たちです。
人間がいるところには必ず何らかのルールがありますが、修道院に関して次のような表現があります。それは「В чужой монастырь со своим уставом не ходят」(他の修道院に自分の修道院の規則を持ち込まない=郷に入っては郷に従え)ですが、それぞれの修道院に自前の修行形態や特別な規則があることを示唆する言葉です。俯瞰的に正教修道を見ると一つの共通した形態と伝統、その理念の実践が見えます。まさに正教のオイコノミアを柔軟に蓄えているのも正教の修道制だと言えます。
ロシア語で「ドゥホヴニク духовник」という語がありますが、普通は「痛悔神父とか長老」と訳されているようです。しかしこれは一部間違いです。まず「ドゥホヴニク」は神品職だけに限られません。稀な現象ですがロシアやギリシャでは霊的に長けている信者がこのように呼ばれることがあり、年齢も関係ありません。言うなら「適切な霊的アドバイスのできる正教徒」です。霊的な人とは本来正教徒のあるべき姿で、簡単に言うと「福音書の誡めに基づいて生活する人」で、これは決して外面的な容姿とか、客観的な生活態度ではありません。それは目に見えない心の状態、たましいの状態で、福音書の誡めに沿った神゜の状態を属神性(霊性)と言います。聖使徒パウェルが「神゜を消すなかれ」と言うのは、私たちは「神゜と火」によって洗礼を受けたのですから、神゜も火も消してはならないと諭しているのです。この霊性は救いの条件で、それは火のように近くの者にも移り点火させます。人は一人では救われません。神と隣人がいて救いは可能になります。残念ながら日本にはドゥホヴニクはおりません。この書がその代わりになって皆様に何らかの知恵を与えることを願っています。
また誡めにはどんなものがあるか、との質問をよく耳にします。神の誡めとはモイセイの十戒や真福九端(山上の垂訓)だけではありません。誡めとは聖書の中で読者に向けて命令形で書かれている文言を言います。また誡めは神の命令ではなく、それは母が子に与えるアドバイスのようなもので、神は決して人の自由を侵しません。どうかこの書を読まれて、修道への憧れや想像を掻き立てるのではなく、正教徒として福音を喜ばしく受け入れて実践し、実を結ぶ霊的な生活の一助になるよう願うものです。
最後に、この出版のために編纂など多方面に尽力されたクリメント児玉長司祭に謝意を表します。
長司祭 イオアン長屋房夫 2020年 12月
注:初版では訳者の名前は全てギリシャ語読みの「イオアンニス」と表記されていたが、再版にあたり、ロシア語読みの「イオアン」に改めた。
まえがき
日本の若い正教会で司祭として務めているイオアン長屋房夫師が、私の著書『天と地の間』をギリシア語から日本語に翻訳出版するとの喜ばしい知らせを受けました。
この本が日本正教会の小さな牧群に益をもたらし、正教修道の高き霊性と正教会の理解に貢献することを希望します。また、敬虔な日本の正教信者は、イオアン司祭や多くの日本人がアトスの地を巡礼して知識を得たように、この本でアトスとの触れ合いをもち、知識を得ることになるでしょう。
『天と地の間』の主に在って謙虚な著者は、この著書がアテネ・アカデミー賞を受け、部分的にヨーロッパの三カ国語、ルーマニア語に翻訳され、またアンテイオヒアの総主教イリア聖下よって全文がアラブ語に、そして今回日本語に翻訳されることに対し、『主』とアトス山の守護者である至聖なる生神女(聖母)に、心から感謝を捧げるものです。
ギリシアにおいては、第5版の出版で修道の復興に貢献していることを喜び、 ハリストスに在る日本正教の兄弟姉妹に修道志向が形成され、正教会と不可分に結び付いている修道精神の発展、あるいは修道院創立の助力となることを祈ります。
アトスにて 1990年 6月 14/27日 修道士 テオクリトス・ディオニシアトス
凡例
- 本書は Θεοκλητον Διονυσιατου μοναχον [ΜΕΤΑΞΥ ΟΥΡΑΝΟΥ ΚΑΙ ΓΗΣ]. ΑΣΤΗΡ. ΑΘΗΝΑΙ. 1979年、第4版の全訳である。
- 原著には章に分かれていないが、本書では内容に基づいて八章に分けた。
- 原文では聖書の引用箇所は表示されていないが、必要と思われる箇所には正教会聖書に基づいて明記した。旧約聖書は「新共同訳」を用いたが、新約は正教会訳も併用した。
- 「 」 原文における会話。
- 『 』原文で大文字で始まる言葉で特に区別が必要と思われる箇所にのみ用いた。
- 人名、地名は現代ギリシア語読み表記とした。イエス・キリストは正教会読みのイイスス・ハリストスとした。その他の神学用語も出来るだけ正教会用語を用い、説明が必要と思われる語には( )で註を加えた。
- 正教会ではギリシア語のΠΝΕΥΜΑ(プネヴマ)を神(しん)、ΨΥΧΗ(プシヒー)を霊(たましい)と訳しているが、本書では両方に『霊』を当てギリシア語の読みで区別した。一般に『聖霊』と訳されているΑΓΙΟΝ ΠΝΕΥΜΑ (アギオン・プネヴマ)には教会訳の『聖神』(せいしん)を用いた。また、正教会新約の訳引用箇所で『聖神』を意味するプネヴマには『神』を用い、聖書の書名は正教会略語を用いた。
第一章
天の門
桟橋から私は兄弟(友)と共に、朝日に浮かぶ半島と円錐形のアトス山を見ていた。そこからは半島の西側に位置する修道院が目に映り、私の霊には大きな希望が満ちた。多くの人々の話や本で読んだアトスの歴史が記憶に蘇ってきた。
一緒に船に乗ったある隠遁者は、まるでユートピアの国に近づいているかのように、彼の霊的な祖国について静かに話していた。やがて小船は天使の美しい世界、ハリストスに在って行う祈りと、神秘生活に定められているギリシア特有の地、天の門へと近づき、アトス第一の港ダフニに錨を降ろした。ダフニは修道社会の中にある商業活動の場であって、天使たち(修道者)から成り立っているのではない。ここは、アトスで生活する人々の物質的な活動の場である。
私たちは必要な手続きを終え、アトスの首都カリエスヘ向かった。真っ青な空は静けさに満ち、花々は満開で、すべてが情熱的な新緑の中にあった。草木の茂っている海辺と、花が咲いている丘との間に開かれたなだらかな道を私たちは 30分程度歩いた。そして、ある橋の上で立ち止まると、カリエスからカルリアにある隠遁所に帰る途中の一人の隠遁者が休息していた。私たちが挨拶をすると、彼は私たちのために祈ってくれた。ゲロン(長老)は手に数珠をもって黙禱している。私の友は何かを求めるような眼差しで彼をみつめていた。私は彼の奥深い目に修行精神が表わされているのを見て話しかけた。
「神のみ旨にかなう神父さん、何か私たちに有益なお話をして下さい」
隠遁者は柔和な落ち着いた目で私たちを見て、こう言った。
「何について私は語れるだろう。主は、『力を竭くして窄き門より入れ』(ルカ 13 : 24)と言っている」そして黙ってしまった。
「神父さん、私たちは修道者になろうと思っているのです」と、友は言った。隠遁者は目を天に向け、少し考えてから
「世俗を捨てる者には、罪の自覚、神の国への望み、そして神への愛という3つの理由がある。もしこの3つの目的の1つもないのなら」
「もしひとつもないのなら」と私が言うと、隠遁者は
「それは軽率な修道になる」と答えた。
「神父さん、もし答えていただけるなら、あなたはこの3つの理由のどれから修道者になられたのですか。神への愛、来世への望み、あるいは罪の自覚から」と私は問いかけた。すると私の友は
「勿論、神への愛からでしょう」と言った。
「私の子たちよ、3つの理由のどれから修道者になったか、という問いに一体どんな意味があるだろうか。私は正しい人間でもなく、この世の多くの罪人の一人で、聖なる正教会の迷える信者の一人でした。この世に生まれたこと、正しい信仰を与えられたことを神に感謝してはいなかったのです。どうか神が私の卑しい霊を憐れますように。私はギリシアのある村に生まれ、人生を始めたけれど、この世に生きる者ではなかったのです。
ハリストスをまことに愛する者は世俗に生活しないのです。私の霊は幼いときからハリストスを愛しました。両親は貧しかったけれど温和な人達で、私は両親を思い出すときハリストスの聖家族を思い出します。人となった神(ハリストス)と至聖なる母(マリア)は人々の注目を受けずに、貧しい村で質素に暮らしました。どれほどに『救主』はよそ者として、貧しい暮らしをしたことだろう。
私は貧しい人々と貧困を愛しました。それは物質と霊との中に秘められている貧しさの真実を体験したからです。生活のための物質と配慮とに貧しい者となる必要を感じる者ほど、すばらしい被造物(人間)はないのです。子供のころから貧しい人々、謙虚な人々を愛してきた自分を思い出し、いつも私自身が貧しい者であるように、『主』にお願いしています。若いときから『主』の貧しさと苦難にあずかれるように望んでいるのです。イイススの貧しさを歌う教会の聖歌は、いつも私に感動を与えます。そしていま、年老いてから神は私の祈りを聞き入れて下さったことに気づきました。私の人生とは、心の貧しい者となるために、神が絶えず私を導いて下さった人生です。イイススの目には見えない導きと教えの結果が、この『天の門』での修道生活なのです。主は、聖なる正教修道の天使の衣を私に着せ、ある聖なるゲロン(長老)の弟子となるように私を導き、『汝よ、これがあなたの子である』と言って『神の母』の庇護を私に与えたのです。いまは感謝の念からただ涙を流すばかりです」
顔にはやさしい涙が流れた。そして彼は修行袋を取って立ち上がり、私たちに別れの挨拶をして、立ち去った。
私たちは感動して、それぞれの思いに沈んだ。そのあと黙ったまま私たちは隠遁者とは反対の方向へ進み始めた。しばらくしてから私は友に聞いた。
「あの隠遁者のあとに従いたいとは思わないか。彼の厳しい修行に親しみを感じなかったのか」と。
「ゲロン(長老)のいる荒野は修道院以上に私を惹きつけます。しかし私の耐久力はその修行生活に見合うだろうか。確かにあらゆる修行方法は有益だが、求めるものは修行方法ではなく、どのようにして私たちの霊を欲望から浄めるかということです」と友は言った。
「主な目的を成し遂げるために、どんな修行の形を選択するかは各自の課題です」と私が答えると
「第一の目的は何だろうか」と友は問いかけた。
「霊の救い」と言うと
豊かな生命の実として
登り坂を 30分ほど歩いた私たちはクシロポタモス修道院に着いた。院内に入ると、私たちは古い菩提樹が影を投げかけている小さなバルコニーに案内された。そのバルコニーからは静かな海とダフニ、そして海の向こうにはシソニア半島が見えた。この印象的な景観に静けさが充満していて、深い沈黙が私たちの胸に平安を響かせているかのようだ。私の友はこの眺めに感動して涙を流した。私も自然の素晴らしさに心を奪われて、独り言を言っていた。
「まさしくここは天の門だ、天国のようだ。天はハリストスにおける兄弟の友を、私よりも多くの感動で満たした」
コーヒーが出されたが、私たちは滞在許可証を持っていないので、首都カリエスヘ向かって出発しなければならなかった。その前に聖十字架と聖不朽体に伏拝したいという願いを伝えると、私たちは聖堂の中に案内された。そこには主の聖十字架が入っている宝物箱と、多くの聖人たちの不朽体が収められている金銀で装飾された小箱があった。
私たちはひざまずき、敬虔と熱い思いをもってそれらに接吻した。聖不朽体、特に聖十字架からは表現しがたい芳香が漂い、私たちの心に浸み入った。そしてハリストスの十字架に跡を残した釘が私の心にも刺さったかのようであった。まさしく私のひざは崩れ、号泣の中に埋もれていた。私の友も同じであった。
私たちが立ち上がったとき、すでに聖物は元のところに納められ、そこには神父だけが立っていた。この敬虔な神父は小声で
「聖なる十字架よ、豊かな生命の実としていと高き方を支えた十字架よ」と祈ったあと、私たちのほうを向いて、感きわまったように言った。
「私の兄弟たちよ、盗人と一緒に十字架にかけられたハリストスを神と信じない人々が、なぜいるのでしょう。人が自分自身を崇拝するときは他人にむける愛の本能的な情熱と、本性の限界を越えるエクスタシスを完全に無視するのです。私は、いまあなたがたが伏拝した値のない木片にまで、神を転落させるのは冒瀆で、その死によって愛がエクスタシス的に表わされるとは考えません。とにかく、ハリストスの愛の大きさは『彼』の至大さに比例することを忘れてはなりません」私たちは神父の手に接吻し、彼は私たちの頭に接吻した。私たちの喜びは心の中で混乱していた。そして聖堂を出て、口を閉ざしたままカリエスに向かって歩いた。それでも目の前に広がる丘や林、自然の美しさに感動して、何度となく左右を眺め、時には後ろをも振り返った。下は緑色、上は淡青色、海は青く、至るところに光との調和があり、静寂が視界全体に広がっていて、神の平安が神秘的に私たちの心に注がれていた。
友は立ち止まり、涙を流しながら、私を見詰めて
「これらすべてのことを、どのように感じている」と聞いた。
「兄弟よ、いまは何も語らずに、ただ喜びの涙を流し、神に感謝するときです」と私は答えた。
私たちがあとにした修道院とカリエスとの間にある平地で、30才ぐらいの修道者がうしろから来て私たちに追いついた。彼はクレタ様式の壁画の中に描かれている聖人のような容姿であった。お互いに挨拶を交わしたが、しばらくは無言のまま首都に向かって歩いた。
その修道者は控え目に
「兄弟たちはカリエスに行くのですか」とたずねた。
「そうです、神父さん」と答えると
「初めてアトスに来たのですか」と再びたずねた。
「最初で最後になることを私たちは望んでいます。ここのすべてが私たちの帰りを不可能にしていて、拒むことのできない力で私たちを惹きつけるのです」と私の友は答えた。
「あなたがたは罠にかかったのですか」とこの修道者は冗談のように言って、つづけた。
「不思議なことに、どんな罠でも、罠にかかる者は愚者ですが、修道の罠にかかる者は有能な人だということです。兄弟たちよ、あなたたちには必要ないかも知れませんが、修道者になるためには、修道者としての共通な感情とか思いのほかに、何かが必要です。つまり天からの聖なる暗示、照らし、招き、吸引力などがなければなりません。『主に在って』熱い愛をもち、そして『堅固な国で力強くなりなさい』」こう言って修道者は黙ってしまった。
「神父さん、修道者になるには、どうしてそのような天からの力が必要なのですか」と私は質問した。
「あなたたちは、修道者とは絶えず自然に逆らって進まなければならないことを分かっていないのですか。川の流れに逆らって進まなければならないのです。修道者とは神の怪物なのです。驚かないで下さい。怪物とは不自然で、不可解なものです。つまり修道者は普通の生活をするのではなく、超自然的な務めをするのです。結婚をするのが普通の人間ですが、修道者はしません。身体は食べ物を求めるけれど、修道者は『いらない』と言う。こうして自ら進んで奴隷となるのです。この世に生活するが、天のことを考え、地上を歩くが、天を見て神を想うのです。天に向かい、天国を強く望みつつ生きるので、この世のものに目を向けないのです。修道者とは自然と超自然とを合わせ持ち、現在と未来、朽ちるものと不朽のもの、土と霊、獣と天使、人性と神性が内面に混在しているのです。ある聖師父によると、修道者とは『肉体の中に神を監視者としてもつ者』であると言っています」
私たちはこの若い修道者の話に強い感銘を受けつつ、2時間ほど歩いた。すると道は高い丘の上に達してカリエスの町並が見えてきた。それは夢のような眺めで、遠くにかすんで見えるすべてが霊的なもののように感じられた。しかしカリエスの美しさは、そこに近づいても同じであることをすぐに知らされた。
プロタトスの古いヴァシリカ聖堂に入り、私たちはパンセリノスのフレスコ聖像の色彩、動き、表現の素晴らしさに心打たれて、そこに祈る者となっていた。
隠遁者カリニコス
午後になってから私たちはクトルムシオスのスキティ(隠遁所)に出掛けた。スキティに着くと同時に、強烈な憂鬱が私たちの心をおそった。カリベスの家々はすべてひっそりとして、閉ざされた古い小さな家ばかりであった。くぼみの中に建てられた隠遁所は閉ざされたまま息づいていた。樹齢 300年とも思える古い、双子のような2本の糸杉がその場を支配している。そこで私たちは医師の聖パンテレイモンを記憶し、冷たい聖水を飲んだ。そして謙虚な修道者たちに挨拶をしつつ祝福を受けた。
カリニコスの隠遁所を訪ねると、彼は暖かく私たちを迎え入れてくれた。彼は修行に打ち込む聖人のようであった。このゲロン(長老)は背の高い壮健な人で、深い喜びをあらわす青白い彼の目は、彫りの深い顔に輝いていた。彼はこの世の快楽を捨てて、主の救いの重荷を背負う指導者のようであった。
互いに心が解け合うと、私たちは訪問の動機を打ち明けた。すると長老は私たちを祝福し、成功を祈り、私たちの心に入り込んだ神への熱望を喜び、神に感謝を捧げてくれた。
その後彼は私たちを自分の小さなケリ(独室)に導いた。そこの空気はこの世のものではなく、きめ細やかな乳香の香りに満ちていた。形而上的な神秘を知るこの修行者の小さな部屋には、十字架上のハリストスを描いたビザンティン時代の聖像があって、独特なおもむきを与えていた。小さな椅子に座ると、長老は冷たい水と乾燥いちじくを私たちに差し出し、味を試すようにすすめた。
私の友は思い切って質問した。
「ゲロン、私たちは修道者になろうと考えているのですが、倫理的、霊的な価値が惨めなほどに低下している現代にあって、修道生活がこの世のために何か利益をもたらすと考えますか」
私たちを見つめながら、修行者はこの質問を聞いていた。そして十字架にかけられたハリストスの方を向き、数珠を動かして数えたあと
「もちろん、私たちの修道生活は今日の世に多くのものを与えることができます。特に、この世が悪用している『人間の原型』を明らかにすることができるのです。どんな時代にあっても、あらゆる問題の中心は人間自身です。この世は人間を知っているとは言えない。世は非常に不幸な人間像を作り上げ、そこで人間破壊の基礎となる哲学を形成している。そこにこの世の悲劇がある」と答えた。
「ゲロン、この世に無視される人々とは誰のことだと思いますか」と私はたずねた。
「神の民です。しかしこの世はそれだけではなく、人間の神をも無視している。神と人間の関係は私の空想によってできているのではなく、正教会の神学によって決められています。別の言葉で言うなら、現代人と神の間の悲しむべき状況は、正教会が前に進む過程での現実的な危機です」
「神父さん、正教神学は人間について何と述べていますか」と私はまた質問した。
「それは神が人間を創造したということ、そして神は人間を被造物の中で最も完全なものとしたことです。それがどんなことか、想像してみなさい」こう言うと隠遁者カリニコスは神秘的な観想の中に沈んだ。
「なぜ話を止めたのですか」と私が言うと
「子よ、私の思いは人間創造の時にさかのぼるのです。神は御自分に肖たものをつくる。命令だけで神は被造物をつくる。そして恩寵をもって神は私をつくり、庇護を与え、完全にし、神に肖たものとされる。私に不死、自由、理性、言葉、心を与える。だからこそ私は神の光栄を感じ、思い、見て、考え、そして判断する。私とは小宇宙(ミクロコスモス)の中にあって神゜霊的な(プシホプネヴマティコス)能力をもつ大宇宙(メガロコスモス)なのです。
教会の偉大な師父の言葉で言うと、私は感覚界の管理者であり、思考と目とではとらえられないものを観る者となる。私は神に似た像となり、そして同一の像となる。私は創造の美ヘ目を向け、そこから階段をのぼるように自己の創造へとのぼる。自己の存在を喜び、その喜びは不断なものとなる。そして私は神と神秘的に結合する。私の清純さは天使のようになり、自己のすべては非造なる霊(プネヴマティコス)の光の中で流れ動く。
そのとき私の理性は単純、純粋、愛に満ち、不死、自由、創造となる。恩寵によって私は小さな『神』であり、すべての被造物の王である。私は被造物をみて、その創造者を讃美する。このように自己のすべてを変容させるために、私は聖歌で霊的な美を讃美する。そして神を愛するために『神』の愛の中に沈むのです」
隠遁者ゲロンはこう言って黙ってしまった。ケリ(独室)は全く静かになり、この預言者のような老師は忘我の観想に沈んでいた。私は一瞬彼の痩せこけた顔にひとすじの涙が流れるのをみた。彼は悲しみに傷ついた預言者イエレミアのように見えた。
私の友はまるで別世界にでもいるかのように、この場面を黙って見守っていた。すると隠遁者は顔を上げ、私たちをよく見つめて言った。
「なぜ私が話を止めたか不思議に思いますか。信じられるでしょうか、私は沈黙する以外に何もできなくなってしまったのです。私の聖なる出生の思いを新たにして、限りなき喜びを感じれば感じるほど、元祖の幸福な生活からの悲しい陥罪、その悲劇的な過程を思索するとき、悲惨な感情が私を包んでしまうのです」こう言って、この聖なる修行者は再び黙ってしまった。
陥罪は信仰の定理(ドグマ)
隠遁者は続けた。「子よ、この世の歴史で元祖(アダムとエヴァ)の陥罪以上に悲惨な出来事はない。神の誡めを犯したことは、全人類の生命にとって破壊的な悲しい意味をもったのです。全人類を代表する元祖が犯した犯罪は人類の破壊となったのです。陥罪の外面的な出来事に多くの意味はありません、なぜならそれは元祖たちの未熟さによって簡単に説明されるからです。従って、私たちはこの出来事の内面的な意味に注意を向けるべきです。この陥罪行為によって人間は天の『神・父』との親子関係を断絶してしまったのです。陥罪の事実は私たちの信仰で受け認めるべき事実であると同時に、人間性破壊の説明にもなります。別の言葉で言うなら、元祖の陥罪という出来事は、次の大きな2つの真実の上に成り立っているのです。つまり善徳なる神の存在と、人間の無価値という真実です。子よ、どの古代民族にもあった宗教意識については、つまり人間は罪に落ちて、その本性は変質した者だという意識については言うに及びません。もし陥罪の奥義がなかったら、この奥義そのものが不可解である以上に、人間自身が不可解な存在となります。教会は元祖の陥罪というドグマで、この世の無秩序と人間の中にある悪を明らかにしているのです」
私の友は「ではゲロン、人間の中に存在するその矛盾は、もう人間は『創造者』の手によって造られた者ではなくなった、と言う事実を証明するのではありませんか」
また付け加えて、こうたずねた。
「ある博学な正教の弁明者は『もし人間が神のためにつくられたなら、なぜ神と結び付かないのだろうか。また、もし神のためにつくられたのでないなら、なぜ神なくしては安息と幸福を見つけ出せないのだろうか』と言って陥罪の出来事を述べていますが、この論理は基本的な真実ではないでしょうか」
私も彼のあとにつづいて言った。
「確かに、人間には価値がないという認識は、かつて人間が王であったということを証明するものです。ある人が述べたように、人間の偉大さは自分は愚か者だと知ることにあると言われています。愚か者なのです、しかし愚か者であることを知っているからこそ偉大でもあるのです。堕落した王の他に、一体誰が自分は今は王ではないので不幸であると考えるでしょうか」
ここで長老が言った。
「あなたたちの考えは正しい。しかし、それは理論を越えるテーマの補足的な説明でしかありません。陥罪は信仰の定理なのです。また信仰とは『ことば』の中に言葉の限界を設けて、それを認めることです。私が学んだ限りでは、この陥罪の事実は私たちには体験できないことなので、信じることは不可能に思えます。それは既に存在しない初期の状況(楽園)でのみ思考可能なことで、私たちのいまの状況では不可能なのです。しかし、超自然的な状況において超自然的な出来事が起こるのは理論的なことです」
私の友は
「聖なる神父さん、全くその通りです。私はどこかで『陥罪と贖罪の教えの奥義については疑いを持つべきではない』と読んだことがあります。つまり、これらの教えには神が介入しているので、人間の言葉からは遠ざけるべきだというのです。では一体、誰がこの大いなる悲劇を理解できるのでしょうか」
私は言った。
「それは報酬を受けるにふさわしい信仰によってのみ可能なことです。高慢な目には幕で隠されている奥義も、信仰によって見ることができるのです」
隠遁者は次のように付け加えた。
「聖書の著者は楽園とその川、2本の木(生命の本と善悪を知る木)がどのようであったか、蛇とは何なのか、女性の地位、神に対する人間の地位について、また神とは何か、神の義、慈愛、聖性などについて全く何も解説していません。この短い物語の中に、なんと多くの奥義が隠されていることだろう。そして私たちがこれらに評価を加えるのは、なんと無意味なことであろうか」
少しの間沈黙が続いた。そしてこの沈黙を破るように友が意見を述べた。
「私たち信仰を持つ者にとっては、神は人間を神の本性と交わりを持つ者とするために、自らの像と肖とに似せて人間をつくり、道徳的な自由と同時に、教育的な命令も与えました。しかし悪魔が人間を惑わしたため、人間は神を離れ、知恵と心はゆがみ、霊的な(プネヴマティコス)死に至り、神霊的(プシホプネヴマティコス)には変質してしまった。そして自ら悲劇を作り上げた、という正教会の教えを知っているだけで充分です」
「本当に」と私は話を止めるかのように言った。「信じる者が自分の出生、エデムでの罪、そして罪の贖いについて毎日思索することは有益なことです。そうすると私たちは神の健全な子である、という思いあがりに惑わされなくなるでしょう。そして信仰によってハリストスの賜物を確証する者こそ神の子となれるのです。しかし各々が死に至るまで、ある人は多く、ある人は少ないがアダム堕落の汚点を持ち続けるのです。そうではないでしょうか、聖なる神父さん」
隠遁者は「もちろん」と言って、話を続けた。
「私に質問した『修道』とは、生涯を『主』に捧げてこそ達成できるのです。つまり人間陥罪以前の神聖なる出生について明確な記憶を持ちつづけ、陥罪の悲劇を思い起こしながら、神の恵みを助けとして悪と戦い、アダム堕落の汚点をなくすること、そして元祖が持っていた創造初期の『美』を取り戻し、神の旨にしたがって至福に到達することが『修道』なのです」
博識な隠遁者の言葉は深い沈黙に包まれた。私たちはアダムを神と和解させるために、人間の身を藉り地上に来られた救主ハリストスにかつて経験したことのない感謝の念をいだいた。
心の否定的な上昇
私たちはイヴィロン修道院へ向かった。そこで一人のヘシカスト(静寂修道士)を紹介された。彼の身体はロウソクのように細く、顔もごつごつするほどに痩せていたが、目は輝き、顔には喜びと繊細な悲しみとが満ちていた。彼を見た友は「喜びと悲しみの調和」と私にささやいた。確かに、彼の『こころ』の中には2つの相対する霊的感情を表わしていた。それは永遠の生命への希望から出る喜びと、その日が遅れているという悲しみとの調和である。またハリストスヘの大きな愛から出る喜びと、自己の無価値を認識した悲しみを共有していた。師父たちはこのような状態を『喜哀』あるいは『喜びのある哀悼』という。
夕日は地平線に近づき、緑の大地に黄金の光を輝かせ、そして神秘に満ちた静寂が修道庵のまわりに漂っていた。この中年のヘシカストは思いの中に没頭しているように見えたが、ほほ笑みと歓迎の心をもって私たちを迎えた。そして花が咲き、垣根には緑のつるが茂っているケリの庭で休むように私たちに勧めた。そこで、私たちの思いはアトスで目にする自然の美しさに傾き、私はこう言った。
「敬虔な神父さん、いま話してよいかどうか分かりません。しかし私たちは神父さんと親しくなって、霊的なものを得たいという一心から時をわきまえずに質問したいのですが。この聖なる地に足を踏み入れたときから、私たちはこの希な自然の美に魅惑されています。カリエスから来る途中ある修道者に出会いました。彼は温かな心で私たちに霊的な話をしてくれました。そしてアトスの自然美についても話しました。神父さん、あなたは自然をどのように考えていますか。また被造物の美は神にある造られざる不可視な美——神の美——と、どのような関係にあるのですか」
ヘシカストは慎ましくほほ笑み、少し考えて答えてくれた。
「遠慮することはありません、日も沈んだので今夜はここで泊まりなさい。あなたの問いに答えましょう。神はすべてのものを善として造りました。それは神が、御自分の睿智、愛、美を易しく被造物の中に啓示されたということです。創造とは神が御自分を自然に啓示したことなのです。しかし神自身は造られざる方であり、『美を超える方』です」
こう言った後、彼は神経質なしぐさをすると同時に、光のような早さで視線を私たちのほうに向けて、質問した。
「あなたたちは霊的な人間ですか。浄められていますか。答えて下さい」
突然のこの質問に私たちは少々緊張しつつ、
「神父さん、私たちの年令で出来る限りのことは……」と答えた。
すると
「まず、あなたたちを魅惑する美とは、美の原型の病的な形であって、それ以上の何物でもなく、また、それは近づきがたい神の内にある美の象徴的な表象に過ぎません。あなたたちはその魅惑の思いを心から捨てて、心を上に向けなさい。そして理性を地上から離して上昇させ、大気圏を抜け、天空を通過し、1500万光年の星座界を後にするような思いをもちなさい。そして天使たちの天界を超え、聖人たちや救われた霊の領域に止まることのないようにしなさい。理性は感覚的なもの、思考的なものに対して『唖となり聾となり』、あらゆる抽象的な概念の外におくべきです。そして不動であると同時にすべてが動である『唯一』で、混ざることなく不可分な『至聖三者』、神を観なさい。それは至浄で、単純な存在です。そして『原型の原型』、あらゆる原因の原因を観なさい。ただの創造主、造成主として神をみてはいけないのです。そして、聖大ワシリオスのように神を想像しなさい。つまり『神の本性と本質は不動であり、不変であり、無限であり、単純であり、不合であり、不可分であり、不死である。近づきがたい光であり、言い表わしがたい能力であり、限りなき大きさである。光栄として、熱望される善として神を観なさい。そして貧しさの咎めを多くもつ霊には表現不可能で不可解な美こそが神であると思いなさい』」。ヘシカストはこう述べてから、夕闇の中で忘我して、黙ってしまった。まわりに神秘的な空気が漂い始めたとき、それまで黙って話を聞いていた友は、ためらうことなく質問した。
「敬虔な神父さん、どのような道を進むと、理性が消えてしまうほどの、霊的な高い次元に到達できるのですか」
「愛する兄弟たちよ、それは信仰の道です。聖書と教会の教えに導かれる者は、信仰の道によって、神の完壁な純全の観想と、神の特質の類似にまで到達するでしょう。観想する者は表現できない喜びと快感を得て、歓喜の大海に浮かぶようになります。そこに神がおられ、神の国があるからです。神の恩寵によって、そこに到達するとき、人は神を観るのです。もちろん、カトリック教会の人々が言うように、神の本性と本質を観ることはできません。しかし至福の中に生きる者、止まることのない霊的進歩の中にある者は、神の本来の特徴である完壁な純粋さ、そしてエネルギアを観て、その中で生きるようになるのです。そのとき私たちは光と睿智と歓喜とを受け、『至福な神性』のそばで人の愛は燃え上がるのです」
愛する理性と愛される神
太陽のような聖なる光によって霊の高揚したヘシカストは、話を聞いていた人々を未体験の神秘に引き込む話を止めた。それからどれだけの時間が過ぎたか、私には分からなかった。
この隠遁者に導かれると、すべての被造物を後にして、その高揚の中に留まってしまうのではないか、と心配した私の友はたずねた。
「神父さん、あなたは私たちを神学的に、そして霊的に高揚させました。しかしその高揚は神が『はなはだ善い』とされた神の造物を無意味にしてしまうのではないでしょうか」
ヘシカストはこの問いに同意するかのようなしぐさをしてから、話し始めた。
「心配するには及びません。神の造物は無になるのではなく、高揚の感覚は通り過ぎるだけで、それらは限られた意味での創造者の特徴として残ります。兄弟たちよ、限りなき大洋のような、聖なる神の完璧な純粋さの前では造物は一滴の水のようなものです。もし神がもっと多くの世界をつくり、そして神の純全なる美と特質とをもってそれを飾ったなら、その魅惑によって人々は死んでしまうでしょう。兄弟たちよ、このようなことを信じられますか。そして耐え難い霊の歓喜は、どこへ導かれるのかを知っていますか」
ヘシカストはしばらく沈黙し、そして続けた。
「神を観想すると人間の理性は神を愛するものとなり、盲目になる。心はおののき、そして霊は喜び楽しむ。このとき人間は高く浮き上がり、霊は身体の重荷から解放される。聖なる睿智(ソフィア)によって知者となり、神の聖性によって聖人となり、神の単純性によって単純な者となり、神の光によってすべては光となる。私はまだ経験していませんが、至福な聖人となった人々がこれらのことを証言しています。しかし兄弟たちよ、無知な偶像礼拝者とならないためにも、私たち人間の理性は本能的に美を愛するものだと知るべきです。理性は聖なる出生を得ているので、美の中で満足するのです。しかし理性は神の美の一滴しか受け入れられないことを知っているので、魅惑され、驚きを覚え、聖なる愛(エロス)で満ちるのです。すると霊では不断な情熱が沸き出て、燃え上がる。そして聖なるものは不可解に燃える愛の物質に変化する。この神の愛によって理性と心は清められ、神に属するものとなる。この聖なる理性は神となり、『恩寵』によって神となるのです」この聖人は再び沈黙したが、すぐにこう言った。
「まことの神学者であった聖師父たちは理性と神との関係において、前者は後者の一例であると述べています。つまり愛する理性が神の純全の観想で高揚すればするほど、愛される神はその高きところから愛する理性へ下るのです。こうして神と人間は神秘的に結合する。神は理性を神成させ、恩寵で満たす。これが神と理性との密接な至福関係です。愛するものと愛されるものの関係、原像と像、限りなき者と限りある被造物との関係なのです」ヘシカストは説教が終わった合図をした。
すでに夜になっていて、私の友や修行者の顔がようやく見えるほどの暗さだったが、ほおづえをついて聞いている彼らの姿は私にははっきりと見えた。私たちが座っているカリヴィの庭には霊の静寂と、まわりの自然の静けさ以外、何も聞こえなかった。私の霊は聖なる光照を得て、心は喜び躍り、そして目には涙が流れていた。私の思いは超自然的な聖なる像に満たされていた。どう説明したらよいだろうか。それは描き出すことのできない像である。生まれて初めて、聖なる光によって私の霊は突然の幻想の中で天が2つに分かれ光り輝くのを感じた。この聖なる光は私の霊の中でまだ輝いている。繊細な虹の輝き、そして天の露と色が私の霊に入り、身体は軽く感じられた。そして、あたかも頭の上や周りを飛び交う天使たちの翼の音を聞いているかのようであった。至福な霊とこの世界は結合したのだと思った。そして『天と地、そのすべては光に満たされた』。私の霊は——それが身体と一体となったのか否かは、神のみ知ることで私には分からないが——天国の非物質的な領域に入っていた。
この聖なるヘシカストは、神に在って至高な観想の中で、2時間も私たちに神秘を語った。この夜、彼の 30年以上の霊的な体験は結集された。闇夜は神秘と沈黙をもたらし、アトスの荒野には聖なる畏敬が広がっていた。私たちの霊の中では人間の生活と聖なるものとが混同していた。そして私たちの霊はおののき、聖なる忘我の状態にあって、言い表わし難い歓喜の海に浮かんでいた。私の霊は感性で見たり聞いたりすることを止め、恩寵の洗礼を受けて、この地上にはなかった。それは自然を超越して、階段を登るかのように、天と地の間の限りなき空間を昇りつつあるように感じられた。私は物質的な自然に生きているという感覚を失い、すべての経験はなくなり、知識は消滅し、思考は止まってしまったか、あるいは奇妙に働いているだけのようだった。だが心は炎なく燃えていた。
ポルタイティスのまなざしの下で
私たちは約一時間歩いてカリエスに戻り、再び古いヴァシリカで祈りつつ、プロタトス聖堂の素晴らしいフレスコ画の調和に感激する機会を得た。その聖人たちの容姿と力強い動きを私は忘れられない。パンセリノスは様々な聖像画法を習得した後、霊的な修行精神を明確に表現するビザンティンの伝統画法で、平面を用いて身体的、霊的な姿を力強く表現する表象法を完成させた人である。正教精神の中でこの独創性を作り上げた彼は偉大な聖像画家である。イヴィロン修道院に出発するため聖堂を出ると、一人の敬虔な老修士が道を教えて案内してくれた。庭の中央では身なりの良い二人の修道者が立ち話をしていた。私たちが近づくと、彼らの自慢話が耳に入ってきた。それを察知した親切な案内者は
「気にしないで下さい。彼らは古いアダムの子たちなのです。霊的な生活をしない人間は不幸な被造物と言えます。人間の血の中に流れているエデムの毒を、謙遜によって中和できない人は、子供のように受動的な自分をあらわし、他人に認められ、知られようとします。しかしそれは笑いぐさになるだけです。もしある修道者が自分の優越感を出そうと思うなら、同じテーブルで食事している兄弟のネギより自分のネギが少し太いというだけで、彼の優越感は満たされます。兄弟たちよ、それが人間なのです。あまりにも人間的なことなので、驚かないで下さい」と言って、もの悲しくほほ笑んだ。
「神父さん、それは人間的なことであってハリストス教的ではありません。謙遜をもたない信者は信仰に矛盾する者です」と友人は指摘した。
「兄弟よ、謙遜の心がないならハリスティアニン(信者)としての意味がない、とあなたは言いますが、それ以上の何かがあると私は思います。つまり信者自身のすべてが奥義であるということです。もしあなたが自分は善人であると信じているのなら、あなたは卑しい者なのです。もし罪人のように泣くのなら、あなたは神に近い者です。もし富を集めているなら、あなたは富を撒き散らしているのです。もしあなたが富を撤き散らす者なら、あなたは富める人です。もし人に軽蔑されているなら、あなたは偉い人です。もし自分は有名人であると、信じているなら、あなたはまったくの無名な人です。もし無口なら、あなたは誠実な人です。もし口数の多い人なら、あなたは単なるシンバルです。もしあなたのまわりは暗闇だと信じているなら、あなたは大きな光の中にいるのです。なぜならすべての善は私たち自身から出るのではなく、神の慈憐から出るからです。『ある状態になりたいと思うことは、まだそのようになっていない』のですから、理論的な努力だけでは自分のものにはならないのです」
「神父さん、今あなたが語られたことは、修道の基本であり、霊的生活の果実です」と友は言った。するとこの老修士は
「神に光栄」と答え、私たちに天からの祝福があるように祈り、静かな微笑で別れを告げ、私たちの前から消えた。
私たちは修道院の中に入り、『ポルタイティス聖堂』の晩課に立った。そこで強い祈りと感涙とによって再び洗礼を受ける者となった。私の友は「何と鮮明な動きをもった聖像画だろう。巡礼者の求めるすべてが描き出されている」と言った。
「本当に、この『熱切なる庇護』聖像の清いまなざしは、これを見る者に聖なること、至福なことを必ず思い起こさせるだろう」と私は答えた。
修道院の広い庭に出ると、一人の老修士が私たちに近づいて来た。彼は朗らかな性格、喜びに溢れた人であった。
「あなたたちは控え目で、敬虔な若者です。私の目に狂いがなければ、あなたたちは修道者になるために来たのだと思います」と彼は言った。
「はい、そうです」と私たちは答えた。すると彼は
「そうですか、修道生活は素晴らしく、聖なる生活です。あなたたちの修道に向けるその熱意に対して、神に感謝しなければなりません。何事も神なくしては生じないのですから。そしてあなたたちは偶然にここへ来た、と考えないように。聖山アトスは至聖女マリアの庇護の下にあり、彼女があなたたちをここへ導いたのです。あなたたちが彼女を喜ばせるために来たことは素晴らしいことです。私はあなたたちが彼女の聖堂で厚く、敬虔に、そして熱心に祈るのを見ていました」こう言って、この修道者は沈黙してしまった。彼は顔を地に向けていた。数分後には顔を上げて私たちをじっと見つめると、彼の目には涙が浮かんでいた。そして話を続けた。
「あなたたちは自己の存在が、どんな賜物なのかを知らないのです。まずそれを理解するために、向こうにいるロバに近づいてみなさい」と言って私たちにそれを示した。「そして近づいた後、考えてみなさい。この動物はロバとして造られ、あなたたちは神の本性に結びついている人間として創造されたことを。そしてあなたたちは、この動物以上に神に対して貢献しているかどうかも。動物は死ぬ霊であり、苦しめられたり、殺されたりします。しかしあなたたちは終わりなき国と至福のために生きているのです。人々のために働くロバに近づき、この違いを考えてみなさい。またあなたたちに対する神の特別な配慮をおもい、泣きなさい。たとえ泣けなくても、その思いから逃げ出さないように」修道者は強い感動を覚えて話を止めたが、また続けた。
「あなたたちは創造者に対して、どれほどの恩義があるのかを理解するためには、できるなら生まれる以前の、過去の深淵を想像してみなさい。つまりこの世に生まれるまで、あなたたちはどこにいたのですか。いま、あなたがたは自分が何者であるかを知っています。『あるとき現われて消える』無数の動物界の一存在ではなく、理性をもち、不死を得て宇宙の創造者に向かって『あなたと私』と言える人間なのです。神に光栄、神に光栄、光栄」とゲロンは言って声をころし、泣き崩れた。歓喜と感動から私たちも彼と一緒に泣いた。日はまだ沈んでいなかったので、そばを通る修道者や巡礼者たちに顔を見られないように隠した。
ゲロンはまた、続けた。
「兄弟たちよ、あなたたちはどのような深い淵から来たのか、そしていまは神に在って、どのような永遠の深淵に進んでいるのかを理解しますか。また何万光年後にも、あなたたちはかつて肉体をもって、どこに住み、いつ、どのような生活をしたのか、という自覚を持ち続けるのです。これを想像できますか。何を躊躇しているのですか。このように純全で超現実的な想像を強烈に体験する者は、創造者に対する熱い感謝の念から泣かずにはいられなくなるのです。そして神の愛に対して自己を犠牲にするようになるのです」
「聖なる神父さん、たいへん神聖で限りなき意味をもっているテーマを、私たちに話して下さいました。私たちの心は、神に仕えるため、神に在って生きるため、そして『世の終わりまで』生き続けるために、言い表わしがたい至福な光の中で燃えています」と私の友は溜め息をつきながら話した。
ゲロンは「私はあなたたちの心が、肥えた土地のように、神の種を受け入れたことを嬉しく思います。そしてあなたがたは主にあって、神の光栄に向かって見習い修道者になると信じます。全力を尽くして戦い、恩寵の器となるように神父として私は勧めます。また、いつも感動と謙遜とをもって祈ることを忘れないで下さい。主が使徒たちに語ったように、主は私たちが『聖神』(アギオン・プネヴマ)を呼び求めることを望んでいるのです」
2つの庵をつくり
しばらくして、私はこの博学で聖人のような修道者にたずねた。
「神父さん、あなたは永遠の深淵について話されました。私たちの霊も、誰に教えられることもなく、永遠への熱望をもっています。しかし永遠の理念は思索できるのでしょうか。時間の存在しない永遠の無限を描き出すことは可能でしょうか。永遠を生き、それを感じたとしても、それを理解しているとは言えません」
