戦争と聖書

戦争と聖書

セルビアの聖ニコライ(ヴェリミロヴィチ)
(13 4.5 分の 5)

「戦争というものは、飢饉や疫病と同じく人々の罪のせいで神から送られてくるものだ」と拙稿で申し述べたことに対して、どうやらご立腹されているようだ。しかるに、こちらとしては私見を連ねたわけではなく、あくまでも聖書の解説に基づいて述べたまでである。どんなに知恵を絞っても、ひとことで「戦争」というものの残酷さや苦悶を解明できる者は一人もいない。私とて同じである。しかるに聖書を紐解けば、燦燦たる日光を浴びるようにして次々と疑問が解明してゆく。

人類史上で起こった戦争は、太古から今日に至るまでどれも聖書的な戦争である。つまり、生ける神の全能の御旨に、目に見えぬ第三者であるお方の積極的な御旨に左右されている。どの戦争も敵対者双方の罪ゆえに、あるいは片方だけの罪ゆえに勃発し、聖書に示された因果律にそって展開し、永遠の神に公明正大に裁かれて終結する。

聖書を紐解けば、どちら側が神から勝利を授かるか見えてくる。先祖の戦争を一つ一つ取り上げて聖書の光の下で解析すれば、すべてに共通する事柄が見えてくる。まさに最も強く揺るぎなく神を信じ、神の法を守っている側が神から勝利を授かるのである……。もしもキリスト教国家が悔い改めず、キリストという生命の源に立ち帰らないのであれば、キリスト教ではないアジア諸国が神から勝利を授かるであろう。

 

キーワード 戦争、聖書、罪、神

 

訳者まえがき

第三次世界大戦の勃発が危ぶまれる昨今の世界情勢にあって、戦争という問題は避けて通れない。本稿[1]は「ヨーロッパの火薬庫」といわれるバルカン半島で生まれ育った聖ニコライが、聖書の光に基づいて戦争の本質を解明した貴重な論考である。神学と文学が見事に融合した芸術的な著作であり、扱いにくい問題が読みやすく論じられている。

聖ニコライ(ヴェリミロヴィチ。1881 ~ 1956)は、オックスフォード大学の哲学学部を卒業。若いうちから正教会の指導者として活躍し、「現代の金口イオアン」と謳われるほど弁が立った。第二次世界大戦中にはナチスによってダッハウ強制収容所に収容されるものの、最後まで西側との良好な関係を築こうと尽力した。2003年、列聖。

 

Ⅰ きっかけの会話

①バベルの塔の危機

一同が汽船「ボストン号」の甲板に立ったとき、日は西に傾いた。昼にはギラギラまぶしく照り返していたニューヨーク湾の油ぎった汚水も、いまや夕陽を浴びて溶金のごとくぽちゃぽちゃうねっている。われわれはニューヨークを発ち、ニューヨークとブルックリンの間を南下してきたボストン行の汽船上に腰掛けて、ニューヨーク側を眺めていた。

目の前に立ちはだかるのは、肌の色の異なる人々がせわしなく働く世界最大の都市である。一行は外国人か米国人かを問わず、そこに立ち並ぶ超高層ビルに見入っていた。これぞ、「摩天楼」などと仰々しく謳われている不格好な建築物である。

「いかがですか。本邦のバベルの塔も見事なものでしょう」と、ユーストン大臣が話しかけてきた。私は、次のように答えた。

「ええ、お見事ですね。でも大臣は見飽きるほどご覧になってこられたことでしょうから、もう見慣れてしまったのではないでしょうか」

「いや、いつ見ても見入らずにいられませんよ……。人類はつねに偉大なものに魅せられてきましたし、これからもこうして魅せられていくのです」

「そう、そのとおり!」と、膝を打ってクラーク将官が割りこんできた。「偉大なものに魅せられて、という点では国史を書いている連中も同じさ。いつの時代でも、いわば人々にとって『摩天楼』となった偉人の業績が歴史として書き残されてきたわけだ」

「将官。ということは、民主主義など有って無いようなものだということですか」と私は訊いた。

「有って無いようなものだね。そりゃ歴史の書き手としては民主主義の建前を守って、『いいえ、星の数ほどいる同労者の中から偉人の栄光に花を添えてみただけです』などとのたまうだろうさ。だが本音を言えば、いかに凡人の仕事がエリートに利用されてきたか綴ったにすぎない。そんな醜態で『エリートの栄光』とやらに影を落としつつも……決して凡人の業績を称えやしないのが民主主義ってやつさ。いつの時代でもバベルの塔はバベルの塔(偉人は偉人)、しょせんボロ家はボロ家(凡人は凡人)ってこっちゃ」

すると、黙ったまま会話の流れに耳を傾けていたクレンが私に話しかけてきた。

「ほら、あの北側の高層ビルをごらんください。たしか6年前にニューヨークにいらした時には、一つも立っていなかったでしょう? それがなんと今日までに 100棟近くもの高層ビルが立ったのですよ」

「そういえば、そうでしたね」と、私はクレンに返した。「しかも、北側のビルは南側のそれよりも上品でおしゃれに見える気がするのですが、いかがでしょう」

「おお、そりゃもう月とすっぽんですよ。なにせ新しいほうの高層ビルときたら、わが国の威信をかけた建築芸術の精華ですからね。世界に二つとない芸術作品ですよ。古いほうのウールワースや、シンガーや、ミュニシパルのビルディングなんて、もはや現代人の目を見くびっているようなものですよ」

親切な紳士であるクレンは、そのように言った。このクレンさんが招待してくれたおかげで、われわれ一行はボストン行の汽船に乗り、この夕暮れ時を共に過ごしていたのである。週末はうちの別荘で過ごしましょう、とクレンさんに招待されたからである。招待されたのは米政府の元官僚ユーストン大臣及びクラーク将官はじめ、有名なロシアの音楽家やチェコの考古学者(古代アラブ研究家)、それにわが同胞のバルカン人ほか多数いた。

その時である。ニューヨークにかかる夕日の最後の一縷を浴びながら、大都市の上空をヒューッと旋回してくる飛行機の群れがあった。「あ、あれを見て! 3機、5機、いや 10機!」という歓声があちこちから聞こえてきた。

ユーストン大臣が「そう、こいつがこのバベルの塔の大敵なんだ」と、ため息をつきながらつぶやいた。

いっぽう、将官は「このバカでかい金属製の鳥もどきをうまく利用する国こそ、次の戦争で勝つだろうさ」と息巻いた。

平和を愛していたクレンは、「ああ、どうか戦争の話なんておくびにも出さないで」と懇願した。世界の五大陸や島々を旅行し、どこへ行っても平和を望む善良な人々にめぐり合い、すでに友人もたくさんいたからである。

そんなクレンに対し、将官が切り返した。「なにも好き好んで戦争の話をしたのではないさ。むしろ今にも戦争が起こりそうだからこそ、そう言ったまでだ」

そこで私は、将官に質問することにした。

「とはいえ、飛行機だって殺戮以外にも用立てられますよね。違いますか」

「そんな用途は無きに等しいね。たしかに平和な時代であれば、副次的用途のために飛ばすこともあるだろうさ。航空郵便がしかり、旅客機がしかり。だが、飛行機の主要用途を突き詰めれば、やはり戦争だ」。

すると、ユーストン大臣がふたたび案じながら、ぼそっと「うちらのバベルの塔は、まさに空から、上空からの攻撃に弱いのですよ」とつぶやいた。

すかさず将官が「なぜ『うちらの塔』だけなんだ?」と怒鳴り返した。「ヨーロッパのバベルの塔だって、危険な状態に置かれているのは変わらないだろう。しかも『バベル化したヨーロッパ全体が危なっかしい状態にある』と言ったほうがいいかもしれんぞ」