「私の子たちよ、描き出せないものを求めているのは確かです。私は『永遠』を次のように具体化する試みを聞いたことがあります。『スカンジナビア半島のスビットヨットという所に、高さ 100マイル、幅 200マイルの岩があって 1000年毎に小鳥が飛んで来て、その岩のうえでくちばしをこする。この小鳥のくちばしによって岩全部がなくなるとき、永遠から1日が過ぎるであろう』と。しかし私はこのような比較は誤りだと思うし、同意もできません。なぜならその1日が過ぎても何も生じないからです。そのような岩が1つ無くなっても、『永遠』は減るのでもなく、そのような岩が何千個になったとしても減らないのです。空間が減らないように、時間も減らないのです。これらは無形なものだからです。方向に関係なく『永遠』は巨大なものなのです。明白に次のように言われています『この生命の毎秒は永遠の重荷を引きずっている』と」
私たちはしばらくの間、声も出なかった。
翌朝私たちはこの修道院を立ち去ったが、すでに二人には修道生活に入る決心ができていた。
このようにして私たちは数多くの修道院をまわった。隠遁者の庵にも行き、多くの福たる修行者たちとも話をした。友とは多くの考えや情熱の交換ができた。神の懐に眠る名誉について、闘いの勝利を得たそれぞれのアトスの師父たちの過去と生涯について話し合った。霊の神成への歩み、聖神(アギオン・プネヴマ)を得るために登るべき階段、『神の本性と交わる』ためには、どうすべきかなどについて思索した。そのほかに、私たちの情熱、理念、自由な意志を分析しつつ、自分自身を根底から検討した。その結果、すべては私たちに修道を納得させるものであった。
十分に日数をかけた巡礼と研究の旅を終えた私たちは、すべてのものが神を讃美していると思われる荒涼な泉の近くにいた。それは復活祭後のすがすがしい朝で、至聖なる聖体礼儀に参禱したあとであった。ハリストスに在る生命について話をした後、友は
「何を心配してはっきりと決心できないのですか」とたずねた。私は
「何も心配していません」と答えた。そして「兄弟よ、私たちは2つの庵をつくろう。1つは君のため、1つは私のため、これは素晴らしいことだ」そして私たちは表現しがたい喜びと感動を覚えた。
友は「そして主イイスス・ハリストスのためにも1つ」と言った。
私たちは泣いていた。しばらく時間が過ぎてから私は友にたずねた。
「私たちを修道生活に入るように説得したものは何か、とたずねられたら、何と答えようか。思考、打算、感覚、世俗の諸条件を評価した結果、神聖な愛から」。友は私の後に続けて言った。
「すべてです。そして神の恩寵と特別な招きです。これらすべては私たちの霊の成聖、永遠の救い、そしてハリストスに在って永遠の至福にあずかるためのものです。正しい思考、霊的な打算、神に在る心の感性、世俗条件の評価、そして霊の神聖な愛です。また打ち勝つことの出来ない影響を与えている『神恩』、神秘なる師父たちを学ぶことによって得られる『招き』です。これらすべては正しいことです。君はこれ以外の行動を取れますか。神の愛に傷ついた霊とともに、再び世俗へ戻れますか。もしできるとしても、君はそうしますか」
「友よ、確かにできません。たとえ多くの闘いの後に、『地上で何をしていいるのか、父の元へ来なさい』と、私の霊に語りかける声を聴いたなら、たとえ霊の熱望を押えることができても、私は世俗に戻らないでしよう。私たちの霊が生まれ育った『正教』では、霊の開発に応じて様々な生活形態を選ぶことが可能です。ですから、各人は良き人間になるための生活形態を選択する権利をもっています。この様々な生活形態の評価は既に私たちには明らかです。多くの人々に認められている連綿とした霊的伝統をもっている正教信者が、自分の生活形態を選ぶのに長い間迷うのは正しいことだろうか。親愛なる友よ、同意してくれますか」
「もちろん同意します。そしてすべては私たちが修道に入り、天使の生活を送るように促しているのに、『盗賊の仲間になるため』イエルサリムからイエリホン(エリコ)に下るのは、言い逃れであり、最も愚かなことだと思います。神がご自身の美と私たちの美、神の不死と私たちの不死を啓示されたのは、私たちが神に接近するためなのですから、この招きを拒否する勇気はありません。そして『主』は教会の首として、私たちの人生を活用しようと望んでいるのですから、 一体誰が神に妨害できるでしょうか。そのためには、まず私たちの霊を準備して、欲望を潔め、自分自身の成聖を優先させ、その後に隣人のためになることを考えるべきではないだろうか。このように教えている教会の霊的な経験を私たちは持ってはいないだろうか。いまこそ私たちは『聖神』(アギオン・プネヴマ)を鎧として身につけよう。それは『我等の戦いは血肉に於いてするにあらず、すなわち首領に於いてし、権柄に於いてし、この世の暗味に於いて』(エフェス 6 : 12)であるからです。そして私たちは距離的には、すべての人々とは離れているけれど、愛においてはすべての人々と結ばれており、すべての人々のために祈る者なのです」
時が来たので、立ち上がり、私たちはハリストスに在って抱擁し、別れの接吻をして涙を流した。ハリストスの愛は私たちの心に力を与え、そして『主』に対する無量の感謝をいだかせた。私たちは喜びと愛との中でお互いに別れを告げ合った。
神に在る私の友は荒野で聖なるゲロンの見習いとなった。私たちの聖なる願望、そして招きでもあった修道生活は、主の前に謙虚な私たちを修道院へと導いた。そのときから 15年が過ぎた。春から秋へと季節が変わるように、私たちも若者から成熟した年代の人間になっていた。私はこの親しい友と時々会い、今でも彼の持つ霊性から喜びを得ている。
荒野で友と会った後、世俗から来た私の2人の友達、神学者と弁護士がアトスの巡礼に訪れたので、この機会に私もアトスを巡礼することになった。それは忘れかけている修道生活について再考し、書き残しておかなければならない、という熱望にとらわれていたからである。
第二章
世界の置くに堪えざる者は(エウレイ 11 : 38)
大いなる敬虔の声なき証人として、過ぎし日の素晴らしい栄光の石碑として、幾世紀にも渡って息づいている聖山アトス。その神聖で感銘を与える 20の修道院の1つに私は移り住んだ。世俗生活を拒む謙虚な人々のもつ豊かな敬虔にふれ、非の打ち所のない崇敬な信仰に見守られている聖不朽体に伏拝する、という願望が私の足をそこへ導いた。そして何世紀もダイヤモンドのように保存されている、比類なき美の宝を私の霊に取り入れるために、「主の住まい、愛するもの……」をほめたたえるために。長い間私は「修道」に対して謙遜と深い傷心を感じていた。そして神の摂理は、その光明な愛智へ私を導いていると感じていた。
打ち砕くことのできない、荒々しいアトスの岩でできた十字架を背負って生きた戦士たち、荒野の修行者、共住修道者、隠遁者、静寂者、すべての修道者たちを感動と共に私は思い出す。ある者は、エジプト、パレスティナ、シリア、小アジアの果てしなき荒野の「山嶺、巌穴、地窟にさまよい」(エウレイ 11 : 38)、主の敬虔なくびきを引いたのである。またある者は、「棘の燃えて焚けざる」神聖な心から佯狂者となり、炎の信仰と卓越した理念を絶えず凝視したのである。彼らは聖なる修道院の祈りの椅子で、石のうえで徹夜の祈りのためにひざまずき、そして骨を砕いた。また「最後の審判者である神を観るために」長時間の祈りと長期の斎によって自己の本性を無にしたのである。 *エウレイ=ヘブライ
青白く、ロウのようで、親しみを覚える存在(修道者)は「ハリストスを獲んため、一切を以て芥帯として」(フィリップ 3 : 8)、すべてを犠牲にした。そして信仰の炎と静寂と平安の中で、貧弱で薄暗い湿った巣の中で、ひざを曲げて死の眠りについた彼らは「世界の置くに堪えざる者」であり、清らかな霊である。
「死すといえども生きん」(イオアン 11 : 25)ために、死から生命に移るために彼らは聖なる光の彼方へ静かに、孤独に、謙虚で知られぬ者として、報いを得るために歩んだ。知られぬ者たちの中の知られぬ者、よそ者として、あるいは暫時の住人としてここに来たのであった。 *イオアン=ヨハネ
ある日の午後、ちょうど晩課が終わったころであった。修道者たちは一群となって静かに院室に向かう。彼らは黒い修道帽と衣服に身を包んで、うつむきながら歩く。彼らの簡素で同一の服装、そこに見える黄色い顔、ビザンティン聖像画が息を吹き返したかのような姿は「有るなきに似たれども、有らざるなし」者(コリント後 6 : 10)、動く神秘、人の虚栄心を監視する者、理念の具現とも言える。
「修道」とは、何と奥深いものであろうか。この卑しい存在に多くの光が隠されている。聖にされた謙虚な長い服装で「高価な真珠」は隠されているのだ。一体どのような超世俗的なメッセージが修道者を生み出し、彼らを乾いた荒野や歩行不可能な、人を寄せ付けない山の頂に住まわせるのであろうか。そして、どのような霊的な燕が飛んで来て、修道生活を言い表わせない神聖な歌で強めるのであろうか。謙虚で親しみのある「死と生命の愛智者」たちは視線だけで私たちを聖なる国へと引き上げるのは、どうしてであろうか。
来世のために現世を、永遠のために過ぎ去る世を否定しなさい。
「拷問に遇わされ、刃に殺され、綿羊と山羊との皮を流離し」(エウレイ 11 : 37)そして「ハリストスに縁る誹毀を、世の宝よりもさらに大いなる富と意い」(エウレイ 11 : 26)、神の言いがたき貧困を大いなる富と修道は考える。生命をもたらす死で死になさい。
霊は聖なる生命の感性で満たされると、不可視の世界に浸透して、平安と信仰と望みプシヒーと愛の中で『神』の到来を待つ。それは神聖な不断の祈りによって霊が「観想(テオリア)」、「恍惚(エクスタシス)」という最高のものを知るからである。
何としてもこの「ハリストスの貧者たち」、修道者の霊の中に私は入りたい。そして彼らの深い平安の沈黙を聞き、思索に近づき、神聖なるドラマ、神秘な奉神礼儀で自己を準備して、彼らの霊が『聖なる愛』の甘き恋人と慕う『方』から何かを感じ取りたい。そのすべてを雅歌、神に喜ばれる讃詞、天使たちの讃歌、ヘルヴィムの歌に私は変えたい。
美の無言なる讃詞
私は神学者、弁護士と一緒に聖なるクセノナス修道院の客となった。そこの敬虔な院長は若い修道士クリゾストモスに私たちの散歩に同行するように命じた。私たちは修道院を出て、何百年という樹齢の糸杉の並木道を進んだ。このような珍しい風景に私たちは魅惑された。修道士クリゾストモス、神学者、弁護士という若い人々の中で私の存在は小さな不協和音を作り出し、彼らの春のような笑談の中に秋の哀愁を投げ入れるかのようであった。しかし、この3人の交わりにも内的な違和感と、霊的な距離が認められた。修道士クリゾストモスには謙虚な動作、徳のある敬虔さ、そして深い知識があり、彼の応答は理論的で賢明な人を感じさせた。神学者も賢明であったが、様々な神学論に多分に影響されていた。そして修道者に対する同情と寛容の心を持っていた。弁護士は現象の世界にだけ従事しているという印象を与え、福音書の中で「尚足らざる者は何ぞや」(マトフェイ 19 : 20)と語った律法学者を思い出させた。彼の正教に関する知識は少なく、正しいとは言えない。彼は神学者の幼いときからの友人で、同窓生でもあった。彼らはアトスを訪れ、各修道院の蔵書豊かな図書館で修道を研究し、数日間修道者たちの世界で過ごすことが目的であった。 *マトフェイ=マタイ
両側の枝木に巻きついた蔓が天然のアーチを作り、曲がりくねった道を進み広場に出るまで、私たちは簡単に印象の交換をした。もちろん、アトスでの会話は霊的なテーマに限られる。聖山(アギオン・オーロス)の人々が内的な精神生活以外の会話をするのは、ほとんどが神学論、教会論、そして霊に関してである。多くの修道者はこれらのテーマに関する疑問は全くもっていない。彼らは正しい信仰をもっており『主に在って』闘っているからであり、『睿智』の中に在って沈黙しているからである。
春の花、樹、緑草、そして、草原の白い花などは一日中みずみずしく、まわりには淡く純粋な香りが漂う自然美を目にして、この巡礼者たちは自己を見失っているかのようである。
この良き友たちに同行したのを私は後悔していない、といまは告白する。それはこの日の夕方、私たちの霊は克服しがたい魅惑に捕われてしまったからである。私たちは色、形、線、香り、鳥の歌声などを満喫し、それらを霊に注ぎ込み、収集する希な機会を得た。それは自然のすべてが『造成主のことば』で神に美の無言なる讃詞と祈りを捧げているように思えた。
その日の夕暮れに堂々とした自然はすべての美を仲良く競い、力を誇示して、見る者に『ことばを発して、これを生み出し、成らしめ、創造した芸術家』を観想させた。
色の変化はつかみきれない、多くの色と相対する濃淡、芸術とも言える一定の色、青の上品さなど、すべては見る者の想像を無形な天使の世界へ移してしまう。奥深い森の表面は波のような遠景となり、濃い緑色で真っすぐに伸びている林はビザンティン修道院を取り囲んでいる。天国のようなこの地の無数の花々は林の蔭で咲いていた。私たちの足元からは広大な海が、その青さを広げてはるか彼方で消えている。遠い世俗社会は『悪』に支配され、神から遠ざかり、そして神から離れる悲劇は終わりない霊的な悲劇となっている。一時的で決して満足することのない、快楽と欲望の悩みは絶え間なく生み出されている。聖人たちの祈りは芳香のようにこの世に広がり、漂っている。アトスの修行者たちの霊の叫び、無言なる讃詞はまだ終わりを告げてはいない。「岩窟にいる」兄弟たちは聖なるノスタルジアを同一の『父』に向け、愛に満ちた聖なる祈りの白鳩は讃美と共に青い空に舞い上がっている。
私は荒野で起きる神秘的な現象を目にしたことはないが、いまアトスのこの卓越した自然の中で、表現できない深い静寂が保たれているのを目にしている。私の感傷的な視覚と感性によってビザンティン修道院での時間は永遠の長さをもち、広がる。そしてまわりを高い糸杉に囲まれたこの風景は聖なる静寂の意味を象徴的に拡大している。
静寂と修道
修道士クリゾストモスが沈黙を破って私に話しかけた。
「神父さん、自然は非常に強い影響を霊に与えると思います。沈黙して座っている間にも、この思いについて話したかったのですが、あなたたちの集中と洞察を乱さないように気配りしたのです」と。
私は
「ありがとう。静寂は霊にとって非常に有益です。別の言葉で言うなら、それは聖なるものとも言えます。静寂によって霊を神に向けるなら、いかなる賢明な弁術とも交換できない、無限で言い表わせない調和を得ることができます。アトスには常にこの静寂があります。しかしアトスに生活する者は巡礼者たちに対応しなければならないこともあります。ですから兄弟よ、喜んであなたの考えを聞きましょう」と言った。
「はい、特別に重要なことではないのです。多分、これはあなたも沈黙の中で考えたことだと思います。つまり私たち、修道者は無口な者たちであるという印象をなくするために、この沈黙を解きたいと私は思っただけです」と修道士クリゾストモスは言った。
すると神学者は落ち着いた声で非難の意見を述べた。
「クリゾストモス神父さん、それは違います。私たちは騒音と会話に慣れているので、この静寂と自然の美からすばらしい印象を得るのです。また『何か新しいことを聞いたり、話したりするのとは全く掛け離れた』このような会話で私たちは多分異なった満足を得ることができるでしょう」
私たちはこれを聞いてほほえんだ。
「その通りです。修道は可能な限りの静寂を基本にしています。諸聖師父や修行の教師たちは、静寂を強調しており、それは完全を目指す者を目的に導くと教えています。私の個人的な経験からも、その確かなことが証明できます」と修道士クリゾストモスは話した。
すると神学者は
「私はあなたの考えに賛成できません。なぜならハリストス教は、まず社会的な宗教であって、隣人愛を重んじる宗教なのですから、沈黙を『善』として認めることはできないのです。これとは別に、意見の交換によって『真実』が明らかにされるとき、そこに進歩があると私は考えます」と言った。
修道士クリゾストモスは
「たとえ私がある前提条件を設けて、あなたの指摘に賛成したとしても、この考えは聖師父たちの考えですから変わることはありません。つまり、善なる沈黙を否定悪として私が認めても、また人は話し合いで進歩すると認めても、この考えは変わらないのです。修道精神を解釈すると、修道はハリストス教から出ているだけでなく、その中で自主的な制度を成立させています。また福音の教えを何ひとつ排除することなく、修道者の客観性による独自の規定で修道精神は統制され、福音の教えを最も非凡な方法で適応させているのです。この規定に正しく従って、修道者は社会との交わりを断絶しているのです」と言った。
「しかし、善なる沈黙と社会的な交わりの不正や断絶をあなたはどのように妥協させるのですか。それは矛盾だと思います。それとは別に、律法の要約でもある愛の教えを破棄することなく、新約の教えをこの非交流的な社会で実現させる方法なのですか」と神学者は問い返した。
これに対して修道士クリゾストモスは
「私が言った真実の証で十分なのですが、修道理想の基本があなたにとってより明確になるように、修道の教師たちの証言を引用しましょう。彼らの権威は疑いのないものですが、単なる引用では理論的に満足されないかも知れませんので、簡単な論述を用いて要点を端的に述べるなら同意が得られると思います。話の中心テーマは、修道そのものの存在が教会内で正当であるか否かということではなく、修道がひとつの制度として世俗から隔離されていること、またその中に発展した独特な規定が問題点として取り上げられていることです。ひとつ質問があります。修道は神によって定められていて、聖書の多くの箇所に修道について記されているのを事実と認めますか。また修道は一時的な現象ではなく、社会が存在する限り、教会から派生する存在として、倫理的な生活の最高の形だと認めますか」と言った。
「もちろんです。教会には無垢な集団が存在します。どんな信者であろうとも、これ以上の方法を人間の知識で考え出せないと思っているでしょう。そしてこのような集団は存続するでしょう。それは修道という手段が『主』に向ける熱い愛を不断に表現する唯一可能な手段であり、『主の務め』に全霊をもって献身できる方法だからです」と神学者は答え、更に強調して続けた。
「もう一度繰り返しますが、私は今日見られる修道形態にある種の慎重論をもっているのです。つまり世俗の外での生活、特に荒野での生活ですが、これをハリストス教に出発点をもつ独自の制度として決めることはできません。時代と共に修道は最初の正常な歩み、社会奉仕の道を外れ無益なものとなってしまったように思えるのです。修道に関心のある人なら、この事実を認める必要があります」
「あなたは東方教会の修道について研究したのですか」と修道士クリゾストモスは問いかけた。
「特別な研究はしていません、しかし修道の起こりと7世紀までの発展については充分な知識をもっています。ですから根本的な考えからその結論を出せます」と神学者は答えた。
「修道の使命に関する私たちの意見には相違があります。つまり修道歴史についての知識不足、その形態の誤解、修道が起こった深い霊的な原動力を知らないのが相違の原因です。この相違の解明には、修道が起こった時代に戻り、最初の歩みと新たに定められた規定の特徴と要点を明確にしなければなりません。東方修道の父である聖アントニオスについて、あなたはどのような知識をもっていますか」と修道士クリゾストモスはたずねた。
聖アントニオスと社交性
神学者は「聖アントニオスには2万人の弟子がいました。そして彼のところに集まる病人たちを癒し、またアレクサンドリアの教会に出て来て、異教者や民族主義者たちによって危機にあった教会を助け守りました。この行為は修道の偉大な父がもつ隣人への共感を示すものです。同時に彼の社交的な精神を証明しています」と答えた。
すると修道士クリゾストモスはこう言った。「私はそのような聖アントニオスの歴史的な活動を疑いません。しかしあなたの結論は極端なものと見なされる可能性があります。修道の教えについて順当な正確さがないので、修道思想について混乱を招く恐れがあります。それを明確にするために私が補足しましょう。第一に、彼は独りで約 20年間修行しました。弟子たちが彼のところへ集まるようになるまで彼は隠遁生活を送っていました。
また初めてアレクサンドリアに出て来たのは 60才を過ぎてからで、ちょうどマクシミノス皇帝によって教会への迫害が行われた時代で、彼はハリストスを証する情熱から出て来たのです。彼が行なったことは、多くの信者たちに正しい証のための力を与えたことです。そして、2度目に出て来たのは正教会の主教たちの依頼によって、アリウス異端の影響下にあった信者たちの信仰を支えるために来たときで、彼は 80才でした。これ以外に、この聖人は世俗に出ることなく永眠するまで自分の名を付けた山の中に隠遁していました。
これは荒野が偉大な修行者にとって、自然な環境であることを示しています。そして最も特徴的な点は次のことです。
ある大公がこの聖人から何か霊的な益を得ようとして招待したとき、聖人はどうすべきか弟子のアプロス・パウロスにたずねると、パウロスは『もし大公に仕えるために出て行くなら、あなたはただのアントニオスです。もしこの山に残るなら、アヴァ・アントニオスです』と答えたので、聖人は弟子の言うとおり山に残りました。これから世俗との接触という意味の社交性を見いだせますか。確かにアントニオスのもつ特別な能力からして、この例だけを取り上げるのは不適当かも知れません。しかし彼が常に修道者たちに教えていたことは、修道者たちが自分たちの手作り物をアレクサンドリアヘもって行き、それを売って必要な物品を買うときに、できるだけ早く売って帰るということでした。
彼は、水から陸に上がった魚は死んでしまう、という例を用いて修道について教えており、また世俗での修行は修道者にとって、いかに致命的な死を招くかを説いています」
ここで私も彼らの会話に加わり、こう言った。
「聖大アントニオスの生涯を私たちもまねるべきです。彼の業績は全教会に多大な意味を与えるものです。彼は富んでいた人でしたが、若いときから将来を考える人でした。そして自分の将来が平凡なものにならないように望み、真実で至高な生命への渇きを感じたのです。ハリストス神は、このような望みをもつ人に常にその答えを与えます。
——完全な人になりたいのですか。
——主よ、そのようになるには、どうしたら良いのですか。
——あなたの財産を売り、貧しい人に与えてわたしの道に従いなさい。
こうしてアントニオスは福音書から貧しさ、貞潔、そして神の旨に従うことを学び、生涯をとおして福音を理解したのです。また学んだだけではなく、どのようにそれを実践したかに意義があるのです。彼は自分の財産を売り払い、貧しい人々に分け与え、家の中に閉じこもり、祈りと斎の修行を実際に始めたのです。しかし、友人や親族とのかかわりが修行の邪魔になるので、彼はもっと遠くに逃れ、墓場に住むようになりました。しかしそこにも世俗の騒音はとどき、また自分自身を世俗的な思いから断絶できなかったので、彼は完全な静寂を求めるようになりました。この完全を求めて、彼は遠い荒野の山に隠遁する決心をしたのです。
私の個人的な体験からも、静寂は修道生活の前提条件であると認めなければなりません。そして更に意味深いことは、神が聖大アントニオスのこの歩みを正しいとされたことです。
このようにして、聖大アントニオスは修道生活を発展させ、その創始者となり、修道者の父と呼ばれているのです。そして彼の修道に関する教えは福音が述べている完全性を表わしているのです。彼の生涯を記した聖大アタナシオスは、彼が行なった奇蹟、教会のために行なった業績、そして何万人という彼の弟子たちについて私たちに知らせています。
聖大アントニオスは教会史に輝かしい1ページを残した人です。その光は、荒野での修行による善行であり、それによって悪の権力に立ち向かう新しい方法を明らかにしたのです。その修行は特別であって、悪魔と闘うこと、霊の救いを前提条件としているので、そのためには罪悪の原因となる世俗を離れなければならないのです。これは、もし力不足で溺れる危険があるなら港に避難しなさい、と言うことです。聖大アントニオスによると、修道者は世俗とのあらゆる関わりを断つために世俗を拒絶するのです。修道者はあらゆるものから自由になって祈り、徹夜禱、斎、奉仕作業などで自己の欲と闘うのです。それにはハリストスの誠めを守ることが必要です。聖大アントニオスの精神には遁世と結び付けられている完全の理念があります。私が偉大な修道の父について言いたいことは、いまのところこれだけで、アントニオスの集団生活とその教えは何世紀にも亘って教会が認めてきたことです」
「神父さん、いま話されたことは討論にたいへん有益です。しかし私は社交性というテーマに固執します。2万人という修道者たちが共住したのですから、そこには社交の可能性があります。ところがクリゾストモス神父の説明では、社交性は必然的になくなり、認められないとしています。しかし、これほど多くの人々が修行し、教会共同体が形成されると、その中では善行が行われ、それはハリストス教初期の集団を思わせるものです」と神学者は言った。
「あなたは『社交性』という言葉の意味を誤解しています。はじめ私は、世俗社会を離れた修道者は自動的に自己を世俗生活から離別させたのだ、と言いました。ですから修道者が修道の兄弟社会という新しい生活環境に入っても、修道の基礎をなくすことにはなりません。兄弟集団の中では気楽さと相対的な沈黙が保たれているだけではなく、生活システムのすべては修道目的の成就に向けられているからです。2万人という弟子の数を聞いて、あなたはこの聖人によって統治された大集団を想像しているのでしょうが、現実には、この人々は今でもその模範的な秩序、沈黙、自己集中などで称賛を受けるに値するほどの修道生活を営んだ共住修道者、静寂者、隠遁者たちでした。5世紀初期で、東方修道の歴史の証言者であるエレヌポリの主教パラディオスの驚嘆を引用します。彼はティヴァイダの修行庵に大勢の修道者が共住していた様子を、非常に印象的に記しています『そこでは深い静寂の中に致命的とも思える哀愁が漂っている』と。この雰囲気を保つことが聖師父たちの精神を理解することです」
修道者と隣人
「極端な2つの思考があるけれど、あなたの言うとおり、修道は世俗社会との結び付きをなくするものだと認めましょう。しかし兄弟集団の枠の中に入る修道者は、その新しい集団の中で新たな人間関係を作り出すのですから、再び隣人に対する活動を展開する環境ができるのではないでしょうか。ですから、そこは霊的な場所であっても、社交性の存在する環境です。とにかく、ハリストス教の特徴とも言える、感情の相互交換(交わり)という特色は必然的な前提であり、それとは正反対の状況、つまり沈黙して隠遁するのは死んだ状況である、と考えるのは私だけではありません。聖書に『人が一人でいるのは良くない』とあるように、人間とは本性において社交的なものなのです。隣人に対して何の善行もできない人は、自分自身に対しても何もできないのです。ですから、ハリストスが『お互いに愛し合いなさい』と言われた同情と愛の宗教を否定して、不可能と無力という病的な要素をもっているのが修道です。私はこのように理解しています」と言った。
修道士クリゾストモスがこれに答えた。「あなたは結論を急ぐため、修道生活全体を検討しないで、その側面だけに惑わされ、それを一般論として受け入れています。修道において2人あるいはそれ以上の兄弟たちが共住するのは、小さな社会を形成することで、ハリストス教の精神に基づいた社交活動の場所となる、とした結論は正しいことです。しかしあなたの考えでは、ハリストス教的な交わりは外面的な活動がなければ理解されないものとしています。つまり、すべては行動に依存しています。しかし、もし人間の霊的な価値の評価を行動だけに限定して求め、その観点だけでハリストス教を評価するなら、またそのような結論に基づくなら、私たちはこの霊的な宗教の奥深さ、本質、敬虔さなどを失い、人間を義とするのは行いだけである、というドグマ(定理)を作り出す結果になります。これは新しいタイプのイウダ主義です。もしあなたが考えるように、『善行』の実現は兄弟的な共存の場以外では不可能とするなら、単独生活をする者は自己の悪と無力に流される者であり、神の顔をみることはできなくなります。このような考えは根拠のないものだと証明するために、ひとつ質問します。処女マリアはナザレトで何をしたため、神は彼女から人間の身を藉って生まれたのですか。また、人々に悔い改めをのべ、洗礼を授けた授洗者イオアンニスは、何をしたため『女の生んだ者の中でより大いなる者』となったのでしょうか。諸聖神父たちは総主教とか主教に選ばれるまで、荒野で孤独な修行をしておりましたが、彼らはそこでどのような善行をしたのでしょうか。偉大な修行者たちは自己の身体にあらゆる苦行を強いたのですが、そのほかに何を行なったのでしょうか。神はこのような人々を祝福し、教会は彼らをたいへん尊敬しています。
もっとテーマを深めましょう。つまり、なぜ神は社会的な業績と思える業を人々に示したのかということです。隣人の困窮を無くすためでしょうか。そうではありません。それは私たちの救いのためです。私たち全員が『隣人』であり、神は一人一人に関心を示しているからです。神は私たちの兄弟の利益のために『善行の模範』を示されたのではなく、私たち自身のためです。ハリストスの誡めが他人のためにある律法だ、とするのは全く不可解な考えです。もしそうなら善行を行う者の存在価値は無になるからです。隣人のために私たちの存在価値そのものが全くなくなるのは不可解なことです。ハリストス教は根底においては自己中心主義なのです。『あなたの兄弟を救え』と命じているのではなく、『あなた自身を救え』と命じています。この点によく注意して下さい。ここに私たちの会話の相違があるからです。もし、人々に利益をもたらす自分を仮定するなら、当然自分のための時間はなくなります。また誉められることではありませんが、ひとつの民族全体に多くの利益をもたらした多くの英雄たちがいますが、神は彼らを受け入れませんでした。私たち全員は『さまざまなかたちの恩恵を受ける』者ですが、私たちは恩恵の分配を受けて有頂天になるだけで、神の前には何の義務もないのでしょうか。確かに、他人は利益を得ますが、それによって神の正義が変わるのではありません。つまり、隣人の利益、そのための業績以上に神が私たちから求めているのは、心の潔めなのです。ですから人が荒野で心の潔めを達成しようと、それを騒がしい世俗であろうと場所に関係はないのです。従って世俗より荒野を優先したり、その反対であっても神には全く関係のないことなのです。
もう一つの証明は、隠遁修行は東方におけるおもな修道形態で、多くの荒野の聖人を出し、数多くの修道院が建てられました。この事実は修道者自身が驚いたほどで、古代のある碑銘家はこの驚きを明確に記しています。『何と大勢の修道者たち、彼らは修道者(独居者)なのに、どうしてこんなにも大勢なのか。また、こんなに多いのに、なぜ修道者と言われるのだろうか。独居修行とは嘘のようだ』と。これは歴史の声です。それでもあなたは無神経に、独居生活をする者はハリストス教の精神を表わしていない、と決め付けますか」
神学者は修道士クリゾストモスに言った。
「クリゾストモス神父さん、主ハリストスが『2人または3人がわたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである』と言った言葉は、ハリストス教の社交性を言っているのであって、隠遁を否定する言葉としか説明できません。ですから多分私はあなたを悲しませることになるでしょう」
修道士クリゾストモスはこれに答えた。
「多くの例を取り上げて説明したのにもかかわらず、あなたは霊的な独居生活の至高さをハリストス教観点からは不可解と決め付けますが、どうしてそのような考えを固持するのか私には不思議です。隣人を取り残して、単なる自己愛からエゴイズム的に自分の救いだけを考え、隣人に対して無関心になるとしたら、それはハリスティアニン(信者)とは言えません。もしあなたがこのように考えているのなら、それは多分に正しい考えです。ところがあなたは隠遁主義の動機をよく知らずに、その表面的なことに惑わされています。隠遁主義とは罪を犯した霊の宗教的な感情が理論的に行き着くところで、負債をおった霊、『熱烈に愛する』霊、『純全のところへ引き込まれた』霊の情熱が到達するところなのです。私たちはこの情熱を兄弟たちに与えるべきなのです。ハリストス教の理論は、まず最初に自己のためにそれを習得して、その後他の人々に伝えるよう教えています。ハリスティアニンはまず何を習得すべきかを考えるべきです。そして私たちが隣人に利益をもたらしていると思うのは、悲劇的な自己欺瞞ではないかをよく考察して下さい。あなたはハリストス教の要求を過小評価しているのです」
「確かにハリストス教は多くの要求をしています。しかし私たちにとって不可能なことを要求しているとは思いません。自分がおかれている環境が善行を行う領域と設定するなら、それで自分の務めを最善に行なっていると言えるのです」と神学者は言った。
「これだけ長時間話し合っても、お互いの考えが接近しないことを、私は残念に思います。敢えて批判することを許していただけるなら、あなたは善行という病魔に犯されているように思えます。あなたはハリストス教では社交的な相互援助が最も重要な務めで、それがすべてであると考え、善行をその領域に無理に限定しているのです。ハリストス教は愛であり、愛には限界がありません。未熟な信仰が感じる限界などはハリストス教にはない、ということをあなたは忘れています。お互いに助け合う心があるなら、愛の存在が認められ、霊はその愛に酔い、そして隣人への関心や善行だけでは満足しなくなるのです。この愛は神と人間とに向けられる二重の愛です。すると愛する霊は全宇宙だけでは満足できず、この世を遠く離れ、神のもとで愛と感動を願い求めるのです。霊の花婿イイススを求めて荒野へ逃れ、そこで『彼』を見付けるのです。神を愛する霊がとる方向は神の賜物にかかわるテーマだとおもいますが、これで正しいでしょうか」と修道士クリゾストモスは語った。
新しき酒を古き革袋に盛る者あらず
神学者は次のように指摘した。「兄弟よ、10世紀までの修道者たちの考えを記し、修道の理想に立って、その全体像を明らかにしたギリシア人著者の最新作を知っていますか」
「はい、私は単なる興味からそれを読みました。ですから読み始める前から、特別にこの本が東方正教会の新しい修道精神を紹介解説するとは期待していませんでした。それは著者が学者であり、学問的な思索は人間の最も高尚な心の領域をテーマとしてとらえ切れない、という大前提があるからです」と修道士クリゾストモスは言った。
すると神学者は
「しかし神父さん、著者は諸聖師父の文書を基礎資料として、たいへん学問的にハリストス教修道の理想が、どのように生まれてきたかという問題の原因を色々と証明しています。同時に、修道は時代の変移と共に正常な歩みから脇にそれてしまい、その正しい方向は今日も誤解されている、と明らかに提言しています」と言った。
修道士クリゾストモスは
「学問の仮定論に簡単に惑わされないで下さい。その本は合理思想の影響を受けて書かれています。その証拠として、引用されている多くの参考文献は、修道者が騒がしい世俗に戻ることを認めるプロテスタントやカトリックの著者によるものです。しかも前者は修道を認めておりません。しかし東方教会には独特の特質があり、『新しき酒を古き革袋に盛ること』に同意しません」と言った。
「クリゾストモス神父さん、『古き革袋に盛る者』とは、誰のことですか」と神学者がたずねた。
「それは西方教会です。とらえることの出来ない『聖神゜』(アギオン・プネヴマ)の息を論理的な尺度に従わせてしまったのです。いま私たちが話題にしている本は、全くこれと同じ努力をしているのです。それは東方教会の自由な精神を破壊するため、無限な愛を限られた思考の中に閉じ込めようとする努力です」と修道士クリゾストモスは答えた。
すると神学者は
「私はこの本を読んで、そのようなことは全く感じません。それよりもこの本は、私たちの修道に関する諸問題にたいへん有益な解決を提供している、という印象を受けました」と言った。
「あなたの印象は真実を支持するものではありません。私はこの本を特別な注意と共に読んだので、確信をもって言うことができます。この本の問題のとらえ方や表現から、この研究者は修道が形成された初期の状況とか、その隠された段階的発展に関心を持っているのではなく、修道を画一化しようと努めています。17世紀にもわたって存在しており、深いハリストス教思想のもとに形成されている一つの生活形態が修道です。6世紀から聖山アトスで始められた静寂主義によって成熟した修道は、諸師父の聖性と権威とによって磨かれ、不動な岩のうえに基づいているのですから、その歴史的な発展の側面には余り関心がありません。また完全な論理的システムの分析評価によって指摘される停滞期も、私たちの結論に影響を与えません。その上、私たちが批判するこの研究書には、大きな権威をもつ資料不足が明確に感じられ、彼の『自説』はそれらから掛け離れたものなのです。私が言うのは警醒師父や神秘師父、つまり警醒について教える聖師父たち、修道全体の利益のために『自らを隔離した』修道者たちのことです。確かに、この著者がテーマに沿って提供している学問的な情報の公正さと、著者自身がもっている修道への愛については疑う余地がありません。私たちも同じなのですが、彼も今日の修道に満足していないと思います。しかし彼はこのような状況から修道が生きたハリストス教の模範となるためには、西方教会の修道会制度を取り入れ、社会奉仕をしなければならない、という考えを導き出しています。確かに、彼は異質な制度を単に模倣するようには書いておりませんが。
このような考えに直接感化されている著者は、研究の文献資料選定で諸聖師父たちの文献を取り入れずに、社交性と外交姿勢の思考をあらゆるところから探し求めたという事実は明らかです。
これと同じ観点を通して彼は、広義的には隠遁主義は共住修道院へと変化したとしており、共住修道は善行を行う必要から生まれたのであって、それは善行なくしては救いはないからである、としています。そして彼は修道が『非ハリストス教的なもの』であるという考えを主張しています。
また、まだ国家の保護を得ていなかった、初代教会の数少ない修道者たちの例に惑わされています。当時の教会は自己謹慎の立場から貧者にたいする配慮を暗示するだけでした。一方、修道者の数は少なかったが、修道は広く慈善活動を行なっていたので、彼は修道の使命は世俗の中にあるべきだ、としたのです。彼の著書全体を分析して評価するなら、ごくそのほとんどが修道者の社会奉仕を提言するもので、師父たちの言葉は極わずかしか引用しておりません。引用されている部分もテキストの意味を伝えないもので、その解釈も誤っており、ただ自分の考えを正当化するために引用しています。
修道師父たちの大半の著書では世俗での慈善活動を否定しているだけでなく、そのような志向を世俗との協調であるとして否定しています。また共住修道の形態は『潔め』への到達を援助する手段、最終の目的を達成するための方法であると、聖師父たちは考えています。またそれは修道形態の特殊なものとされている静寂主義の誤解を解き、人間の病根を制御する場所でもあるのです。共住修道院のなかで調和が必要なのは、それが『子供のための学舎』であって観想の基礎を学ぶところだからです。ところがこの著者は隣人への善行を認める様々な文章を引用して、修道とは善行そのものへ進む道であり、世俗で修道が存続すべきであるとしています。しかし実際には、それは修道の教師たちが条件付きで提言したことであり、厳しい修道環境の中で実現される隠遁精神に従った結論ではありません。つまり師父たちは、隣人関係によって築かれる修道者集団に適した規定を作ったのであって、隣人なくして救いは望めないと信じたのではありません。師父たちは善行を行う霊を養育するのがおもな目的であって、善行を受ける人の利益ではないのです。この考えの中には、同じ病根と闘う修行者たちに霊的な環境を作り出そうとする、敬うべき宗教の自己中心主義があります。これは今日極端な反ハリストス教現象であるとして、軽蔑されていますが、当時の教会が聖人とした人々の確固たる思想の基本でした。隣人のことを考える修道者は、自然に修道の基本となっている悔い改めへ戻ります。それは修道者が愛を無くしたのではなく、神に対する信仰が愛を祈りに変えるからです。
つまり修道者の立場では他の方法は考えられないということです。修道の基本理論である病根(罪)の悔い改めと、静寂なくしては実現不可能な純全への願いを変えてしまうことは、師父たちが『芸術の中の芸術、学問の中の学問』と言った修道形態の価値をなくし、修道そのものを曲げてしまうと言えます。特に、修道理想に関する世俗的なあなたの考えと、私たちとの間にある亀裂とは、あなたは修道の高尚な目的、神聖な愛、そして潔めの必要を無視して、社会倫理の要素だけを見いだしている点です。これに対し私たちは師父たちの霊性の中で、世俗から遠く離れてこの理想生活を営み、その経験によって教えられる修道の霊的な使命を純真に信じているという点です」
静寂なくして潔めはない
神学者は修道士の言葉をさえぎるかのように言った。
「では神父さん、主が述べている純全についての教えは、荒野でしか実現しないのですか。もしそうなら、純全とは少数者の特権となり、その人は必ず世俗の兄弟関係と、社会関係を断たなければならないのですか」
修道士クリゾストモスは答えて
「純全へ入ることは確かに少数者の特権です。それは世俗から遠く離れたところで実現され、多くの師父たちの教えと経験の指導によってなされるのはきまりのようになっています。しかし、誤解しないで下さい。人が『愛智の頂点』に到達するには世俗から隠遁することが第一の前提です。なぜなら『静寂なくして潔めはない』のですから、修道者は何よりも純全を優先させ、実践的な愛の空間を霊的な愛によって満たすのであって、隣人に対して行う愛の業の価値を無視しているのではありません。
『主』によって教示された愛が、修道者の心に言い表わしがたい炎としてあり、その愛が神と兄弟たちに向けられるのか、あるいは慈善のために隣人に向けられるのか、ということは修道者にとって興味はないのです。実践の修道者も、観想の修道者もこのような考えをもっていました。ただ前者は精神状態か、あるいは観想的な生活への弱さが原因で実践的な道を余儀なくされたのであって、心の底ではこのような自分を非難しています。これに対して後者は『観想によって多くのものを得た』祈りの師父たちの集中力を無駄にしないために、また『無益なパンを食べないために』手仕事をします。なぜなら人の霊は不断な『観想』の緊張を耐え切れないからです。もちろん、清い心で兄弟の奉仕に自己を用いる人は救われます。しかしそれは『修道』ではありません。初代教会の修道者が施しをするときは、貧者の入用が何であるかには関心がなかったのです。彼らは貧者たちを愛していましたが、物にとらわれない自由な人間を極めようとしたので、霊的に物事を見たのです。彼らは貧困を悪とは考えず、『潔められていない霊』を悪としたのです。彼らは隣人に利益をもたらすことが救いの根拠ではなく、各人の内的潔めをその根拠と信じたのです。偉大な師父たちによって示された、慈善の数少ない例は修道精神を表わすものでもなく、またその形態を成すものでもありません。