「たしかに将官のおっしゃるとおり危なかしい状況ですよね」と、大臣が答えた。「わが国よりもヨーロッパのほうが開戦前夜たる雰囲気ですな。やけに物騒な世の中になりました。みんなしてバベルの塔を建てては競い合っているのですからね」

「でも、私は戦争なんて信じません」と、クレンは語気を強めた。

「いやいやクレンさん、だれだって戦争なんか信じちゃいませんよ」と、チェコの教授が言い聞かせた。「ただ信じているか否かを問わず、戦争はやってくるものなのです。よくインフルエンザとか流行するじゃないですか。あんな感じでやってくるのです」

「どうして、そんなことが……」と、クレンはうろたえた。「まさか、戦争が……そんなふうに単純に、偶発的に起こるとでも?」

「もちろん、文字どおり偶発的に起こるとは思っていません。ただ、だれも戦争なんて望んでいないのに、戦争が勃発することはあると思うのです」

クレンが私のほうに向き直って意見を求めてきたので、私はこう答えた。

「たしかに、だれも戦争なんて望んでいないのに戦争が勃発することはありますよね。ただし人間の咎なく起こるわけではありません。そもそも戦争なんかとは比べ物にならないくらい些末な事柄でさえ、単に偶発的に起こっているわけではないのですから……」

一同がこのテーマにすっかり夢中になっているうちに、辺りは夜の帳に包まれた。天空では飛行機が火花を用いて、「ニューヨークの店舗物件ならば〇〇社。△△ドルで購入可」などと宣伝していた。それを見たクラーク将官が躍り上がった。

「ほうれ、あれなんかも飛行機の用途の一例だ。わざわざお空にのぼって店舗や製造所の宣伝をしてみせると来た。アッハッハ! なんてくだらん使い道か! 飛行機の一番の使い道は、なんてったって戦争だ。さっきも言ったが、戦争なんだ!」

ここで夕食に呼ばれたため、旅客たちは甲板を降りて食堂へ向かった。

②戦争についての討論

一同が食卓につくなり、チェコの教授が口火を切った。

「戦争というのは、宿命だと思うのです。だって誰一人として、現に将官でさえ戦争を望んでおられないというのに、それでもみんなして戦争の準備をしている。これぞ、宿命でなくて何でしょう」

クレンは反論した。「いやいや、宿命なんかじゃない。どうしょうもない愚行ですよ。われわれ欧米人だって真に開化していれば、とっくにこんな愚行は消え失せていただろうし、同時にその宿命とやらも消え失せていたでしょうに。偉大なアジア人たちは、われわれの好戦的文化を見て笑ってますよ」と。そして、数えきれないほど出向いた世界旅行の土産話の中から、ヴァーラーナシーへ行った時の話を始めた。インドで聖人と崇められている有名な行者にお会いした時の逸話である。

「アメリカ人です、と自己紹介をしたのです。すると行者は残念そうに首を振って、ため息まじりにこう言いました。『ああ、アメリカ人やヨーロッパ人ときたら! どれだけご難続きだったことか、そしてこれからもご難続きとなることか。欧米文化は戦争に勝つために発展し、つねに全世界を征服するために栄えてきましたね。わが国の若者も欧米に留学するたびに、その毒に感染して帰ってきます。欧米を好きになって帰国する者はなく、知らぬ間に『人権のための暴力』という歪んだ思想にかぶれて帰ってくる。しかし、実際には『人権のため』などではなく、単に『権力のため』でしょう。ちょうど最近、ロンドンで学んでいるインド人学生二名がここへやってきたのです。そこで『イギリスの兄弟たちはどうですか』と訊いたら、怒鳴り返されてしまいました。『何が兄弟ですか! あんなのは仇敵であって兄弟なんかではありません。しょせん利己主義と暴力の文化でしかないじゃないですか。インドの文化こそ本物の文化です。だから何としてでも奴らと闘って、奴らの支配下から解放されなければなりません』と。そこで学生たちにこう言ったのです。『でも暴力を用いてイギリス人と闘った日には、彼らと同類になってしまいませんか。たとえ外圧から解放されたとしても、(君たちの中にすでにその兆候があるように)心が奴隷になってしまったら何の得があるのでしょう。ヴェーダーンタの良き教えにしたがっていれば、そんなふうに人を悪く言うことはありませんよ。そういう言い方は、ヨーロッパの好戦的文化にかぶれた連中の物言いです。お若いの、はたしてイギリス人から解放されることが最高の福利ですか。違うでしょう。最高の福利とは、自分自身から解放されることです。それが、ヴェーダーンタの教えです。現に、君たちはヨーロッパへ留学した当時は奴隷の身でしかなかったのに、帰国後には心まで隷属し、まるで心身共に奴隷になってしまったではありませんか……』と。ここまで言うと、行者はふたたびため息をついて繰り返しました。『ああ、あなたがた欧米人ときたら! どれだけご難続きだったことか。これからもご難続きとなることか! ダルマに逆らう者はみな苦しむことになるのです』と」

その瞬間、食堂中に黒人音楽のジャズがズンチャカ鳴り響いた。クレンが腹立ちまぎれに言った。

「それにしても、なんてひどい音楽でしょうか! これは開化して平和を愛する人間の音楽ですか。それとも欲求を抑えきれない野蛮人の音楽ですか?」

この台詞に米国人としての誇りが傷ついた気がしたユーストン大臣は、クレンをたしなめて言った。「まあ、どうかそんな風に言わないでください。米国人は、いろいろな肌の色の人がいるとはいえ、それでもやはりヨーロッパ人よりは開化して平和を愛する人々であることに変わりありませんからね。ヨーロッパ人は侵略して征服するために武装していますが、われわれは防衛するために武装しているのです」

「始まった……。手垢のついた常套句」とクレンが私の耳元で囁いた。

「お断りしておきますが……」と、大臣は続けた。「たとえば、大西洋や太平洋から攻撃をうけた場合に備えて、われわれは防衛体制を整えておかなければなりません。そもそも本邦は侵略戦争をしたことがない国です。ワシントンからウィルソンに至るまで、アメリカが戦った戦争といえば自衛戦争のみです。先ほど教授は『戦争は宿命だ』とおっしゃいましたが、そうとも言いきれない気がします。また、クレマンソーが新刊書で主張したように、いわゆる人類を生物学的に刷新するために必要なものとも思えません。むしろ戦争とは、力を伴う蛮行であり、力を用いなければ対処しようのない蛮行なだけではないでしょうか」

将官も、大臣の肩を持った。「クレンさん、世界中を見渡してくださいよ。どの国でも次の戦争に向けて着々と戦争の準備をしていませんか。どうしてわれわれだけがダチョウみたいに頭を砂に埋めて、アメリカには戦争なんて起こらないさ、なんてフリをしていられましょう」

「しかし将官」と、クレンが反論した。「文字どおり『どの国でも』戦争の準備を進めているわけではありませんよね。『どの国でも』とは、いかなる国を指しておられるのですか。だってインドや中国やアビシニア(エチオピア)は、戦争の準備なんかしておりませんよ。それに彼らが地球上の人口の半分以上を占めているのです。率先して戦備を整えているのはヨーロッパ人やわれわれアメリカ人ですよ。ただし、それは少数派なのです。地球上のたった3分の1の人口にすぎません!」

すると将官がバルカン人の方に向き直り、冗談半分にこう訊いた。

「ちなみに、バルカン人はどちらの部類に属するのかな。クレンのように平和を愛する多数派に入るのだろうか、それとも好戦的な少数派に入るのだろうか」

バルカン人はこう答えた。

「わたしたちは、戦争が嫌いなのに戦争の準備をしている少数派に入ると思います」

「まさにアメリカもそうなんですよ」と、ユーストン大臣が叫んだ。「戦争が嫌いなのに戦争の準備をしているのです。それもこれも、いざどこかの帝国が侵略してきたときに民主制を守るため、どうしても準備せざるを得ないのです」