師父たちのいう『兄弟を見たなら、それは神を見たのである』とは、私たちが自立するためには、どのような理解と愛の心をもって隣人を見るべきかを定めているのです。警醒師父、神秘師父たちの著書が世に出るまで、修道は深い理論体系をもっていなかったのです。修行者マルコス、エジプトのマカリオス、シーロスのイサアク、階梯(クリマコス)のイオアンニス、新神学者・大神秘者シメオン、ディアドホス、 エヴァグリオスなどの聖人たち、そして『心の祈り』(ノエラ・プロセヴヒー)の教師であるグリゴリオス・パラマス、ニキフォロス、シナイのグリゴリオス、そしてその他の多くの師父たちは高貴な修道精神の表現方法を決め、それを育て、修道の理想として定めたのです。ここに挙げた聖師父たちは、修道者と世俗とは全く協調できないものであり、純全と静寂への志向がもたらす彼らの隠遁はすべてに優先すると述べています。修道とは社交性が原因で出る命令ではなく、自主性と自治性をもつ特殊な教会階級を成していると彼らは信じています。このような初期東方修道者の思考体系を理解するためには、アヴァ・イサアクや他の師父たちが明言している言葉を引用するだけで充分です。彼らは『女性を見るだけで修道者の潔浄は汚される』とか、『世俗との関わりは修道者の霊を害する』と言います。修道者の務めは彼らの社会での貢献度によって評価されるのではありません。彼らは霊的な集団であり、このような集団なくしては教会はいまのような高い地位を得ることもなく、また内的な可能性を証明することもできないのです。修道の理想とは教会が目指している最も重要な本質です。修道は教会に多くの素晴らしい聖職者を輩出してきたので、『ハリストスの麗しき花嫁』(教会)は善徳と光栄とで輝いているのです。諸聖師父が『観想の覆いのなかで行いを身に付けなさい』と言って教えている真の修道精神と目的について、私はテーマから逸脱することなく説明していると信じます」と語った。
「クリゾストモス神父さん、固い信念をもつあなたの考えに従えない欠点が私にはあります。その点をお許し下さい。私は社会に対する愛は不可欠と考えているからです。しかしあなたはまったく非世俗的なことを話されます」
修道士クリゾストモスは言った。
「修道とは非世俗的なものであると理解していなかったのですか。修道者とはナザレトの人、天と地の間の存在、神への献物なのです。神は俗人をその煩いの中から取り上げ、混乱、虚栄、世の快適、偶像の臭いと埃が蔓延しているすべてから離別させるのです。人間を無益な重荷から軽くし、ハリストスに属する卓越した愛智の至福で、天国のような世界へ入れます。そしてその人に天使の衣を着せ、足には『平安の福音を備えさせるため』にサンダルを履かせ、神はこう言われる。
わたしはあなたを世俗の煩いと、霊のいばらから解放して、あなたを天使の世界へ挙げます。世俗ではその制度と、逃れることのできない悪に縛られていて、わたしに近づくにふさわしくても、多くの困難を乗り越えなければわたしの声は聞こえず、近付けなかったでしょう。俗人としてあなたに課せられていた重荷をわたしはあなたから取り除きます。人間の義務から解放して、わたしのそばに呼びます。あなたには天使が与えられ、決して普通の人間には与えられない最善の使命を与えよう。わたしはあなたが自分自身のためと、兄弟たちのために絶えず慈憐を求めて祈ることを望む。そしてあなたの立場プネヴマが許す限り、彼らの霊的な入用に援助しなさい。あなたは霊の鷲となりなさい。弱さと悪欲を越え、わたしを讃美する鳥とします。わたしへの愛はセラフィムのようで、昼夜あなたの胸で炎のように燃えていなければならない。あなたにとって時は過ぎ去ることがない。わたしの光栄の飽くことのない甘味、その酔いの中で、あなたはわたしを観想し、わたしはあなたを天使とする。
神成(テオシス)のために誠めは与えられた
修道士クリゾストモスの話は終わった。神学者は思いに沈んでいるようだった。神の光をうけた修道士の言葉は私の中にも鮮やかな印象を作り出した。そしてこの重要なテーマについて、若くして感銘を与える修道士クリゾストモスほどの明確さをもって、私は説明できないと告白する。弁護士は無関心を装っているのであろう、彼の口元には対話に対する明らかなイロニーが見えた。長い沈黙がつづいた。
『陽はその西を知り』そして大きな炎に包まれた円は、最後の赤い光を糸杉と修道院の塔に放っていた。
神学者は私にこう言った。
「神父さん、あなたはどのような考えをもっているのですか。善良なクリゾストモス神父さんの考えに賛成ですか。大胆とも思えるこの考えを、ドグマ的な硬直さで決め付けるのは正しいと言えるでしょうか」
私は答えた。
「私はあなたたちの対話には加わらず、記録係りでいたいのです。しかし、もし私の参加が必要なら、この素晴らしいテーマについて謙虚な意見を述べることに反対ではありません。お分かりのように、クリゾストモス神父さんは訓練をうけた対話者ですから良いのですが、私はあなたたちの研究を妨害するのではないか、と心配するのです」
するとクリゾストモス修道士は私に向かって言った。
「このテーマは修道者としての私たちに直接関係のあるテーマです。ですから当然あなたも自分の経験と研究から確固たる意見をもっているでしょう。今ここで述べられたことについて、あなたはどのような意見をもっているのか、またこのテーマは正しく設定されているのかどうかについても、話して下さい」
そこで私は
「まず第一に、あなたたちがこのテーマを選択したことを私は嬉しく思っています。周知のとおり、宗教体験の低下が原因で、修道は人々の間でさえ『意見の対立が生じるほどに』下落してしまいました。そして最も心の痛むことは、神学者であるべき聖職者が修道の理想を価値あるものとして評価していないことです。これは表面的な知識を過剰評価して、ハリストス教の特質となっている内的な睿知を無視しているからです。人間の知識に限定される宗教は宗教ではありません。特に、ハリストスの宗教について言うなら、ハリストス自身が語っているとおり、それは人間の全生活を心に依存させるもの、つまり聖なる愛の感性に依存させるものです。
修道についてのテーマは、正教全体と結び付いているので、私は大変興味をもっています。私たちには相互理解の可能性があると判断します。そして真実を見いだすためには私も貧しい意見ですがもっています。ですからあなたの問いに喜んで答えましょう。また時宜を得たものと思います。
クリゾストモス神父は、修道とは教会から出ているけれど、その必要に応じて表面的には教会との相互協力を絶っている独特な制度である、と主張しました。私はこの『表面的には』という言葉を強調します。なぜならこれによって内面的な結び付きがなくなるのではなく、進歩発展する愛によって相互協力は一層強化され、密接になるからです。また騒音から自然へ逃避するのですから、世俗社会との関係を断つことになります。しかしこれは社会の運命に無関心になるという意味ではありません。修道では『我が肉体において、我に欠くるところのハリストスの患難を補う』(コロサイ 1 : 24)という使徒の言葉が実践されている、との意見を支持します。この言葉の深さをあなたたちは理解していますか。またクリゾストモス神父の表現では、心理的な解釈においてはハリストス教は自己中心的であり、誠めは私たちの利益のために与えられ、私たちの倫理生活の最終目的は心の潔めと神成であって、もしこれを除いてしまうと善行はごく僅かの価値しかないということです。従って、人間が単独で自分の心の潔浄を達成しようとも、それが世俗の中であろうとも、特別な意味はないのです。つまりその望みが挫折した場合、世俗の生活を原因として挫折を正当化することはできません。また荒野で目的を達成した者にその原因を問えないのです。この沈黙と無関心とをクリゾストモス神父は修行性格をもつ一つの手段として話したのです。これらの手段については、また別の機会に話しましょう。簡潔に言うなら、これがクリゾストモス神父の中心的な考えです」と言い、続けた。
「クリゾストモス神父の認識は独断的ではありません。それは4世紀中葉までさかのぼる修道の発端から、14世紀に聖山アトスの警醒師父たちによって到達した修道最盛期までの東方教会聖師父の精神に基づいたものです。
東方修道は信仰と愛とによって管理されている教会神学に忠実に従う、という要素からしてその神学は終わりなきものなのです。このような東方教会の修道の神学的位置づけは完全にハリストスの精神と一致していて、これについては語る必要はありません。私たちの修道が信仰と愛を特別に強調するのは、修道がこの神学と完全に調和しているからです。従って、修道の制度は教会神学の事項であり、教会の中で東方修道は、クリゾストモス神父が述べた精神と形態が正しいと見なされているのです。
ここで私がクリゾストモス神父の考えを綿密に分析しないのは、社交的な形態、表面的な務めなしではハリストス教生活を理解できないし、独居生活はハリストス教観点からすると病的で、不必要かつ不可解な形態と思っている友、神学者の考えに戻るためです。言い換えるなら神学者は修道制度が世俗との接触を断つので否定しています。ただ寛大な心から彼が小さな兄弟集団を認めるのは、その中である程度隣人への善行行為が可能だとするからです。このような考えは、東方教会とその修道精神について多少の知識をもつ人々の間によく見られる考えです。これはハリストス教の愛に関する狭い精神を表わしており、フォマ・アクイナトス(トマス・アクイナス)によって修道を世俗体制の一つとして取り入れた、西方教会を妥当とするものです。これは知識あるいは心に受け入れ易いもので、『多くの者の陥罪と多くの者の復活』という表現に反映されています。これは霊的な状態を判断する試金石となるものです。
親愛なる神学者は、正教会が認める霊の教育手段としての行いを認めません。しかし行いそのものに価値があるとする西方教会神学をよく認識しないで宣伝するのは、どうしてでしょうか。
ディオニシオス・アレオパギティスは誡めの意義について次のように語っています。『神に類似し、神と結合するということは、尊い誡めを愛し、独りで神に仕えることである』。
親愛なる友たちよ、私はあなたたちの意見を端的に表現しました。まだ残っていることは、この考えを分野別に分析すること、その後にすべての問題点をしかるべき箇所に設定することです。とにかく、対話者の一方は神学者であり、他方は充分な知識をもった修道士です。ですから私たちの探求が最終的には何一つの確証も与えられない哲学的な極端とは無縁である、という保証があるのは喜ばしいことです。私たちのそれぞれの提言を聖書の権威と、聖師父の権威に基づけるなら、最終的には同じ意見になると思います。私が残念に思っているのは、この課題の正しい解決に肯定的な導きをしたであろう弁護士の友が、この対話に参加していないことです」
弁護士は言った。
「正直に言うと、私はこのような課題を研究の対象としたことがないのです。しかし私は修道がハリストス教のものであれ、仏教とか回教のものであれ、それは霊的な堕落現象にある、との印象を持っています。また不可解なことは、このように活発な社会活動と、すばらしい科学の最新学説の光のもとにある現代でも、なぜ『修道』が存続しているのか、ということです。そしてもっと不思議なのは、その存在をあかしする立派な支持者たちがいることです。どうかこのような赤裸々な私の正直を許して下さい。しかし私たちは客観的に話を進めているのですから、自由に話しても良いと考えます。あなたが問い掛けたので話したまでです。私は個人的にはこの対話はつまらないものと思っていますが、注意して聞いています」
修道士クリゾストモスは弁護士に向かって
「あなたがそのように考えるのは不思議なことではありません。確かに現代の多くの若者たちも同じような考えを持っています。ただ、あなたは自己の信念形成を既に終えているはずなのに、まだ修道のテーマを研究したことがない、との表明には少々驚いています。例えあなたが人間の霊を聖にする素晴らしい光について軽蔑的に話しても、それは学者であるあなたが未知な制度を否定するのであって、重大なことではありません。ただ、不可解なことと言えば……」
修道士クリゾストモスは話を終えたのではなかったが、そのとき人の善さそうな老修士が私たちのところまで来て、修道院の中に入るように促した。間もなく門が閉められるからであった。私たちは立ち上がり、蔓と長寿の糸杉が作り出しているアーチの下を通り、来た道を修道院へと向かって歩いた。修道院が見えてきた。
修道士クリゾストモスは「万軍の主よ、我が霊は爾の愛する住まいを熱望し、主の庭に隠れる」と、ゆっくり語り始めたが、また黙ってしまった。
門に近づいたとき、弁護士は神学者のほうを向いて「この場所はダンテ作『地獄』に出てくる門の銘刻、『ここに来たあなたたちはすべての望みを捨てなさい』という句を私に思い出させます」と言った。
これを耳にした修道士クリゾストモスは驚くべき用意周到さで、「地上のすべてを」と付け加えたので、弁護士と神学者は苦笑した。
だがこの時、親切なイグーメン(院長)は私たちを迎えに出ていた。そしてクリゾストモス神父には私たちの夕食につき合うように命じていた。クリゾストモスは激しかった論争を忘れ、気持ち良く私たちを巡礼者用の食堂に導いた。彼は子供のような純真さで世俗から来た巡礼者に言った。
「皆さん、この対話は続けましょう。私たちには真実を見付けるために研究する義務が課せられています。主は『爾等真実を識らん、真実は爾等を自由の者となさん』と語っています。確かに、東方修道の真実は弁証論的に見いだされるのではなく、常に『神の恵みが息づいている』人々に啓示されるものです」
第三章
修道者と自然美
夕食をとった後、私たちは修道士クリゾストモスに案内されて修道院の外に出た。そこからエーゲ海に浮かぶ島々の影が満月の光に照らし出され、遥か遠くの島も一望できた。幻想的な月光に照らし出された修道院、不動の森林、眠る海の静けさが広がっていた。
この静けさを破るかのように神学者が話し始めた。
「アトスには他には希な自然があるため、ビザンティン時代にはよそ者とも言える著名な作家たちの描写テーマとなったのに、アトスの修道者はこの自然美に特別な注意を払っていないことに、私は気づきました。このような無関心の原因が、どうして修道者にあるのか私は分かりません。彼らの清純な生活からして、敏感な情緒感を持っているはずなのですが」
常に用意周到な修道士クリゾストモスは答えた。
「全くそのとおりです。修行の規定に束縛され、完全に霊的な生涯を過ごし、『観想』に没頭している修道者たちは、無尽蔵にある自然美に対して特別な意味を与えていません」
すると神学者が指摘した。
「では、なぜ神は自然をその中に識別される合目的性と共に、その美しさにも関心を持って創造したのでしょうか。あなたたちの立場は私たち以上に神に近いのに、どうしてこの自然の景観から深い感動を覚えないのか、という疑問が出てくるのです」
「お答えしましょう」と修道士クリゾストモスは言って、つづけた。
「私の個人的な経験では、感覚的な美は私たちの霊で修練される霊的な美よりも、はるかに低次元の美なのです。ですから、聖なる空間の無限な海に沈み、霊的な観想の美に満足している修道者たちは、自然の様々な美にまったく無関心に接しているのです」
神学者は「あなたが言われるように、修道者たちは『この世の穴』で生涯を過ごすのに、こんなにも多くの色、光り、花、美しさはどうして必要なのでしょうか」とたずねた。
「答えはとても簡単です。神の存在は美ですから、被造物を醜く造ることはできないのです」と修道士クリゾストモスは答えた。
「しかし、私たちに嫌悪を感じさせる被造物もあります」と神学者が言った。修道士クリゾストモスは
「そうです。私たちに嫌悪を感じさせるものもあります。しかし本当に嫌悪なものであると決め付けることはできません。なぜなら合目的性があるからです。偉大な賢者の言葉は、醜いと感じられるもののすべては美しさを補充するものである、と定めています。像のもつ光が輝き出されるためには影を必要とします。ところで、もし自然が美しくなかったら、どのようにして私たちは神の光栄についての知識を持てたでしょう。神の光栄であるためには、それは必然的に美しくあるべきではないでしょうか。超自然な神の美の『招き』の中に入っている修道者たちは、被造物の美は神の美の不完全な写しとして無視するのです」と答えた。
弁護士は満足した声で言った。
「主に光栄。あなたは私のテーマを見いだしてくれました。あなたの雄弁は私を感心させました。ただ修道者は山岳を選んで動物たちと共演すべきなのか、あるいは、あるギリシア人作家が言っているように、『パリの中心街に住む謙虚で慎ましい修道者のように、素直なつぐみ鳥のように、古めかしい図書館からアヴェ・マリアの講演をして各地を回る』べきなのか、などという修道に関する多弁に私の精神は疲れ果てています」
そしてまた続けた。
「テーマはその環境に適したものであるべきです。ここでは自然美がすべてを支配しているので、その学説的な無駄話に時間を費やすのは罪なことです。直接自然の美を見て、お互いの利益となる意見の交換ができるはずです。私がいま言ったことは、テーマに沿った対話の出発点となるものです。あなたたちの無味乾燥なテーマの悲しみを私は忘れることにします」と愛想よく話を終え、若い弁護士は微笑した。神学者は
「幸いにも、同伴者の友は物質を越えて理論的領域に入る別の例を提示してくれました。確かに美についてのテーマを続けると、彼の希望を満足させることはできます。確かにそれは『修道主義』のテーマに再び戻りますが、未知の生命を知ることが私たちの義務であって、それは尊敬に値するハリストス教の姿だからです。神父さんたち、私に同意していただけますか」と嘲弄的に強調して言った。
「勿論です。あなたの関心を嬉しく思います」と私は言った。
すると弁護士は
「私は反対なので、この対話を続けるべきかどうか考えさせて下さい。とにかく今は黙って美についての話を興味をもって聞くことにします。クリゾストモス神父さん、あなたは若くて信仰を持ち、知恵もあるので、この対話のリーダーとなって下さい」と言うと、修道士クリゾストモスは弁護士に向かって
「ありがとう。でもあなたがこのテーマに関心をもち、視覚的にアトス山の自然に感銘しているのですから、私はあなたが始めるべきだと思います」と言った。
「そう言われるのでしたら、そうしましょう。私に代わって、アトス山について素晴らしい描写を残した、ビザンティン時代の作家グリゴラのニキフォロスを引用してテーマに入ります」と弁護士は言って、小さな本を取り出し、ゆっくりと誇張した声でそれを読み始めた。
美の形而上学
私が見るアトス山には、このほかにも讃美に値することが数多くある。半島全域、至るところに緑が溢れ、それは空の鮮明さと力強く調和していて、そこで生じることは心に満足と快感をもたらす所だ。そして、あたかも高価な宝から流れ出るかのように、半島の至るところに美しい花々の芳香が漂っている。これらすべては太陽の清らかな光を常に語っている。種々の木々、谷と林は人の手によって飾り付けられ、豊かにされたかのようで、色々な鳥の声がまわりに響き渡り、蜂の群れは花から花へと飛び、ただその静かな羽根の音だけが聞こえる……異質に思えるものも快感のヴェールで覆われ、混同されてしまう。それは一時的ではなく、年中四季を通じて、いつも同じように人々に恵みと快感を与えている。そして、特に早課(早朝の祈り)が行われるころには、静かな森林に響く鴬の鳴き声は修道者たちと共に歌い、主を讃美しているかのようである。鴬の胸には音色の良い楽器が秘められており、そこで作り出される霊心的なメロディーは聞く者の心を和ませ、調和のとれた鳴き声は人々の心を強烈に感動させる。また、ここには自然の泉が多く、小川が到るところに流れている。それはみなし子のように勝手に流れたり、合流したりして、静かな生活を続ける修道者たちの長い生涯を無言に保ち、その中で彼らの祈りの翼は神に向かって静かにはばたく。
修道士クリゾストモスは
「この文章は聖山アトスの讃美歌であり、間接的には修道の讃美です」と評価した。そして「友よ、あなたは修道生活を認めないのに、どうしてこの文章を読み上げたのですか」とたずねた。すると弁護士は
「意味はありません。修道生活を認めるか否かは別です。とにかく私自身の感覚も讃美を感じとっています。そして、ただ単にこの文章が気に入ったからです。既に言ったように、あなたたちが話された美の形而上学的な因果関係に私は賛成しません。でもこのテーマには興味をもっています」と答えた。
「もし形而上学を無視するなら、美に関するテーマは感覚の枠の中に限定されてしまいますが、『美』は神の特質の一つです。プラトンは『自然の美は神の懐の中に存在する霊的な美の簡素な写しであり、模型の一つである。そして愛智の目的は死の彼方にある。なぜなら霊はこの世でもつことのできる満足以上の大いなる価値をもっているから』と述べています。この考えはハリストス教に近い考えですが、あなたはこれをどう思いますか」と修道士クリゾストモスはたずねた。すると弁護士は
「あなたたちを悲しませたくないので、私個人の意見は言わないことにします」と言った。
「あなたがこのテーマを取り上げたのですから、自分の意見を言うべきです。ところで、神学者の友よ、あなたは美についてどのような意見をもっていますか」と修道士クリゾストモスはたずねた。
「もちろん、美の要素は『美的感性』として本能的に人間の霊の中にあり、その証明は不必要です。その存在は日常生活でのすべての美への憧れとして表現され、醜いものを排除する人間出生からの神聖で高尚な部分です。それは人間が『美の支配している所(天国)』から生まれ出たことを証明します。私たちの地球には無数の美が自然の中に撤かれ、存在し、私たちを魅了しています。しかし美がすべてではないことを内面的に認めています。美しい風景に魅惑され、感動し、讃美して私たちの心は高揚します。しかしそれだけでは満足しません。つまりそれ以外の何か別の美が存在しているのを感じとり、その思いに渇きを覚えるのです。それは見ることのできない霊的な美です。同時に、私たちと美との間には一種の類似を感じるのです。方法によっては、美の観想による内面の感動的な同意は、私たちにその類似を認定させ、肯定するのです」と神学者は言った。
「そうです。それは古典的な認識です」と修道士クリゾストモスは喜びながら言い、続けた。「あなたは高尚な倫理的価値観の一つを大変な簡潔さで表現しました。このような認識は体験なくては不可能なことです。あなたは素晴らしい霊をもっています。……ところで神父さん、あなたはどんな意見をもっていますか」と私の方を向いてたずねた。
ハリストス教の善美
私は言った。
「そのとおりです。私たちは美との類似性をもっています。なぜなら人間の本性にそれがあるからです。突然私たちが美しい自然の光景を目にするとき、例えば、海辺から見る夕日、あるいは早朝の日の出、それは青と白の光で縁どられていて、私たちが奉神礼儀の聖なる業を終えた後なら、あたかも私たちの霊が神へ向かって高揚しているかのようです。また鐘乳洞のリズムや、鴬のさえずりの音楽的な調和を耳にするとき、美しい聖堂、簡素ではあるが装飾様式に基づいた聖堂を見るとき、私たちの霊は震え、こう言う。
美しい花々で飾り付けられた緑色に茂る草原は祝日のようだ。穏やかな海、青い空を焦がす日没、願いを込めるかのように立っている糸杉、これらすべては物思いをしているかのように不滅の沈黙を保ち、その調和を私は感知する。私はこの沈黙を幼いときから感じていた。それを知る以前に既に感じていた。厳格なドリス様式の姿をもつビザンティン聖堂は、その内壁に克肖者たちの尊貴で非物質的な素顔を描き出して、彼らを未知の世界から連れて来る。パルテノン神殿の神聖な柱を偉大なフィディアスが作り出す前に私の彫刻刀はそれらを作り上げていた。学識者たちは地球は美しいという。確かにその通り、それは色々な様式と形とで飾られた無限の装飾である。「ある書物に記されているように、それは禁じられている神の光である」
と。芸術は美しさでその成果を手にする。芸術の様々な表現方法は映し出される形となり、それぞれは異なる。ハリストス教は『善美』と『直面している』、そして信仰によってハリスト教以前の世界を『暗示の中に隠されていた』ものとして見ている。古代の精神世界が収めた最高の表現方法では、闇の中の形と様式の中で美を崇拝しただけで、それ以上の深いことを捕えられなかった。目先の利かない霊だったので『はっきりと見る』喜びはなかった。ハリストス教にとっては世俗の美はその価値を失い、俗的で卑しいもののすべては欺瞞の陰とされたのです。クリゾストモス神父さん、同意されますか」
修道士クリゾストモスは言った。
「勿論です。感覚的な美の上に霊的な美があるのです。『主』が話された『いばらと空の鳥』のたとえ話は、より霊的な美、善、神の睿知へ向かってのぼるという意味の階段を縮小したものです。それは『恩寵』によって光照された霊だけが感じるのです。ハリスティアニン(信者)は形の無い、純粋な美を見る。『神は神゜(プネヴマ)』ですから、ハリストス教における感覚的な美は霊的な美、善美と同化され、その下に隠されてしまうのです。至上なる善は神であり、神の無形なる善美の中に純全な信者は尽きることなく浸透するのです。しかし、どのようにしてこの善美を観るのでしょうか。現代の言葉で言うなら、私たちは内視によって、内面に向かうことによって、つまり『観想』によって観ると言えます。この観想の状態こそ修道の最終的な目的なのです。福アウグステインはこう述べています『あなたの姿を観て愛した。あなたは内に在り、私は外にあった。人々は外からあなたを求めたので、あなたによって生じたものを人々が見ても、あなたを知ることはできない。人々があなたを愛しているのは、かつてあなたを観たからである。そしてあなたを愛している者だけが、あなたを知っているのだ』と」
修道士クリゾストモスは続けた。
「私たちの教会の聖歌すべては、善と美と優雅な言葉で飾られているけれど、その意味は霊的なものです。聖歌には素晴らしいこの世の像が多く感情的に用いられていますが、それは聖なる霊的な善美を表現する非常に弱い手段です。
霊的に潔められていない者は善美の存在を疑うほどで、それは霊と密接に結び付いているのです。聖大ワシリオスはこう述べています。『真の善美、愛すべき善美は潔められた理性のみが観想できるのであって、それは神聖で至福な本性をもっている』と。感覚界でこの証明になるのは次のことです。私たちが長期間の苦痛とか病気、悲劇の涙などから解放されたとき、空や花々は強烈に私たちに語りかけ、出会う人々は皆善人で好感の持てる人となり、すべては光の中に安息し、平和で、『素晴らしく良く』なったと感じる不思議な爽快さを覚えます。これこそ求めるべきテーマだと思いませんか」と修道士クリゾストモスは言い、私のほうを向いて「神父さん、あなたは修道士として私の話の深さと広さのすべてを理解していると確信します。なぜならあなたは心の潔めと悲痛、心の洞察が何であるかを知っているからです」と言った。私は
「問題の設定は正しくされました。あえてあなたの考えを補充するなら、次のことを付け加えましよう。つまり私たちをこの地上の美に惹き付ける形而下(自然)は形而上(超自然)の深さをもっていることです。つまり霊の領域に入らない『霊的な人々』は自然の美しさに捕われるのは明確で、彼らはより高次なところに昇れないのです。聖なる上昇を修行する『霊の人々』は、外界に出ることさえ認めないで、『地の穴』から直接至上の美である神を観るのです。前者、つまり自然美の観察と礼拝に止まる人々は、自らの霊に自分で糧を与えるのは不可能なので、偶像礼拝者となってしまいます。ところが低次元な欲望の重荷から解放されている後者は、神聖な『威厳』のまわりで炎を着ているセラフィムのように、日に見えない『善美』のエネルギアで愛の炎となり燃えるのです。
これについて聖大ワシリオスは次のように自問しています。『神聖なものより素晴らしいものはあるだろうか。神に近づいてすべての悪から浄められた霊、愛に傷ついた霊、真に信じる者がもつ情熱以上に強力で耐え難い情熱とは、どんなものであろうか』」と言った。すると、弁護士は
「何と素晴らしいことだろう。しかし私はそのごく僅かしか理解していない。神父さん、私は『霊的な人間(プシヒコス・アントロポス) 』の一人です。なぜなら理論的なことだけを信じているからです。アリストテリスのいう『まず理解しなければ、何も頭に入らない』人間だからです」と言った。
天上の映しである庵
弁護士が話を終えるか終えない時、薄暗いベランダにいた私たちに予期しない訪問があった。扉のところに白髪で温和な面ざしに、厳格さと来世を見詰めているような奥深い視線をもった老修士が現れた。長身で長い髭をたずさえた彼は旧約の預言者ノイ、アブラアム、イアコボスなどに似ていた。
修道士クリゾストモスは立ち上がって、私たちにこのゲロンを紹介した。「善良なゲロン・テオリプトスです」と言い、彼に座るように勧めた。
私たちは挨拶をしたが、彼は優しい目でクリゾストモス修道士を見詰めつつ「兄弟よ、神以外に誰一人として善なる者はないのです」と言った。
順に自己紹介を終えた。すると彼も「よくいらっしゃいました」と歓迎の言葉を言った。そして「どうぞ話を続けて下さい」と言って、私たちに試みの視線を向けた。また「ここにクリゾストモス神父がいるということは、あなたたちは霊的な話をしているという証です」とも言った。
「はい、私たちはアトス山の美について、また美全般について話しているのです」とクリゾストモス修道士は答えた。
「つまリアトス山の自然美についてですか」とゲロンはクリゾストモス神父に質問した。
「弁護士の友が引用した、ビザンティン時代のグリゴラが概略的に述べているアトスの美しさから話が始まったのですが、テーマは霊的な領域に移っています」
ゲロンは落ち着いた声で
「勿論、アトスは表現できないほど美の全体を具現しています。そして修道者たちの天使的な社会と調和しています。これを聖グリゴリオス・パラマスは『アトスは誇り高き、敬虔な場所であり、徳の寮、あらゆる美の住居、人の手によって作られた庵ではなく、天上の映しとしての庵、どのような汚れもなく、またいかなる罪悪なる情熱もない至高な所である』と語っています。この聖なる半島で、すべてのものは形而上的な奥深さを得ている。そして感覚的に見るアトス山の形も姿も神秘的な意味を失っていません。私がアトス山に長く住んでいるから、また修道への愛をもっていることが、私にこのように言わせるのかも知れません。とにかく、光り輝くアトスの空に私は『主』と交わりをもつ天使たちを見ます。春は至上の国からの聖なるメロディーを聞いているかのようです。雷雨が平静を奪い取るかのように冷酷に私たちを乱すと、私の祈りは大気の『深層』で共鳴し、一体となる。花々はこんなにも多くの恩恵を得ているので、私はこの花々と語るのです。陽の光を受けて芽を出す爽やかな緑は、情熱と共に恥らい処女地を覆うように根を出している。そしてアトス岬の断崖には無数の尖った岩と、『泡を出す海』の輝く白さと調和がある。修道の証として営まれている生活は、意義あるいばらの冠として表現されている、と私は思います。そして、それは主イイスス・ハリストスが教える霊的な闘いの勝利者に、正当な報いとして与えられる希望のシンボルのようにも思えます」
「敬虔なゲロン、もしこれが叙情的な物質変容の詩であるなら、あなたは素晴らしい詩人です」と神学者は言った。
ゲロン・テオリプトスは笑いつつも、まじめに言った。
「友よ、私は詩人にはなれません。修道者なのですから、一般に言われる詩人には決してなれないのです。修道者とは霊的な年令では成人なのです。映像、様式、形相、色彩などは幼児を満足させるためにあるのです。これらは『この世の形を作り出している』ものですが、修道者は永遠なものを求めているのです」
「あなたは詩的に考えていないのに、どうしてあたかも詩のように話すのですか」と神学者はたずねた。
「神学者は詩人ではないし、『美しい』言葉を操ることもしません。多分、あなたは霊性(プネヴマティコティタ)と感性とを混同しているのです。私が一定の形を用いたのは、外面的な意味を表現するためです。私がこの形に止まることなく、地上の美しさがもつ魅惑に欺かれることもなく、自己を高揚させるのです。修行者が行う警醒と日々の苦行の目標は、この非本質的な美の多様性から心を浄化することなのです。従って、ロマン主義などに費やす時間など無いのです」とゲロンは言って、黙ってしまった。
「では美しい自然は修道者に善意的な働きをしないのですか。あなたが言われたように高揚のために用いてはいないのですか」と神学者はたずねた。
「それは修道者に影響を与えるべきものではありません」とゲロンは断言して、続けた。「たとえ善意的な影響を受けたとしても、できるだけその善意的な影響を避けるように配慮しなればなりません。なぜならそれは心が分裂している証明だからです。心の一部を地上のものに分裂されても、目的はひとつであるべきで、そのために情熱のすべてを神にむけるのです。修道者の闘いとは厳しい習練との闘いなのです。神の中に存在する美に近付かないことなどできるでしょうか。ましてこの美は真実と善の意味と結び付いているのですから。だから美は善ではないとか、真実ではないと考えるのは不可能なのです。このように出発すると、神の中にあり、生命と真実である『至上なる美』に運命的に導かれるのです」
「そのような状態に到達するためには、どこから『至上の美』に向かって上昇すると良いのでしょうか。罪を犯さないで地上の美を受け入れることはできないのですから……」と神学者は指摘した。
「もし私たちの心が浄められていないなら、美の諸形を純粋に観れないのは明らかです。ですから『罪なくして』ではないのです。神に忠実なパウロスは『清い人には、すべてが清いのです』(ティト 1 : 15)、また『汚れたものだと思うならば、それは、その人にだけ汚れたものです』(ロマ 14 : 14)と言っています。ですから虚偽の魅惑を受け入れ危険を犯して私たちの霊を柔弱にする代わりに、内面浄化の方向に努力するのです。『観想的ではない霊』つまり神の観想へと導かない不浄な霊は、欲望というフィルターを通して外の世界を見ているです。では、どうしたら美の観察によって利益を得ることができるでしょうか」とゲロンは訊いた。
第四章
長老テオリプトス
「敬虔なテオリプトス神父さん、あなたが物事を容易な方法で分析されたことをたいへん嬉しく思います。私の印象では、あなたは外に『方向づけられた』学問と共に、このようなテーマに関して唯一有効な、内なる叡智の学問をもっています。ですから、私たちが長時間討論している修道の問題に対して、あなたは満足できる解答を与えて下さるという大きな希望がもてるのです」と神学者は言った。
そこへ割り込むかのように、クリゾストモス修道士が話し始めた。
「テオリプトス長老が来られたのは、誠に主の祝福です。彼は経験豊かで、神の恩恵によって修道の愛智の中で 57年間生活しており、また普通一般の知識ではなく、ハリストスに在っての知恵を得ています」
「テオリプトス神父さん、本当ですか」と神学者はたずねた。
「修道院で生活している年月に関しては、そのとおりです。その他は善良なクリゾストモス兄弟の善意によるものです。私たち人間は自分で言うだけの価値などは持っていないのです。私たちは不完全な被造物なのですが、もし最初で唯一の光、『世に来るすべての人を照らす光』に照らされるなら、その光の反射を兄弟たちにも投げかけられるのです。もし『私たちの中に光と闇とがあり、もし闇にあるなら』、私たちはその二次的な光を受けている者であって、自分は何も得ていないのです」
博学なゲロンのこの言葉は私の内に戦慄を走らせた。57年間自由な意志から一つの修道院の壁の中で全生涯を過ごす、愛と希望の消えることのない灯は、どれほど強いことだろうか。それはこの老師の胸の中にあって、霊の輝きを保ち、このような証をさせる。どのような神の恵みと満ちることのない溢れる愛がこの器に力を与えて、57年間も人里離れたところで苦労と節制とを耐え抜かせ、また真の新鮮さと尊厳、そして鷲のような若々しさと剛健をもって私たちの前に現れたのであろうか。これらはハリストス教の現実的な力の説明であり、証明であって、それ以外の何物でもないだろう、と私は思った。
神学者はたずねた。「失礼ですが、何才ですか」
「85才です」とゲロンは答えた。
「では 28才のときに修道院に来られたのですか」と神学者はすぐ言った。
「ええ、神の恩寵によってです」とゲロンは答えた。
「質問を許して下さい。どうしてあなたは修道者になり、どうしてそのような決心をしたのですか。どうぞ答えて下さい」と神学者は言った。
「たくさんお望みですね。もし私が、どうして修道者になったのかという話をしたら、あなたはそれを理解できるという自信がありますか」とゲロンは微笑しつつ言った。
「できると思います」と神学者は言った。
「あなたたちは自己を修道に向かわせる感情を体験したことがないので、私を理解するのは非常に困難でしょう。それは異なった心理をもっているからです。修道者は全く異なる領域での超人間的な至高に酔っているので、修道者の心理を世俗の知識では理解できないのです。そこで、あなたたちは、全信者が『この町(修道院)には住めない』のだから、修道者は『探し求める未来』に酔いつつも、現世の一時的な感情の中で生きているのだ、と私たちに反論するでしょう。しかし、それは正しい考えではありません。この世において、いかに高く自分の外面を保とうとしても、世俗にある強制的な制度が原因で実現は不可能です。たとえ『最高の思想』をもって自分はこの世には属さないと考えても、心は現世の不幸な感覚から解かれないのです。ところが、修道者の実践生活は世俗から離れた神政の環境にあり、それに相応した心理が形成されます。そこに橋を架けることのできない、分裂された2つの世界ができるのです」
「あなたの言うことはよく分かります。テオリプトス神父さん、私は神学者という立場から、東方教会の修道について情報を得たいという強い関心を持っています。どうか私の望みをかなえさせて下さい。更に、ここにいる方々と一晩中話をしたので、特に修道制度に関する興味を持ちました。これは現在人々に誤解されがちなテーマだと考えますが」
「もし修道生活について私たちに何か話して下さるなら、私も大変感謝します。私たちの間に討論が始まったので、私は正教会の基本的教義の分析を受け持ったのですが、それは簡単ではありません」と私は付け加えた。すると神学者は
「私の質問は、どうしてあなたは修道者になったのか。また正教会の修道が正当な地位を得たことに関して、あなたはその長い経験から、どのように理解しているのかを話して欲しいのです。私には不明瞭なことなので、明確に教えて欲しいのです。このテーマは現在善良な信者たちの間に、多くの見解と分裂を引き起こしています」と言った。
ゲロン・テオリプトスは深い溜め息と共に、白髪の頭を動かしながら言った。
「善良な信者たちの間に多くの見解と分裂が生じていることは驚きではありません。それぞれの人は自分の観点にふさわしい物事の考えを持っています。そのうえで修道を評価しているのです。修道とは最上の犠牲表現ですから、これを評価するには鍛練された判別の眼を必要とします。無神経な考えをもつ人は、物事を越え、その先にあるものを識別できません。これはその先に何か物体があるという意味ではありません。同じことがハリストス教の教会の中にも見られます。つまり運命的なある種の唯物主義の差異が見られるのです。各人の許容力に応じてハリストス教は認知されます。それはその人の観点の繊細さ、自覚の開拓程度、心の清らかさ、本能的な能力、努力の程度などによって異なります。ですから、いかなる人間の知識をもっても真実を確実に表現できないというのは、いま挙げた要素の影響を受けているからです。これらを考慮するなら、必然的に危険のない手段と、疑いの全くない知者を探し求めるべきなのです。そのような人々とは聖師父たちです。私たちは彼らの証言と人生を得ています。長話は不要です。もう一度言いますが、敬虔な人々(信者)の間で意見が別れていることは簡単に説明できるのです。また、修道が深い『霊の生活』(プネヴマティキ・ゾイ)を目指している以上、教会は決して滅びることはありません。ただ人々はそれぞれの霊的な状態で教会のモザイクとなっているのです。聖使徒の言葉を覚えて下さい。『霊に属する人は神の神゜(プネヴマ)の事を受けず』(コリント前 2 : 14)
ハリストスに負けて
「テオリプトス神父さん、大変具体的に表現されましたが、次は特定の質問に答えて下さい。つまり、4世紀から10世紀までの修道における偉大な師父たち、そして全般的に修道者たちは人間社会から遠く離れて生活しましたが、それは社会の要求を理解しないで、自分自身への配慮だけで生活したのですか。あるいは、世俗の信者たちに関心を持ち、様々な援助をしたのでしょうか」と神学者はたずねた。
「あなたは神学者だと言われましたが、東方教会の修道の歴史から、簡単に答えを得られるような質問をするのは私にとって驚きです。1世紀から 10世紀までエジプト、シリア、パレスティナなどの荒野には何千人という修道者がいました。何世紀もの間にその数は目のくらむような数字になったことを想像して下さい。ヘシカストあるいは隠遁者であるか、スキティの修道士あるいは共住修道者であるかに関わらず、彼らは社会から遠く離れて生活しました。何も財産は持たず、自己の欲望と闘って生活した修道者が、何を社会に与えられるでしょうか」とゲロンは答えた。
すると神学者は指摘した。「敬虔な神父さん、私は多くの師父たちが町や村に出て、信者を援助し、信仰を支え、敬虔を教え、助けを必要としていた人々を助け社会奉仕活動をしたと本で読みました」
「確かにそれは本当です。しかし師父たちの何人かが、数にするとごく少ない師父たちが、その時代の要求を満たすために病院とか老人ホームを創立しただけで、修道の新しい道をつくったと考えてはいけません。そのような修道者はごく僅かでした。またそのような修道者は年老いていましたが、霊的には若い時の修行によって強靱であったため、世俗の騒音や罪の原因の中にいても誘惑を受けずに生活できたのです。なぜなら世俗と修道者は融和できないからです。このほかに、修道生活とは霊的な完全への闘いを意味するのを忘れてはいけません。また、ある者が悔い改めへの情熱から世俗を離れても、聖なる愛によって神に不断の奉仕を行なっても、静寂なしで霊の満足を得るのは不可能です。ここであなたたちの最初の質問に戻ります。つまり、どうして修道者になる決心をしたかという点です。修道者になろうという情熱は 15年間私を捕えていました。そして義務教育を終えたとき、先生や友達には世俗社会で聖職者としての道を進むように勧められ、母にはそのような教訓をうけましたが、邪魔のない、静寂の生活へと燃える霊の炎を消すことはできなかったのです。そして、もし家族への責務という重要な理由が 28才までになくなっていたなら、もちろん、私はもっと早くから世俗を捨てたでしょう。これをどう評価されますか」とゲロンは語った。
神学者はこう答えた。「確かにごく希なことです。しかし余り正しいとは思いません。あなたは隣人に多くのものを寄与できたのですから」
「では、私がハリストスに負けたことを、あなたは正しくないと考えるのですか。それは不思議です。そしてそれが神学者によって主張されるのは非常に危険なことです。あなたがそのように言うなら、私のあなたへの信頼は全く無くなります。もう一度繰り返しますが、神聖で焼けつくような愛に触れた私の心は燃え出し、世俗に残ろうとする私の願いは薄れたのです。どうして別のことができたでしよう。私を分かって下さいますか」とゲロンは言った。そして彼の顔は明るく輝いた。
「克肖なる神父さん、誇張なく言いますが、あなたの言葉は私を捕えてしまいました。しかしハリストス教の観点からこのような行動を論理的に正当化できません。その人は多くのことを実現できるのにもかかわらず、隣人を無視して取り残し、兄弟の不幸を目にしても目を閉じ、弱者を神の道へ導かないことだからです。また、静寂への情熱をもっているからと言って、荒野に逃れ、修道院の中に隠れて一体何をするのでしょうか。あなたの言うことは理解できません。しかしあなたの英雄的な精神、正直さ、善なる意志は尊敬します」と神学者は指摘した。