クレンが毒々しい笑みを浮かべて言った。

「いいですか。軍国主義に突っ走ったが最後、もはやその国には民主制も専制も君主制も共和制も共産主義もへったくれもありません。現にロシアは共産主義の国になったくせに、やはり君主制のイギリスや日本と同じように確実に戦争の準備を進めていますよね。と同時に、共和制のアメリカやフランスも、戦争の準備を進めているわけです。ただし最近は、どうも白人が戦争に血眼になっているように見えてしかたないのですが、そう思われませんか」

「その点は、まさにそのとおりだと思います」と、将官が同意した。「結局、いかなる政治理念を信条としているかを問わず、どの国の与党も戦争すべしと断じて開戦してきたわけです。どんなに美しい政治理念を掲げた政党であろうと、戦争という恐ろしい謎を解くことはできませんでした。政治家にせよ官僚にせよ軍人にせよ生物学者にせよ、これまでに戦争の本質を暴いた人はいませんし、その真の原因と目的を解き明かせた人はいません。単に思いこみの自説を展開するか、本質的な部分を避けて語ってきただけでした。ときどき戦争というものは、人生の見えない根源あたりと直結しているのではないかと思ったりもするのですよ。したがって、この問題にまともな答えを出せるのは宗教くらいしかないのかな、とも」

みな口をつぐんだ。将官は畳みかけるように問いただした。

「実際、ご存じある方はいませんか。戦争に関する名著とか、白人の書いた本で」

「ニーチェや、ドイツ軍の幹部が世界大戦前に出した本があるさ」と答えた人がいた。

「それを言うなら、マキャベリでしょう」と、ユーストン大臣が嫌味を込めた。「マキャベリこそ、ヨーロッパを代表する戦争の哲学者ですな」

「ただし、とんでもない哲学者ね!」と、誰かが反発した。「盲人を道案内する盲人よ」

「まさに。いわばヨーロッパの歪んだ知性を代表する哲学者ですな」と、ユーストン大臣は私見を述べきった。

みな意気投合してマキャベリの考え方を否定した。その後で、クラーク将官が私の親友のバルカン人に向き直り、何もマキャベリではなくて、たとえば世界文学とかも含めて、戦争というものの謎を見事に解明した本はないか訊ねた。バルカン人は答えた。

「聖書による解説があるでしょう。マキャベリの真逆をいく解説ですよ」

将官は、相手の真意を見定めるようにバルカン人をじっと見据えた後、むっつり口をつぐんだ。そして、その晩はもうこれ以上戦争について話そうとしなかった。ただ静かに思いめぐらしながら、まるで長らく忘れていた身近な記憶を必死に呼び戻しているかのようだった。

翌日、将官は、私とわが親友のバルカン人を呼び止め、せっかくだからクレンの別荘の前に広がる海の上をボートに乗って遊覧しないかと誘ってきた。

ボートには、すでにクレンの客のうちから貴人が数名乗りこんでいた。みな将官に誘われてきた人たちである。将官は、ボートに乗るなりバルカン人に向き合い、ぜひ彼の知っている唯一正しいと思われる戦争の教えを聞かせてほしいと願い出た。

これ以降の文章は、すべて 1927年8月ボストン湾にて、このボート遊覧をしたときの会話を書き取ったものである。

③武装

バルカン人は次のように話し始めた。

——将官。いま欧米諸国は、次の戦争に向けてがむしゃらに武装に走っています。この事実に気づいていない人などいるでしょうか。山奥に住んでいる羊飼いですら気づいているでしょうし、日々ニュースを追っている都会の人たちであれば尚更です。その欧米諸国に後れを取るまいと、たとえば日本やトルコを筆頭として、ペルシャやアフガニスタンなどアジア諸国もそれなりに武装を進めています。中国という大国では、国共内戦が勃発して血生臭い同士討ちを繰り広げ、それがいずれ外国との戦争に飛び火するという点に気づいていません。とはいえ、直近の世界大戦を仕掛けた当事国の者、つまり白人系の「キリスト教徒」と言われている人々こそ、次の戦争の責任を負うことになるでしょう。これほど戦備に走っている人種もないからです。今、いずれ次の大戦に突入しそうな気配があることは、次の点を見れば明らかです。

  1. 欧米諸国はじめ上述の国々があからさまに武装し、秘密裡にも武装している現状
  2. どの国でも軍事予算が他の予算額よりも突出している現状。それも第一次世界大戦前に割いていた軍事費の何倍にものぼる巨額
  3. 軍事産業が活発化し、軍需工場があちこちに建てられている現状。フル稼働で銃砲や軍需品や毒ガスを生産し、電子兵器や電磁波兵器を開発し、軍需工場に雇用される従業員の割合も増加している現状
  4. 軍艦の生産量も急増
  5. 兵員数も大戦前に比べて急増
  6. とある政府御用達の学識者専門委員会では、英知を尽くして致命的な毒ガス及び生物兵器を陸海空用に開発し、改良している現状
  7. 国家間や民族間で、秘密軍事同盟や秘密軍事提携が結ばれている現状
  8. スパイ活動が隅々まで行き渡っている現状。そのようにして他国の軍事機密情報(軍事計画や兵器の発明)を把握している現状

いずれも、客観的な証拠です。しかも、次の大戦が始まりそうな兆候も見られるではありませんか。現に国家間では不信感が強まり、肌の色が違う人種や他民族に対する嫌悪感も募る一方です。世界中の人々がどうも雲行きが怪しいと感じており、何ともいえない不安を抱えています。

もしかしたら、次のように前向きに言う人もいるかもしれません。「たしかに現状は見るからにそのとおりですよね。しかし、武装しているからといって必ずしも戦争になるとは限りませんよ。武装だけでなく平和への努力も怠っていませんからね」と。たしかに平和への努力も怠ってはいません。ただし、それはゾウに挑むアリのようなものなのです。

ためしに戦争と平和に口があって対話できるとしてみましょう。おそらく戦争は平和に向かって「オレは消える。きみは栄えよ」と言うべきところなのですが、現状はその逆なのです。「さあ坊や、平和を醸し出してオレ様を匿っておくれ。あちこちへ出向いて『戦争なんか無い! 戦争なんてありえない!』と叫ぶのだ」と。そうなのです。平和を唱えるプロパガンダでさえ、ときに軍事目的のために利用されているのです。

このようにして現在、「平和がないのに『平和』『平和』と言う」(エレミヤ 8 : 11)という預言者の言葉が実現しています。いま平和についてあちこちで語られていますが、平和があるから平和を語っているのではなく、平和を失いそうだから平和を語っているのです。ちょうど秩序があるうちは「秩序」「秩序」とムキにならないのと同様、健康なうちは「健康」「健康」と躍起にならないのと同様です。将官も、軍事作戦を隠蔽するために平和を説いている連中が多いことはご存じですよね。みんなして「平和、平和」と言っているくせに、平和なんて求めていやしないのです。

将官もおっしゃったとおり、世界大戦後に平和になった国などありやしませんでした。かりにあったとしたら、それは(ニューギニア諸島及びメラネシア群島の)パプア人や、ブッシュマン(南アフリカの一部族)の国にあったのであり、白人の国ではありませんでした。実際、欧州は休戦状態に入っただけで平和ではありませんでした。ずっと次の大戦に向けて戦備を整えてきましたし、今も整えつづけています。1918年にドイツが停戦を申し出てから今日まで、単に休戦状態が続いてきたにすぎません。だからこそ講和後にも軍事費にばかり国家予算が割かれ、政治家も国民も戦争を恐れてきたのでした。それが休戦時ならではの状態だからです。以上から、次の結論を導き出せるでしょう。