「最後だけは正しいというのですか。ですから修道者でない者が修道者の心の中に入り込むのは非常に困難だと最初に私は言ったのです。私たちはお互いを容易に理解できないのですから、相互理解は不可能なのです。私が打ち明けた自己の解決方法ではあなたの論理は満足しないのです。あなたは正教特有の神秘性を正教から取り捨てて裸にし、その外面的なものと表層だけを功利主義的な論理として、また社会的に有益な宗教として、正教を見なそうとしているのです。それは正教を信仰と愛と贖罪の宗教とは受け認めていないことを意味するのです。あなたは『花婿』と神秘的な交わりにあるべき信者の霊を正しく理解していません。この不可解の原因は霊を神秘的な結合に受け入れる『花婿』でしょう。なぜなら隣人を取り残すというだけで、あなたの論理はそのような結論になるからです。それは『神』にすべてを献身しようとする霊の意志を、全能の神が無視する場合なのです。それは書物だけでハリストスに近づこうとしているのであって、心は『神』の愛に躍動していないのだと私は想像します。もし神人の血が流れず、『愛』の血が信者の心に流れていないなら、それは非常に残念なことです」
医師よ、自分を癒せ
この老修士は立ち上がり、開いている窓のほうへ行き、そして視線を星空に向けた。その夜は言い表わせないほどの静謐が屋外を支配していた。そこに集まっていた人々の中にも深い沈黙が広がっていた。
しばらくしてからゲロンは自分の席に戻った。そのとき彼は神と一体になり、聖人になったかのように、震える声で言った。
「兄弟の神学者よ、 ハリストス教の言葉で言う神聖な愛を経験したことがありますか」
「正直に言って、そのような経験はありません」と神学者は答えた。
「そのような告白の後、あなたは理論だけでは近づけないこのテーマに、不適格な者であると思いませんか」
「もし理論的に近づけないのならどのようにして近づくのですか」と神学者はたずねた。
「私は理論的に近づけないと言ったのではありません。ただ理論だけでは近づけないと言ったのです」とゲロンは反論した。
「では他の何をもって近づくのですか」と神学者は言い返した。
「心で」とゲロンは答えた。「つまりそれは愛ですか」と神学者が言うと
「ただ曖昧な愛ではなく、愛の必然性によってです。神にある心の愛と、『ハリストスの智恵』(コリント前 2 : 16)とをもった愛です」とゲロンは指摘した。
「尊敬する神父さん、愛の必然性である神にある愛と『ハリストスの智恵』は自己中心主義と協調するのですか」と神学者は言った。
「それは自己中心主義をどのように理解するかによります。それは様々な解釈における主観的な条件の1つです」とゲロンは言った。
「クリゾストモス神父さんは、ハリストス教はその根本において自己中心主義であると言いました。そこで私は自問するのです。どうしてハリストスは社会的な愛と、自分自身への愛を意味する自己中心主義とを同時に宣教したのだろうか」と神学者は指摘した。
クリゾストモス修道士は
「話の途中ですが、私の言葉を誤解しているので、私にも言わせて下さい。私は自己中心主義という言葉でハリストス教の霊の歩みを明白にしようとしたのであって、あなたはそれを理解しなかっただけです。もしお互いの意見交換をする前に、この言葉は何を意味するのかと言われたなら、それは何よりも最初に私たちが自分自身を愛することに努力すること、つまり、まず私たちが真の信者になりきってから、そのあとで隣人に関心を向けるべきだ、という意味を私は主張したでしょう。私自身が重病なのに、私よりも軽い病者に向かって病を癒すように助言するのは矛盾です。そして他の人は私の行動を理由にして、病人であることは悪だと言うでしょう。言い換えるなら、私自身が欲望に囚われた者で、『七つの悪』をもっているのに、隣人に『兄弟よ、あなたは悪の捕虜になっているから解放されなさい』と言うなら、『医師よ、自分自身を癒しなさい』と言い返されるのは当然です。もしハリストス教の愛他主義とは、ある種の霊の伝達だと考え、その闘いは経済的な理由においてのみ行われるとするならば別です。しかし、もしかすると次のように理論的に反論されるかも知れません。つまり私たちは欲望から贖われた者ではないので、私の行うような小さな隣人愛は止めよう、と。そうではありません。自分の置かれている立場で義務を果たして善行を行う人は、尊敬すべき人です。隣人愛は大きな徳です。これを誤解すべきではありません」
と修道士クリゾストモスは言い、またつづけた。
「ところが、正教会の枠内では、神聖さを表わす隣人愛でも動機の不確実なものは裁かれます。しかしそこに罪の自覚が伴っているなら、善行として受け入れられます。善行はハリストス教のすべてである、とする考えからは離れるべきですが、善行の外面的な形だけが隣人に対する愛の実像だ、としてドグマ化すべきではありません。正教会の唯一の特長、疑いの余地のない真の特徴を認めるべきです。とにかく、誡めの教訓的な性格を決して忘れてはなりません。ところで、自分自身を癒すのにどのくらいの時間が必要なのか。欲望から解かれるにはどれだけの汗とつらい苦行が必要なのか、ということは別の問題で、これは聖人たちの歴史に学ぶことができます。私はこれで終わります」
「クリゾストモス神父さん、最も多く語られている隣人愛について、あなたはそんなにも微小価値しか与えないのですか。様々な悪の業の網から人々を救うハリストス教の教えの業を、過小評価するのですか」と神学者は言った。
「私は同じことを繰り返したくありませんが、その業は相対的な価値をもっている、とだけ再度言います。私の言ったことをよく理解するには、シリアの聖イサアクの言葉を引用するだけで充分です。彼は、自己の欲望から解放されるのが良いのか、あるいは全国民を迷いから引き上げるのが良いのかを述べています。
あなたにとって自分自身を罪の束縛から解くのが良いのか、または囚われている奴隷を解放するのがよいのか。肉体、霊、神゜(プネヴマ)という三つの調和の中で、あなたの霊をより平安にさせるのが良いのか。あるいは、反対する人々をあなたの教えに和解させるのが良いのか。グリゴリオスは『神学を唱えるのは良いが、それよりも良いことは神の前に自己を潔めることである』と言った。
このような精神で修行師父たちは教えたのです。これはあなたの言われる自己中心的な教えでしょうか。まず最初に潔めと愛とを得るべきで、その後で隣人愛を唱え、教師、牧者、説教者、伝道者となることです。聖イアコボスも『わたしの兄弟たち、あなたたちのうち多くの人が教師になってはなりません、わたしたちは皆、たびたび過ちを犯すからです』と述べています。これは同じ意味を言っているのではないでしょうか。社会でのあらゆる有益な行動の価値を、私たちは過小評価しません。しかし、同じように目につかない修道者の闘いを、社会的な評価基準の中に入れてはならないのです。それぞれの生活形態は、それが行われる場所で価値が試されるのです」
「では、ハリストス教の中には2つの基準、2つの段階があるのですか。クリゾストモス神父さん」と神学者は言った。
「2つだけではありません。神は善行と悪行とを量るために人間の数だけの基準を用いています。修道者たちは特別な制度の中で完全を獲得しようと闘っているのですから、隣人愛の行ないをしなくても裁きは受けないのです。しかし、欲望から霊を解放しなければ裁きを受けます。欲望から自己を潔めることが、どのような隣人愛よりも至高であるかを理解するには、次のことを述べれば充分です。『自分自身を潔めることはすべての徳を得ることで、その力によって福音の誠めが実現できる。虚栄心に捕われることなく、潔められた者としてそれを行う力を得るのです』。ところが、自分の潔めに配慮しない者、その愚かさから善行の効力に完全な価値を求め願う者は、たとえ隣人愛や教えを行なっても、
それは滅亡へと導く欲望のまわりを回り続けているに過ぎないのです。善い行いをしなさい、そうしたら報いを受けるでしょう。しかし善の価値と修道者の特別な修行を比較しないで下さい。異なるカテゴリーのものを同じには扱えないのです。福音書の中の貧しいやもめを思い出して下さい。彼女は2レプタで幸いな者とされたのですから。もし2レプタがなくても、このような献金をする意志さえあれば、同じ光栄を得るでしょう。神学者の友よ、意志に関係なく行動が人を正しくするという先入観念から逃れ出なさい」とクリゾストモス修道士は反論した。
修行者マルコスと業
私は神学者に向かって言った。
「もし『フィロカリア』の中に聖マルコスが記している『業によって義とされた人々』という章を読んだら、クリゾストモス神父が言われたことの正しさに確信を得るでしょう。聖マルコスは人間の霊の深淵を研究した人で、徳の深い分析者です。彼はその経験によって観想を学んだ偉大な倫理哲学者(イティコス・フィロソフォス)です。聖金口イオアンニスの弟子で、非難されるべき欲望を潔めるため、また霊の『原型の美』を見つけ出すため、主に在って完全な者になるために、彼は荒野で修行に身を捧げたのです。彼の深く様々な経験のお陰で、多くの教訓、修行教育そして霊の変容にとって重要な教訓が残されました。残念ながら、一部を除いては消失してしまいましたが、アヴァ・マルコスは、おもに霊の神秘的な働きを熱心に研究して、鋭い洞察力で神秘的に作動する霊の規律(プネヴマティコス・ノモス)に従って物事を見ています。この規律とは『神』と霊の意志との間に一定の関わりをなしているのです。
彼は素晴らしい『精神分析者』で、霊を深く研究した人です。『修道するニコラオスヘの書簡』以外には、彼の体験がまとめられた著書はありません。この書簡はビザンティン時代によく読まれた短編集でした。彼が『霊の規律』について語るときは、使徒パウロスの『律法は神゜(プネヴマ)に属す』(ロマ 7 : 14)という表現から始めています。
彼は、善行はハリストス・イイススと聖神(アギオン・プネヴマ)とに在ってのみ行われ、信じられるものと確信しています。私の貧しい知識でアヴァ・マルコスの教えを述べるのは簡単ではありません。なぜなら彼の教訓の独創性と独自的な意味はお互いに関わりも調和もない理念を表現しているからです。つまりそれらの間には何の関係もないのです。彼の教えは信者にとって、特に修道生活をする者にとって善行の闘いの中で、その価値と正しさ、あるいは誤りを映し出す鏡です。それは信仰を尊び、謙虚さを評価して祈りに向かわせ、教師を選ぶときの注意を喚起させ、祈りと忍耐によって困難の解決を教え、心の様々な誤りを指摘しています。彼によると、快楽を好むことは霊の捕囚、束縛であり、不幸と『主』に在っての悲しみは天国の門を開くものとなっています。彼は祈りには多くの方法があると認め、すべての祈りが利益をもたらすとしています。完全性は人間の善行の中にあるのではなく、ハリストスの十字架の中に隠されていると強調しています。
しかし、私はアヴァ・マルコスのフィロカリア第 226章『業によって義とされた人々について』が一番重要だと思います。それは前出の『霊の規律について』と類似していますが、私たちのテーマに非常に適したものです。なぜならば、『義とされるのは業の成果である』と考える一部の人々の空虚さを裁くことに費やしているからです。荒野の修行者アヴァ・マルコスは、主の誡めがそれなりの利益をもち、また人々が神の子となるには、『主』の尊血の恩寵に従って与えられることが示されている、と説明しつつ次のように言います。『あなたたちは命令されたことのすべてを行なったとき、ただ貧しい奴隷であると言いなさい』、そして『行うべきことを行なったのです』と。これから結論を出すと、天国は業の報酬ではなく、信じる奴隷たちへの『主人』の恩寵であるとアヴァは言っているのです。なぜなら、奴隷は報酬として自由を求めるのではなく、有益な者として主人の意に適い、そして恩寵による自由を待ち望むのです。ハリストスは私たちの罪のために死なれ、よく働く僕たちに自由を与えるのです。これは聖書に述べられているとおりです。『忠実な良い僕だ。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』(マトフェイ 25 : 21)と。自分の修行を誇る者は肉体的な業によって義とされる、と考えているのです。また誠めを行わないで、正しく信じている、と考える人もいます。また他の人々は誠めを行うと、天国は当然の報酬だと考えています。しかしどちらも誤りです。アヴァは言います。もしハリストスが私たちのために死なれたのなら、私たちは聖書に従って『もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです』(コリンフ後 5 : 15)と。ここで明確なことは、私たちは死ぬまでハリストスに在って働くべきだということです。
では、私たちが神の子とされるのは、当然のことでしょうか。『それぞれの行いに応じて報いるのである』(マトフェイ 16 : 27)との聖書の言葉を耳にするとき、業が天国に値するとか、地獄に値すると考えるべきではなく、信仰の業か不信仰の業かで、ハリストスはそれぞれに報われると考えるべきです。そして神は物々交換する方ではなく、私たちを造り、贖う神としてそうするのです。なぜなら再生の洗礼を受けた者は、その代償として善行を行うのではなく、私たちに与えられた潔浄を守るために行うのです。私たちが本性から善行を行うなら、私たちをすべての悪から逃れさせます。しかし神の恩寵以外、何も成聖をもたらすことはできません。慎ましい者は暴飲暴食から遠くにいる。同じように富をもたない者は優越感から、物静かな者は多言から、質素な生活をする者は快楽から、敬虔な者は姦淫から、少ないもので満足する者は吝嗇から、柔和な者は騒動から、謙虚な者は虚栄心から、素直な者は口論から、注意深い者は偽善から遠く離れている。同様に、希望をもつ者は絶望から、貧しい者は金銭欲から、信仰を告白する者は否定から、致命者は偶像礼拝から遠くにいるのです。
このように、死に至るまで続ける善行とは、罪悪の欠如なのです。罪悪の欠如は本性の業であって、天国との交換にはならないのです。これらについては正教会の霊的な伝統表現として私も知っています」こう言って私は黙った。
信仰と愛
「これらを支持している師父たちは正しいのでしょうか」と神学者はゲロン・テオリプトスに向かって言い、また、「なぜかと言うと、この全く新たな観点からハリストス教精神を観察すると、それは私を疑問から疑問へと向かわせるからです」とも言った。ゲロンはこれに答え、
「あなたが疑問をもつのは当然なことです。修道を世俗から切り放せないのですから、修道者たちの話すことを聞いても、いつも疑問から疑問へとぶつかるのです。クリゾストモス兄は修道に関する著書に通じています。親愛なる神学者よ、私たちは世間の人々から理解を得られなくても、また、たとえそれが神学者からであっても驚きません。ただ、多くの情報が得られる修道の著書を読まないのは残念なことです。
教会が受け入れた東方修道の形態と使命は、素晴らしい現実、『ハリストスの中に隠されている使命』です。それは不断なる祈りの中で行われ、人間が合理性に従おうとする道を拒む完全な信仰生活なのです。このような私の定義にあなたは驚くべきではありません。私たちの修道は正教会の霊性(プネヴマティコティタ)であり、正教会の核であり、本質です。それは『信仰』の上に確立されているからです。
信仰とは神の存在を単に認めることではありません。――なぜなら『悪鬼どもも信じて、おののいています』(ヤコフ 2 : 19)――それは人間知性の限界を越えて広がるものです。私はドグマ的な信仰を言っているのではなく、使徒たちが『私どもの信仰を増してください』(ルカ 17 : 5)と言った信仰、もしその『からし種』だけでも持つなら、山をも移すことのできる信仰を言うのです。この意味で信仰は完璧な信者の特徴です。信仰から出たのでもなく、信仰の成果でもない業、神が参加していない業であれば、どんな成果を挙げてもハリストス教においては価値がありません。神の祝福がないなら、私たちの努力は輝きもなく、不完全で、貧しく、人間的なものです。『信仰から出たものでないなら、すべては罪である』。ハリストスは『彼』を信じる人に近づき、そして奇蹟を行う。人間の正しい良心にくだり、『友と語るように』その人と語るのです。信仰とは限りなき神の至大さと、限りある人間の本性との間の神秘的な結び付きなのです。信仰とは、信者が信仰の対象へ接近することを意味します。また神のエネルギアに基づいた神との交わりであり、霊が神の中に浸透することです。
『わたしが父の内におり、父がわたしの内におる』(イオアン 14 : 10)という『主』の言葉は、ハリストスに在る信者と神との間にある関係を表わしており、これは『わたしの内におりなさい、するとわたしもあなたたちの内にいる』という意味です。これこそハリストスにある信仰奥義のすべてであり、あらゆる充満の中でのハリストス教啓示の特徴であり、ハリストスの超自然的な宗教の深淵と本質なのです。では、なぜ信仰が必要なのか。それは奥義です。もしかすると奥義ではないかも知れませんが。
私たちの神は愛の神であり、本質も愛であり、この愛は交わりを持つもので、接触と一体を求めるのです。何と深い神の叡智、智恵、豊かさなのだろう。何と限りなき愛の海だろう。すべてのものを『神の性にあずかる』ようにするため、すべてを『彼』への信仰において新たにする。
神は人間を全面的に自己のものとし、人間が完全に自己を献げる者となるのを望んでいるのです。なぜなら神の内においてのみ、人間の聖なるすべての熱望は充満を見付け出すことができ、光の中で永遠の地位向上を見い出せるからで、それほど神はご自分の造物を愛しているのです。神は人間の中に神以外のものに向かう権利を認めてはいません。神のこのような意志を、『主』は新約の中で十分に明示しました。使徒パウロスが述べている『ハリストスに在って』の『在って』という前置詞は、奥義と燃える愛の充満であり、それは聖使徒のハリストス教と信者のハリストス教すべてを含むものです。エヴレオス(ヘブライ)への書簡第 11章は素晴らしい信仰の讃美歌で、ハリストス教の基礎であり、そのより深い要求と神秘であり、ハリストス教の尽きることのない能力です。信仰とは霊の再生を意味します。それは暫時から永遠へと人を移します。『わたしたちはこの地上に永続する都を持っていない』(エウレイ 13 : 14)と感じ取る能力が与えられるのです。信仰なしのハリストス教は、運命的に哲学体系の一つになってしまいます。そして、その形而上性をなくする以前に、その神聖な本性をも失います。もし信仰によって『観る』ことを止めるなら、また『鏡におぼろに映ったものを見る』(コリンフ前 13 : 12)ことを止めるなら、私たちは世俗の不信仰者と何の相違もなく、霊の道を失ったのです。信仰はハリスティアニンの型であり、本質です。信仰なくしては、ハリストスに近づくことは不可能であり、非物質界にある形而上学的な真実を理解できず、神の救済計画の奥義は何であり、私たち自身は何者であり、死とは、生命とは何かということを理解できません。なぜなら異邦人の使徒(パウロス)によると、『信仰とは見えない事実を確認すること』(エウレイ 11 : 1)だからです。信仰なくして私たちは自分が自由であるとは感じられません。そして生命のない事物の充満によって窒息してしまいます。信仰なくしては私たちの人生は耐え難い悲劇に変わります。なぜなら感性は渇き、精神は盲目になるからです。信仰は人間に自己の品格をもたらし、翼を与え、押し上げるのです。そして霊的な品格の基本的条件とは、創造主と被造物、神の人間の同調関係、ハリストスと信者の同調関係です。ハリストスヘの信仰とは、聖神(アギオン・プネヴマ)の果実で、それは喜び、平安、温和、柔和、愛です。
この完全な信仰の道を私たちの修道は進んでいます。完全な信仰の本性と本質の奥行きを考慮する一方で、このような超理論的な信仰状態を自分のものにするのは、いかに困難であるかが分かります。ですからクリゾストモス兄と私とが、修道とはイイスス・ハリストスに在る信仰と愛とによって完全な義を見つけることです、と言ってもあなたは理解できません。私はこのことに少しの疑いも持っておりません」
世俗の交際を捨てて
ゲロン・テオリプトスの最後の言葉は深い沈黙に包まれた。全員の目はこの敬虔な神父を見ていた。彼は一般的な認識を冷やかに展開したのではなく、彼の意味深い話によって導き出された燃えるような告白は、紛れもなく全員に衝撃を感じさせた。各人はそれぞれの考えを持っていた。しかし 57年間という聖なる生涯をもって語る老師の前では、彼に賛同する者も、賛同しない者も自分の真の姿を出さずにはいられない。
修道士クリゾストモスは言った。
「敬虔なテオリプトス神父さん、あなたはハリストス信仰の意味をたいへん神学的に展開されました。そして、それに続く結果を信者生活の理論的、現実的な領域の中で分析され、列挙されました。私たちの修道にも取り入れられているこの信仰は修道の基礎を支え、そしてその内容となっています。『形式によってではなく、信仰によって歩む』という認識は、 ハリストスに在る私たちの生活要素に限りない価値を与え、この信仰は愛と密接に結びついているのです。
ですから、完全を目指すことが修道の特異性であると考えるなら、私たちの修道はハリストスの力を得た信仰と愛の車によって荒野を進むものとして実証され、これは教会の中における修道の良き務めについて、『ハリストス教的なその性格』について、正教から出ている正当性、などに関する疑問をなくするものです」
私は言った。
「私たちの会話は神学者の友を納得させようとして、修道の弁護がなされていますが、その世俗を『離れる』姿は何も新しいことではなく、東方教会の連綿とした伝統で、師父たちの神秘神学に基づいていることです。
ここで留意しなければならないことは、私たち2人はすべての点で同意するけれども、親愛なる神学者は先入観念にとらわれていて、これらの情報を受け付けないことです。確かに、討論の中で神学者の反対意見が弱まるという相対的な進歩は見られましたが、修道の充分な理解はゲロン・テオリプトスが正しく言われたように、聖なる愛の問題なのです。ですから、弁証論的な努力はある程度必要ですが、それ以上は何の効果もないと私は考えます。今ここで証明されたことは、知性と心は全く別個であるということです。
もし友である神学者の心の中で神への愛が勝っているなら、このような会話を長くする必要はなかったでしょう。愛がもつ共通な本性が納得させていたでしょうから。そして愛だけではなく、霊の潔めという基本的な意味を理解しているなら、生活の煩いから遠ざからなければ修道の目的を達成するのは不可能である、と納得させたでしょう。東方において修道生活の創立者とされている聖大ワシリオスは明確にこう述べています。
まことに神に従う者は、生活努力の束縛から解放されなければならない。これは隠遁して古い習慣を忘れることによって実現される。『主』は明らかに「あなたたちの中で自分の富を捨てない者は、わたしの弟子にはなれない」と語っており、もし私たちが「わたしたちの祖国は天にある」という言葉に従って自分自身を肉親や日常の物事から切り離さないならば、また何らかの方法や修行によって別の世界に移らないならば、「神に感謝する」という目的の達成は不可能である。
と。
すると、クリゾストモス修道士は言った。
「あなたはその考えを支持するために聖大ワシリオスを引用しましたが、私はこのケサリアの大主教が、いかに修道を配慮しているかを一層拡大するため、彼の友であった神学者グリゴリオスに宛てた書簡の一部を引用します。
数え切れない悪の動機として存在する世俗の交際を私は捨てた。世俗と結ばれているすべてから離れるには逃避しかない。世俗を捨てるとは、物理的に世俗から遠ざかることではなく、肉体に向けられている世俗の魅惑から霊を分離すること、そして街や家族との関わりをもたず、自分の所有物や土地をもたず、生活の快楽に気を奪われず、そして関わりをもたず、人が教える何事も習わないことだ。この目的のために荒野は多大の利益を私たちに与える。なぜなら諸欲を眠らせ、そして霊を完全にこれらから切り離す機会を理性に与えるからである。
この聖大ワシリオスの言葉に反して何か言うことがありますか。もしなければ私たちの師父に説得されないのは、どうしてですか」
「友クリゾストモスよ、あなたは私がまだ知らない真実を学ぼうとしているのが気にいらないのですか。そして幾何学的な歩みでその真実を受け入れようとしていることも。確かに私の中には『フォマ(トマス)主義』に等しいものがあります。それはお許し下さい」と神学者は言った。
「友よ、あなたはここで述べられたことに満足していないと理解します。世俗の外で生活する信者(修道者)をあなたは理解できないのです。しかしながら『私たちの霊がハリストス教的なものとして生まれる』のが真実であるなら、より神に親しい者は荒野の中に閉じこもるようになるでしょう。そして、もし『この世のおもな悪』との接触が私たちの霊に壊滅的な影響を与えると考慮するなら、それを理性的に回避すべきなのです。しかし、世は人々を魅惑し、そして人々は何の警戒心も持たないで世に愛着を抱くのです」とクリゾストモス修道士はつづけた。
「それでは修道者にならない者は、この世を愛しているのですか」と神学者は指摘した。
「全面的にその意見に賛成はできませんが、『福音』の中にあって悪害をこうむる者はほとんどいません」とクリゾストモス修道士は言った。
「では、その他の人々は世に愛着を抱いているのですか」
修道士は言った。「もしこの世に対してでなければ、自分自身に対してです」
「その自分自身に対する愛着を、あなたはどのように考えていますか」と神学者は指摘した。
「苦労のないハリストス教的な生活、そして虚栄心です。苦労する善行を試みないのに、どうして苦労を評価できるでしょうか。あるいは、謙虚な修行をしたことのない人が、どのようにして見栄をはらないようにするのでしょうか。そのため修道思想は不可解なものとなるのです。なぜなら修道者は苦難と謙虚の中で修行しているからです」とクリゾストモス修道士は語り、そして少し体を折り曲げ、手の平で顔を隠した。それは自分の内に集中したいかのようであった。
「しかし、どうして私たちの生活の中に意識的な苦難が必要なのでしょうか」と神学者はたずねた。
修道士クリゾストモスにはこの問いは聞こえなかった。そして少ししてから目に涙を浮かベつつ身体を起こした。目を天に向け、両手を胸に十字架のかたちに組み、しっかりと座るために小さな動きをしたあと、そのまま動かなくなった。それは彼が私たちの間にいることを忘れているかのようであった。
神学者は強い声で「クリゾストモス神父さん、私の問いに答えて下さい」と言った。
「友よ、問いとは一体どんな」と修道士は驚きつつ言った。それはまるで夢から我に帰ったかのようであった。私にとって彼の顔は『天使の顔のように』輝いていた。
「意識的な苦難を目的としているのか、知りたいのです」と神学者は答えた。
「親愛なる友よ、私たちの初めのテーマは違うものでした」とクリゾストモス修道士は指摘した。「そのような質問は私を全く困惑させます。それは、なぜ私たちの生活に『十字架』があるのか、と問われているようです。とにかく意識的な苦難の理論的な意味の分析は、多くのものをもたらしません。それは痛みについての理論ではなく、生き方に関わっているからです。誡めを生きる者以外にハリストス教を理論的に理解できません。ハリストス教は生き方、生命、霊の開拓であって、最高の理論を定めたのではありません。ただ霊の理論を定めたのではありません。ただ霊の生命計画を与えたのです。聖福音書には何と多くの偉大で素晴らしい言葉があることだろう、と私たちが言うときには、どれだけ私たちがそれを生き、感じているかを理解しなければなりません。『主』を愛するとき、そして『欲望や悪習を肉体と共に十字架に釘付ける』とき、パウロスの『敬虔の大いなる奥義』を理解するのかも知れません。そしてイオアンの『イイススの行いし事、他にまた多く有り、もし一々これを書さば、我意う、その書は世載するに勝えざらん』(イオアン 21 : 15)という深淵の未知に隠されている言葉を理解するかも知れません」またクリゾストモス修道士はつづけた。
「ハリストスの友になるため、ハリストスに『興る者、ハリストスの状に效う者』となるために、私たちはハリストスと共に自身を『十字架に釘づけ』られるでしょうか。『主』に在る友よ、あなたはどんな答えをしますか」
「私はクリゾストモス兄には答えません。それは新しいテーマを持ち出すことになるからです。また、そのような冒険がどうなるかまったく予知できないからで、私が特に興味をもっているテーマは終わらなくなるからです。しかし、誇張することなく、ハリストス教と人間の霊に関する重要な問題の一つに参加していただき、意味深い言葉をいただいた神父さんがたに感謝しなければなりません。同時に、今まで私はこのテーマについてこんなに多くの話を聞くことはなかった、と言わなければなりません。もしかすると、これが理由で私はあなたたちの話題の中に完壁に入れたのかも知れません。明日弁護士の友と一緒に聖山巡礼を終え、ここを去るつもりでしたが、一日延期することにしました。それはあなたたちとより多く交わりを持つためです。敬虔な神父さんがた、あなたたちが私に修道について多くの関心を引き起こしたのに、私はこのテーマについて肯定的な結論を出さないで、この混乱した考えのままで去りたくないのです。ですから、この私に援助して下さい。そして私の未経験から出る誤解や疑間を許して下さい。また私たちの確信が容易に変化しないのも確かです。このような繊細な方法でのテーマ設定は霊性を前提としています。確かに現在私たちはそれを持っておりませんが、すでに解決の近くにいると信じています」と神学者が言った。
するとゲロンが言った。
「あなたの学習志向を祝福します。しかし既に述べたように、信仰と愛なくして神に関する事柄を受け認めることは誰一人として出来ない、ということを忘れないで下さい。ところで、神への信仰とは人間の意志と『恩寵』とエネルギアの結集です。ですから『恩寵』にかかわるテーマの確信を得るためには、自己の知恵を聖師父たちの知恵に献上しなければなりません。そこに『理解するために信じる』という神学的な言葉の完全な適応があるのです。神に関する事柄の本質とは、まず最初にそれを愛して、それから後に理解することだからです。他の方法では不可解な知識なのです。これについては明日話しましょう」
こう言ってゲロンは私たちに礼をして「皆さん、お休み」と言い、立ち去って行った。
全員は席を立ち、この賢明な修道者、敬虔な表信者、信仰の証人に礼をした。
第五章
私たちの心はイイススを求め
何百年もの昔から聖なる修道院の時間は、ここの生活を支配している。日没から始まる聖山の規定に従った時間は夜中の3時を示していた。既に修道者たちは貧しいケリ(独室)の中で、ある者は固い土間の上で、ある者は修行用のマットの上で横になって『重き肉体の疲労』を休めている。3時を過ぎると木製のシマンドロはその独特な神秘性を響かせるかのように、真夜中にビザンティン聖堂での至大なる神の讃美と祈りのために修道者たちを目覚めさせる。
神学者は言った。
「神聖なる神秘に満ち、この神秘に包まれた沈黙が支配している真夜中に、聖山の修道院の庭にいることは奇蹟で、あらゆる描写を超える現実である。この歴史的な聖なる修道院、敬虔の知識は何と限りなき哲学思想を含んでいるのだろう。困難な問題が積み重なって解決口を見いだせないでいる社会学者は、ここで修道者たちの清く素直で、単純で質素な姿に安らぎを見付けるであろう。詩人や文学者たちは芸術的な渇きを潤すことができ、学者たちは芸術的な渇きを潤すことができ、また聖山の清らかな泉、尽きることのない泉で再び洗礼を受けることができるであろう。知識者たちは、この超世俗的な現実の前で多くの利益を得て、多くの問題にかかわる自己の無知を認めるであろう。
実際に、修道哲学の環境の中では、その使命や形式には関係なく、より肯定的な思考と真の意味が満たされる。この不完全で、存在の手段をなくした『小さな神』である人間、『すべてはこの人間のために造られ』ている。この人間が世俗の汚れから逃れ、修道という特異で神聖な光を受けて清く無垢な者、透明な天から下った者となる。私たちの平凡な日常の中で修道は天国の不断なメッセージとなり、また修道者の存在は無味乾燥した生命のオアシスとなっているのです」。こう言って黙ってしまった。
神学者は、初めて感動とともに修道についての意見を述べた。彼は正教会の中にある貞潔を守る集団の存在を認めていたのだから、心の底から修道思想に反対しているのではない。ただ、修道者がハリストス教の社会から遠ざかることは、東方教会修道の基本精神からの屈折であるとする知識を学問的に形成していた。しかしテオリプトス神父やクリゾストモス神父と話をした後、彼自身の考えは多少弱まり始めた。昼間の対話から得た強い印象と、聖山の修道院内に感じた平穏な夜は神学者の霊に影響を与え、彼を打ちのめしていた。先ほどまでは、注目に値しなかった修道に関する彼の考えは変化して、その感動は詩的な称賛の言葉となって表わされた。
修道士クリゾストモスは
「神学者の友よ、感動に包まれているのですね。そうです、私たちの修道という水を飲んだ者は、永遠に渇くことはないのです。親愛なる友よ、ハリストスの愛、『地獄のように強力な』広がりをもつ荒野の愛が、大いなる霊と偉大な霊(聖師父たち)に火をつけたのです。私たちの師父たちの中に、イイススの足元で目覚めなかった者がいたでしょうか。イイススに支えられ、燃え上がっていた聖パウロスは声を大にして世界に向かって『我の苦を喜ぶ』(コロサイ 1 : 24)と語っています。そして『誰がハリストスの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。わたしは確信しています。死も、生命も天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高いところにいるものも、低いところにいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主ハリストス・イイススによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです』(ロマ 8 : 25、38~39)。アウグスティノスも高揚して叫びます。『私にとってイイスス抜きに善なるものは存在しなかった』と。
兄弟よ、私たちは世俗の騒ぎの中で『愛する方(ハリストス)』に出会うことはできないのです。そして『彼』なくして私たちは何も知ることはできないのです。ある識者がこう語っています。『私たちが知らないうちに、心はイイススを求めている。全員は彼に向かうように定められている、そして私たちの霊は彼以外には安息を見いだせない』。神聖なる愛の本性とは、このようなもので、不安な霊は絶えずその愛人を求めつつ林の中や荒野を駆け巡るのです。そして雅歌のおとめと共にこうたずねる。『イエルサリムのおとめたちよ、野のかもしか、雌鹿にかけて誓ってください。もしわたしの恋しい人を見かけたら、わたしが恋の病にかかっていることをその人に伝えると』、そして再び『わたしの恋い慕う人を見かけましたか』と。
ディオニシオス・アレオパギティスによると『聖なる愛とはエクスタシス的なものである。自分自身を愛するのではなく、愛にとりつかれた者なのです』。
親愛なる神学者よ、ハリストスの外では神とは何であり、生命とは何であり、死とは何であるかは判かりません。ハリストスの愛は荒野の謎を解決し、私たちの霊の神秘的な志向を解き明かします。友よ、あなたは愛をもったのですから、私を理解されるでしょう」と言った。
そして修道士クリゾストモスは立ち上がり、神学者に近づいて軽く肩をたたき、つづけた。
「兄弟よ、今日は何と無駄な話を多くしたことだろう。もし私たちの霊が清く単純であったなら、こんなに多くの言葉は必要でないし、無意味な知識を背負う必要などないほどに、 ハリストス教の真実は単純なのです。しかし私たちの本性はエデンでの不従順から本来の無垢を失い、複雑な多くの側面をもつようになり、相互理解が困難になったのです。特に悲惨なことは、2人の人間が出会っても希にしか、お互いに理解できないことです。しかし、幸いにも人間が『最初の価値』を取り戻すために『主』が藉身(託身―エンサアガピルコシス)されたのです。ハリストスの愛によってあなたたちのすべての疑いは消えるでしょう。人間がもつすべての問題は、人の心の中で生まれるからです。
『理性は雇われたもので、あらゆる心の準備の前提段階で用いられる』、また『いばらの木からぶどうは採れない』という言葉は私たちのためにあるのです。堕落した心をもっていては、聖なる思いをもてません。以上のことにあなたは何の反対もないと思います。あなたは神学者としてハリストス教の基本的な要素と教義は知っているのですから」
祈りより甘味なものはない
神学者は答えた。「私にとって以前まで未知だった理念のすべてを私が認める、と評価されては私の立場は苦しくなります。確かに、あなたの視点で言う一種の輝きを見極められるようになった、と明言できます。しかし『恋する者』が街を出て、雅歌の『恋い慕うおとめ』のように荒野の修道院で生涯を送る人々や、『地の洞穴にいる』人々を探し求めて山や谷に移り住むことは、認めません。ハリストス教の観点からも、このようにして『ハリストス』を独占することは認められません」。
クリゾストモス修道士は「私はそのようなことを言ったのではありません。修道者たちは愛にとりつかれて荒野に散っている、と言ったのです。とにかく、いまは止めて、明日また続けましょう」と指摘した。
「クリゾストモス神父さん、もう遅いので私たちと一緒にいて下さい」と神学者が乞うと
「親愛なる神学者よ、あなたは時間の感覚をなくしたのですか。話をしているうちに、ちょうど4時になりました。私たちには修道者の務めがあります」とクリゾストモス修道士は言い、私たちの方へ近づいて来て「兄弟よ、あなたはどう考えていますか」と言った。
「私はここの客ですから、ここの決まりに従います。私たち個人の務めは別の機会でも可能だと思います。とにかくあなたの指示に従います」と私は言った。
「親愛なる兄弟よ、あなたはまだ続ける意欲があるのですね。私はこの対話であなたたちを疲れさせた、と思っていたのですが、あなたたちにはまだ徹夜禱に立つ忍耐があることに疑いをもちません。2時間後には奉神礼儀があります。修道者はこれに欠席すべきではないのです」
神学者は言った。「すべてのものが静まる時に、人が神を讃美するために起きることは、何と賢明な規定だろう。ある賢人は正しくこう言っている。『愛智者は神に向かって目覚めていることが必要だ』と。そして『主』に霊的な讃詞を歌い、謙虚な修道者は『主』と語らう。祈りは疲れ果てた人間にとっては本当に大きな賜物です。私たちは真に『王家の出身者』です」
修道士クリゾストモスは指摘した。「聖なるクリゾストモス(聖金口イオアンニス)は夜の祈りについてこう言っています。『すべての人々が寝静まる真夜中、深い静寂の中であなただけが目覚めていて、万物の主宰に願いを捧げることを考えなさい。確かに眠りは甘いが、祈りよりも甘いものはなく、光り輝くものはない。誰一人として妨害する者も、あなたの祈りを乱す者もいない。祈りに満足するまで、望むだけの十分な時間がある』と。神学者聖グリゴリオスは『神を記憶するのではなく、神と共に息づいているのだ』と言っています」
すると弁護士が言った。
「クリゾストモス修道士が聖山アトスについて、また再び学説的な迷路に入らないために概略的に何かを話す、という条件なら、私は徹夜して話を続けることに賛成です。確かに、アトスの歴史について、またその長い歴史が果たした役割の全体像について、私たちは少しの知識しかありません。ですから雄弁なクリゾストモス修道士が、この霊的な故郷の歴史を格別な正確さと客観性をもって話して下さるようにお願いします。祈りの時間は私たちがここを去った後に見つけて下さい」
修道士クリゾストモスは
「お誉めの言葉は嬉しいのですが、なぜこのような不適当な時間に新しい話を始めようとするのですか。既にあなたたちは修道の存在を時代錯誤とする人々のように言明されたのです。ですからそのような人々と同じ立場の主張をすることに疑いはないのです。それにもかかわらず、いまアトス山の歴史に関心を持つとは、私には驚きです」と言った。
「クリゾストモス神父さん、もし、私が先入観念をもっているから、またある問題に自分の信念をもっているからという理由で研究を止めるべきだ、と言うのでしたら、それはあなたの才能にふさわしくない言葉です。私はこの聖山アトスに対して関心をもっているのです。私は自由に思考する者ですが、修道を愛するあなたたち以上に深く修道を考えているとも言えます。兄弟よ、私がアトスの地を踏んだ時から、私の中では如何に様々な考えが交差し、交戦しているか、ご存じですか。そして、もしかすると私もある修道院の一員になっていたかも知れないことを」と弁護士は言って、感動のあまり話を止めた。
「兄弟よ、私の意に反して感情を害したのでしたら、許して下さい。とにかく、あなたたちの意見がそうだったのですから、私だけの責任ではありません。しかし、他の人たちも続けることに賛成でしたら、あなたたちへの愛をもって、その望みを適えるためにもう少しここに留まります」と修道士クリゾストモスは言った。
「兄弟よ、心から感謝します。あなたの親しみ深い言動は、私の最も敏感なところに触れたことを理解して下さい。私の信仰が私から離れてしまったのではないのです。神の名によって誓います。ただ私は傷付いた者、病人なのです。ハリストスは『医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である』と言っています。どうして私を助けようとしないのですか」と弁護士は言った。
「よろしいでしょう。友よ、では修道院が招待した修道士に話を始めてもらいましょう。彼は夜の対話にあまり参加してこなかったのですから、そのあとで私が続けることにします」と修道士クリゾストモスは親しみを込めて私に投げかけてきた。
「アトスについて私は一体何を言ったら良いのでしょうか。ご存じのとおり、アトスの歴史とそれに関しては誰でも手にできる歴史書があります。特に関心のあることは、歴史との関係の中での修道の解釈でしょう。ただそれは『空しい言葉』となり、その場かぎりの不正確なことだとも言えますが」と私は指摘した。
「しかし、兄弟よ、ここは学問的に正確であるかどうかと恐れるような論議ではないのです。ただ弁護士の希望がかなうように話をしてください。あなたはこのテーマを良く説明して下さると思います。話して下さい、その後で私たちはそれを評価します」とクリゾストモス修道士は言った。
信仰の櫃と民族
私は言った。「まず最初に、アトス山を修道者たちの街として話すことは、何の結果ももたらさない危険があります。一般に私たちは世俗のきまり、認識、思考などを判断の基準としていますが、世俗を離れたアトスの住人、修道者たちはこの一般の基準には含まれないからです。それと同時に、修道者たちの生活は『ハリストスの中に隠された』生活です。彼らは善行を行なうために闘っていて、その善行は『隠される』ことを好むのです。
東方教会の修道はその特質において教会のより良き具現なので、その超自然的な性質が原因でハリストス教が多くの人々に『矛盾のしるし』、『スキャンダルの石』となっていて、その限りなき意味の深さ、本質、範囲においても同じ様に人々に悪用されているのではないでしょうか。ただアトスは限りない現実としての深い宗教的内容と非物質的生活を兼ね備えているので、これが地上の生活であるとは経験豊かな慎ましい観察者でも辛うじて識別できるほどのものです。アトスとは理想であり、霊的生き方(プネヴマプシヒーティコ・ヴィオマ)の営みであり、天からの宗教的な侵入によって霊がつくられる仕事場、聖なる男たちの競技場を意味するのです。
アトスの聖性、聖なる規定、美しく清らかな生活、聖なる愛智などを描写しようとする者は並々ならぬ能力が必要でしょう。それはアトスの歴史は神秘の中に、最も意義ある沈黙の中に、透明な質素さの中に描かれるからです。福音書にあるように、もし一つの霊が全世界以上の価値をもっているなら、10世紀の間に何百人もの聖人を出し、救いを得た霊を絶えることのない喜びと永遠の至福の天国に送り出しているアトス、昼夜この汚れなき地表と地下で『主の聖なる名』を讃美しているアトス山は、いかなる価値があると言えばよいのだろうか。
多くの兄弟たちと 20のビザンティン修道院、愛にあって 4~5人が共住する何百という修行の庵、そして荒野の修行者たちは不断に『全世界の安和のために』祈り、兄弟姉妹の霊のために祈願を捧げ、無頓着で罪深い人類のために神の憐れみを求めて昼夜ひざまずいている。それがアトスなのです」
また私はつづけた。
「もしアトスがこのような倫理的、宗教的な価値をもっているなら、この偉大な沈黙を描写しようとする人の試みは大変危険なものではないだろうか。もちろん、神の世界地図でアトスは重要な地位を占めています。これまで述べたアトスのおもな使命の他に、中世暗黒時代の後で、ビザンティン正教崩壊からギリシア国家の形成まで続いたトルコのくびきの後で、聖性と神性を気高く保っているアトスは未来の指針となりました。また民族の聖人となる聖なるものを堅持したのです。正教信仰のともしびを消すことなく、清く保守したのです。これがハリストスの教会と共に文明をも救ったのです。ですからアトスが信仰の櫃、民族の櫃と言われるのは当然なのです」
弁護士は私に言った。
「神父さん、アトスでは、いつ頃から修道が見られるようになったのですか」
「伝承によると、アトスが修道の中心として活躍し始めたのは7世紀からです。しかし、修道の歴史は3世紀までさかのぼります。そのときからアトスは意義深い活動を始めたのです。そして予測不可能な未来のための成功の種として 10世紀中葉にアトス修道の父、偉大な修道者聖アタナシオスを輩出しました。この時代から大きな発展が見られます。新修道主義に敬虔に対応したビザンティン皇帝たちは 20の聖なる修道院に建設資金を出し、多くの寄付をして修道院を豊かにしました。教会の致命者と聖人の不朽体の『群れ』、芸術的な装飾品、古い聖像、様々な希少価値の品物など価値あるすべてはこの聖なる場所に保存され、また何千という写本は敬虔な修道者たちによって、自然な保管方法で安全に保たれています。そして『主が悪とみなした』とき、ビザンティンが回教徒の嵐で乱れたとき、聖山の人々は心の中に、修道院の塔の中にギリシア精神と文明、聖師父たちの宗教を隠したのです。
アトスは崩壊したビザンティンと、近代ギリシアとの間で結び目としての役割を果たしたので、人々の心の巡礼地となったのです。ここの修道生活は時代の中にあって自由に、平和なすばらしい歩みを続けています。それはギリシア正教の伝統と歴史の中で生き、発展する制度にあるべき当然の姿です。その起源は天にあり、その肺はハリストスなのです」
すると弁護士が言った。
「神父さん、話を中断するようですが、アトスの修道とハリストス教初期の修道との間には、どのような関係があるのでしょうか」
「その関係とは、アトス修道が初代教会の無垢を受け継いだことです。そして4世紀から8世紀にかけて開花した小アジア、ポントス、シリア、パレスティナ、エジプトの修道規定に支えられて継承したのです。これらの地での修道の衰退は、アトスでの修道復興となって続いています」
主よ、我等の霊は憂う
「神父さん、東方ハリストス教の修道は様々な東方宗教の修道の模写であり、その特徴が多くあると言われ、認められていますが、これは真実でしょうか」と弁護士が言った。
「答えましょう。東方教会の修道と偽宗教の修道には霊的な一致も、共通な特徴もありません。しかし正教は普遍な宗教性の表われですから、様々な宗教システムとの接点が幾つかあり、それが存在する隔たりの架け橋となるのも事実です。それは人間の本性が同じで、一つのものだからです。このように、諸宗教の修道に一定の同一性が見られるのは、修道のない宗教など考えられないということなのです。修道とは熱心な献身者によって各宗教の上層部を形成しているのです。
しかし、たとえ表面的な接点があっても、もし宗教感情で様々な修道を区別するなら、世界観の相違による本質、深層などの広範囲でそれぞれを区別できます。またそれぞれの修道は信仰、希望、ドグマ(定理)、教義などによって独特の形態をとりますが、最終的には霊的な観点の相違によっても区別されます」
弁護士は話をさえぎって
「敬虔な神父さん、宗教研究家は、修道の誕生は宗教感情の異常が原因であると言います。これは修道規定で実践される超人間的な服従と、彼らは世俗から逃避した半人間であるという認識から出る結論です」と言った。
「私に代わって、クリゾストモス神父さんにお願いしましょう。約束したとおり、彼にも答えていただきましょう」と私は言った。
クリゾストモス修道士はこれに応えて語った。
「あなたたちが再帰的な方法で分析されたテーマを喜んで続けます。あなたたちのアトス修道の解釈はすばらしいもので、修道を良く弁えているのは明白です。親愛なる弁護士の友に答えましょう。
あらゆる方法で修道の発生を宗教感情の異常な働きと関係づけるのは間違いです。特に逃避は半人間を意味しません。修道の理想は霊の最も単純な表現です。世俗との離別、自己集中、孤独の中で霊は自己を再発見するのです。自己の内面志向は自然の要求ではない、と証言する学者はいません。『神の国は爾等の衷に在り』(ルカ 17 : 21)。人間の宝、価値、善義、光のすべては人の内にあるのです。霊の深層(ノエロン・コズモン)に戻ることは、『放蕩息子』が父の家に戻るのと似ていて、霊に蓄積された『放蕩な』力はお互いにぶつかり合い、霊は再び自己を見つけるのです。
ある人が心理的な病から偶然に孤独志向に傾くのとは無関係で、修道は健全な宗教感情から発生しています。宗教性とは『ここ』からの逃避、感情的な彼方へ向かう内面の欲求、私たちが予感し、信じ、愛する『彼方』の探求を意味するのですから、それに続いて私たちには接近可能な願望が燃え上がり、『面と向かって』神を観ようとする愛(エロス)、神との語り合い、その懐の中で完全な平安を見つけようとする愛が燃え上がるのです。聖アウグスティノスの『主よ、あなたの中で平安を見つけるまで、私たちの霊は憂うる』という叫びは全世界の叫びなのです。『上の舞台』(この世)からの贖いの悲痛と願望は人類に定められた性質です。それは民族の歴史に刻まれる精神的な欲求不満として現れます。
神学的には、地上に生きる人を本来の『祖国』から追放された者とみなすのは知られています。すべての人々、特に私たちハリストス教徒は聖なる『祖国』の本能を最も強力に霊の中に持っています。私たちの内では美と、その喜びから遠く離れているという感覚、そして『地上のよそ者』であるという悩みが悲劇を作り出しているのです。どんな堕落にあっても私たちは贖いを願望します。しかし無宗教の霊ほど人間の本性に反する霊はありません。無宗教な者とは、獣のような存在を意味するのです。
宗教感情の疑問とか宣教の改革は、哲学システムではなく、表面的哲学性をもっているだけです。もっと正確に言うなら、哲学的な要素を含んでいるだけで、その源泉は思考ではなく、感情なのです。あらゆる哲学システムは現象を解釈する必要から生まれて、そこには明らかに宗教的な不安の種があります。
このように、すべての宗教は誤りとともに哲学を語り、またすべての哲学は脱線して宗教を語ったのです。とにかく、どちらも同じ理由から叫ばれたのであって、本性超越の逃避によって贖いを求めるため霊の開発を行なったのです。それは宗教が逃避、あるいは未知との接触を意味するからです。贖いの望みは孤独志向の形として現れるが、多くの解説を必要としません。この強力な願望は霊を遠くの果て、清らかな山頂、人の近寄らない深い沈黙の荒野、無知の暗黒へと追い立てる。それは私たちを内なる世界へ引き付ける感覚と同じで、この感覚は私たちが地上のものから贖われ、内なる世界と語り、神に祈り、表現できない宇宙の調和を聞き、永遠からの何かを取り入れようとする感覚です。これはあらゆる宗教にみられる修道の発生と、外面的な同一性の説明です。それは逃避と孤独との中にあるのです。
諸宗教の固有な型
不幸な霊が神の懐に安息するまで、『逃避』への熱望と宗教的な不安は人間固有のもので、深い悲しみであると同時に喜びです。それは霊が天から出たものであり、楽園を追放された王の貧富を表わしています。諸宗教も神に近づいてその渇きを潤そうとする。そして宗教の要素を含んでいる様々な哲学の形而上学的な望みにさえ、感動的な自己犠牲を私たちは見るのです。
宗教的、哲学的な暗闇がまだ厚く覆っている所にも、光に照らされない神の被造物にも、信仰と思考ははたらきかけます。修道者と隠修士そして愛智者たちは厳しい節制と修行に生き、普通の生活条件から逃れて多くの苦難の中に身をおき、行動で宗教感情の力を述べ伝えています。
確かに、修道という共通な母体があるにもかかわらず、ハリストス教の修道はまったく異なる形態だと言えます。それは修道がハリストス教という生ける泉、『その骨の中の骨』、『その霊の中の霊』から出ているからです。そして同じような形態でも比較すると異なる根拠がみつかり、ハリストス教修道の立場が他とはまったく別のものであると証明されます。
のちに仏となったシダルタ王子は絶望感から突然王の衣を黄色に替えました。それは生命感覚を殺し、快楽へのすべての欲望を殺すという粗暴な方法によって贖いを見いだすためです。イウデア民族の一派であるエッセイ派は『神に在って』ではなく、ただ『死んだ言葉による』礼拝の中で『肉体の欲情』を避けるために、深意なくして街を離れたのです。ストア派の修道者たちは哲学的に貧弱な教えを派手に飾り付けて、当時の高慢な人々を嘲笑する騒ぎを起こし、彼らを否定して満足したが、彼らは何一つとして肯定的な利益をもたらさなかった。しかし、ハリストス教の修道は様々な荒野で形成されたけれど、それは絶望からではなく、『律法的(偽善的)な礼拝』への熱望からでもなく、空しい哲学的な精神から形成されたのでもなく、新しい理由『ハリストスの智恵』によって成立したのです。それは『ハリストスに在りて一切は新たになれり』(コリント後 5 : 17)だからです。
ハリストス教の修道は、生命を与えるハリストスの霊によって洗礼を受け、恩寵の光と能力に包み囲まれ、1700年もの間ハリストス教を善行で証し、常に光り輝き、多くの聖人、表信者、教師、致命者を出しました。従って、当時のハリストス教修道と司祭たちとの間には何の内面的関係もなく、一部の人々が仮定しているように、司祭たちから修道の初歩的基本を享受したとか、教会の枠の中で彼らの模写として修道が発展したのでもありません。宗教学的な要求とはまったく関係がないのです。それぞれの修道は自己の宗教母体から出ており、母体の真実を所有しているのです。ですから修道精神とは宗教の本質なのです。世俗で闘っている正教会を傷つけないで、聖師父たちによって形成された修道を否定することは不可能です。外面的には分離していても同質であり、神よりそれぞれに使命が与えられているのです。正教が修道を生んでいるのです。そして修道は正教を養育し、保っているのです。人間の内面的な要求が反映された精神的なすべての発見の中で、ハリストス教修道は唯一健全で真実の修道です。なぜならそれは宗教感情を満足させるだけのために発生したのではなく、教会の中での組織的な立場を獲得して、その不足部分を埋め、ハリストスに在る統一の精神に基づいた使命を担っているからです。このように東方ハリストス教の修道は、聖なる完全への志向として、ハリストス教会の幼年期に信者の心に火をつけ、時の流れと共に存在を支える理論的な力と、教会の中で重要な働きをして聖なる特質を得たのです」
すると、神学者がたずねた。
「クリゾストモス神父さん、修道の理論的な支えとは具体的に何なのでしょうか。そして使命をどのように理解すべきでしょうか」
修道士クリゾストモスは「この質問にだけ答えます。そしてすぐにこの集まりを解散しなければなりません。時間が過ぎていても修道者は奉神礼儀に欠席してはならないのです。明日もここに滞在されるのですから、話をする時間はあります。よろしいですか」と訊いた。
「はい、結構です。クリゾストモス神父さん」と弁護士は答えた。
クリゾストモス修道士は以下のように説明した。
「私たちの修道の理論的支えとは次のようなものです。正教の生き方から出るすべて、主の教えに同調するすべてです。これらは分析と体系化とによって増加しているけれど、すべては聖師父たちの霊と一致しています。悔い改め、苦行、愛する霊の正常な姿などが無意識のうちに修道を提示しています。それが霊的生命(プネヴマティキ・ゾイ)となり、 ハリストス教の完全に向かって成功する手段となっているのです。また修道の使命も、教会という枠の中で理解されます。教会の特殊な部分である修道は、自分自身のため、全教会のため、『病み悲しむあらゆる霊』のため、祈りを行なわない者のために限りなき時間を祈りに捧げている。
修道者は兄弟たちと共にあって、自分と兄弟たちのために闘っています。世俗の煩いから解放された彼らは『どのようにしたら主に好まれるかを思い煩う』のです。神を無視する兄弟、神に感謝の心をもたない兄弟のために、不断の祈りと讃美をささげます。修道者の悔い改めには『天の喜び』があり、修道者が主の恩寵によって聖人となるとき、教会は神への転達者(執り成しをする人)をまた一人獲得するのです。修道者の祈りは人類の歴史的歩みに影響を及ぼし、そして最後には悲しみ傷ついている霊を受け入れるのです。『ハリストスはこのために死なれた』のであり、また『ふさわしくない者の中からふさわしい者を引き上げ、主に在って健全な尊い者』とするのです。こうして修道は教会要員を育成し、彼らは学識ある個性形成のために集まるのではなく、教会史が証言しているように、聖神(アギオン・プネヴマ)の輝きを受け入れた霊的に堪能な人々なのです。これで終わります」と、修道士クリゾストモスは立ち上がりつつ言った。
私は「クリゾストモス神父さん、たいへん良い話でした。単純明瞭で、真実がよく整理されてました。それは神殿を支えている厳格なドリス様式の柱のようです。残りはまた明日それぞれについて同じような方法で話しましょう」と言って、私たちは別れた。
第六章
未知なる聖に近づき
翌日の朝、聖体礼儀が終わった後、ゲロン・テオリプトス、クリゾストモス修道士、神学者、弁護士そして私は修道院から栗の本が茂っている小道に出て朝の散歩をした。自然の強烈な緑と、葉の多い高い木々の間から、時どき見える空の青さ以外何も目に入らない。その光景の中にこれから展開されるドラマチックな徴を見たかのようであった。
各人が昨夜の対話について考えを述べた。ゲロン・テオリプトスは対話を長引かせたクリゾストモス修道士を繊細に非難すると、修道士は責任を認め、赦しを求めた。またアトスで毎日行なわれる早課と聖体礼儀についても話した。そして修道士クリゾストモスに導かれて、私たちは深緑の様々な木々に取り囲まれ、草木が覆いかぶさっているビザンティン時代の庵に着き、その中に入った。
挨拶をした後、神学者は喜びを表わした。彼は、修道する兄弟たちの顔に知識の宝に近づこうとする姿を見た、と言った。そして彼らはまだ宝を獲得していないが、理想に達するまで肉体的な修練を積み重ねるのは確かだろう、とも。
弁護士も神父たちの話に驚きを覚え、それは遥かに遠い世界から現れたかのように感じていた。しかし彼は合理主義思想の直接の影響を受けているため、彼に自由な考えを許さない『反駁する理性の法則』が昨夜から彼の中でかつてない強烈な抵抗をしている、と証言した。従って、もし彼の意に反して、先入観念から判断する場合でも彼に理解を示すように望んだ。
ゲロン・テオリプトスはこう指摘した。「親愛な友たち、皆さんが言われたことはよく理解できます。修道は信者の集団である教会の形態が変化したものなので、修道のテーマはたいへんデリケートで教会との区別が困難だと言ったら、それは同一化だと見なされるでしょう。ですから、寛大に皆さんを判断します。修道の霊性(プネヴマティコティタ)には不可解な超理論志向があるため、――これは『宣教の愚かさ』でもあるのですが――神秘の種は霊のなかで生命を得るのです。その力で私たちは『未知なる』聖に近づき、目には映らないその神秘的なエネルギアの表象作用を観ます。それは『献身しない者の手は決して触れられない』状態にあるため、『主のために幼児』とならなければならないのです。つまり『天国と神秘な』喜びの中に入るにふさわしい者となるためには、刺のある理論を変えなければなりません。主はこの天国の神秘を『学者や賢者にかくし、幼児に顕した』からです」
すると神学者は「いつ、そのような志向が教会の中に現れたのですか。あるときは神秘的な生活が信者であると確認する唯一の手段でしたが、神秘性そのものではなかった、と私は覚えているのですが」とたずねた。
「初期ハリストス教の教えを深く研究すると、教会の中には無数の神秘志向があると分かるでしょう。そしてもし認めようとするなら、ハリストス教はこの神秘性で存続したと言えるのです。友よ、私たちの霊は神秘的な生活の営みを求めているのです。なぜなら霊は神秘なものだからです。まだ幼児期にあった私たちの聖なる教会が、初期ハリストス教の信者集団に対して示した深い精神とその豊かな表現を見逃してはなりません。この聖なる集団を他の集団と区別した、彼らの『愛の刺激』と神秘的な生活を、聖なる歴史家ルカは『日々心を一にして祈禱を行ない、餅をさきて、歓喜と朴直なる心とを以て食を食らい』(行実 2 : 42~46)と述べています。これが教会を形成させることになった根本的な要素なのです。初期ハリストス教信者の聖なる心を燃やした熱望、完全に世俗を拒否する熱望、そして可能な限り神に近づこうとする熱望、これらによって初めて潔められた心の中に神秘的な志向が生まれる、というのは説得力のある証明です。このように兄弟集団を支配した要因は神秘性だったのです。教会の長い歴史が証明しているとおり、この歴史を研究すると、その時代の人々の神秘的な生活は外面的な感動だけで、生き方の基礎とはなっていない生活だとは断言できません。信仰する人間は本性の中に『離れることはハリストスと共になること』という感覚をもっているからで、初期ハリストス教信者の神秘的な歩みが正しかったことを証明しています。神秘主義はハリストス教の発見ではありません。すべての民族的宗教や東方宗教が神秘的志向に傾いていたわけではありませんが、神秘主義の発端は宗教感情の中に存在しています。つまリハリストス教は多分に神秘主義で表現され、この神秘主義の要素はハリストス教教義の中にあるという認識から出発すると、私たちはこのテーマの順当な結論に整然とたどり着くことができ、お互いに理解し合えるでしょう。神秘的な生活を営む者のおもな性格とは理性の外的な放浪から内的な心の深層ヘの方向転換です。この方向変換は沈黙、静寂、無配慮などを前提とします。この霊的な方法を最初に確立したのは聖ディオニシオス・アレオパギティスで、のちには聖大ワシリオスがおります。そして後世には神秘師父たちによって受け継がれ、より深い修練を経て有名なアトスの静寂主義修道の『心の祈り』となったのです」とゲロン・テオリプトスは答えた。
「親愛なるゲロン・テオリプトス、正確な根拠に基づくためにも指摘したいのです。学問的な研究では、聖ディオニシオス・アレオパギティスの神秘著書と言われている書物は、5世紀の新プラトン派哲学者プロクロスのものと証明されています。確かに、それは新プラトン派の考え方ですが、ハリストス教の考え方とは掛け離れているのではないでしょうか」
ゲロン・テオリプトスは答えて言った。
「教会が正真正銘と認めている聖ディオニシオスの著書が、一部の神学者たちによって偽書とされているのは私も知っています。これは新プラトン派の思考とアレオパギティスの神秘思考が同類だからです。しかし、これを偽書と証明する努力はプロテスタント的な要因からです。聖職階級の基礎となっている聖ディオニシオスの『教会の階位について』という著書が彼らには不都合だからです。とにかく、聖ディオニシオスはギリシア人で、多くの知識を学び、当時のプラトン主義神秘思想にも通じていたので、著書の一部に新プラトン主義的な理念との同一性があっても、彼の神秘著書の信憑性を疑うべきではありません。
もしこの聖人がギリシア的な知識をハリストス教のものにしたと認めるなら、この問題は解決されます。そうでなければこの著書の考えは未解決なものとなります。また、もしハリストス教の著書ではないとするなら、この神秘的な考えを後世のハリストス教神秘師父たちが受け継いだ事実が理解できなくなります。そのほかに、神について混乱した考えをもつ新プラトン主義者が『神の名について』、『神秘神学について』、『天の階位について』、「教会の階位について』という教会ドグマにかかわるテーマの著書を、聖ディオニシオス・アレオパギティスの名を借りてのべた事実も驚くべきこととなります。同様に、これらの著書の真実性を証明する強力な証拠は、その神秘主義が健全なハリストス教精神と完全に一致していることです。ハリストス教以外の宗教の神秘主義は病的で、倫理的な基礎がありません」
アレオパギティスの弁証
「テオリプトス神父さん、これらの著書に関しては 533年の公会議で初めて言及されたことを考えると、どのような根拠に基づいて著書の真実性を証明するのでしょうか。それまでこれらの著書はどこにあったのでしょうか」と神学者はたずねた。
「答えは簡単です」とゲロン・テオリプトスは言い、袋の中から一つの写本を取り出して、つづけた。
「表信者・聖マキシモスがアレオパギティス著書のまえがきとして付加した注解を読みます。聖マキシモスは7世紀東方教会の最も思想的な師父の一人で、当時の知識人であり、神秘思想に関する彼の意見は重要な意味をもっていたことを考慮して下さい。彼はこう述べています。
少数の非ハリストス教哲学者たち、特にプロクロスはデイオニシオスの考えを多く引用しており、文字どおりそのままに使用していることを知らなければならない。またアテネの古き哲学者たちは聖師父(ディオニシオス)の言葉が世に出ないようにするため、彼の著書を自分達のものにしたと仮定できる。彼らにとっては、私たちのものを自分達のものとして教えることは常識的なことであった。
また、聖大ワシリオスも『初めにことばあり』で同じことを述べ、次のように言っています。『彼らは真実の言葉から遠く離れているが、世俗の英知に関しては自分達を偉大な知者とみなしているのを知っている。彼らは師父のものはすばらしいと知って自分達の著書に取り入れたのである、なぜなら悪魔は盗人で、私たちのものを自分の支持者のために利用しているのである』。聖大ワシリオスが、こう語っているのです」
ゲロン・テオリプトスはつづけた。
「これから結論を出すと、533年の公会議までこれらの著書に関して公式な記述が全くなく、消失していたのは新プラトン派が略奪して隠したのが原因です。5世紀の新プラトン派数学者・哲学者プロクロスの自著写本から証明されるように、これらの著書の一部は改ざんされたのですから、ハリストス教とは何の関係もないのです。これと同様に、新プラトン派と東方師父の神秘思想との部分的な同一性も説明されます。教会は神秘思想を受け継ぎ、それは公会で認められました。14世紀にはアトスの静寂主義者、イタリアのカラヴリア出身のワルラアム修道者、そしてその他の人々によって受け継がれたのです」
すると神学者は「神父さん、このテーマは多くの問題点をもっています。偽ディオニシオスといわれる人が語る修道は1世紀には存在していなかった、と強く主張する人々がいるからです」と言った。
「あなたがいう『人々』とは、医師ディモフィロスと書簡家のガイオスだと思います。1世紀に人々から医者と呼ばれていた修道者はいなかった、とあなたは決め付けるのですか。ユダヤ人のフィロンが当時の修行者について次のように記しています。『彼らのところに来る人々の霊を医師のように治療し、悪欲を癒すのは、神と宗教が取り組んでいる清く誠実な礼拝による』と。また別のところでは、『彼らが荒野をめざすのは、人々への作為的な憎しみが原因ではなく、習慣の異なる人々とかかわるのは無益なだけではなく有害なことを知っているからだ』と」
ゲロンはつづけた。
「とにかく、ディオニシオス・アレオパギティスの著書は確かに彼のものであるという信念は、教会の自覚として確立されています。幾世紀にも渡って鋭い批判を受けているこの4冊の著者が、使徒パウロスの弟子であったティトス、ティモテオス、福音者イオアンニス、聖ポリカルポスなどと一緒に至聖女(聖母)の埋葬式に参加したことは偽証だとは考えません。また、彼はアテネの初代主教イエロテオスの弟子でした。彼の著書に基づいて教会はドグマとその他の様々な情報を得ており、そしてパラマスの神秘思想も支持されています。同じように、彼の著書からダマスクのイオアンニスによって教会聖歌の教義内容が明らかにされているのです。このような役割を果たした著書が教会歴史に混乱をもたらしているとは、『神秘神学』著書の聖なる人格から考えられないことです。他方では、偽名著書に度々生じる教義解釈の基本的な相違もありません」
「敬虔な神父さん、お尋ねしたいのですが、どうしてそれほどにまでこの著書の信憑性を証明する努力をするのですか」と神学者は言った。
ゲロン・テオリプトスはこう答えた。
「なぜなら著書の作者がハリストス教以外の哲学者だとする仮定は、教会に現実的な混乱をもたらすだけではなく、正教会の神秘神学の立場を動揺させるからです。神秘神学の代表的な神学者である聖イグナティオスとクサントプロスの聖カリストスの断片を読みます。これは偽書とされている書の著者が、私たちの神秘主義において、根本的で重要な立場を占めていることを理解してもらうためです。
もし理性が肉体的活動や自然との関係から解放され、理性の能力からエネルギアになるなら、つまり霊的な人間に成長して自然を越えるなら、不可分で独立した能力をもっている理性は自然で単純な本来の価値と輝きを取り戻し、人は常に安定した自己を取り戻すことができる。そのときに人は全面的に、完全に神の知識に到達する。それは聖大ワシリオスが述べているとおり、単純で形のないものである。このようにして理性は『像と肖とによって』本来の理性となり、その状態を保つ。それは自己をとおして、直接的に心の中で聖なる理性である神と結合し、出会うからである。この業が円環的な動きである。これは神への唯一確かな動きで、迷いのない、非の打ち所のない、進歩する動きであり、あらゆる思考を超越する動き、あらゆる観想を越える観想である。
霊が螺旋状の動きをするのは、それ自身が神聖な知識によって照らされるからであって、同じ方法で心が照らされるからではなく、合理的で詳細な探求のエネルギアとの結び付きによってなされる。
直線的な動きは、霊の中に入ることなく、心性だけで動くときである。既に述べたようにそれは円環的とも言える。しかし霊のまわりを通り過ぎ、その外側にある数々の象徴を通過すると単純で統一された観想へと導かれる。
いま読んだのはディオニシオス・アレオパギティスが確証した祈りの3つの方法の解釈と発展ですが、その3つの方法とは、円形、螺旋形、直線形という祈りの方法です。この内面志向の独特な修行を東方教会修道の観想者たちは受け継いだのです。ですから、もし私たちの神秘主義の基礎がプロティノスに帰属しているなら、師父たちは『無駄骨』を折っていたと思いませんか」
正教の神秘主義と新プラトン主義
修道士クリゾストモスは言った。「このテーマに関係した指摘をします。聖グリゴリオス・パラマスが偽ディオニシオスと呼ばれる人の著書に基づいて 1341年、1347年、1351年の公会議において、カラヴリアの修道者ワルラアム、アキンデイノス、グリゴラスなどの主張に反対して勝利できなかったなら、私たちの神秘神学のテーマはより複雑になり、その結果、教会の中に新プラトン派的神秘主義があったでしょう。表信者聖マキシモス、新神学者シメオン、スティタトスのニキタス、シリアのイサアク、楷梯者(クリマコス)イオアンニス、ティリクーディスのカリストス、隠遁者カリストス、クサントプロスのカリストスとイグナティオス、アトスのニコディモスなど聖師父たちは神秘的な生活を送り、神秘神学書を残し、アレオパギティスの著書が真正なことを認めたのです。そしてそれを明示して彼らはアレオパギティスを『天の鳥』というあだ名で呼びました。
これらの見識ある聖人たちの確かな言葉があるのに、どうして近代の研究者たちは著書の真正さを疑うのか、非常に驚くべきことです。そして特に重大な意義があるのは、東方教会における神秘神学の新プラトン主義に対する立場です。プラトンもそうであったように、新プラトン派の神秘主義は完全な神秘的システムをもっているため、神との神秘的な結合を求めません。この根本的な誤解がある以上、東方神学の中核となることは不可能です。もし根本的に変化させるなら別です。しかし、そうするとネオプラトニズムではなくなります。
確かに東方神学はプラトン哲学の要素を導入しましたが、それは西方教会が宣教者として取り入れたアリストテリスの合理的スコラ主義よりは危険の少ないもの、として導入したのです。これらの哲学者たちは教会の奉仕者ですが、その精神はハリストス教神学によって監視されています。東方教会ではプラトンの『観想』だけを適用し、保存しました。これに対してアリストテリスのスコラ主義は西方教会の心理により多く反映されています。しかし、神秘神学にはこれと同じことは起きません。あらゆる神秘主義の内面への動き、つまり内視は同一化の基本でもなく、神秘主義者の体験的産物であって、それ以外の何の説明にもなりません。不幸にも一部の神学者が陥るように、教会の師父たちは仏教や新プラトン主義から手段を借用した、と仮定するのは危険なことです。ところで、パラマスとワルラアムとの間にあった越えることのできない矛盾とは、正教の神秘神学と新プラトニズムの根本的な相違だったのです。ワルラアムは内視(内面志向)を否定し、それが原因でアトスの静寂主義者を『へそを眺め、鼻孔から恩寵を吸う者』と呼び、批判したのです」
これを聞いていた私は口をはさんだ。
「クリゾストモスの指摘は心理的過ぎると思います。私もこのテーマについて自分の考えを言います。いつも決まったように研究者たちを困惑させるのは『心の祈り』であって、それを新プラトニズムの内視(内面志向)と同一化させている点です。しかし、この祈りがプロティノスの思索であるとするなら、神学者グリゴリオス、金口(クリゾストモス)イオアンニス、フォティキの主教ディアドホス、表信者マキシモス、そしてその他の師父たちは新プラトン派だと決め付けることになります。彼らは心の祈りを教えているからです。例えば聖大ワシリオスは次のように語っています。『理性は外面に分散しない。また感覚器官によって分散されることもないので、内面では自己へ回帰して、自己を通じて神の領域へと上昇する。そして神の美は光り輝き、照らし出されるため、理性の本性はまどろみ状態になる』。これは明確な内視の理論的説明です。私たちの神秘神学のすべては神秘主義の父と呼ばれる聖ディオニシオスの著書に基づいています。アトスに静寂主義が盛んになり、後になって『心の祈り』が発展したのです。観想師父たちはアレオパギティスの祈りの3方法に関して論議しました。その結論の3点を私は指摘します。東方教会の聖師父たちは新プラトン派の意見に忠実で、それを不変に適用したでしょうか。そして、もし霊をもたない人々と、神学的に『霊と真実とにあって』自己の見解を主張した師父たちとの間に完全な協調があるとするなら、それはスキャンダルではないでしょうか。この著書を研究しないで偽書と決め付け、そのように主張する人々は教会に対する悪い宣伝をしているのです。例えば、アヴァ・イルドゥイノスは自己の学説のために7世紀間の歴史を混乱させ、アレオパギティスはパリの初代主教であったと主張し、それを学問の中に加えようとしたほどです。
とにかく私たち正教信者にとってこのテーマは『解決済み』なのです。もしかすると空白とアポリアがまだあると言うかも知れません。この著書の真正さを確認する彼方には知ることのできない深淵があり、確固たるテーマがある、と私たちは答えます。しかしそれ以前に配慮しなければならないのは敬虔な沈黙です」
ゲロン・テオリプトスが割り込んで言った。
「過去の遺物となっているが、様々な学説の一大世界を築きあげたアレクサンドリアの新プラトン主義と、新しい世界観として現れたハリストス教との間には、どのような関係が有り得るでしょうか。疑いなく卓越したギリシア哲学の人々は、その遺物で死せる異教主義を救おうとしました。そして彼らの豊かな思考をもってハリストス教に勝利することを目的としつつ、自己の基礎を再建するために数え切れない努力をしたのです。これがネオプラトニズムです。もしかするとこの目的を成し遂げたのかも知れません。プロティノス哲学の深い思考は、ハリストス教信者を見くだして『野蛮人』と言いましたが、その貧しいはずの教えに負けたのです。それは神が前線で戦ったからです。残念なことに、ネオプラトニズムの神秘思想をハリストス教神秘の基礎と混同する人々が多くいます。このような人々は、古代宗教や神話を道徳と知恵のシンボルとして比喩的に解釈しているのです。そして、それをハリストス教の中に組み入れ、完全な神秘システムとして表現しているのです。プロティノス、ポルフィリオスなどの神秘学説が自然に歪んでイアムヴリホスの魔術となったとするように、聖なるハリストス教と古代宗教や哲学との間にも同じような関係があったとするのです。しかしハリストス教は他のいかなる宗教とも異なります。ハリストス教の中にある様々な考えは五旬祭(聖神降臨祭)の時の『神聖なる反響』がもたらすものです」。こう言ってゲロンは黙った。
「私たちが提示したすべてを聞いて、どのような考えをもっていますか」と私は言った。
「もちろん、私はこのテーマから何の考えも得ることはできません」と弁護士は答えた。
「最も良いのはあなたたちが言われた敬虔な沈黙の姿勢、それ以外にはないだろうと思います」と神学者は言った。
「しかし『伝承』を守る者にとっては、それが最高のものではなく、信仰なのです。教会は『ふたごころ』をもつ信者、
正教会の外にいて異教の教えから影響を受ける者たちに敬虔な沈黙を求めるのです」と私は言った。
一人でいるのは神か、獣か……
ゲロン・テオリプトスは白髪の頭を桁にもたれかけ、目を天に向けていた。弁護士は時々森林の深い影の方を見ていた。神学者は、まだ誰かが彼に語りかけているかのように、決まった間隔で不慣れに頭を動かしていた。修道士クリゾストモスは手の中で機械的にコンボスキニオン(数珠)を数えていた。そして私は散漫している考えを『鶏が雛をその羽根の下にかき集める方法』でまとめるために、心の中で黙禱を始めた。それはアトス山で不断に行なわれている繰り返しの祈り、『主イイスス・ハリストス神の子よ、我等罪人を憐み給え』という祈りである。
その時である、ビザンティン庵の下の細道から肩に修行袋をかけた修道者がやって来た。彼は疲れ切った様子で服装は質素で乱雑で、アトスの遠い荒野の石だらけの修行庵に住む隠者のようであった。
「あの修道者は誰でしょうか」と神学者が言うと、修道士クリゾストモスは
「多分、荒野の隠遁者でしょう」と答えた。
「彼をここへ呼んで、知り合いになりませんか」と再び神学者が言った。
クリゾストモス修道士は「パーテル(神父さん)、ちょっとお寄り下さい」と呼び掛けた。
隠遁者は庵に近づき、謙虚に挨拶をした。アトスの挨拶「祝福を」と言ったので、私たちは
「主が祝福されますように」と答えた。
「ここで少しお休みになって下さい。荒野から何か私たちに役立つこと、愛智と観想生活の教えを私たちは学びたいのです」とクリゾストモス修道士が言った。
「私は汗で濡れているので、まず最初に修道院へ行かなければなりません。もしその後でよければ、また来ましょう」と隠遁者が言った。
「結構です、お待ちしています」とゲロン・テオリプトスが言うと隠遁者は去って行った。
「荒野で彼らは何をして、どのような生活をしているのでしょう。アリストテリスは人が荒野で生活するには、神であるか、獣でなければならないと言っております。『偶然ではなく、自然に一人でいるのは神か、獣である』。あのように謙虚な兄弟たちは、一体何を教会にもたらしているのでしょうか」と弁護士はたずねた。
修道士クリゾストモスはこう答えた。
「隠遁者は神でもなく、獣でもありません。隠遁者は祈りと手仕事に時間を費やします。彼らは固い木に『十字架にかかった方』を彫り、『主』の顔には痛みの表情、そして身体にも同じ表情を出します。彼らはそれを自覚しているのか、いないのかは、神のみが知っていることですが、誰もその姿を涙なくしては見れません。『天の鳥』と比喩されているように、隠遁者たちは種を蒔くことも、収穫することもなく、蓄える蔵も持たずに生活します。彼らの養育者は『主』なのです。彼らが身にまとう着物は素晴らしいもので、『からし種(信仰)』のために『ハリストスを着て』いるのです。彼らは善行と目には見えない冠で自己を飾っています。彼らが自己の要求を最小限に制限するのは『すべてのものから自由な者』になるためです。質素な生活で知恵を学ぶことを覚え、まなざしは謙虚になるのです。来世の福を『希望をもって』喜び、そのために暫時で朽ちる富を否定したのです。彼らの中には『大金持ちだった』人もいます。しかし主の『人から栄光を受けて、どうして信じられるだろうか』という言葉を彼らは深く理解して、その貧しい『栄光』を否定したのです。アトス山の隠遁制度は非常に教訓的なもので、私たちの教会の神秘的な飾りであり、『正教の神経』なのです。もし隠遁者がいなかったら、沈黙のうちに聖神(アギオン・プネヴマ)の変わらぬ能力の熱望を反響させる生活の営みはなかったでしょう。隠遁者とは地上で神に仕える霊、そしてハリストス教がもっている能力の基本でもあります。彼らは常に望みをもち、常に悲しみ、常に耐えることを知っているのです。そして神と兄弟たちへの彼らの愛は決して乏しくならないのです。霊と祈りと忍耐とに生き、祈りによって聖人たちの貧しさと交わる者はすべてと和合し、すべての中に受け入れられるのです」
「隠遁者の顔は固く、しわが多いのですから、たいへん苦しい生活をしていると想像します」と神学者が言うと、修道士は以下のように説き明かした。
「もちろん、彼らの神秘主義は苛酷なものです。それは主が『天国は力を以て得らる、而して力を用いる者はこれを奪う』(マトフェイ 11 : 12)と言われたように、彼らは自己を強いているからです。しかし自分達の意志と『主』のみ旨との調和から徳を得て楽しんでいるのです。彼らは『我を我が仇よりたすけよ』(ルカ 18 : 3)と願った福音書のやもめに似ています。そして人間の欲からできるだけ早く解放され、心の中に神の光が輝くように、絶えず『裁定者イイスス』の前に座っているのです。彼らは傷心の念と共に、祈りの中でアトスの聖神父グリゴリオス・パラマスの黙禱『我の暗闇を照らし給え、我の暗闇を照らし給え』を繰り返し、彼らは至高なる聖性に達します。しかし、それを無視するのです。ですから彼らは子供のように素朴ですが、『蛇のように賢く、鳩のように素直に』なるのです。彼らは全世界のために祈っていますが、自分の故郷の大事は知りません。好奇心は徳ではありません。彼らは能力に能力を得て、目には見えない超越的な山頂に鹿のように登り、聖なる観想の中で自己を忘れます。しかし、その山頂から降ることも不徳なのではありません。神が私たちに与えている限りないエネルギアに対して、彼らは常に感謝を忘れないのです。隠遁者は私たちの無知から出る空白を埋め、彼らの心は無限の『聖』に向かい『夜に、昼に、朝に、そして常に』感謝と讃美に満ちている、とも言えます。
数年前に、私は隠遁者の聖性の香りを嗅ぐため、そして祝福を得るために荒野に来たのです。友の隠遁者が私を聖人と言われている隠者の庵に導いてくれたのです。その聖人は、『主よ、爾の光と真実を我に降し給え、これらが我を爾の聖なる山と住まいに導けばなり』と、少し変えた預言者の言葉を繰り返す習慣がありました。彼と一緒に修行していた人々は『彼は不思議な人で、話す言葉は理解できない』と言ってました。私は、彼に質問しました。
「聖なる神父さん、こんなに人里離れたところで、不断の沈黙の中にいると、何を感じるのですか」
「兄弟よ、沈黙の中にハリストス教の深い愛智は隠されていて、私たちの霊の中に表現できない変容(メタモルフォシス)が起きる、と私は聞いています。沈黙する霊が得る特別な恵みは不可解です。この聖なる沈黙によって力強く、雄弁に語るのです。沈黙とは、天の祖国を想起する霊の奥義を私たちの心に持つことです。聖イサアクは『沈黙の修行は、すべての霊的な修行と同格には比較できない』と語りました。沈黙は天で多重音の調和となり、聖なる霊は至福の光と神の限りない甘味の中に広がるのだと思います。私を信じなさい」と、隠遁者は言い、話をつづけました。
「偉大な神から出て最低の被造物にまで与えられている大きな真実とは、愛なのです。これは神から尽きることなく流れ出る小川の泉で、『あらゆる被造物を生命に向かわせる水路』なのです。それは預言者ダヴィドが『深淵の深淵』と呼び、その無限は深い『神性の威厳』の観想へ導くのです。愛はすべてを造り出し、すべてを生み、育て、存続させ、活気を与え、導くのです。そして、愛は創造のしるしであり、『創造者』の象徴です。それは『至上者』の、表現できない美の冠の前面にある大きなダイヤモンドです。愛が創造の源なのです……」
私は隠遁者の話を中断し、「神父さん、どうしたら心に愛をもてるでしょうか。私たちはどうしたら『主』の愛にふさわしくなるのですか」と聞きました。
隠遁者は流れ出る涙を着物の端でふきとり、頭を動かしながら「どうしたら愛を獲得できるだろう」と言ってから、「つまり、どのようにしたら私たちの心に『主』が住まわれるか、と兄弟はたずねていますが、愛以外に、どんな方法があるでしょう。また、心が清くなければ、ハリストスは私たちの中に住まわれないし、受け入れることも不可能でしょう。そして誠めも実行できません。聖師父たちが何を語っているかを思い出して下さい。彼らは『血を流して霊を受けなさい』と言ったのです。地の虫のような私でもこれを知っています。もっと多くのことを話したいのですが、『睿智は完全な者が語る』のです」と言われました。
私は、悔い改めの心をもってこの克肖なる神父の荒れた手に接吻してから、そこを立ち去ったのです」
来るべき国の伝道者たち
修道士クリゾストモスは話しつづけた。
「隠遁者とは賢者なのです。教会は彼らを誇りとします。それは聖なる生活で教会を強化しているからです。パラマスによると『彼らは新約の預言者、来るべき国の伝道者』なのです。洞窟や貧しい庵の中で営む彼らの英雄的な生活は、私たちにこのような義務と敬虔とを呼び起こします。何百年もの昔から、このような庵には霊的な歌と讃詞が響き、岩に浸透して、神を愛する霊の声なき悲哀の証として残っています。天に名前を記された隠遁者の影は形なく冷たい庵にはない。パラマス、フィロテオス、ニキフォロス、グリゴリオス、ニコディモスの跡を継いだ何百人という克肖者たちがここに静寂者として住み、『心の祈り』でその生涯を終えたことでしょう」
すると弁護士が
「クリゾストモス神父さん、私はアトスの庵を訪問したいと思っていますが、隠遁者の庵について妙なことを聞きました。それは庵に行く前に悔い改めをしなければならない、ということです。そこへ行くのは、そんなにも危険なことなのですか」とたずねた。
修道士クリゾストモスは指摘した。