  1. 世界大戦は1914年に勃発して以降、まだ終結していない
  2. 世界大戦以降、だれもが次の大戦のことばかり考え、それが国民や国家のあらゆる事業の起動力となっている
  3. 世界中の国々が武装しているため平和なんぞ話にならず、平和を求める善良な気持ちに水を差している
  4. 経済的視点から見れば、すなわち各国の軍事費を見れば、世界はすでに戦争状態にある

④何が原因でまた戦争が起こるのか

将官は「何が原因でまた戦争が起こるのか」とお訊ねですが、それは戦争を呼びおこす真の原因についてお訊ねでしょうか。それとも、戦争勃発に至るきっかけや事件についてお訊ねでしょうか。というのは、「原因」と「きっかけ」は、全く異なるものだからです。原因については今ここで明言できますが、きっかけについては予想することもできません。

欧州では、「最近の世界大戦はサラエボ事件が原因だった」と思っている政治家や愛国者が後を絶ちませんが、そういう人たちは次の戦争の原因について解説する資格がありません。たとえば、みんなして自宅に灯油を撒いている町があったとしましょう。その町で、ある少年が悪意かいたずらで火の付いたマッチを投じた場合、その町中を襲った火事の真の責任者は誰になりますか。実際、現代の学者や知ったかぶりの有識者がどれだけ目先のことしか見えなくなってしまったか、ご自身でご判断ください。だって障害児が産まれてきた場合には、その障害の原因を少なくとも9か月前までさかのぼって考えることができるのに、いざ世界大戦が勃発した日には、その原因をたかが1か月前の流血事件にしか見出せないというのですからね。みんなして戦争をしたがっていれば、その序曲となりうるきっかけや事件はいくらでも見つかりますでしょう。だいたい戦争する気である以上、その引き金となる暗殺事件や国旗焼却事件や、外交官侮辱事件や宣教師殺害事件が起こったりするのを待つまでもあるでしょうか。進化論を信奉する哲学者や経済学者は、次の戦争の主因を解明することはできません。「いわば人類が進歩していく上で、戦争は自然であり必要なものだ」などと考えている連中の言葉を、誰がまともに受け取るでしょうか。もしも数年間この目で見てきた愚かな血みどろの戦いが自然なことであるならば、人間の理性や善意こそ不自然だと言うべきでしょう。もしも組織立った殺戮の濁流が、全世界の防波堤を呑みこんでぶち壊し、何百万人もの命を奪い、ずっと代々受け継がれてきた貴重な遺産を焼きつくすのなら、そしてそれらがすべて「進歩」という名で説明しうるのなら、そんな「進歩」はこの世で最も忌むべき現象であり、むしろ「進歩」という言葉自体が人間の辞書において最も危険で呪われるべき単語だということになるでしょう。

ひとつ質問させてください。われわれは、最近の世界大戦を経て一体どれほど進歩したでしょうか。せめて戦前の暮らしぶりをまだ覚えている方だけでも現状をご覧ください。どこを見渡しても、あの悲惨な大戦で疲弊して心身を病み、政治経済も地に落ちて生活が苦しくなった人ばかりですよね。もちろん進化論を標榜する哲学者は、この現状を見ながら日ごろの冷笑をもって答えることでしょう。「いや、それにつきましては今判断してはなりませんよ。人類がこの大戦によっていかなる進歩を成しとげたのか、それは数百年ないし数千年後になって初めて正しく評価されうるものなのです」と。そうやってこちらの質問から逃げ、ただ何千年ないし何百万年の過去なり未来なりの闇中に姿をくらまし、その闇の中で論証しようのない理屈を並べ立てているだけなのです……。

「では一体だれが次の戦争の主因を解明できるのか。あるいは戦争そのものの主因を解明できるのか」と、将官は思われているのではないでしょうか。

解明できるのは、聖書だけなのです。聖書ほど戦争をふんだんに取り上げて、その主因を一つ一つ解説しきった本はありません。先人の膨大な体験の集積がそこにあります。つまり戦争とは何か、戦争の勝ち負けとは何か、一定の光のもとにすべて提示されているのです。