「確かに彼らの一部は不可解な人々です。また修行主義と同様に、隠遁者の生活環境も独特なものです。庵はギリシアの田舎の家屋と似たところはまったくなく、その造りには原始的な集合性があります。ですから岩の上に裂け目や突出部分があれば、それは隠遁者にとって十分に理想的な『土地』で、そこは『鷹の巣』と呼ばれます。修行主義がそうであるように、庵は粗野な建築精神で造られているので、そこに快適を求めるのは無駄なことです。庵については多くの著書が書かれていますが、真実が述べられているかどうか、私には疑問です。なぜなら庵を造った隠遁者たちの考えは、何よりもまず常識とは異なるものであり、私たちの考えよりもはるかに完全だからです。隠遁者にとっては直線が最も近い道ではないのです。また小径を歩むだけではなく、その深さを極めようとするのです。彼らは、主が言われた『爾等の主・神を試みるなかれ』という言葉に従う危険放棄者でもなく、また『危険の中で生きよ』という教義グループの一員でもありません。彼らは危険を倫理教育の要素とみなしています。初めから束縛の助けを求めて庵に来る者は長い年月孤独の思いに苦しみます。
彼らは奇妙な人間で、安全で楽な荒野の『大通り』を避け、束縛されることを言い表わし難い喜びと感じて、自分の洞窟に登るのです。彼らはそこで何を目にするでしょう。もしかすると彼らは私たちより正しいのかも知れない……。アトス山にあるすべての庵は聖なるものが支配している燃えさかる祭壇です。それらは神聖で清らかな場所に散在する教会堂であり、修道者はその司祭です。庵の多くは余りにも良く岩に似ており、岩と庵は一体となっているので、訪問者は遠くから庵を見分けられません。
半分でも天に住む者でなければ、荒野という条件の中で暮らすことはできません。隠遁者は偉大な忍耐の人です。また彼らの庵では小物がすべてと調和して整頓されていることに気づくでしょう。それは素朴さの中で最も美しい飾りとなっています。個々のものが庵の中では一つとなって心に語りかけている。『なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい』(コレヘトの言葉 1 : 2)と伝道者の心を惑わした悲しい言葉がよみがえる。ハリストスに従うと、哀悼の精神が隠遁者の庵を覆うのです。人の町は美しい建物に取り囲まれているけれど、アトス山は感銘を受ける歴史的な修道院によって取り囲まれています。もし『主』に在って修道者が心を熱くする何かがあるとしたら、それは聖なる修道院が敬虔に守り抜いた初代教会と、ビザンティン文化栄光の象徴である聖不朽体以外の何でしょうか。それらは確かに光栄でありますが、私たちに光を反射するだけの過去のものです。しかし、輝かしい現在も私たちはもっています。それは『鷹の巣』といわれる隠遁者の巣、アトス静寂主義者の巣です。神よ、これらの庵は『あなた』の霊によって承諾されています」
こう言って、修道士クリゾストモスはまたつづけた。「では、庵から天国は輝き出なかったのでしょうか。兄弟たちよ、天国は庵から輝きを出たのであって、人々を感動させる宮殿から出たのではない、ということに賛成しますか」
すると神学者はこう言った。
「庵だけでなく、最も奇妙なあらゆる所から出ました。地は天国のためにごく僅かな場所しか『主』に提供しないので、神秘的に小さくなってしまったのです。『彼らのために居る所なかりし故に』(ルカ 2 : 7)とあるように。何と不思議なことでしょう。ハリストス教の弁明者はこう言っています。『もし私たち自身で宗教と啓示を見つけ出すとするなら、人類の不必要な民族とも言えるあの民族から、かいば桶で生まれた幼子にはじまり、十字架の死に終わるという、あまりにも惨めな啓示にはしなかったでしょう』、そして『もし私たちが罪悪の生活を倫理的に放棄して、高慢で堕落した原因そのものに対抗しなかったら、啓示は真実とはならなかったでしょう』と。また、パスカルも『宗教の暗闇の中で宗教の真実を認めなさい』と言っています。すべての偉大なことが偉大であるためには、謙虚でなければならないのです」
私の友、隠遁者ニコディモス
ゲロン・テオリプトスは「小のなかの大という話、かいば桶、庵、隠遁者という話なので、私の友で既に永眠した隠遁者ニコディモスについて話したいと思います」と言い、つづけた。
「私にとって聖人と言えるこの隠遁者は、まだ私が若い頃の人でした。しかし年老いた今でも、彼は私の確かな指導者であり、修道生活の模範者です。感謝と感動とをもって彼を思い出し、永眠するまでの彼との交流は私を名誉ある者としています」
弁護士は「ゲロン、その隠遁者についての歴史を私たちに話して下さい。アトス山でのあなたの長い生活で知り合ったその隠遁者の話は、私たちの願望を満たすことになると思いますので」と言った。
ゲロン・テオリプトスは過去を顧みるかのように低い声で話し始め、その歴史を長老(ゲロン)らしい明瞭さで語った。
「隠遁者ニコディモスは、アトスの南東端にあった修行庵『鷹の巣』の1つで 50余年を過ごしました。彼は 50年間『聖なる獄』で荒野の最も深い沈黙を聞いていたのです。その間ずっと彼の勇敢で克肖なる老身を照らしていた太陽を、いつも同じところから昇り『正しい者にも、悪しき者の上にも』その恵みある軌道をえがく太陽をながめ、そして月と星が輝く甘い色の海に洗われる庵を黙って見ていた。なんと至福な海を彼は泳いでいたことだろう。そして、アトス山の聖なる白夜に修道者たちが深く調和するときも、多くの天使の翼の音のような彼の霊的な『深層からの』讃詞が表現し難い荒野の平穏を乱すことはなかった。私の友、隠遁者ニコディモスは 70才まで生き、ハリストスに在って深められた彼の霊は聖なる光に照らされ、その容姿は敬虔そのものであった。この聖なる人の表情には柔和が具現化され、彼の心には聖なる愛の静かなる力が反映していた。彼は常に沈黙する習慣を身につけていて、私はその沈黙によって雄弁に教えられた。しかし彼がゆっくりと、そして奥深さをもって語るときには文字どおり私を捕えて離さなかった。彼の顔は常に不可解な輝きを放ち、私の想像を無意識のうちにタボル山へ導いていた。この修行者・ゲロンはなんと描写の不可能な人間であったことだろう。雪のように自く長い彼の髪はナイーヴにその克肖なる容姿の縁取りとなり、肩のうえに広がって太い巻き髪となっていた。髭は厚く、『絹のように』白く柔らかで、真っ直ぐに年老いた修道士の衣まで滝のようにさがっていた。このように、私の友ゲロンは真っ白だったので、聖書の中に出てくる人物のようであった。そして、彼の荒野的な素朴さにもかかわらず、全体としてはローマ人評論家の威風を備え、4世紀の聖人ティヴァイドスがもっていた確かな厳しさを調和させていた。彼の住まいはユリのように清潔で、霊は子供の無垢と素直さを保っていた。しかし思慮深く、彼は希なほどハリストス教の教えと洗練された教育を身につけていた。幼いときから愛をもって聖師父たちの精神に浸り、古代ギリシアの著書を明確に知っていた。特にプラトンのイデア主義を確信して、ソクラテスの倫理哲学を尊敬した。彼は哲学を『影』と呼んでいたが、彼の心の奥底では主の至聖なる十字架がこの影を消し、愛は理念を追放していた。そして『一緒に十字架につけられる』ことを何度も私に語った。ニコディモスは『十字刑にされたイイスス・ハリストス』を呼吸していた。私の友、隠遁者にとって十字架は唯一の愛であったのだ。彼は『十字架にかけられた主』に神秘的に仕えて忘我の中に沈んでいた。ある日、ニコディモスは西方教会が聖人としている隠遁者について私に話した。その人の主の十字架に対する熱烈な愛と、主の苦難に加わろうとする渇望は、彼の額に主のいばらの冠の跡をつけさせ、手足には釘の跡、脇腹には剣の傷をつくらせるほど彼の心を苦しめたと言う。ニコディモスはゆっくり話を続けた。これらの跡はその隠遁者が永眠したとき、多くの修行者が目にしたと。そしてニコディモスは黙ってしまった。
私は驚いて、こう言った。『あなたはそれを信じているのですか』
彼は『いいえ、私は信じていません。ドグマ(教義)を越えることなので』と言った。『しかし正教信者にも信じられることではないだろうか』とも言った。
『あなたは信じない、と言われるのに、なぜそのように述べるのですか』と私は指摘した。
釘の跡形
長老ニコディモスは答えず、沈黙の中に沈んでいた。この話は私に強烈な印象を与え、激しく私を動揺させた。なぜ彼が信じない話を私に語ったのか、私はその答えに悩んだ。もしかすると自分自身を誇っているのではないだろうか。この克肖な友に関してはあらゆる思いをめぐらすことができた。私は 15年間も彼を定期的に訪問していたのに、それに気付かなかったのは、どうしてであろうか。私はニコディモスが賢者であることを知っていた。そして彼の言葉はいつも深さがあった。もしかすると彼の額にいばらの冠の跡、手足には『釘の跡形』、そして脇腹にも。私は心からの渇望をもってそれを調べようとした。しかし脇腹をどうして調べられるだろうか。ゲロン・ニコディモスは庵の小さな窓のそばに座り、白い頭を垂れて胸に埋めていた。思いをめぐらしていたのだろうか、祈っていたのだろうか。彼が何をしているのかを知ろうとする思いに、私は捕えられていた。太陽はまだ沈んだばかりであった。私は立ち上がって、ニコディモスに近づき、彼の頭、手足を注意深く見た。椅子の音に集中を乱された彼は手のうえにかがみ込んでいた私を見上げ
『テオリプトス兄弟、何を探しているのか』とたずねた。
私は好奇心の恥を忘れ、ぼそぼそと答えた。
『神父さん、私は「釘の跡」を見ようと』
隠遁者はしっかりと私を見詰め、そして涙の中にくずれた。望むと望まずにかかわらず私も泣いた。この悲しく沈静な時間がしばらく過ぎ、青い空には輝く星がすでに見えはじめた。私の友の貧しい庵は『暮れの献物』の繊細な芳香が漂っていて、聖なる影が静かにそれを覆っていた。
私の友、修行者ニコディモスは死なないために生まれたのだ。『生命』のために生まれたように思えた。青白い顔色のように彼は無垢であった。そして、いばらの中に落ちた『谷間のからし種』だったので、至潔なるマリア、無垢の保護者はこの隠遁者を幼いときから『彼女の庭』であるアトス山に引き寄せ、彼の衣が汚れないようにした。
修道者の『天使論』には驚くほどの歴史がある。神聖な愛によって、何世紀にもわたり霊的な能力をもち続ける修行者たちは天使によって養われ、神に仕える名誉を得たのです。私の友、隠遁者ニコディモスがこのような特別な名誉を得ていたかどうか、私には分からない。しかし彼は『天使の近くで働いた者』、肉体をもった天使であった、と信じます。
彼と知り合った頃は私は彼を理解していなかった。15年前彼と話したとき、突然彼は不意の質問をした。
『テオリプトス兄弟、生きているか』と。
私は驚きをもって彼をみつめ、答えた。『神父さん、私は生きています』
彼は暗示的に頭を動かして言った。
『では、神を観ているか』と。そして彼の顔にはまさに太陽の光のような青白い色が輝いたことを覚えている。彼の突飛な質問に困惑しつつ、私は言った。
『でも、神父さん、「神を見し人未だ嘗てあらず」(イオアン 1 : 18」)と言われ、また……』
『子よ、私を信じなさい、神は観えるのです。「我を愛する者は、我が父に愛せられん……且己を彼に顕さん」(イオアン 14 : 21)と、『主』は言っていないだろうか』と言って、長い間黙ってしまった。
詳細は省略しますが、この隠遁者との出会いは本当に不可解な出会いだったと思います。年に1度2度彼を訪問して、滞在は2晩ほどでしたが、何と多くのことを私に語ってくれたことだろう。私に特別の愛を感じていたからこそ、彼は自分の友としていた沈黙を破ったのです。周辺の荒野にいた修行者たちはほとんど彼に会ったことがないため、彼は避けているのだと不満をもつ者もいました。しかし彼はこのような人達に『兄弟たちよ、いかに私があなたたちを愛しているかは、『主』がご存じである』と言って、再び沈黙していました。
彼の生涯について、またどうして修行者になったかを話してくれるように何度もお願いした。しかし彼は、彼の死後に私が霊的な相続者となり、彼の図書、写本、自伝書などを引き継いだときに、私の好奇心はすべてを知って満足するであろう、と言って私を納得させた。最後の訪間になった初春のとき、2日間滞在して私は庵を出発する準備をしていた、そのとき彼は私にこう言った。
『テオリプトス兄弟、もうこれが最後の出会いになるだろう』
『いいえ、神父さん、そんなことは決してありません』と私は答えた。そしていつものように私がひざまずくと、私を祝福し、確かな感動とともに額に接吻した。私の目には涙があふれた。彼の手に接吻してから、旅の袋を取って日が沈む前に修道院に着くように出発した。私の霊は奉神礼儀で再び洗礼されたが、彼の暗示的な預言から悲しみを感じ取っていた。
時は過ぎた。私は修道院を訪れる謙虚な隠遁者たちから友についてのよい情報を得て、安心していた。5カ月が過ぎたある朝、この隠遁者に仕えていた者が私のところへ来て、ゲロンからの奇妙なメモを渡した。私がすぐそれを開けて読むと、こう書いてあった。
『主』にある子、テオリプトスヘ。『主』は私を呼んでおられる。私は喜んでいる、なぜなら常に輝く光りに移るからだ。もし『主宰』の憐れみがあるなら、あなたの愛を求める。早急に来て下さい、まだ間に合うかもしれない。もし間に合わないなら、聖なる接吻をもってあなたに別れを告げ、私の図書、写本、自叙伝をあなたに残す。兄弟よ、喜びなさい、そして私の「釘の跡」を記憶しなさい。
あなたの友 隠遁者ニコディモス
死するも、主のために死す
親愛なる兄弟たち、修行者の死には一般人の死のような感情的な哀悼はありません。ただ、素晴らしく、満ちた信仰生活の静かな終わりであり、輝きある永遠に向かう歩みの確実な始めなのです。修行者にとって死は日常生活の焦点であり、修行者は神秘的なノスタルジアを目指しているのです。しかし周囲の兄弟や友たちにとってひとりの聖人の死は、感覚的な現実の思いでは計り知れない失望と言えます。
隠遁者にとってこの地上での生涯は悲劇以上のものです。それは『暗闇の権力』との厳しく危険な闘いを自覚して行うからです。しかし、このような人目につかない競技者の悲劇は聖なる奉神礼儀に変えられる。ある偉大な修道者は『ハリストス信者は主のゲフシマニの園での動揺を感じとるべきです』と言いました。これと全く同じことが、『良心のあかし』として、まことに修行者の上に生じるのです。
このように、まことに偉大な人の聖性とか偉大さに関係なく、もしその人にとって道徳的な闘いが劇的に完壁に終わるなら、死は疑いなく解放であり、最終的には天の祝福なのです。『義人の死は快いもの……』
このような思いと感情、そして目には涙を浮かべて私は旅用の袋を取り、アトスで最も遠い荒野へ出発した。その旅の間中、私の慎ましい存在は神秘の中で動いているように感じた。一人の白髪のゲロンが私を呼んでいた。不断の祈りとハリストス教の讃歌と共に生活してきた彼を死の床で見るため、最後の息をひきとる彼を見守るために私は歩んだ。私は『別れて行く』友、隠遁者ニコディモスのいる所へ確かな足取りで進んだ。一人で歩いたが、誰かと会話していた。こう言った『神よ、人の心が愛によって悲しむとき、どうしてすべては聖なる透明になるのだろう。私たちの心が子供の心のようになるとき、どうしてすべては「愛」について語るのだろう。そして、ある者が死を迎えようとしている聖人のところへ、愛する者の所へ行こうとするいま、どうしてすべては限りない聖なる光の平安の中に安息するのであろうか。ニコディモス兄弟よ、どの讃詞をあなたに歌おう。親愛なる尊師隠遁者よ、あなたの無垢な身体をどのような土に埋め、どのように葬るべきなのであろう』。私は涙の中に沈んだ。
4時間歩いて私は静寂者の隠遁庵に着いた。そして、まるで自分の家に入るかのように聖なる友の庵を取り囲んでいる柵の戸口を開けた。乳香の芳しい香りと聖詠の響きが私の感情を静めた。もちろん隠遁者は兄弟たちに見守られているものと私は考えていた。5歩ほどで庵の入口に立ち、『主イイスス・ハリストス我等の神よ、爾の諸聖人の祈禱によりて』と声をかけると、中から『アミン』と言う声が聞こえた。中に入ると感動的な奉神礼儀が目に入ってきた。厳格であるが柔和な3人の兄弟たち、1人は若者であったが、修道者の正装で『道にきずなくして』(埋葬式の聖歌)を歌い、克肖なる友の貧しい床を囲んで祈禱していた。友は両手を十字架に胸のうえで組み、薄目を開けて横になり、完全な平安の中で『忠実な良い僕だ。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう』という『主』の言葉を待っていた。
私が戸口に立ち、尊師たちにお辞儀すると、彼らは私のほうを向きつつも聖詠(詩篇)を止めず頭を下げて答礼した。彼らは私を知っていたようだ、それは老師が若者に私が来たことを隠遁者ニコディモスに告げるように指示したからだ。ゲロンは私の名を聞くとすぐ目を開き、そばにいた私を見てほほ笑むと、同時に涙が彼の頬を流れた。私は近付いて腰を屈めて彼の清らかな額に敬虔に接吻した。その間に祈禱と『道にきずなくして』は終わっていた。
私はそこにいた人々に挨拶すると、彼らは友ニコディモスが私を呼んでいると言ったので、私はまた彼に近づき『いかがですか』とたずねた。すると彼はほほ笑み、ゆっくりと、ようやく聞き取れる声で答えた。
『私は今行くところだ。「我等の中には己の為に生くる者なく、亦己の為に死する者なし、即ち我等生くるも、主の為に生き、死するも、主の為に死す、故に我等或は生き、或は死する、並びに主に属す」。あなたは教えの蓄えを守り、愛を』。そして黙り、少したってから『兄弟よ、愛を』と言って、再び黙った。
私は泣いていた。彼は深い溜め息をつきながら、消えゆく最後の力を振り絞り、あたかも私に何か言いたいかのように右手を持ち上げた。私は彼の顔のうえに耳を近づけた。庵には深い沈黙が漂っていた。声はなく、呼吸の音だけ聞こえ、木の十字架をみつめる彼の視線で言葉をようやく確かめることができた。
『愛を、テオリプトス兄弟よ、愛を』。彼の右手は重たげに胸のうえに置かれ、疲れ果てた目は閉じられ、苦しげな呼吸をしていた。他の尊師たちはこの光景をながめていた。私は彼らに、『もう間近ですか』と言うと、彼らは『はい』と答えた。また私が
『埋葬の用意はできていますか』と付け加えると、彼らは肯定してうなづいた。
『司祭は』とたずねると、私がここに来るまでに隠遁者に聖なる機密(埋葬)を行なった老師を示した。突然、隠遁者の顔は輝き、目を開き、別れの合図に頭を動かし、聞き取れない声で『アミン』と言い、彼は息を引き取った。聖なる霊はひきとられた。
自叙伝
兄弟よ、克肖者の死を見たことのない者は、生命、死そして不死などについて賢明な知識を得られません。聖人の死はたいへん教訓的なものです。
私たちは永眠者の前で徹夜の祈りをささげ、次の日に修道者の埋葬式を行ない、多くの限りない名誉と共に、信仰の英雄であった聖なる身体を埋葬した。2時間ほど話をしてから、私は『約束』どおり、選んだ4、5冊の本と写本、そして今は至福の中にいる友ニコディモスの自叙伝を受け取り、庵の管理は他の兄弟たちに任せ、別れの挨拶をしてこの修道院へ、ここの尊師たちのところへ私は来たのです。『釘の跡形』があるかどうか確かめること、私がもっていた好奇心について話すのを忘れていましたね。このことを克肖者は不可解に私に語っていたので、手足や胸などを探してみました。しかし、『跡形』を見つけ出すことは無意味でした。私の友ニコディモスが語ったのは比喩的な心であると悟り、隠遁者の言う『跡形』とは人間の深い本質としての生き方である、という結論を出したのです。それは毎日のあかしであり、ふさわしくない私たちに『唯彼を信ずるのみならず、亦彼のために苦を』(フィリッピ 1 : 29)与える『主』の愛に苦しむことです。修道院に戻ったとき、徹夜禱と旅の疲れにもかかわらず、私は好奇心から写本を調べ始めました」
と言うと、ゲロン・テオリプトスは袋から一つの写本を取り出して言った。
「もし隠遁者ニコディモスの純粋で正直な『自叙伝』の一部を読まないとしたら、私の話は何の利益もないと思います。ですから、この聖なる霊の豊かな性格をよく伝える箇所を選んで読みます」
そして彼は読み始めた。
まだ私が幼い頃、母の教えと教会の聖なる書物を読むことで私は現世の不確実な生命を知り、そのとき私は「永遠の神」の美、善、そして真実を信じた。「恩寵にあずかった」内面の力が私を神の子とさせたとき、そして主イイススが私たちから求めている心の純粋さ、その段階の数を数えたとき、私は喜びと畏れから泣いた。その喜びとは、私たちの中に主の恩寵が豊かに溢れている、という喜びである。畏れとは、「主」の愛からはみ出さないか、という畏れである。
私の中にある主の愛、そして私のために十字架にかけられた「主」への愛は、不断に目覚めている私の心と理性のすべてに浸透する。
義務教育を終えて大人になると、成熟した自覚をもって将来を考えた。そして、予感していた打ち負かすことのできない力が私を人里離れた荒野へ押し出した。それは私が神の中に在って考え、感じ、そして生きるためである。私は、純金の渇きに捕われたのである。
同時に、私は私たちの民族や信者に対する主の愛によって支配されていた。私が世俗に留まることは命令的な義務と考えた。この義務を実践しようとした。しかし私の慈善は2、3人か、数名の兄弟にしか行えないという限定した意味しかもたないであろう。それでは私の霊は安息を見いだせないだろう。また、理想への渇きは満足しないであろう。
私の全存在は、相対する力によって分裂した。「義務」と「神にある熱望」は私の貧弱な霊を両極へ引き伸ばした。義務——正しい根拠——は私に、隠遁はエゴイズムである、と言う。神にある熱望——感情の力——は、人間にあるすべての義務は主に向ける愛によって充満する、と言って私を説得する。この激しい葛藤の中で、私は熱望では証明できないある事実を知った。そのとき、私は義務を単なる命令と考えた。神よ、私の歩む道を示し給え。主よ、感謝をささげる。そして、愛は勝利したのである。
これこそ私たちの勝利、愛によって動く信仰の勝利。
隠遁者はこの箇所に多くのことを書いています。
神学者は感動を覚えつつ言った。「何と素晴らしいものを隠していたのでしょう。この自伝は詩であり、聖歌です。私は、隠遁者ニコディモスに霊的な人間の純全性という特徴を見つけ出します。あなたが描写したこの隠遁者は、社交的で会話好きなあなたの性格を除くと、あなたと多くの共通点を持っているのでは」
「ありがとう。しかしそのようなことは言わないで下さい。この聖人の謙卑とわたしのそれは同じではありません。それは誰が聖人で、誰が罪人かを不可解にします」とゲロンは言った。そして長い沈黙があった。
私はあなたの愛と美を楽しむ
この沈黙を破って神学者が言った。
「私はこの隠遁者の十字架崇拝によく似ているアッシジのフランシスコを思い出しました。私たち東方教会の者は、『主』の贖罪に関する考えに様々な観点をもっているのではないでしょうか」
「部分的にはあなたの意見は正しいけれど、私の友ニコディモスの姿は神秘的で、これは彼の見解の完全な描写ではありません。彼の十字架への愛を断片的に強調すると、『ハリストスに在って』自分は生活していると感じている人々の生活方法論に誤解を与える原因になります。確かに、隠遁者ニコディモスは『主』の十字架を誇張的に愛しており、それはハリストスと『同じ体験』をする者として、共に苦しむ者として、彼自身が十字架にかけられた者となっています。私の友であった隠遁者は、西方教会が絶えず感じている『ゲフシマニの園での主の動揺』のような神秘的な人間ではなく、生涯をとおしてハリストスと『同じ体験』をした者でした。
周知のように、東方教会は西方教会とは異なる思考をもっております。また西方教会との関わりでも、東方教会は『主』によって成し遂げられた人類救贖を独特な方法としてとらえています。この相違は神秘神学の場により強くみられ、両教会の霊性はそれぞれの神秘家たちによって浮き彫りにされています。隠遁者ニコディモスが西方教会の修行者について私に語ったことは、西方教会修行者の最も素晴らしい霊性を象徴するものです。彼は聖なる愛のシンボル的な表現方法として西方教会の例を用いただけですが、この修行者は西方教会の神秘主義を代表する人です。その特徴的な出来事として、この聖人は天使の翼に乗って異象(オラシス 幻)の中で十字架に釘打たれたハリストスを見た人で、この人とはアッシジのフランシスコ以外の誰でもありません。東方教会は復活の勝利を強調するのに対し、西方教会は主の十字刑を特に強調していて、そこから前進できない西方教会と、『天に在り、地に在り、及び地の下に在る者』を明らかに照らす光に向かって進む東方教会との間には、もちろん、それぞれに相応した生き方があります。
隠遁者ニコディモスは東方神秘師父の弟子でした。パラマス、ディアドホス、表信者マキシモス、新神学者シメオン、アトスのニコディモスなどは復活の聖なる光と、『喜べよ』という天使の喜ばしいメッセージによって照らし出される神秘主義を唱えたのです。東方教会神秘主義の性質を理解するために、私たちの神秘修道の偉大な新神学者、聖シメオンの言葉を読みます」とゲロンは言って、読み上げた。
私は、あなたの愛と美とを楽しみ、至福と聖なる甘味に満たされている。光と光栄の中に参加している。顔は私が「愛している方」の顔のように輝き、全身は明るくなる。そのとき、私はこの世で美しいと言われる者たちより美しくなり、富める者たちより富む者となり、強者より強くなる。皇帝たちよりも偉大になり、天上と地上のいかなるものよりも名誉ある者となる。なぜなら、あなた(神)の光の中に沈んでいる私の理性は照らされ、あなたの光栄と同じような光になる。それはあなたの理性と呼ばれる。なぜなら、ふさわしい人があなたの理性を獲得するからで、あなたとの不断な結合にふさわしいからです。
ゲロン・テオリプトスは次のように指摘して、話を終えた。「西方教会の特徴である、『苦しみ』によって救贖の業に加わる、という考えは、東方神秘修道では考えられず、ただ敬虔と愛だけで『永遠の贖い』に到達するのです。亡き私の友ニコディモスの祈りは祝福を得ていました。彼は信者として、修道者として、また神秘修道者としての全生活において、忠実な正教会の子でした」
すると、神学者が言った。「テオリプトス神父さん、もう一つ質問したいのです。神秘修道の内的な生活をする人々は、心のエネルギアに自己を託し、『観想』に感化され、霊的な満足の中にあって自分の中に閉じこもるのですから、教会という現実を誤解させる危険をもっていないでしょうか」
「あなたのすべての疑問を解く修行者がまもなく来るでしょう。私たちのような修行者ではなく、神秘修道について体験的にも、観想的にもよく弁えている修行者が。このテーマは私たちの立場にかかわることですから、学習していますし、多少は知っています。しかし、私たちは単に『高尚な言葉』を知っているだけで、『心の感覚』で知っているのではありません。クリゾストモス兄弟、そうではありませんか」とゲロンは言った。
「そうです、神父さん、言われるとおりです」とクリゾストモス修道士は言った。
肉体を制して
その修行者は庭に来て、階段をのぼり、謙虚に挨拶をして私たちのいる部屋の隅に座った。修行は彼の頬をくぼませ、斎(節制)は青白い顔に聖なる印を押し、不断の祈りはいまだかつて見たことのない不思議な威厳をこの修行者に与えていた。アトスの修行者に出会うというのは、何と魅力のあることだろう。素晴らしい出会いだ。修道文学は彼らを肉体をもった天使と呼んでいる。荒野を歩いた犬儒派哲学者のディオゲニスは何の光ももっていなかった。しかし修行者のすべてが世俗生活の模範とはなり得ない、だがこの独特な信者たち(修行者)の犠牲精神に近いハリストス教会は、彼らを通してもっとハリストスに近づくだろう。そして彼らは啓示に従い、もっと自分自身と隣人とに有益になる。一言で言うなら、修行者の存在は冷淡な霊の安っぱい衣である偽善をなくさせる。
修道士クリゾストモスは「兄弟よ、どこから来たのですか」とたずねた。すると
「荒野から」といつも修行者たちが話すときのように、下を向いたまま彼は答えた。
「修道院に手作りの品物をもって来たのですか」
「そうです、聖なる院長の注文です」
「よろしければ、あなたは誰の弟子なのか教えて下さい」
「最近、『主』に在って永眠したゲロン・ドシテオスの弟子です」
「そう、あの尊師の弟子ですか。彼の死によってアトスにおける観想生活の輝く星一つは消えました。どうか私たちにも彼の祝福がありますように」と修道士クリゾストモスは驚きつつ言った。
神学者はこの修行者に向かって
「荒野ではどのような生活をしているのですか」とたずねた。
「諸聖神父の祈りのお陰で良き生活を送っています」
「荒野での生活に満足していますか」
「20年も自分の意志でそこにいるのですから、もちろん満足しています」
「神父さん、私が想像するには生活条件はかなり厳しいでしょう」
「そんなことはありません。ただ修行という条件があるだけです」と修行者は言った。
「あなたは自分の肉体を苦しめる修行を必要と考えているのですか」
修行者は遠慮がちに
「失礼ですが、適確に答えるには、あなたの立場を知る必要があります」と指摘した。
「私は神学を学びました」
隠遁者はある種の疑いとともに言った。
「それでは、あなたは聖師父たちの著書からご存じのはずです。聖師父たちは修行を必要として、自分自身に適応させたのですから、当然のことです」
「私の考えでは、教会の聖師父たちの全員が修行したのではなく、修行者と呼ばれる人達だけではないでしょうか。確かに、私は修行者について研究したことはありませんが」
「兄弟よ、私たちは修行師父を教師としているのですから、私たちの修行生活は彼らから出ているのです。しかし、社会的に活躍した聖師父たちは、主教あるいは大主教として多くの仕事があったのにもかかわらず、生涯修行して生きたのです。どうしてそれを無視するのですか。聖クリゾストモスは致命(殉教)という生涯の終わりまで斎や徹夜禱で修行しなかっただろうか。若いときに彼はたいへん厳格な修道院と荒野で修行しましたが、眠りと闘うために彼は吊り輪と呼ばれている紐で身体の一部を縛っていました。また、アリイ派のモデストスという人が聖大ワシリオスを入れようとした修行所は、最も容易な所でしたが、ワシリオスはそれにも耐えられない程の弱い身体の持ち主でした。しかし、彼は『修行者』という言葉が定義する完全な意味での修行者でした。どうしてこれを無視するのですか。同じように、荒野を好んだ神学者グリゴリオスは静寂を得るために、コンスタンティノーポリでの高位を捨てた偉大な隠遁者ではなかったでしょうか。彼は喜んでそれを捨てましたが、いま多くの人々はその最下位の輔祭職を求めます。そうではないでしょうか」と言って、隠遁者は謙虚に下を向いた。
「神父さん、もしかすると修行そのものが、いま挙げた師父たちの目標だったのではないでしょうか。すべての師父たちも実現不可能な修行を目標として、それを自己抑制としたのではないでしょうか」と神学者は述べた。
修行者は何かをこらえるかのように言った。
「一体あなたは何を言うのですか。兄弟よ、すべての師父たちは修行者でした。そして全員が教会の秩序に従った修道院出身者です。聖大アタナシオスが修道者ドラコンディオスに宛てた手紙は、師父たちの主教職に関する考えの代表的なものではないでしょうか。とにかく、修行精神には使徒的な起源があります。使徒たちのどの書物を開けても、修行の要素が非常に多くあります。使徒パウロスは自分自身についてこう書いています。『我の体を制して之を服せしむ』(コリンフ前 9 : 27)。私が私の肉体を抑制すると言っているのです。『ハリストスが住みついていた』パウロスでさえ肉体と闘う必要があったのを想像して下さい。修行の徳を中傷する人々が修行について一体何を言えるだろうか。あなたはどう答えますか」
「神父さん、あなたの言うとおりなら、全信者が修行者のような生活をしなければならない、という強制的な結論に達します。しかし、世俗生活の煩いと一緒に修行者になるのは可能でしょうか」
「お答えしますが、私は世俗の人々が修行者になるべきだとは主張していません。ただ修道者の独特な修行とは関係なく、 ハリストス教の教えは全信者に、ある種の修行的な闘いがあると予見しています。また私たちの教会の本質は修行的なものです。このような課題が存在するのですから、世俗の人々はある程度修行する必要があり、斎という言葉の広い意味での節制をし、『絶えず祈り』、『警醒せよ、祈禱せよ、誘惑に入らざらん為なり』という誡めを決められたときに行うべきです。そして少なからずとも信者はあらゆる悪から逃れる努力をいつも行い、完全に向かう霊的な修行に力を傾けるべきです。世俗に生活する信者は、どうあろうとも罪に傾いている肉体を持っているのですから、まずそれと絶えず闘わなければなりません。これは霊的生活に最低必要な前提であり、これなくしては世俗の病の中で自分を清く保つことは元来不可能なのです。最近、信者は『罪のない』快楽について語ったり、その他私たちには耳慣れない様々なことを言っています。もしそのようなことが可能なら、それは選ばれた人々(信者)を惑わす悪魔の仕業によるものです。快楽と『罪のない』とを結びつける形容そのものに矛盾があります。私たちには、自由な意志から救いのために耐える悲しみと、その報いとしての快楽しか分かりません。その他は霊を殺す『おとり』です。聖なる教会が『天国は食卓によってではなく、義と成聖と修行とによる』と述べているのは、修道者にだけ言っているのではなく、信者であるすべての人々に向けられているのです。
獣を制する天使
この会話の間、ゲロン・テオリプトスは信仰を輝かせて熟慮を語る隠遁者に視線を向けていた。そして、この修行者が考えを述べ終えるまで、あたかも同じ言葉を心で感じ、彼の言葉に同意を表わすかのように頭を動かしていた。修道士クリゾストモスには周知の真実であるが、自信を持って述べる隠遁者の言葉を聞きつつ、彼は深い満足を感じていた。それは彼の子供のような純粋な表情にあらわされていた。弁護士は手の中でアトス製の数珠を動かしつつ、彼にとっては何の意味もなく、対立する次元のテーマがまじめな会話となっている事実に驚いているようであった。また、相応の能力があり、健康で、教養ある人々が死後の義だけを求めて、自由な意志でアトスの隠遁所や修道院に入っているのに驚いていた。友人、家族、親族などを離れ、多くのものを失った生活をしている。世俗の快適を否定するのは苦しい生活であるが、それにもかかわらずその生活苦に悩むこともなく、彼らは自分達を最も幸福な者と考えている。そのときに、弁護士の心の中ではある争いが起きていた。そしてそれがどのように発展するかは誰にも予測できないことだった。とにかく、既成知識の異なる2人の会話に耳を傾けよう。
神学者は
「神父さん、あなたは修行に特別な意味を持たせ、肉体に対してある種の敵意をもっているように思えます。そこで質問するのですが、肉体を敵視して、食べ物を断つ者は教会から背教者として裁かれたことを知っていますか」と言った。
隠遁者は
「人間の肉体自体が悪であり、『感謝して食わん為に神の造りたる食物』(ティモフェイ前 4 : 3)を不浄なもの、と考える人々は異端者であることをよく知っています。私たち正教徒は肉体を抑制し、そして服従させます。しかし異端のマニヘイ派が人間に2つの原理を認めて二元論に陥ったように、肉体が独立した悪の根源であるとは信じません。それどころか、肉体は洗礼において聖にされた霊の住処だと私たちは考えています。ですから修行と節制とは、肉体の病原をなくすこと、霊を不適切な思いへと引き込む病を消すことを目指しているのです。『ハリストス教徒は獣を制する天使である』と言われます。確かに、この獣は制御される霊の中で抑えられるべきです。しかしその内面から悪が出ることもあるので、そのような罪悪を思索する霊に無抵抗に仕えるのではなく、それを拒み、罪悪を予防する適切な肉体を準備するのです。これが教会の肉体的修行に対する注意です」
「絶食については何も言わないのですか」と神学者は指摘した。
「これまで話したことと同じです。一定の食べ物を制限するのは、汚れたものとして避けるという感覚からではなく、単に修行の理由からです。ですから異端に陥ることはないのです」と修行者は答えた。
「つまり修行の目的とは、信者の無垢を保つために限られるのですか」と神学者は聞いた。
「いいえ、もっと広がりをもっています。『この類に至りては、祈禱と斎とに由らざれば出でざるなり』(マトフェイ 17 : 21)と言われているのは、つまり悪魔の影響が普遍的であるということで、明らかに修行の目的は霊のすべてを含みます。主イイスス・ハリストスの権威ある言葉はこの問題の答となりますが、私が覚えている聖大ワシリオスの言葉を引用すると『斎しないと天国を失うが、斎するなら再びそこへ戻る』とか、『斎は祈りとなって天に昇る、つまり上に向かう翼となる。斎は住まいを増すことであり、健康の母、青春の教育者、世の導き、旅の善良な同伴者、安全な同居者である』と言っています。また、聖クリゾストモスは、『聡明の母であり、すべての愛智の源泉である斎と親しもう』と言っています。そして教会の聖歌も『斎はあらゆる悪を心から切り離す』と述べています。修行の一つである斎だけで、これほどの霊的な徳をもたらすのですから、修行となっているその他の様々な務めも人間の変容を達成させるのではないでしょうか。ここにおられる神父さんがたは当然私よりも多くの知識を持っているので、たずねてみるとよいでしょう」
するとゲロン・テオリプトスはこう言った。
「兄弟よ、あなたは私たちの敬虔なる教会の真実を述べられました。あなたたち隠遁者は霊的な生活の条件に関して深い知識を持ち、それをハリストスに従った厳格な愛智として生き、自覚して毎日証しているのです。ですから『ハリストスが私たちを自由にし』、その苦難の中でも自由を享受するにふさわしい者とするのです」
倫理的に堕落する者は理念においても堕落する
ゲロン・テオリプトスのあとから、修道士クリゾストモスは隠遁者に向かってこう言った。
「今日あなたが私たちの修道院に来られたのは、神の摂理の業であると思います。それは非常に周到なあなたの修行に関する教えから判断できます。疑いなく、あなたの言葉は理論的な教育を受け、ハリストス教の実践面を知ろうとしている来客中の神学者に多大の影響を及ぼしたでしょう。実践哲学としての修道は独特のものですが、その実践は聖師父たちの教えの不可欠な『理論の覆い』となっています。
私たちは4時間以上も旅をして来たあなたを煩わすべきではなかったのですが、あなたが充分な時間を用いて、静寂の聖性に関して教えてくださったことに感謝します。本当に満足できる有益な話でした。あなたの修行に関する完全な分析を得た神学者は、自分の考えを変えるだろうと確信します。弁護士の友については、私は批評する立場にはありません」
すると弁護士が
「神父さん、信仰に関する私の偏った見解が原因で、あなたたちの印象を悪くしたことを心から情けなく感じています。そしてこの神聖な社会の客であることを考えると、私は何と言って良いのか分かりません。私の不信は霊の中の耐え難い悲劇であり、そこから自分を救えないでいるのです。子供のころ、両親から教えられた神への信仰は心温まるノスタルジアであり、ハリストス教について語る時に私はより強くそれを感じ、その思いは増加して、ただあなたたちを目にしているだけで耐え難い敬虔な感動を覚えます。しかしながら私は『二つの心』をもつ者です。私の中では確信をもたらす感情が弱まってしまったのです。ほとんどすべての無神論説を収集し、それらを強引に私の理性の中に押し込めているのです。しかし、私はそれらから解放されたいのです。確かに、あなたたちは神の存在について私を納得させる完全な証明をされました。しかし感動を覚えません。どうしてでしょうか。私の霊には物質を越える能力が欠けていて、非物質界の存在を感じないのです。私の不信と唯物主義の根底となって思考を支配しているのは何でしょうか。私の思考を覆い隠しているのは何でしょうか。神父さん、一体何がこのようにしているのでしょうか」と言った。この不幸な若者の頼に一粒の涙が流れ落ちた。すでに彼は自分の不信を信じてはいなかった。
神学者は言った。
「聖なる神父さんたち、あなたがたの所で見聞したことは、二度とない驚きで私を捕えたと告白しなければなりません。私が言いたいのは、未知であった真実を『主』から教えられたという喜びです。確かに、これまでの主張を投げ捨てて、初めて知った知識を受け入れたとは断言はできません。しかし同じように、修行について展開された論理に影響されなかった、と言い切ることもできません。ただ何か不思議な方法によって打ち負かされた自分を感じている、と言うべきでしょう。あなたたちの見解を完全に受け入れないのは、強力な先入観念が原因かも知れません。しかしあなたたちの見解は私の中に説明のつかない説得力とともに入ってきました。これは多分『心の言葉』と言われるもので、パスカルが言っているように、理性では感知できないものでしょう。とにかく私は感謝しています。同時に、利益ある一日になるように、と延期したこの日のうちに、可能な限りの完全な情報を私に与えて下さるようにお願いします。
信仰に傷を付けてしまった幼馴染の友・弁護士についてですが、彼は明らかに誤った科学的研究の影響を受けたのです。私が彼を聖山アトスに連れて来たのは、一時的にでも唯物主義の環境から離れ、このような宗教的な良い雰囲気の中に入り、神に対する信仰を再発見してもらいたいからでした。すでに聖山の旅で彼の心の偶像は動揺している証しが現れてきて、私は満足しています。そしてここを去るまでに、この偶像に彼が打ち勝つことを希望しているのです。
また、少年期から正しい生活を送り、神秘修道については深い知識をもっている敬虔な隠遁者にお願いします。東方教会の神秘主義について何か話して戴きたいのです。これは私たちにとっては未知なテーマなのです。神学者の多くはハリストス教における神秘主義傾向を異質なものとし、仏教の遺物、様々な宗教の混合物、あるいは新プラトン主義の影響と考えているからです」
「喜んでそうしましよう。しかし、このテーマは隠遁生活が対象です。私たちにとっても身近なテーマですが、たいへん神学的で困難なテーマだと、まえもって言っておきます。教会全体ではなかったけれど、14世紀に正教の神秘主義は 15年間もコンスタンティノーポリ教会に影響を与え、問題を引き起こしたのですから、いかに複雑で困難なテーマであるかお分かりになると思います。神秘主義の訓練から生まれたアトスの静寂主義が、正論として認められるために一人のビザンティン皇帝が死んでしまったほどです。それほどビザンティン社会と教会の関心は大きかったのです。
周知のとおり、ビザンティンの人々は神学研究に没頭してしまいました。それほど神秘主義が直接彼らの心理に影響を与えていたのです。あなたが知ろうとしているテーマは奥深く、解釈の困難なテーマです。ですからその神秘的な意味に心構えのできていない人、ハリストス教の『奥義』をよく知らない人に伝えようとするのは、私は正しいとは思いません」と隠遁者は言った。
「神父さん、神秘主義の概念だけでも、ある程度の知識を得るために可能な限りを教えて下さい」と神学者は頼んだ。
「それまで言うなら話しましょう。では、あなたがより簡単に神秘主義の発展を理解するために、まずその序論を話しましょう」と修行者は言った。
神秘的な要素
「形而上的な探求であるすべての宗教には孤立志向があり、内面に向かうことで神との結合が実現されるという予感をもっています。ここに修道が生まれ、結局はすべての世俗的なものから逃避して、孤独になり、その視界を狭くするのが修道です。そして、神秘修道とは修道の中でも特別な務めで、もし修道が『聖なるもの』なら、神秘修道は『聖の聖』と言えます。何と多くの人々がこれを簡単に考えて、この『禁じられた』所へ『入門』することでしょう。神秘主義とはおもに感情であり、神の『観想』と、神の『結合』とに至る唯一の道であると知るべきです。これはハリストス教の中での限界をも意味します。そこには思考能力の欠如があります。プラトンとピタゴロスからディオニシオス・アレオパギティスまでの著書を翻訳したエリゲヌス、そしてカント、フィフテ、ベルクソンやその他の哲学者までが思考能力を認識の一部としか考えず、感情を求めて哲学の神秘主義に走ったのです。これはよく知られていることですが、すでに証明ずみのように多くの異端を出す危険なものです。
ハリストス教において、もし聖なるものと、人間的なものとの間にエネルギアに基づいた内的な接触の場があるとするなら、この神秘的な接近によって霊の超感情的な能力が働くときに、私たちは完全な神秘現象の前にあると知るのです。
ハリストスとの神秘的な接触をもつ私たちの教会は神秘的なものです。ですから神秘主義なくして教会は考えられません。従って教会の霊的な実体そのものに害を与えずに、教会の神秘的な性質だけを削除することはできません。神秘主義者は世俗を『十字刑』にして、世俗に『生きているのではなく、ハリストスがわたしの内に生きている』(ガラティア 2 : 20)と言う。このようなハリストスとの交わりは、自分と『愛する方』との不断な神秘的結合の中で感じられることを表わしているのです。
神秘主義とは、特別な断絶の能力です。修行によって『地上における自己否定』に努めること、物質の中に神秘の原因を探求すること、ハリストスの愛を求めること、そしてハリストスとの不断な心の交わりを実現させること、などが心の深層へ向かう神秘修道者の特徴です。こうして、ハリストスとの神秘な結合、『言葉に表わせないうめきをもって執り成してくださる』結合(ロマ 8 : 26)を求めるのです。
神秘修道者は全霊を神にささげ、そして祈りによって神との不断な対話の中にいるのです。これが祈りに多くの時間を費やす正しい姿です。なぜなら人間は悪を避け、善を行なうにあまりにも弱いからです。使徒パウロスが『これは、人の意志や努力ではなく、神の憐れみによるものです』(ロマ 9 : 16)と私たちに言っているのは、いつも神と人間が正しい関係になければ、深い謙虚な感情を引き起こすことはできない、と信じているからです。また、別のところでは『あなたたちの内に働いて、み旨のままに望ませ、行わせておられるのは神である』(フィリッピ 2 : 13)と言っており、主は『わたしを離れては、あなたたちは何もできない』(イオアン 15 : 5)とも言っているのです。これらは、人間のもっている高慢に対抗する悲観的な真実を表わしているのでもなく、また人間の微力を教えているのでもなく、生活の中における祈りの力を示しているのです。
預言者イリアスの奇蹟は、ハリストス教の観点から考えても、また文明の優越という観点から考えても、まことの動揺を引き起こす出来事です。『イリアスは私たちと同じ人間であった。彼は雨が降らないように祈りを強めると、地には3年6カ月雨は降らなかった。そしてまた祈りを強めると天は雨を与え、地はその実をもたらした』。このように、不断な祈りは神秘的なものなのです」
神学者は話を中断して言った。「敬虔な神父さん、教えて下さい。いま少し話されたように、どうして聖山が、正教修道の中心となって神秘主義を理解し、その誇れる神秘修道者を輩出したのか、ということを知りたいのです」
「兄弟よ、世俗の騒音を離れ、荒野に住んだ初代教会の信者は、人間としての当然の純全を社会で実現しようと努めました。しかし教会があまりにも世俗化したため、そこで純全を求めるのは不可能と認識して荒野に逃れたのです。これはすでに歴史的に証明されています。ふさわしい環境で『観想』と瞑想によって人々の心の中に生じる聖なる愛、そして静かな夜の沈黙の中で長時間の祈りによって人々を捕えてしまう愛は、その霊を神秘なもの、『観想的なもの』にする。そして異象(オラシス 幻)と偉大な発見を可能にさせるのです。しかし、東方の広い荒野に発展した修道は8世紀に低迷しました。それは数え切れないほどの立派な修道者や聖人たちの後だったので、低迷は特に顕著に感じられました。神の摂理は東方ハリストス教会での修道の中心をアトスに移したのです。このように、東方修道を継承したアトスの修道は教会の偉大な師父たち、修行者たちによって発展した教えの全要素を受け継ぎました。新しい環境と歴史的条件のなかでアトス修道の根幹となったのは、聖大ワシリオスの教えでした。そして純粋な東方神秘修道は地理的にも中立する地に集められて霊的な平衡を得たのです。つまり西方修道会が著しく社会的な性格をもったように、外的志向に傾くこともなく、またエジプト、シリア、パレスティナ、小アジアの修道者の特徴となっていた深い沈黙の孤立性に著しく傾くこともなかったのです」
第七章
アトスの神秘主義
「修行の必要性と特異性、神秘的な心、
ハリストスに対する深い愛などが神秘な人々を作り出している。聖山の全修道者はその生活条件からして多少の程度の差はあっても神秘修道者なのです。なぜなら昼夜を通してほとんどの時間を祈りで過ごしている。アトス修道者の霊的な糧の半分は、神秘師父たちの著作物であると知るだけで、なぜ彼らにこのような神秘的な心が作られるのかが解ります。修道院で読まれる修行師父たちの著書には、階梯者(クリマコス)イオアンニス、師父ドロテオス、シリアのエフレムの著書があり、また新神学者シメオン、グリゴリオス・パラマス、ワルサヌフィオス、シリアのイサアク、表信者(オモロギティス)マクシム、ディアドホス、ニコラオス・カヴァシラ、カリストス・カタフィギオティス、アトスのニコディモス、そして『フィロカリア』、クロンシタトのイオアンニス、福アウグスティン、ケンビシオンのトマスなど、特に神秘主義の著書が修道者たちによって読まれています。隠遁者たちが特に好む著書はシナイのグリゴリオス、アトスのニコディモス、パラマスなど警醒者(ニプティコス)と呼ばれる師父たち、心の祈りの師父たちの著書です。ですから彼らは誇張することなく自分達を静寂主義の後継者だと考えています。
しかし、もし共住修道院の神秘主義が多数の兄弟たちの中での生活条件なので、彼らは完全な心の領域に感覚的に入れず、聖神(アギオン・プネヴマ)の働きによって聖にされないとするなら、アトスの隠遁者たちの間では、静寂な生活環境の中での深い神秘修道が育っているとも言えます。この静寂主義とは『非造の光と心の祈り』に関する観想で、14世紀に聖グリゴリオス・パラマスによってコンスタンティノーポリとアトスに導入されました。『非造の光』の観想はタヴォル山でのハリストス変容の光と同じで、静寂主義者たちが心の祈りによって見る光です。その出発点は聖ディオニシオス・アレオパギティスの観想である祈りの3形態――円形、渦巻き形、直線形――と、聖大ワシリオスの自己の理性への上昇観想にあるのです。このような静寂者の技術的な祈りの方法は、イタリアのカラヴリア出身の修道者ワルラアムによって非難されましたが、パラマスと静寂主義者の立場は、正教の霊的伝統(プネヴマティキ・パラドシス)を継承するものとして、公会議(宗教会議)で認められました。
聖山にとって特に 14世紀は霊的な時代、正教神秘主義の時代でした。パラマスをはじめとして、シナイのグリゴリオス、フィラデルフィアのテオリプトス、クサントプーリのイグナティオスとカリストス、総主教カリストス、静寂者ニキフォロス、総主教フィロテオス、カフソカリヴィトスのマキシムなど素晴らしい神学者が出ました。そして同時代の神秘師父たちも東方教会の神秘主義を確立させたのです」
すると神学者が言った。
「神秘主義を実行する修道者は神の中で無感覚に保たれるのか、それとも無為で静止の状態、つまり祈りも何もしない状態に入るのか、私は知りたいのですが」
隠遁者は答えた。「無為は正教神秘主義の特徴ではありません。アトスの神秘主義は静的なものではないのです。静寂修道者は汎神論的な前提に基づいて神性の中に霊を沈ませるのではなく、『霊を終わりなき天への道に導き、不可解な神へ近づく限りなき動き』とするのです。ある人が言っているように、霊の磁力である神に引き付けられるのです。理性、意志、感性が素晴らしい結合となって神の愛に捕えられ、その程度によって神の意志に従うので、人には神のほかは何も存在しないし、自覚を持つことも望まないのです。しかしこれは無感覚ではありません。使徒パウロスのこれに関連する箇所を誤解して、何もしないために背教者として裁かれた修道者とか、不断の祈りをするメッサリアノス派の人々から連想される無感動ではないのです。共住修道者、隠遁者、庵や荒野での静寂修道者などに見られる聖山の神秘主義は、修道者の生活形態の中では動的なものと考えられています」
神学者はまた話を中断させて言った。
「神父さん、素晴らしいことです。私は神秘主義というテーマからアトス修道の考え方を充分に理解しました。繰り返しになるかも知れませんが、東方教会の神秘主義について話を続けて下さい。すでにテオリプトス神父さんやクリゾストモス神父さんが言われたことですが、アトス神秘主義における活動と沈黙の必要性、そして世俗の離脱と自分自身への回帰などが、どのように調和されているのか教えて下さい」
すると修道士クリゾストモスが
「私も話に加わってよいですか」とたずねた。
「喜んで」と、隠遁者と神学者が同時に言った。
修道士クリゾストモスは
「隠遁者の兄弟がアトスの神秘修道について話したことすべてに何の異論もありません。アトスの神秘主義、そしてその広義としての東方教会神秘主義とは、修道環境の中に保たれている独創性と、この隠遁者に代表されるような観想性です。ゲロン・テオリプトス神父さん、そうではないでしょうか」と言った。
ゲロンは肯定の意味を込めて頭を動かしながら
「もちろん、無条件に賛成です」と答えた。
修道士クリゾストモスは続けた。
「では、神学者の問いに答えましょう。私たちの考えがあなたを動揺させているこの機会を利用して説明するためではありません。私も、そしてゲロン・テオリプトスも言ったことですが、連綿として神秘修道を育て上げている修道の理想としては、生活の煩いから遠く離れた静かな環境で適応される修道形態が最上の姿なのです。実際にそのとおりで、修道院においては多くの兄弟たちの必要に対応する努力がなされ、静寂が保たれ、内面的な生活の時間が捻出されています。修道生活にはこのような計らいがあり、修道者は多くの気遣いをしないために一つの務めしかしません。しかし、隠遁者の友が正しく指摘したように、共住修道者たちの神秘主義には、集団生活における避けられない妨害があるため、理性、意志そして心を結束して得られる完全の状態に入ることは不可能です。もちろん、神秘主義こそがハリストス教の最善の目標であり、もしかすると最終目的かも知れません。これは修道が神秘主義を唯一独善のものとして独占しているのではなく、すべての信者がこの至上の神秘主義に参加する権利があると証言しているのです」
神秘主義の枠
「私は『権利がある』と言っただけで、『可能だ』とは言いません。なぜなら、結局のところ神秘主義とは神との結合への努力、つまり神の感化によって支配される霊の中に『恩寵』とエネルギアが充満することを意味するので、そのためには世俗の否定、感覚の消滅、減少を前提とするからです。生活の煩いに混乱している霊に、神の強く耐え難い愛のエネルギアが宿ることは不可能です。そうすると必然的に、霊は『自分自身の部屋にとどまる雀』、すべてを神に向ける修道的な霊でなければなりません。
しかし、あなたはこう言うかも知れません。使徒パウロスは実際にハリストスと結合していたのだから、彼はハリストス教神秘主義の創立者ではないだろうか。また、異邦人の使徒である彼は、使徒としての多くの配慮をめぐらし、新しく組織された信者のスキャンダルに熱心に取り組み、彼らの病を一緒に患い、教会の仕事をしたのだから、その中でどうして神秘生活を送れたのだろうか、と。私はこう答えます。偉大なパウロスだけではなく、『主』のそばに仕えた弟子イオアニスも神秘者でした。ただ彼らは使徒職を得ていたので、強力で充分な『恩寵』を得ていたのです。そして、聖大ワシリオスも神秘者でした。彼は強烈な個性をもった人で、欲望を潔め、神を感じて神゜(プネヴマ)を獲得した人でした。従って、世俗と接触しても、世俗は彼に触れることさえできなかったのです。同じことが聖クリゾストモス、神学者グリゴリオス、ニッサの巨星たち、その他の聖師父たちにも言えます。彼らは世俗の枠の中で神秘的に自己の使命を果たしたのです。
では、教会の基となった教師とかカリズマ的な人ではなく、教会の多くの無名な信者の心の中にハリストスに向かう火がともったのだろうか。そしてその愛の炎を無味冷淡な世俗の日常生活の波から守ることができたのだろうか。確かにできました。彼らは真のハリスティアニンであるからこそ自分の務めを聖なるものとして、その闘いに意義を見いだし、『すべての意義をハリストスヘの服従に従わせた』のです。こうして彼らは敬虔な生活を営み、心の中に神聖な種を保つことができました。しかし、十字刑にされたイイスス・ハリストスの中で生きることはできませんでした。また霊の愛の大いなる人生を送ることも不可能だったのです。
一般の信者が聖歌作者と共に『ハリストスよ、我を求め来りて、我を爾の愛に変えよ』と歌うことは不可能です。あるいはパウロスと共に『生きているのは、もはやわたしではありません。ハリストスがわたしの内に生きている』(ガラティヤ 2 : 20)とも言えません。また箴言に歌われる『花婿』に『ハリストスよ、我が霊は爾の愛に費やす』とか、神秘師父・隠者カタフィギオティスのカリストスが言う『常に同様で、形なく、盲目的に真実と結合し、変化することのない理性を単純に観る』などと言い切ることも不可能です。
また、もし荒野の共住修道院で聖なる生活を習得した修道者でさえ、耐え難い妨害が原因で神との神秘的な結合への階段を満足に進めないならば、世俗にいる信者は騒音に惑わされ、目のまわるようなスピード時代の中にあって、どのように霊の神秘性に到達できるのでしょうか。ダマスクのイオアンニスは「もし使徒たちによってこの地上に『後世に実を結ぶ配慮』がなされなかったなら、 ハリストス変容の非造の光は見ることができないだろう」と語って教会の自覚を促しています。ですから、いかに善い目的をもつ世の配慮があっても、その当然の評価は確かにありますが、世の中で一般信者の霊が超自然の領域に入ることは不可能なのです。
もう一つの証明は、修道の発展は修道院に始まったのではなく、荒野で始められたという事実です。荒野の岩窟や静寂者の庵からで、それは世俗を完全に拒否する精神から出ていて、アリストテリスが神々と呼んだ人々、隠遁者によって始められたのです。
ここで友、神学者の質問に対する答えをまとめると、様々な修道形態の中における神秘主義には、無為と沈黙が、相対的な活動性とよく調和しているということです。例えば、隠遁者が画家、あるいは彫刻家であって、他の兄弟は編み物を得意とする彼の協力者である場合があります。そしてその庵には深い平穏が漂い、足音も聞こえないし、会話を乱す女性の声も聞こえません。また修道者の心の上昇を妨げる通り商人の叫ぶ声もありません。これは特に、雀のさえずりも失っている静寂主義者に言えることです。乾いた荒野には雀が渇きをうるおす場所もないからです。私はあなたたちの忍耐を悪用したようなので、私はこれで終わります」と修道士クリゾストモスは言った。
「クリゾストモス神父は共住修道者なので、静寂者のような生活はしていません。しかしたいへん良く神秘生活の前提条件を知っています。それはアトスの修道者なので神秘主義について詳しく聞いているからでしよう。聖クリゾストモス(金口イオアンニス)自身は世俗に向きを変えたけれど、その騒音の中での偉大な善行の可能性を疑って、こう言っています。『内面に向かっている者ならどんな善行でもできる、とあなたが主張するなら、その奇怪で空しい教えを私たちに教えなさい』と。克肖なるイサアクは『沈黙する者、荒野を愛する者、静寂を求める者は、主のために人々から恥を受けるかもしれない。しかしこのような人々はその生き方で信仰告白をしていて、絶えることのない教えの伝道は輝いている』と言っています。また、神秘主義の偉大な神学者グリゴリオス・パラマスは『真実のみを生きようとする者にとっては、多くの人々との会話だけでなく、同じ生活をする者との会話も妨害となる』と語っています。従って、『ハリストスに捕われてしまった者』が望む真の修道の姿とは、世俗から遠く離れた沈黙の修行にある、と強調するクリゾストモス修道士は東方神秘主義の本質を正しく説明しているのです」
カタルシス潔めとタヴォル山の光
神学者は「それが東方教会の神秘主義であり、その不可欠な前提条件ですか」と言った。
「私たちが東方教会の神秘主義と言うときは、何世紀にもわたり様々な方法で生活してきた東方の修道者たち、そして世俗で生活した優れた信者たちの神秘主義を言います。これが正教会で初めて正式な地位を得たとき、つまり 14世紀アトスの静寂主義者によって神秘主義がその地位を得たとき、カラヴリアのワルラアム、アキンディノス、グリゴラスなどによって神秘主義は誹謗され、そのため教会は長い間の忍耐強い闘いと決議によって正教の神秘主義を定めたのです。
アトス静寂者の神秘主義は聖グリゴリオス・パラマスに支えられました。彼はコンスタンティノーポリのアギア・ソフィア大聖堂に現われたタヴォル山の光について、この静寂者が見たと主張する光についての討論で、この問題を霊的な地位からドグマ(教義)に移すことで対立者に勝利したのです。なぜならタヴォル山の光はドグマ的な意味をもっているからです。
周知のとおり、静寂者が聖なる光を見るために適用した方法とは、視点を心に集中させる内的志向です。この方法が原因で正教会の霊的伝統を続ける静寂者に対抗したワルラアムは、静寂者を『へそを眺める者』と皮肉って呼びました。
霊そのものを聖なる原理と考えた新プラトン主義は、自分自身への回帰を取り入れ、聖なるものを観想するには自己に帰ることで充分だと主張しました。理論家であったワルラアムは新プラトン主義の内視を静寂者の『心の祈り』と同等に扱ったが、それは少数の修道者が誤解していた悪例を引用したものです。心の祈りがビザンティン民衆に伝えられ、そして悪用された例を引用したためです。この人達は心の祈りというデリケートな修行についての予備知識をもたない人々でした。
ところが、内視による心の祈りは4世紀頃から師父たちの間には知られており、正教会のドグマ的な前提条件に基づいて、霊的な領域に位置づけられていたことが証明されました。
グノーシス派の本性重視システムを用いた新プラトン主義が、内視によって聖なる本性を見ることができる、と信じたのは、霊は神から漏出したものと考えたからで、これが根本的な誤解です。霊は神から漏出したものではなく、『汚れた人の像をハリストスが更新した事実を除外すると、内視は人間の汚れた本性を認める以外のどこへも導かない』ものなのです。なぜなら人間の聖なる像は原祖の罪によって暗くなったからです。このような理由から、聖グリゴリオス・パラマスはハリストス教の再生無くして内視する人々のことを、ハリストスのものとなった人々に対比して『像を想像する者』と呼びました。ハリストスのものとなった人々は実際に聖なる像を光明な光の中に見ます。このようにハリストス教と新プラトン主義との相異は神秘主義の根本にあるのです。
パラマスの教え、そして彼による正教会ドグマとしての教えとは、恩寵によって『新たにされた』人間がハリストスに肖ること、そして神との神秘的な結合は理性を越える善であり、また義務的な要求でもあるのです。これはすでに与えられている聖神(アギオン・プネヴマ)とハリストスの聖体を受けることによって、人間は神秘的に神と一体になり、『非造なるもの』となるからです。ローマ・ラテン教会がワルラアムを介して聖山の師父たちを非難し、静寂を異端と呼んだことは、静寂主義者の霊性に対する教会の立場を公会議(宗教会議)で確定する動機となりました。アトスの修行庵で苦行を続けつつ、東方教会の神秘修道を極めている修道者は少数です。そして主の『非造の光』を観て、恩寵の聖なる働きを感じるのは心の清い者だけに可能なことなのです。『心の清き者は福さいわいなり、彼らは』将来に『神を見んとすればなり』とありますが、そのような人々は現在すでに神を見ているのです。まさに生き方の聖性こそがハリストス教会神秘修道の不可欠な前提条件で、これは人々が単なる模倣で『言い表わし難い啓示』を受ける多くの神秘宗教、新プラトン主義、ユダヤ教のカヴァラン、認識哲学の神秘主義などと相対するものです。これらは思いもつかないような想像の中で、ただ自己を信頼しているに過ぎないのです。光の存在を失い、汚れた人々は簡単に『天使の姿をした』悪魔の犠牲となり、悪魔の様々な仕掛を神の啓示と思ってしまうのです。
すでにお分かりと思いますが、人間がハリストス神に在って『神成され』、神に『肖た者』となるのは善行によってです。その後に聖神(アギオン・プネヴマ)のエネルギアによって神と結合するのです。
この真理のドグマは神秘修道から出たのではなく、ハリストス教の本質です。『望みの極限』に到達しようとする情熱に燃える神秘主義者は、神と結合するために可能な限り世俗の事物から遠ざかり、自分を『欲情や欲望もろとも』(ガラティア 5 : 24)十字架につけて、さまざまな荒野やアトスの断崖絶壁に住むのです。ですからタヴォル山で使徒たちに輝いた非造の光を、この清らかな人々が見るのはまったく不可解なことではありません。なぜなら聖グリゴリオス・パラマスが言っているように、ハリストスによって私たちも非造なものとなれるからです。『まったくの無から神に到達したパウロスは、現世では被造物であったが、彼はこの世の生命を生きたのではなく、彼の内に神が住むことによって得た生命を生き、彼は恩寵によって非造の者となった』のです」
神秘な結合の可能性
神学者は疑問を投げた。
「敬虔な神父さん、お分かりと思いますが、あなたたちが要約して述べた東方教会神秘修道の教えを、文献で確かめる手段が私にはありません。確かに、公会議という手段で教会がそれを認めたのですから、私にはそれを疑う余地もありません。ただ一つ疑問があるとすれば、あなたは神学者ではなく、隠遁者なのに、どうしてこのような難解な神学テーマを知っているのかという点です」
「驚くことはありません。もしこの聖山の兄弟たちが可能な限りの時間を費やして、熱心に聖師父たちの教えを学んでいることを知るなら、そのような疑問は持たないでしょう。聖クリゾストモスが言っているように、その学問とは祈りなのです。ところで、私が少し話したように、アトスの修道者は、自分達を 14世紀に静寂主義の分派として発展した神秘修道の後継者と見なしていることを除けば、神秘主義は私たちの生活に関心を向けているのです。このような知識の源は理論的な学問ではなく、心とか記憶、経験だと思います。
異様とも言えるこの社会に関心が寄せられるのは、神秘主義が心の問題であり、努力を重ねてその目的を達成する過程において様々な誤解を招いているからです。私が非ハリストス教哲学の根本的な誤解を思い起こそうとして、カルテシオスの有名で『明確な』手段を利用すると、虚偽の理念を真実として私たちが受け入れることは容易なことです。それは快感によって真実をごまかす感情を開拓するけれど、実際には心の中に『輝く天使の姿をした』狡猾な悪魔がその種を蒔いているのです。あるいは、聖神(アギオン・プネヴマ)のエネルギアに関する聖師父たちの考えを無視する者は、新プラトン主義とか汎神論の神秘主義に合致します。なぜなら彼らは霊を『神の分子』と想像し、神性の大海に消えることを願い、そしてある種の『神政(テオクラティア)』を願っているからです。
このため、私たちの神秘生活が『ハリストスに在って』正しくあるように、私たちは聖書、諸聖師父の教えを用い、まず最初にそこから完全に清められた心の状態を学び取るのです。そこにはいかなる誤解の入る余地もありません。その心は神聖な光で輝いているからです。単に自己の理念を信じ、そして老練な指導者なしで危険な心の快感の海に乗り出すことは、隠遁者には考えられないことです。『独りでいる者は不幸だ』、なぜなら『忠告者を持たない者は自己を敵とする』からです。
私たちの聖なる目的である霊性(プネヴマティコティタ)と無関係な問題に私たちは全く関心がありません。しかし東方教会だけではなく、西方教会、哲学、密教などの神秘主義の知識に関するテーマには、私たちの独居生活が許す限り強い関心をもっています」と隠遁者は答えた。
すると神学者は、「多くの知識を与えて下さり感謝します。今までは知らなかった世界が開かれたような気がします」と言った。そして、質問を重ねた。「一つ聞きたいのですが、修道者の修行は個人にどのような利益となるのですか。また、もっと拡大して、他の人々にも有益なことなのか、つまり、それは狭い個人主義を目指すものではないか、ということです」
「お答えしましょう。まず最初に、神秘修道はその目的に到達する手段として修行を用いていることはご存じだと思います。この神秘修道の発展段階は前進的な継続で、潔め、光照、結合となっていて、これらの段階は上昇のためにより細かな段階に別れており、神と結合する最後の段階に到達するために昇らなければなりません。これらの段階は『警醒師父たち』の言葉では次のように表現されています『清い祈り』、『心の温熱』、『聖な るエネルギア』、『心の涙』、『思考の平穏』、『知性の潔め』、『霊の観想』、『異質な光の輝き』、『心の光照』、『純全性』、これらの中で主の『爾等純全なること、爾等の天の父の純全なるがごとく為れ』(マトフェイ 5 : 48)という誠めが実現されるのです。そして霊は聖使徒パウロスが『顕された霊の中の智慧』と呼んでいる智慧の状態に入るのです。
つまり個人的な利益とは、霊が『恩寵』によって人間が受容できる倫理的な純全に達することです。神への愛、隣人への愛なくして純全は考えられないことですから、純全な者は祈り、そして神に適う者となるように願います。すると神は『このうえなく神を愛する』者の聖なる望みを満足させ、その人は恩寵において『神の子』となります。そして、交わりにおいて、また『我いえり、爾等は神なりと、至上者の子なり』というハリストスの言葉において『神』となるのです。これをあなたは、庵での隠遁者の『強い叫びと涙をともなう祈りと願い』による兄弟たちへの善行として、また『死より人を救う能力のある方』への善徳、とみなすことはできませんか」
「もちろん、祈りの力は無限です」と神学者は言って、続けた。「また『神の兄弟』イアコボスによると、『義者の熱切なる祈禱は多くの力あり』(イアコフ 5 : 16)とあります。ある偉大な神学者はこう言ってます。『人は祈りによって聖なる能力に加わることができ、あらゆるものを統治できる。祈りとは、この世での能力であり、神が世を統治するために考慮されたものである。人が引き起こした大きな嘆きに対し、神はその無限の愛をもって聖なる能力を与える。人が神と対話し、自分の願いを告白するのは重要なことであるが、もっと重要なことは、人が神の決定に影響を与えることができるということである』と」
隠遁者は頭を動かしながら言った。
「そうです。そのような務めと役割を、謙虚な修道者たちはこの世に提供しているのです。そして、それを表には出さず、隠れて行なっているのです。また、彼らの貢献は祈りの中で記憶する兄弟たちの霊の救いにまで広げられます。聖人たちの歴史から知られているように、律法の見地からは、人々は悪魔の囚人であったけれど生命の中にいる人々の介入によって救われたのです。そのようになったのは、聖なる『正義』(神)に人が影響を与えるからであり、こうして自由と恩寵との関係を区別したのです」
神学者は「はい、まったく同意です。聖なる兄弟よ、あなたたちは私たちに多くのことを与えて下さりました。それは感謝だけではなく、尊敬と愛と讃栄に値します」と答えた。
我等には此に恒に存する邑なし
会話に没頭して、いつの間にか時間は過ぎていた。修道院長はクセノン(巡礼者用)の食堂に昼食を用意させ、彼自身も同席して表敬の意を表わして特別な接待をしてくれた。博学な隠遁者が神秘主義についての話を終えたとき、一人の見習い修道者が来て、私たちを修道院の中に招いた。
この若者は私に次のような感情を起こさせた。つまり、もしこの価値ある修道院の中に住む若者、また余りにも狡猾な現代とは対象的に希なほど素朴で希なこの若者に関心を持たないなら、それは悪いことのように思えたのである。この見習い修道者は 20才くらいで、生えてきたばかりの髭から想像すると、この若者はこの修道院へ来て6カ月以上は経っていないだろう。彼は中背で、輝く目をもち、その目には霊の幼い純情さが映っていた。
彼が修道士クリゾストモスに、私たちを修道院に案内するように、と伝えるために再び庭に出て来たとき、彼は落ち着かない動作をした。顔は真っ赤になり、声は震えていた。
彼には田舎者の印象はなく、ただの遠慮がちな若者であった。修道士クリゾストモスは彼の不自然さをかばうためか、あるいはこの青年がもっている熱心なハリストスヘの信仰を客に知らせる機会を与えるためか、彼にこう言った。
「ニコラオス兄弟、お客さんたちに挨拶をしなさい」
見習い修道士は最初に私に近づき、お辞儀をして私の手に接吻しようとした。その後、信者の神学者と弁護士の方に向き、頭を下げ、ようやく聞こえるような声で言った。
「皆様、よくいらっしゃいました」
神学者は「出身はどこですか、ニコラオス兄弟」とたずねた。
若者は少し考えた後、はっきりした声で
「聖山の出身です」と言った。
「聖山ですか。田舎はないのですか」と神学者は驚きを表わした。
「もちろんあります」と見習い修道者は答えた。
「では、どこですか」と神学者が繰り返してたずねると、若者は
「聖山の代わりに、そして私たちが待ち望んでいる『祖国』の代わりに、私は田舎を忘れてしまいました。それは『我等には此に恒に存する邑なし、すなわち将来のものを求む』とあるからです」と言った。
「そう、そうです。兄弟は大変素晴らしい考えをもっています」と神学者は言って、つづけた。
「両親はいますか」
若者は両手を組み、力をこめて言った。
「はい、います。至聖女(パナギア 聖母)です」
この対話を聞いていた人たち、そして神学者自身も込み上げてくる感動を必死に押えていた。見習いのニコラオスはアトスで言われる敬虔な若者の一人であった。そして霊の中には修道の第一前提条件を満たすために『異国』を自分の故郷や両親よりも霊的なものへと変化させていた。それはすべての造物を超えて神とより親しくなるためである。
再び神学者は、この若い見習い修道者にたずねた。
「兄弟よ、どうして修道者になろうとしたのですか。誰があなたをこの聖なる地に導いたのですか」
見習い修道者はこの問いに悲しみを表わした。視線を神父たちの方に向け、逃げ出したいというような動きをした。だが最後に勇気をもって答えた。
「信者に向かって誰がアトスに導いたかなどと尋ねるべきでしょうか」
「そう、あなたは正しい。修道者になるために来た信者に、誰がここへ連れて来たかなどと尋ねるべきではありません」と神学者は言った。
若い見習い修道者の目から2つの涙がこぼれた。彼は震える声で続けた。
「主がある人に『父あるいは母、兄弟あるいは姉妹をわたしのために捨てなさい』と言ったように、街の快適を捨て、世俗から隔離されている修道院に一生こもる。夢想と動揺の青春、まだ不安な歩みの時期にあるとき、世俗の自由な服を脱ぎ捨てて、自己の自由な意志にしたがい、喜びをもって黒い修道服を着る。疲れる真夜中の徹夜禱と毎日の奉神礼儀を耐え、身体は骨のように硬くなり、頬はこけ、目はくぼむ。それでも平安とともに彼方をながめる。もちろん、これは人間能力の成し得ることではありません。これは捧神者イグナティオスの言う『変化した水』であり、『父の前に立つ』ということです」
この話を聞き、涙を流している見習い修道者を見た神学者は、彼の前にひざまづいた。若者は後ずさりした。すると突然、神秘的に神学者の心に『神』の愛が注がれた。そしてそれを受け入れたかのように「神の愛は私たちの心に満ち溢れ」と謙虚に言った。そして
「兄弟よ、私はあなたの前にひざまづいているのではなく、神の愛の前に、何世紀にもわたって修道院やアトスの岩上で修行し、天国の情熱に満ちた心をもって、謙虚に眠っている何百万という兄弟たちの前にひざまづくのです。彼らに自分の十字架を背負うようにさせた主イイススの前に、私はひざまずくのです。兄弟よ、主は、あなたに若いときから主の選ばれた重荷を背負うために愛を与えたのです」
第八章
荒野の友ハリストスはここに
林の真上にきた夏の太陽はみずみずしい草原の影をなくし、その輝く光は草木の夜のしずくを宝石の輪を敷き詰めたように輝かせていた。私たちは沈黙して修道院へ向かって歩きつつ、修道者とは一体何者であり、アトスの荒野とは何であるか、と思いをめぐらしていた。
そのとき、聖大ワシリオスがソフィストのヒロナスに述べた言葉が私の記憶によみがえった。ワシリオスはより至高な愛智を求めるため、自己を虚偽の情熱から潔め、霊に聖なる情熱を得るために異教の学問をやめた。そしてハリストス教精神の奉仕者となるためにポンストに逃れたのだった。
そのために私はスズメのように山に移る。人々は荒野の悪条件の場所、人を寄せ付けない所と見なすが、私はそこで生活する。荒野は『主』がある時過ごした所でもある。そこにはマンブリのかしの木、天に導く洞窟、イアコボスに現れた天使の軍がいる。そこでイズライリの民が導かれ、律法を受け取り、そして約束の地で神に会った。神の旨に適ったイリアスが住んでいたカルミリオン山も荒野にある。そして神の命令によって聖なる言葉を書き記したエズドラス、野蜜を食べながら人々に悔い改めを説いたイオアンニスも荒野に住んだ。またハリストスが祈りをするために登ったエレオン山があり、そこには荒野の友であるハリストスがおられる。そしてそこには辛くて狭い道、生命への道がある。預言者や聖師父たちが生活した荒野、山岳、地の洞窟があり、そこには使徒や福音者、修道者たちの荒野の生活がある。
そして、敬虔な情熱が静かな波となって広がった。私は『古き敬虔なる日々』を思い出していた。それは皇帝アレクシオス・コムニノス1世の口から聞こえてくる。
聖なる師父たち、アトスに住む人々よ、コンスタンティノーポリは都市の王としてすべての都市の上にあるように、アトスも世界の山々の王の地位を占める聖なる山である。そしてハリストス教の王たちだけでなく、私たちを含めた多くの民族にアトスの超人的な集団制度(修道)は名誉と喜びを与えている。あなたたちは神に在って喜び、神の国のため、全世界のために祈っている。あなたたちの完全で聖なる祈りは、出兵したとき私たちを勇気づけ、助けとなった。
当時、ビザンティンの人々はこのように考えていたのだ。そして、慎ましい巡礼者、あるファメラーエルが西欧の合理主義を代表して、アトスとその修道に感動の花束を捧げるために、また全世界に向かって次のように告白するために来る。
ここには秩序と潔浄と寛容がある。しかし厳しい統制があり、狐独な世界で世俗を忘れることを求める。これらは私を魅了する。15世紀もの間、日に3度天に響く敬虔な修道者たちの祈りは 1000年前に修道の偉大な立法者、カッパドキア主教、聖大ワシリオスが書き残した観想、形式、形態を守っている。ヨーロッパの人々が知恵と技術の中に溺れているとき、東方はその問題を解決した。快楽の残虐性、権力の腐敗、そして権力の側近となっているソフィストたちの思考に対抗できる場がエリポントスにあるだけで私には充分である。もちろん、物質に対抗して闘う人々は愚か者ではない。
さいわい心の清き者は福なり
修道院の門の外で、院長が私たちを待っていた。彼は、豊かな知識をもつ敬虔な人で、修道の霊的な課題とアトスに関する問題の専門家であった。
彼はこの修道院の兄弟集団をその思慮深さをもって 25年間も指導して、立派で名の知れた修道者を育ててきた。人間の霊の深層を知りつくし、どのような場面でも狼の口から小羊を取り上げる才能をもっていた。彼の知恵、情熱、聖性は人に深い感銘を与え、使徒としての人格を形成していた。会話好きで、確固たる論理と彼独特の柔和とをもって話相手を容易に納得させる。初対面でも彼の容姿はその甘味さと厳しさとで訪問者を引き付けた。彼は常に思考作業を続け、感覚を働かして能動的な生活をしていた。そして仕事のないときは祈りに時間を費やしていた。修道者たちを自分の子供のように愛し、その忠告には聖性が満ち溢れていた。彼のもつ個性は聖山の修道司祭に与えられた神の最大の慈憐であった。聖山は多くのものを彼に与え、そして彼もアトスに自分の聖性をささげている。彼の容姿はたぶん「印象派」聖像画家のモデルに適したであろう。70才という年令にもかかわらず、その細くて長身の体はテオトコプーロス(エル・グレコ)の描く聖人たちを思い起こさせる。この掌院エフセヴィオスは院長として理想的なタイプで、修道に「生命を与える霊」と、修道を「殺してしまう文字」とを区別し、新しい生活環境の中で伝統を変えることなく、その充実さを代表していた。
私たちは、修道院クセノナ(巡礼者用の部屋)での昼食では、心温まる雰囲気と「霊的(プネヴマティコス)な芳香」の中で言葉を交わした。その後アトスの慣例に従って食後のコーヒーを院長の応接室で飲んだ。アトスでいう「3人部屋」、質素な家具が配置された部屋に、隠遁者、ゲロン・テリオプトス、修道士クリゾストモス、神学者、弁護士そして私が輪になって座った。見習い修道士ニコラオスは部屋の隅で手を十字に組んで立ち、自分の神父の話に注意深く聴き入り、時には客の接待に「ほほ笑みをもって手早く」誠意ある動きをした。院長エフセヴィオスはその豊かな知識と霊的な会話で私たちを喜ばせた。彼は非常に難しい会話をしたが、驚くほど簡潔に語った。それは「心得た人々」のできる業で、それは思考し、探求する人をまったく疲れさせない心の声である。それはハリストスが「我を信ずる者は、その腹より活ける水の川は流れん」と言って明らかにした、心の奥にある「聖神(アギオン・プネヴマ)の声」である。
楽しい会話を終えた院長エフセヴィオスは、「親愛なる神学者の兄弟、私たちの修道院であなたは何に一番印象を受けましたか」とたずねた。
「聖なる院長さん、光栄と幸いを得ている神父さんたちと知り合って強烈な感動を受けました。このような深い知恵、善美、聖性をこの聖地で見つけるとは想像していなかったことです。この聖なる神父さんたちに代表される調和のとれた豊かな霊性を、私はどこに反映させるべきか分かりません。しかし、清い生活と絶え間ない研究が、これほどまでに繊細な霊的人間を形成する、との結論に達しました」と神学者は言った。
すると院長エフセヴィオスは笑いながら神学者に向かって言った。
「彼らが自慢しないためにも、兄弟たちの前でそのようなことを言わないで下さい。清い生活と研究が霊的人格(プネヴマティコス・アントロポス)を形成するというあなたの指摘は正しい。ハリストス教では清い生活が何よりも優先します。しかし、わたしたちが清さと言うときは、人の深層にある霊的人格のすべてを言います。なぜなら『心の清き者は神をみる』からです。神秘生活をする者は体験的に次のことを確信します。つまり、主が言っている『父の外に子を識る者がなく、子及び子が顕さんと欲する者の外に父を識る者なし』(マトフェイ 11 : 27)に従い、心は尽きることのない聖なる知識の泉となり、教育を受けない者も啓示によって『神学者』となるのです。
聖師父たちは『神学者』という称号を用いなかったが、ただ心の清い者だけは『心の神学者』という表現を用いました。
ハリストス教圏外で、『聖神(アギオン・プネヴマ)』の光の外にある神秘者にも心による知識がある程度可能なのは、心が欲望から解放されているからです。従って、心の哲学者の第一人者であるプラトンは、記憶要素の限りなき価値と重要性を認めていました。『愛の愛』を強く求めれば求めるほど、高尚な本性は『憎しみの憎しみ』を感じるのです。
しかしハリストス教は特別です。それは霊が『本来の善美』に戻る洗礼で人間が再生されるからであり、心は『聖神(アギオン・プネヴマ)』のエネルギアによって光り輝き、超自然的知識の特別な要因となり、そこでハリストス教神秘者たちによって、より深い神秘主義が育てられるのです。ですから、『心の祈り』の教師たちは理性を心に向けることについて次のように教えています。『朝から小さな席に座り、人を支配する座から理性を心に導きだし、その中に保ち、そして心で叫ぶ。主イイスス・ハリストス我を憐れみ給え』と。隠遁者よ、あなたはどう思いますか」と話を終えつつ、たずねた。
「聖なる院長さん、あなたは大変知的に表現しました。私たちは心に特別な意味を持たせています。師父たちによると、霊は心の中に座をもち、そこには諸欲も集まる。この諸欲とは繰り返されて最終的に性癖となった思考だと言われてます。そして人間は常にこの諸欲に左右されているとも言えます。警醒師父たちが述べているように、諸欲は善悪の両面をもっています。霊のすべての欲は『感受する部分(ト・ティミコン)』と『欲情する部分(ト・エピティミティコン)』、そしてこれらに働き掛ける『思考する部分(ト・プシヒーロギスティコン)』に分けられています。聖師父たちはこれを『霊の3部分』と呼んでいます。普通彼らは『感受する部分』に愛、『欲情する部分』に節制、そして『思考する部分』に聖なる思いをあて、これらの悪い反面である憎、放蕩、狡猾な思いが働かないように教えています。修道の闘いとは悪欲を排除して、霊に『不足も過度もない』均衡を保つ善徳をもつことです。なぜなら過度は不足と同様に悪だからです。しかし、この地点に到達するためには、ストア派的にではなく、聖師父たちが述べる意味での『無欲』を得るために心労と時間、苦しみ、斎、徹夜禱、祈り、『血の滴の如き』汗、謙虚さ、虚無、十字架にかけられること、釘打たれること、脇を刺されること、酸味、全員から見離されること、一緒に十字架にかけられている者の嘲笑、『道を異にする者たち』の冒漬などが必要です。その後、『主』に在って復活、不朽なる聖性へのパスハ(過越)。そして……」と隠遁者は答えた。
隠遁者は顔をしかめて、視線を部屋の東側に立て掛けられているクレタ様式の「十字架上のハリストス」に向けた。そこには「主の善美をなくした」悲壮で悲しみの強い視線があった。
正教の本質は修行性
隠遁者の言葉は、哲学的な会話をしていた修道者たちの気持ちを愁嘆で満たした。しばらくの間、沈痛な沈黙があった。エフセヴィオス院長は思いにふけり、ゲロン・テオリプトスは白髪の頭を動かし、修道士クリゾストモスは暗闇の中で『世の光』を捕えようとするかのように目を閉じていた。神学者は私たちの思いを見抜こうとして一人一人を見詰めていた。弁護士は至聖女(聖母)のビザンティン・イコンを注視していた。若い見習い修道者のニコラオスは「十字架上のハリストス」を見たり、この隠遁者を見たりして、悲しみを押えるようにして泣いていた。何も聞こえない。開いている窓からさざ波のように部屋に舞い落ちてきた楡の葉が、沈黙を乱しただけである。それは修道者たちの悲壮な時に調和をもたらしたかのようであった。
「まったく同感です」という神学者の声がして、つづいた。
「心は、人間生活で根本的な役割を果たします。心がなければ私たちは価値ある歴史をもたなかったかも知れません。心から偉大な発想が生まれるからです。イエズス修道会で教育を受けた哲学者カルテシオスが、情熱を必要不可欠ものと考えているのは特徴的なことです。なぜなら『情熱とは長時間の理念』であり、聖師父たちの精神を思い起こさせる配慮なのです。ですから頭脳と心の開発方法に特別な意味が与えられるべきなのです。頭脳の過度教育は霊の器官を心とその生命から離してしまいます。その反対も同様で、心の過度教育も病的なタイプを作り出してしまうのです。心と理性の不均衡な発展、不調和な開発はこのような不協和を生じさせ、人間は霊的(プネヴマティコス)な片輪となり、柔軟性をなくし、そして生命全体をとらえる能力を失ってしまいます。フィフテはこう述べています。『私たちの多くの理念、哲学思想、世界観は、心の歴史以外の何ものでもない』と。『主』もこう言っております。『人の心より出づる』(マルコ 7 : 21)と」
「すべての聖師父たちは、この点で一致しています」とゲロン・テオリプトスが言った。彼は見習いのニコラオスにエジプトの聖マカリオスの講話集をもって来るように合図して、語りつづけた。「聖金口イオアンニスはこう言ってます。『あなたの心に隠れ潜んでいる竜が闘いに立ち上がるときまで、熱心に祈りなさい』。このとき、善悪感が心の中に生まれるのです。ルカスとクレオパスはお互いに言いました。『途中彼が我等と語りし時、我等の心我が衷に燃えしに非ずや』(ルカ 24 : 32)。また聖歌作者も使徒たちの信抑を説き明かしつつ、記しています。『目で見たからではなく、心の情熱で信じた』と」
若い見習い者は聖マカリオスの本をもって来た。ゲロン・テオリプトスは本を開き、指先で示しながら言った。
「ニコラオス、ここからここまで読みなさい」
見習い者は明瞭な声で読み始めた。
肢体の中で目は小さな部分であり、瞳はもっと小さいが、それは大きな器官である。なぜなら空、星、太陽、月、街そして建物を目にするとき、目にはいるすべては瞳の中で一つの象形となるからだ。心の中の理性もこれと同じで、心は小さな器官であるが、そこには竜、獅子、毒をもつ獣などすべての悪の宝がある。そこには平担な道、険阻な道、険しい渓谷がある。そして同じように、そこには神と天使たちがいる。生命と天国、光と使徒たち、恩寵の宝、そこにはすべてがある。しかし全世界は霧に覆われていてよく見えない。これと同じように罪を犯したことによって、この世の闇がすべての被造物と人間の本性全体に広がっている。どこにいても闇の影の下にあり、夜の闇、恐ろしい場となっている。ある家に煙が充満しているのと同じように、罪はその忌まわしい計略と共に心の思いに居座り、無数の悪鬼を呼び込む。そして大きな音を立てる強風が天の下にあるすべての建物を揺るがせるように、敵の力は思いを乱し、混乱させ、心を欲望で惑わし、思いをその奉仕に向かわせる。狭い道に待ち伏せて動揺する者を捕える税吏のように、悪鬼たちも人々の霊を捕えようとする。もし完全に清められていないなら、霊は肉体を出て天の修道院(天国)に戻ることは許されない。主宰(神)にも声は届かない、なぜなら悪の風に負けるからである。肉体に留まっている霊は多くの苦離と闘いによっ て『天上の主』から恵みを得ることができる。つまり、このような人は善なる世界に眠っている人々と共に、主にあって喜ぶ。そして既に宣言されているとおり、『わたし』はそこにいて、あなたたちは『わたし』の奉仕者となる。それは『父』と『子』と『聖神(アギオン・プネヴマ)』において永遠に続く、今もいつも世々に、アミン。
すると神学者が言った。
「なんという神聖な悲惨さが私たちの心の中に共存していることでしょう。この状況をアウグストス・ニコラオスが的を得た言葉で述べています。
ハリストスは何をするために地上に来たのであろうか。彼(ハリストス)は人の思いを矯正するため、多くの荒廃に陥っていた心の志向を変化させるために来た。彼がこれらの思いと志向に同意しないのは明らかで、あらゆる欲を排除するように、すべての罪悪を排除するための対抗行動をとった。そのために、彼は人間の敵と宣言されたのである。(中略)
では、私たちにとって生き方を意味する「善行」という言葉は、どこから生まれたのであろうか。そしてこの善行を修める者は、人間を超える存在として誉められ、この大海へ向かって出航する努力は報われるのであろうか。私たちは深淵の底で生まれ、何千本もの手が私たちのほうへ向けられている。少し上げられても、常に絶望の志向をもっているため、再びこの深淵に陥ってしまう。
と。私は、ためらくことなく、修行とは霊的生活の根拠であり、苦行と涙なくしては平安と安息の天は開かれない、と確信しました。私たちの正教会が修行と謙虚さを保つなら、聖神(アギオン・プネヴマ)の能力によって最終的には正義へ導かれる。ロシア人の哲学者ベルジャエフの指摘は非常に明確です。彼は『正教は、西方キリスト教よりもはるかに修行的であり、本質的には修道の宗教である』と言っています。修道の聖性は荒野の静寂の中で花を開くが、苦行と悲しみとによって増加され、保たれているのです。正教について語るとき、私たちは言葉を超えたもの、言葉の裏にある確固な形象を意味しています。それはハリストスの謙虚と悲痛を『結び付けた』聖師父たちの神学と霊性の中に、聖神(アギオン・プネヴマ)が作り出したのです。神父さんたち、私たちが教会の本質を体験しないなら、教会を悲しむ心から逃れられないのです」
「たいへん正しいことです。正教精神への接近こそが、世を救うのです」とエフセヴィオス院長は言った。
釣り上げられ、天使たちの非物質性の端に触れて
日没の2時間ほど前に、私たちはこの修道院から約1時間の所にある隣の修道院へ行く準備を始めた。修道院の外まで、院長エフセヴィオス、ゲロン・テオリプトス、修道士クリゾストモスが私たちに同伴した。そして院長は私たちを祝福し、神父たちは祈ってくれた。私たちはここで受けた接待と、心のこもった歓待に感謝した。全員が感動したのは、この素晴らしい修道院の聖なる場所でお互いに目には見えない絆が結ばれたことである。
ロバの背に乗った私たちは、高い林を通り抜けて進む。修行に忠実な隠遁者は少し離れて、手に数珠をもって、徒歩でついてきた。
ある丘の上にさしかかったとき、そこから修道院が一望できたので、神学者はロバを止めるように先導者に頼んだ。そして私たちは修道院のほうを見ていた。太陽は中世ビザンティン建築を強烈に照らしていた。主聖堂ドームの十字架、城壁のような高い壁、高い楡の木々、祈るように立つ糸杉、朝顔のつるに覆われたビザンティン様式のあずまや、そしてバルコニーには3人の修道者たちが見えた。すべては彼らの聖なる会話を証しているかのようだ。私たちは我を忘れてしばらく立ち止まった。
神学者は「疑い無く、『ヨーロッパの人々が英知と技術の前に溺れさせてしまった課題を、東方は解決した」と言った。
それに弁護士がこう応えた。
「友よ、周知のとおり私は感情的な人間ではありません。しかしこの一昼夜私の霊は捕えられ再生されました。気づいていたかと思いますが、私は多くを語りませんでした。なぜならダンテの言う『VITA NUOVA』、新しい生命の驚嘆に捕われ続けたからです。心の中に燃え上がるこの炎を、どう表現するべきか私は知りません。だから、ただ冷たい涙を流すのです」
そして、続けた。
「克肖なるテオリプトス神父さん、私はあなたの預言者のような白い髪の毛と髭に、聖なる霊の純粋さを見ます。今あなたの克肖な姿から出ている隠やかな光が何を意味しているか解りました。貧しき隠遁者の兄弟よ、あなたは私たちのために貧しくなった主イイスス・ハリストスの貧しさを生涯愛しています。あなたの質素で謙虚な存在は、私に喜びを与え、『甲殻の器』に入られた『宝』のようです」
「皆さん、もし遅れたら、修道院の扉は閉まってしまいますよ」と先導者が私たちの話を中断させるように言った。
ロバはまた歩み出した。しばらくすると、修道院は見えなくなり、話も途絶えた。私はその沈黙を破るかのように、神学者に「克肖なる神父さんたちとの会話から、そのような鮮明な印象を得たのですか」と訊いた。
神学者は「神父さん、これは会話ではありません。クリゾストモス神父さんは、『修道者とは、地上で神に仕える霊である』と言いました。修道者とは、聖なる霊だけの務めでも、天使たちの神秘でもないことを、聞いたことから確信できました」と答えた。そして弁護士のほうを向いて「友よ、どう思いますか。私に同意しますか」と訊いた。
弁護士は「『同意するか』と、たずねるのですか。もし、あなたの専門分野である神学の至高な目的を知っていたなら、答えたでしょう。でも、いま私は驚きと愛とに包まれているのです」と答えた。
私は言った。
「友よ、あなたが聞いたことは、天使たちの務めでも、聖なる霊の神秘でもありません。あなたは隠遁者たちの庵や、修道者のケリに下る『非造な』光の東から出るエネルギア、一つの聖なる光線を感じたのです。隠遁者ニコディモスとはゲロン・テオリプトスだったと分からなかったのですか。そして修道士クリゾストモスを強めているのは天の力で、彼は言い表わし難い喜びと共に、意識的に証の道を進んでいる事実を識別できなかったのですか。私たちの後から歩いて来る隠遁者をよく注意して見なさい。彼は既に世俗世界から離れているとは思いませんか。彼が生きているのではなく、『彼の中にハリストスが生きている』のだと。
愛する人たちよ、あなたたちが耳にしたことは、克肖なる修道者たちの心にある宝の一部分で、神秘な修道生活の一側面でしかないのです。『ハリストスに在って』生きる者は、どのような霊的な観想と生命の中に移されるのかを、想像してみて下さい。この聖なる心(修道者)の言葉だけで、あなたたちは聖なる愛によって変化させられたのです。しかしそれは常にアトスで行なわれている会話とは比較になりません。『住む街を天にもち』、『釣り上げられて天使たちの非物質性の端に触れて』俗界を否定した修道者は、どのような至福を楽しんでいるか、彼らは日夜霊的な奥義の聖壇に集まり、『神(プネヴマ)゜を以て真を以て』(イオアン 4 : 24)、 神に伏拝し、生命の中に在って生きているのを想像して下さい」
同行者たちは私をじっと見詰め、何か言いたげな視線を投げ掛けていた。しばらくして弁護士は溜め息をつきながら言った。
「神よ、なんと素晴らしい日没だろう。こんなにも多くの色が輝き、甘美な光をもった夕陽を私は初めて目にした。光栄なる隠やかなる光を……」
神学者が
「友よ、感情に捕われてはだめです。私たちの内にあるもの以外、何も求めてはならないのです。『神の国は爾等の衷に在り』(ルカ 17 : 21)。そして私たちは『失った銀貨』を『灯をつけて』見つけ出さなければなりません。本来の美、神の像と肖を、です。神の国は光線の溢れ出る源泉であり、その充満はすべてを照らします。その光は世界を超えたものも、世界の周りと世界の中の心も、すべてを照らすのです。兄弟よ、心を上に向けなさい。私たちの課題は『心の帯をしめて』、『十字架に付けられた方、イイスス・ハリストスに在って』より深く、躍動的に生きることです」と指摘した。
神学者は沈黙した。涙が流れそうになったので天を見上げたが、涙は大理石のような頬を流れ落ち、赤い陽の光線に輝いた。
私たちは急な曲り角を過ぎて、遠くに 11世紀には宮殿建築物であった聖なる修道院の威厳ある姿が見えるまで、黙って歩いた。この修道院の聖師父たちの聖性とその活躍については、多くの著書で知らされている。そして初代教会の修道生活を描写的に記述する古い歴史を私は思い出した。
その時代の修道社会にいた人々は、何よりもまず善行生活で讃美される教会と、その教えを示した。このような愛智は神から人に与えられて大きな利益となった。しかし、この愛智は多くの勉学も、弁護技術も必要としない。それらは無駄なもので、それ以上に重要な務めを失なわせ、正しい生活の営みを考えさせなくするからである。その反面、この愛智はあらゆる悪を完全になくし、撲滅させる単純で自然な方法のすべてを教える。彼らが修行を積むように勧めたのは、忍耐、柔和、節制を生涯つらぬいて可能な限り人間の性を神に近づけるためである。彼らは現世を暫時のものと見なしているので、最小限必要なもの以外は求めない。従って、物質の獲得に常にともなう不安はない。ここで作られるもの、手に入れるものとは、調和と敬虔がすべてである。そして彼方にある至福を待ち望み、福なる終わりに向かって進むのである。
隠遁者と別れを告げるために、私たちはロバから降りた。ここから彼は慣れ親しんだ荒野ヘ向かう。彼はすぐに私たちに追いついた。神学者と弁護士は感動をあらわにして、隠遁者に深く礼をすると、彼はこの二人に平安と成功を祈った。私はハリストスに在る謙虚さをもって彼に接吻すると、この聖なる隠遁者は去って行った。まだ少ししか私たちから離れていない彼に弁護士は呼び掛けた。
「聖なる神父さん、あなたの庵を訪ねてもよいでしょうか」
隠遁者は振り向いて
「兄弟たちよ、私はすべての必要なことを話したと思います。ですから次のことを繰り返す以外に、何も付け加えることはありません。『狭い門から入るように闘いなさい』、そして修道なくしては、私たちの正教の本質が病んでしまうことを、兄弟たちに教えなさい。私たちの聖なる教会は、修行の性格をもつハリストスの神秘なる体です。教会のすべては霊的な正教伝統の火と水とで再び洗礼されなければならないのです」と答えた。
隠遁者は手を挙げて別れの合図をし、先に進んで行った。私たちは歩き出し、彼の言葉を考えながら修道院に続いている小道を降りた。
自由と制限
修道院への道には、私たちが希に目にする光景とその影の隆起が展開していた。この中世の建物を一望できる高い場所に着くと、神学者は立ち止まり、修道院の内側を注意深く見てから言った。
「神父さん、私はこの霊的な訓練場を見て、これがどれほどの利益を教会と国民にもたらしたかを考えています。しかし、現代に何を与えられるのか、とも考えています。もちろん、最初私が否定していた修道院の有益性を今は認めます。また修道の正しい発展も認め、存在の必要性も理解しています。しかし、現代の条件は過去とは全く異なっているので、修道は教会と社会に対してより有益な効果を発揮できるか、という問題があります」
「友よ、どのよう霊的制度も、もし存続を望むなら時代を無視できません。ただ次のような問題があります。つまり正教は適応の必要性に服従する制度なのかどうか、ということです」と私は答えた。
すると神学者は「もちろん、基盤を揺るがすことなく正教の本質的要素を変化するのは不可能です。しかし、その外面的姿や形は改革されるべきだと思います。いまの修道に関して言うなら、その基盤と目的を変えないで、より社会性をもつ修道となるのは不可能でしょう」と言った。
弁護士が発言した。「私は修道の専門家ではありません。また理性で修道を知ったのではなく、心で知ったため、こんなにも遅れて修道を愛するようになりました。しかし現代の思考水準と教育の発展を考慮するなら、神学者たち(学校教育において正教を教える教師)や、その他の科学分野の若者たちが修道を目指すようにするには、成聖と神成という根本的な目的を見失わないようにしながら、若者たちの条件に適応した修道院を作り出すべきです。そうしたら霊的に輝く寮は大きくなるのではないでしょうか」
「答えましょう。私たちの修道は常に同じ型でもなく、また教会の利益、神の光栄のために変化する可能性がないのではありません。その証拠として、幾度となく教会が異端の危機にさらされたとき、修道者は荒野を離れ、世俗に出て、可能な限り異端との闘いに参加しました。そして現在も神の賜物を本能的に、あるいは修行によって獲得した修道者たちは、神学の光栄と教会の利益のために教会に奉仕して働いています。あなたの言うようになったとしても、それが別に新しいことではないのです」と私は言った。
神学者はこれに応じて「神父さん、その見解はすばらしい。昨日から今日にかけて会話した神父さんたちも反対されないでしょう。正教は限りない霊的経験の宝をもっているのですから、 一方ではその子供たち(教会の信者)を救いに向かわせます。また他方ではハリストスに在って営まれる、個々の独特な生活形態(修道)の妨害にもなりません。正教では『主に在る』自由が息づいています。それぞれの時代は独自の要求をもっているので、各人が自己のもつ霊的能力を発揮することにおいて、いかなる束縛も感じるべきではないと思ます」と語った。
私は「もちろんです。ただその他に、正教の精神に基づいた自由を『私たちの悪を覆うもの』として受け認めるべきではありません。つまりこの自由が際限なく用いられるとき、それは不可解なものとなります」と言った。
すると弁護士が「神父さん、限りある自由とは、何を意味するのですか。自由に限界があるのですか。そして、その限界とはどんなものですか」と訊いた。
「自由を保守するために限界があるのは自明なことです。自由な霊にあって聖神の息を束縛する不自由が悪であるように、人がその自由の奴隷となる時も悪なのです。自由の限界を知らない者は自由の奴隷となり、ハリストスにある喜びと平安を失なった領域に入り、そして良心の深慮によって罪悪感、不安、混乱などを感じ始めるのです」と私は答えた。
「神父さん、その領域とはどんなものなのですか」と神学者がたずねた。
「それは無意識な罪の領域です。修道者は隣人のために善行を行うのですが、もし潔められていないと、霊に決定的な害を与えます。世俗においては多少の害はあっても、その被害は発展的に軽減されるので、善行が確かになるまで常にそれを行なうべきです。しかし、修道者の場合は異なります。なぜなら修道者には特別な性質があるからで、それは倫理性というものです。言い換えるなら、自由な行動について語ることは可能ですが、それは欲望によって生じる無意識の罪がうごめく所に行き着いてしまうのです。ですからこの倫理性に基づいて、修道がより社会的になることは可能です。つまり賜物を得た修道者たちは社会で様々な働きができるのです」と私は答えた。
「神父さん、テオリプトスとクリゾストモスの両神父が主張されていたように、修道者による広い枠での奉仕は、もしそれが潔めの前であるなら、修道者の霊に危険を生じさせる、という最初の考えにあなたは忠実に従っているのだと思います」
「私の兄弟、この考えは私たちのものではなく、聖師父たちの考えです。聖イサアクはこう言っています。『潔め以前の奉仕は欲望を目覚めさす』と。またシナイの聖イオアンニスは少し特異な表現をしています。
モイシス(モーゼ)の不完全な律法は「あなた自身に注意しなさい」と命じています。福音の律法は完全であり、「爾の隣人を愛すること己の如くせよ」(マルコ 12 : 31)という。とはいえ、もし完全な律法を行うことが害をもたらすなら、モイシスの文字を尊敬するためにモイシスの律法に戻りなさい。
と。そしてもう一つの証言を引用します。それは西方教会のもので、テーマに適しているとは言えませんが、アッシジのフランシスコはその弟子レオンとの対話で次のような質問をしました。
「子よ、神の旨に適う善き行いを挙げなさい」
「はい、神父さん、例えば資金をもって社会奉仕のため様々な施設を建て、そこで奉仕するなら、この行いは善いもので、神の旨に適うと思います」
「しかし、子よ、この仕事は善いことのように感じられるが、虚栄心が起こり、仕事も霊も嫌悪すべきものになり、神の旨には適わないでしょう」
こう言ってから、アッシジのフランシスコは深い謙虚について述べた。そして、
「子よ、もしかしたら、この行為で神の旨に適えるかもしれない」
と語ったのです。
神学者は疑問を投げかけた。
「つまり、あなたの意見に従うと、もし修道者が自己の欲望を潔めないなら、世俗の外に、世俗の欲望の外にいる義務があるということですか。では、聖大ワシリオスが『望むことに熱中しなさい、あるいは貧しい者の奉仕者か、あるいはハリストスの教えの恋人でありなさい』と言っているのを、どのように説明しますか。それぞれが生活形態を選択するようになっていないのですか」
修道の全体的な展望
「そうです。ほとんど同じことを神学者グリゴリオスが述べています。『あなたは行動を選択しますか、観想を選択しますか。大多数は完全な仕業の外面を重要視するが、両方とも親しめるし、好感が持てる。しかし、あなたは本性に適した方向へ進みなさい』と。私が思うには、これは修道剃髪式前の信者に関することです。もしこれを修道者に適用するなら、一方は様々な奉仕と共住修道院生活の中でのみ効果をもつようになり、他方は観想生活と神秘生活を修行する静寂主義の中で適応されます」と私は答えた。
ここで弁護士が話に加わった。
「両方とも『親しめて、好感の持てる』のは明らかです。選択において重要なのは各人がもっている素質です。『あなたたちは本性の適した方向へ進みなさい』と言ってます。しかし、これでは問題の解決にはなりません。かつて修道が教会に聖職者要員を与えたように、より効果的に修道が教会を援助するには、どうしたら良いでしょうか」と訊いた。
「少し別な問題ですが、それは教会要員への正しい道として私も賛成です。修道の社会的側面は、修道者の中から主教職が任命されることに表われています。残念ながら、現在この側面は多少別の方向に向かっていますが。とにかく、正教の修道とは何か、いま何を教会にもたらすことができるか、など再検討してみたいのです。
修道は唯一の道ではなく、一つの道、安全な道です。最初の人間が失ってしまったものを発見し、つづいて神をみつける——神は私たちが神を愛した後に、探し求めることを望んでいる——安全な道なのです。ニッサの聖グリゴリオスによると、神を発見する条件とは修道の特質である燃えさかる熱望であり、これが絶えずその方向へ人間を奮い立たせるのです。そして次のように言っています。『神の発見とは、常に神を求めることである。求めることと発見することは別個ではない。そしてそれは神をまことに見ることであって、決して発見する意欲そのものを満足させることではない』と。
修道は人間の神゜霊的(プシホプネヴマチコス)世界と取り組み、そこに浸透している存在要素を研究し、定め、欲望によって暗くなった神の像を見極め、霊を『像と肖』に再び引き戻すために痛みと共に闘っているのです。神の像と肖とにおいて霊はあらゆる善に満たされ、そして再び聖神(アギオン・プネヴマ)の果実が実るのです。正教修道は脈々とした新鮮さを保つことができます。なぜなら常に高い位置にあって、人間の存在論的な広さをもって、ハリストス教霊性のすべての豊かさを営んでいるからです。哲学論も、またハリストス教内外の学説も、生命が直面している存在論的問題を解決できなかったのです。論理学のアリストテレス主義も、イデア論のプラトン主義も、神話と理念の混合である新プラトン主義も回答できなかった。また不安に満ちたキルケゴール、ベルクソン、ヤスパースなどの哲学説も、霊をラビリンス迷宮の行き止まりに導くか、新しい問題提起にしか導かないのです。
正教は存在論の問題を一度に解決したので、正教より以前の者も、後の者も『窃盗であり、強盗』(イオアン 10 : 8)なのです。ファルメライヤーが『ヨーロッパ人がそのすべての英知と技術の前に溺れさせてしまった問題を東方は解決した』と語ったように、東方ハリストス教の独特な表現である修道がそれを解決したのです。
修道はその存在によってハリストス教世界を神へ、永遠の中にある至福の情熱へと導くのです。死の中にある者に不死を、『死後には存在しない、人間的なもののすべては虚無である』とする者に不死を思い起こさせる。そして説得力のある説教と沈黙の生活、神との対話の生活で絶えず天を唯一真実なものとして、また同じように人間の至潔も価値のあるものとして明示する。
しかし、それ以上に修道は教会に偉大な輝ける星としての牧師や教師を与えてきました。もし荒野での長期間の修行がなかったなら、聖大ワシリオス、聖金口イオアンニス、神学者グリゴリオス、パラマス、新神学者シメオン、アトスのニコディモス、そして教会の諸聖人たちは、一体何者になっていただろうか。彼らの全生涯が、心を潔めるためには、理性がまことの観想を受け入れるようになるためには、また聖なる非造の光の超自然的な光線で照らされるためには、実践的な善と修行が避けられないことを強調している。
修道は祈りによって全世界を支えてきましたし、そして支えています。成聖された霊(聖人たち)の祈りが、全人類には重要な意味をもたないとか、それは祈る者の個人的な問題だ、などと誤解しないように。私たちが諸聖人に願い祈るのは、彼らの執り成し(転達)を教会が信じているからです。諸聖人の祈りは世界の歴史に影響を与えるのです。なぜなら神は『その限りなき愛の中に在って、隠れた嘆きに神はその能力をあらわす』からです。旧約の歴史と福音の教えのうえに立つ教会は、常に諸聖人の祈りに大きな意義を与えてきました。そして修道は祈りと聖性を献身者の義務とし、この独特な生活の初めであり終わりであるとしています。なぜなら祈りの効果を知っているからで、神の友たち(聖人たち)との交わりの効果を知っているからです。
人々のすべての善行を、神の友であり、生命が世々に続く人々(聖人たち)の転達と比べるなら、どんな価値があるでしょうか。もし人間としての価値を評価するなら、彼らの価値は社会における善意の奉仕に比例します。しかし、もし物体としての人間がなくなる墓までではなく、不死の霊が移る不定な永遠までを人間の生命とするなら、この世で神の友となった人は、多くの善行を幾世紀もつづけて世界のために行なっているのです。
正教会は神の類似である聖性を誕生のときから、至高な倫理価値として目指しています。そしていつの時代にも、修道を特別に尊敬してきたのです。聖大ワシリオスの天国は、彼が『主』のもとに永眠した後に現わされました。
聖大ワシリオスはその著者で教会の迷わざる教師として、またその信仰と愛で彼の助けを求める人々の牧師、神父、保護者として私たちの中におり、存在し続けています。そして『義人が灯火のように輝く』最後の審判では、彼は善き忠実な兵長として『王』の前に願い出るのです。『王よ、私のためにあなたの僕たちの罪悪をお赦し下さい。彼らは私を愛し、私との交わりに望みをかけたのです。またあなたが語ったように、聖人たちの功績はあなたに受け入れられるはずです』と。
正しい人たちよ、その願いが聞き入れられないなら、『王』は大きな不公平を行なうのだ、とは言わないで下さい。福音書の大負債者を思い出して下さい。一つの言葉で大きな負債のすべてが許されました。その理由をハリストス自身が言っています——爾我を求めしに因りて——と。兄弟たちよ、私たちの未経験や好みで学説を作り上げることはできません。私たちは教会の真実を受け入れる者としての自己を備える義務があります。千年もの間ビザンティンの人々が多くの困難にもかかわらず栄光の帝国を保守したのは、聖人たちの祈りと修道院、オディギトリア(生神女マリア)と諸聖人の執り成しのお陰であり、彼らがそれを求め続けたからなのです」
闘う教会の修道
「正教会の修道者たちが社会の慈善事業を担うのは利益がないのではないか、と私に質問するなら、次のように答えます。私たちの主イイスス・ハリストスは至高な社会(修道社会)での貞潔な生涯を人間の自由選択に委ねて『これを納るることを能する者は納るべし』(マトフェイ 19 : 12)という、よく知られている言葉を語りました。質問者に対して私もこれと同じ言葉を言います。修道者の間で潔浄を汚すことなく、また神との神秘的な交わりを失わずに世俗と接触できる者は、内外という二重の生活、二重の光照段階にある者です。世俗修道者の行動に関する問題点はこれで試すことが可能です。
祈りの価値を強調して、信者の善意活動の価値を低くするつもりは私にはありません。それは霊の潔めに必要なことです。ただ正教会の立場から、聖性を目指している修道者の闘いを、愛する霊の輝きである外面的な社会活動との関係において評価したいのです。そして祈りの必要性を強調するのは、祈りによって悪魔と霊的・肉体的破壊をもたらす欲望が焼き尽くされるからです。
至聖なる私たちの教会は、社会においても特別な活動を展開しています。私はこれを喜び、そして『主』を讃美します。しかし、教会の霊的な能力である修道は、正教の伝統を守り続けるにふさわしくあり、教会に影響を与えなければなりません。
恥じなき福音の労働者たち(修道者)を私は敬い、そして彼らの前に伏拝します。ハリストスの貧しい、弱い兄弟たちに奉仕する霊(修道者)を私は讃美します。このような労働者こそ報いを受けるにふさわしい人です。聖なる善き仕業をするのは、教えのよき基本です。ただ正教会が仕業を敬っているのは、謙虚で祈りのある心から出ている、という前提条件においてです。もし謙虚も潔白もなく、私たちが仕業だけに望みをかけるなら、私たちは主から『あなたたちを知らない』と言われてしまうでしょう。『主よ、我等爾の名に由りて魔鬼を追い、爾の名に由りて多くの異能を行いしに非ずやと』と言っても、『我かつて爾等を識らざりき』と言われてしまいます。聖使徒パウロスでさえ『他人を教えて、自ら棄てらるる者とならざらん為なり』と恐れていたのですから、私たちは彼以上にこれを恐れなければならないのです。つまり、修道も修行も必要であり、この驚くべき美の原型(修道者)は世俗にも、荒野にも常に存在し続けるでしょう。これについて階梯者聖イオアンニスがその著書で適確に指摘しています。『修道者にとっては天使が光であるように、世俗の人々にとっては修道者が光である』と。
また、あなたたちと同じように、私も正教会の修道は再生する必要があると思います。私の言う再生とは、修道がダイヤモンドのように輝く聖師父たちの基盤をなくするという意味ではなく、現代教会の入用に適応することで活気を得ることです。修道がこのような入用を満たし、活気を得ることは、正教の霊的な伝統から熱心にハリストス教的な美徳を獲得した者、つまり敬虔の教育を受けた者によってなされるでしょう。これに加えて早急に必要なことは、まず最初に私たち自身が正教会の聖師父神学の再洗礼を受けることです。その後に聖大ワシリオスが彼の時代に行なったこと、つまり共住庵を遥かに遠い荒野から村の近くに移して、兄弟たちが『社交性のない知者でもなく、全く無知な者にもならないように配慮して、そこに集め』ましたが、いまもこのような修道者の集団を町の近くに作るべきです。世俗の教育と思考水準は大変高くなり、教会に対抗する闘いも体系的になっています。ですから、敬虔と神学知識とによって修道全体を高める必要があります。これは祈りと正教の教えによって、説教によって、聖師父の著書によって、修道生活の倫理的、霊的な輝きによって影響を与えることです。
また神の息を伝えた初期教会で行われていたように、教会が修道から聖職者要員を得ることです。聖山は今もそうであるように、痛悔と成聖の場所として、『主』を不断に讃美する場所として永遠に在り続けるでしょう。そして修道の中心地として、正教会の古き修道伝統を守り続けていくでしょう。
既に具体的に、多くのものを人々に与えている修道集団があります。彼らは啓蒙教育、説教、出版をし、時には告解を聞き、慈善活動をしています。正教の霊性を説明するのも私の務めなので、特に明確にしたいことは、一般に言われる社会慈善には必要以上の意義を与えるべきではない、ということです。テイゴロス・パルロスが『それらなくしては誰も神を見いだせない』と言っている祈り、奉神の生活、霊の成聖などが重要で、これらに努力すべきです。西方教会の誤りは、表面的な仕業の価値を過大評価して、それを特別なものとしたため、不可欠な霊の成聖との協調をなくしてしまったことです。こうして逃れられない世俗化に陥り、世俗と同化したので、教会の先駆的な本質である霊的な使命、贖いと救いへの方向を失ったのです。現代ヨーロッパの心理的な不安は、この立場からの外面志向、幸福を作り出すための軽率な行動、合理主義などに、ある程度の原因があります。
ところが、正教の霊的な伝統によると、心の成聖によって平安と喜びを得ることが優先されます。そして、もし信仰と愛の生き方に表わされる聖性がないなら、行いは意義あるものとはならないのです。しかし、聖性以前の外面的な活動は、『主』の明確な誠めがあるので、過大評価されるべきではありませんが、それは潔めの性格をもっているので無視すべきではありません。これについて苦行者聖マルコスは特徴的に述べています。『仕業が私たちに与えられているのは、聖なる洗礼によって与えられた霊の潔浄を私たちが保つためである』と。
隣人に対する善き行いは教育的な性格をもつ訓練であって、善を受ける立場の者のためにあるのではなく、——疑い無くこの要素もありますが——善を行う霊のためにあるのです。求めるべきは、信者としての義務から行う善行でなく、霊の潔浄、聖神(アギオン・プネヴマ)による光照、私たちの主イイスス・ハリストスとの結合、神秘な結合なのです。至聖なる私たちの正教会は修行、修道の教会です。荒野の花(修道)は教会の神゜(プネヴマ)であり、荒野への道は『荒野の友』、神・人イイススが開拓したのです。そして私たちが正教の霊性と呼ぶものは、聖神(アギオン・プネヴマ)によって潔められる霊の輝きです。教会が奉神生活と密接に結び付いているか、また、教会の教えの重心が祈り、修行、聖なる愛、聖性などの上にあるか、などを確かめるには聖歌と奉神礼儀書の研究で充分可能です。
牧会と管理が教会の本質であるからと言って、教会が子供のことを思わない母になったり、自分の子供たちの物的要求を無視してよい、という意味ではありません。教会はその組織を利用して、あらゆる方法で活動する義務があります。そしてそれだけではなく、平行して常に天を目指し、神への愛を燃やし、隣人への愛を燃え立たせるのです。奉仕する霊が欲に染まっていて、不浄であるため、隣人への愛と奉仕が不可避に失われるなら、モイシス(モーゼ)の律法が述べている『あなた自身に注意しなさい』という言葉のしもべになるべきです。そして、そのように自分自身に注意を払うことのできる場の一つが、修道なのです。
兄弟たちよ、正教の修道は世の光であり、先導者であると私は考えていますし、そう告白します。なぜなら修道は福音の教えのすべてを、実践的な生活と観想的な生活とに凝縮させてもっているからです。そして、ハリストス教の人間論を悲観的、楽観的に表現しているだけでなく、神秘神学の真実、美、宝を輝かせているからです。また修道がこの世俗に向けるメッセージとは、救贖の輝きです。それは『救主ハリストス』なしの人間、信仰と充満と光をなくし、神の不在によって乱視となり、孤児となった人間につきまとうあらゆる悲哀と嘆きをなくす救いのメッセージです。また、信者に向けられているメッセージとは、神中心、ハリストス中心の神秘主義で、これは科学的な教育の頂点であり、何世紀も続いて確証を得たものです。それはまず人間を潔め、その後に光照し、そして最後に人間を成聖します」
既に夕闇は修道院とまわりの林や丘に広がっていた。幸いにも修道院の門番は忍耐強く私たちを待っていた。修道院の間のところで、私は霊が無限の中に出て行くのを感じた。私の同伴者たちがどうであったか、私は言う立場にはない。
神に光栄
終
訳者あとがき
ギリシアは正教の国である。聖使徒パウロスから正教信仰を受け入れたギリシア人たちは、歴史の荒波をハリストス神への信仰で越えるという宗教体験をもつ民族である。この民族的な精神力の源泉はどこにあるのであろうか、と問うなら、答えの一つがこの著書にうかがえるのではないだろうか。正教の国となったとき、古代ギリシアの栄光は途絶えたが、それに代わって正教の精神がギリシア人の心に浸透する。その後、彼らの社会は盛衰の運命をたどるが、一つだけ変わらぬ精神が貫かれている。それこそが正教と修道である。修道は人間社会の表面には登場しない。しかし、世俗から隠れた生活を営む修道者たち、沈黙する人々の生活は知られなくとも、人間社会に多くの肯定的な影響を及ぼす神秘的な力をもっている。
歴史を越えて伝えられる修道の心は人里離れたところで常に生き続け、言葉では表現できない体験として確かに後世に伝えられている。そして修行と祈り、観想の沈黙の中にいる修道者たちは必要なときその沈黙を解く。そして今も危機に陥ろうとする教会に無言の忠告を発している。
ハリストス信仰は体験されて初めて信者の集まりである教会の歴史となり、現実となり、未来となる。それを現実に具現している正教の修道は、教会の中にあって信者の心のより所であり、霊の故郷である。人々はそこから神秘な力を得て未来への希望を得ている。この書を読むと東方教会の修道を単なる神秘主義とか、伝統主義という学問的な範疇でとらえるのは、修道生活の一側面しか語らない第三者の評価に過ぎないことが解る。教会を保ち、世界を支えているのが修道であると言い切る修道士たちの信念は理想ではなく、現実の生活として息づいている。
正教の霊的中心と言えるアトスは、地理的な秘境にあるだけではなく、ギリシアの北部にある自治国で、だれでも自由に入山できない、現代社会では想像のできない地域である。男子修道院の集まっている半島には、既に千年以上も女人立ち入り禁止が守られている。従って巡礼者は成年男子だけで、一般の人は4日間の滞在しか許可されない。まさにアトスは霊的な意味の闘いの場であり、心の準備ができていない者にとっては危険と誘惑を含む所にもなり得るのだろう。それでも聖山アトスは多くの世俗の人々を引き付け、彼らの目を通して多くの書物が書かれている。そのほとんどは聖山の住人ではない者の巡礼記であったり、あるいはキリスト教とは関係のない人々の感覚的な紀行文であったり、歴史書、紹介書である。
『天と地の間』の第一章は修道を目指してアトスに入った著者が修道士になるまでの心の変化と、その足跡について述べている。そして第二章以後では、修行生活を営みつつも世俗の運命に強い関心をもち、東方教会の現状を憂慮する著者が、世俗からアトスの巡礼に来た友人たちの目を通して、彼らとアトスの修道者たちとの会話の中で修道の起こり、目的、そして展望などを正教の教えに基づきながら多面的に紹介している。
秘境と言われる人間が住めないような場所で、完全な孤独を生涯の友とする修道士が愛を語る……厳しい環境と苦行の中でハリストスの愛を成就する為に沈黙する修道士、そしてその沈黙を破って彼らの口から流れ出る愛の教えは正教の真髄を語る。多くの修練によって内的に深められた隠遁者たちは『神は愛である』という神秘を体験的に対話者に悟らせる。それは言葉を通してではない、討論に勝つことでもない、彼らとの出会いがそうさせる。それは『永遠の生命』、『まことの生命』である神を、生涯をかけて愛する心の営みから出る神秘的な能力である。そして神と同じように隣人を愛しているからこそ、修道士たちの唇からは妥協のない主張と確固とした信念が世俗の弱い兄弟たちに向けられる。それらは世俗に住む者に受け入れがたい違和感さえ感じさせ、一時的にでも拒否反応さえ起こさせるかも知れない。いや、そのように感じるのは修道士たちであって、私たちの言うべきセリフではないだろう。不断の祈りと悔い改めを実践しているからこそ、彼らの神への愛、隣人への愛に見栄はない。
また、この著書では西方教会と東方教会の修道に関する考え、制度的な違いも指摘している。私が感じるには、著者は西方教会との対比や批判を用いて正教会の立場を弁護しているのではなく、ギリシア人としての著者の愛国心が、ギリシア人巡礼者たち(ギリシア国民)に正教会をより明確に知らせるために用いているように思える。
本書は小見出しで区切られてはいるが、連続した対話形式を取っているので、異なる意見の対立に読者が容易に参加できる場もある。対話者たちの話には哲学用語も用いられていて難解な部分が多いかもしれない。修道者が話す言葉に哲学用語が用いられていても、それはまことの愛智である。この著者を通して間接的にでも修道士たちとの交わりをもつ読者は、ハリストスの愛に包まれた修道精神が霊的な教えとなって心に浸透することと思う。もしそうなれば訳者としての私の苦労も報われるだろう。実際のところ、ギリシア語の著書は難しいカタレヴタという古い文語体で書かれている。そのうえに神学、哲学用語が多用されているため、未熟な私のギリシア語知識だけではなく、神学・哲学の知識不足が原因で多くの困難があった。翻訳には一年ほどかかったが、こうして出版にこぎつけることができたのは、何よりもまず神の助けがあったからであり、神に感謝したい。そして次に挙げる人々の多大な協力があったから、このような形で日本語になった。ここで次の方々に心からの感謝を申しあげたい。
まずこの書を初めて私に紹介して下さったのは、私がアテネ大学神学部に留学していた当時、仏教大学の哲学部教授であった清水澄先生である。今となっては先生との出会いを神妙なる神の導きと感じている。そして本書の翻訳を私に決心させ、経済的な支援をしてくれたのは私の父、長屋利夫である。正教会の著書が少ない日本で信仰のしるしとして出版にかかわりたいと願ってのことである。勿論、著者であるテオクリトス・ディオニシアトス修道士とギリシアのアスティル出版社の快い翻訳出版の承諾があった。著者と私はアトスで会い、いつの日かこれを日本で出版したい、と話した私の言葉がこれで果せたように思える。ギリシア語の特に難解な部分は、アテネ大学神学部での私の友であり、初めて私をアトスに連れて行ってくれたキプロスのアンドレアス・キリアクー(ANDREAS KYRIACOU)の力を借りた。彼は神学者として一般学校で活躍する傍ら、『アトス友の会』の事務局長として雑誌『正教の証し』の出版にかかわっている。訳文校正の段階では篠田和さんから適切なアドバイスをいただいた。感謝の意を表する。また妻カテリーナ・エレフセリーウ(EKATERINA ELEFTHERIOU)の助力も忘れてはならない。
そしてこの書が日の目を見ることができたのは、オーロラ出版の大竹晃子さんの多大の尽力によるもので、彼女のアドバイスと助力がなければ、まだ何年かは出版されなかったであろうと思われる。大竹晃子さんには校正から出版に関することまでお世話になり、心から感謝を申し上げる。最後に、本書が私の初めての翻訳書であるのにもかかわらず、このような困難な著書を訳すのは自分をわきまえない暴挙と思う。多くの不備を知りつつも、この翻訳書を送り出すのは私のあさはかな認識をさらけ出すようなものである。私の不安は尽きない。しかし、もし著者の伝えようとする正教とその修道精神を少しでも多くの日本人に紹介できるなら、それはご協力を頂いた方々の熱意に答えることとなり、私の恥も少しは和らげられる。単純な望みだけで翻訳した者に識者のご叱責をたまわりたい。
1990年 2月 9日 ニコライ祭に
司祭 イオアン 長屋 房夫

【著者紹介】修道士 テオクリトス・ディオニシアトス 1916 年生まれ。中等教育終了。1941 年アトス山にて修道者となる。聖ディオニシオス修道院のそばの修行庵で独居修行を続けている。また活発な著作活動を続け、数多くの著書がある。『天と地の間』はドイツ語にも翻訳された。≪主な著書≫『天と地の間』(5 版 280 頁)、『アトスの聖ニコディモス』(2 版 380頁)、『アトスの花々』(研究論文 350 頁 )、『正教の研究』(研究論文 350 頁)、『アトスでの対話』―心の祈りの神学―(2 版 210 頁)、「表信者マクシモスの愛についての 400 講話』(2 版 280 頁)、『神の母マリヤ』(380 頁) その他多数。
【訳者紹介】長司祭 イオアン 長屋房夫 1950 年北海道生まれ。1969 年ソビエトのロシア正教会レニングラード神学校留学、1976 年卒業。1976 年ギリシア国立アテネ大学神学部ヘ国費留学、1980 年卒業。1980 年モスクワにて司祭に叙聖され、駐日ロシア正教会司祭として現在に至る。ニコライ学院 ロシア語講師 (1987-1996 年まで )、慶応義塾大学 非常勤講師 文学部哲学倫理特殊「東方正教」(1997-1999 年)、早稲田大学 非常勤講師 文学学術院・第二文学部思想・宗教系演習「東方正教会」(1999-2016 年)、東京女子大学 文理学部非常勤講師 「世界のキリスト教」(2005-2012 年まで)、法政大学 ロシア語兼任講師(2001- 現在に至る)。
天と地の間 天国への道標
1990年 12月 19日 初版発行
2020年 12月 19日 再版
著 者 修道士 テオクリトス・ディオニシアトス
訳 者 長司祭 イオアン長屋房夫
発 行 者 日本ハリストス正教会教団東日本主教々区宗務局仙台市青葉区中央三丁目4-20
電話 022-225-2744
出版された本のPDFファイルはこちら:天と地の間
同表紙:天と地の間(表紙)



















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