なぜ戦争が起こるのでしょうか。また、戦争の勝敗は予測できるものなのでしょうか。この問いに納得のいく答えを出しうる戦争哲学はありません。ただ聖書だけが主因を言い当てたり、勝敗を予測できたりするのです。聖書ほど、どの時代にも適応する本はなく、戦争の主因とそのおおよその結末について啓示している本はないからです。

もちろん、歴史上の戦争が一つ残らず聖書に描かれているわけではありませんよ。ただ聖書に解説されている戦争は、どれも太古から未来にわたる全戦争の型を示しているのです。戦争の規模や軍事技術など関係ありません。小競り合いにせよ世界大戦にせよその原因となったものは同一のため、聖書によらなければその原因を理解できませんし、聖書の解説によって初めて腑に落ちるものなのです。つまり、聖書に記された戦争の型を見ることで腑に落ちる、ということです。ですから、今にも勃発しそうな第二次世界大戦の原因究明は後回しにし、さしずめ戦間期であるこの記念すべき苦悶の一時に、どうか聖書という偉大な本を前半部から読み解いていくのをお許しください。そうすれば、ごく一部の学者の理論や意見に寄りかかって戦争を捉えるのではなく、まさに体験と事実に基づいて戦争を理解できるようになるからです……。

町中の人が自宅に灯油を撒いています……。この灯油でぬれた町に誰が最初に火をつけるかという問題は、すでに重要な問題ではないのです。

 

Ⅱ カインよ、お前の弟のアベルはどこにいる

将官もご存じのように、この地上で初めて犯行によって流された血は兄弟の血でした。このことは、世の終わりまでに起こる対人犯罪すべての象徴となっています。よって、この地上で最後に流される血も、兄弟の血となるに違いないでしょう。それ以外に一体だれの血だというのでしょう! しかし、血を分けた兄弟が属神的にも兄弟であるとは限りません。カインとアベルは血を分けた兄弟でしたが、その精神は別物でした。肉体的には血を分けた兄弟でありながら、兄弟といえる精神状態ではなかったのです。アベルの心は神に照らされて明朗でしたが、カインの心は嫉妬に暗んでいました。「カインはひどく気落ちして顔が変わった」、つまりその暗んだ心のせいで顔も黒ずんだほどでした。そして、二人が野原に着いたとき「カインは弟アベルを襲って殺し」ました(創世記 4 : 5~8)。神はすべて見ておられる方ですから、カインのやったことをご覧になって「お前の弟アベルはどこにいる」と詰問されました。カインはいかにも殺人者らしく「知りません。わたしは弟の番人でしょうか」と、かわしました。この兄弟殺しの事件から、人類の犯罪史が始まります。兄弟殺しの原因は、あろうことか嫉妬心だったのです。かつてアダムとイブが悪魔の嫉妬によって造物主を愛せなくなったように、兄カインも同じく悪魔的嫉妬に暗んで弟を愛せなくなったのでした。カインは、嫉妬心から弟を殺しました。その罪は、人祖の犯した罪の名残であると同時に、アダムとエバへの罰でもあったのです。アダムとエバは殺された次男の亡骸を手に取った時、かつて自分たちが楽園で神に対して犯した罪の毒針を痛感したことでしょう。しかしながら、これはやがて人類が犯していく罪の型の始まりにすぎませんでした。どういう点が「罪の型」だといえるのでしょうか。要するに、人間は神に対して罪を犯すと、その名残として人に対しても罪を犯すようになるということです。これを戦争に当てはめて換言すれば、人間は神に対してあらがえば、その名残として人とも争うようになるということです。もしも至上なる造物主が憐れんで罪の火事を鎮めてくださらなかったとしたら、人類はとうの昔に第一世代で滅んでいたことでしょう。しかし、造物主は人類を憐れんでくださいました。弟を殺したカインに対する復讐を禁じた上、その不幸な両親にも後々三男セトを与えて慰められたのです。「主はカインに出会う者がだれも彼を撃つことがないように、カインにしるしを付けられ」ました(創世記 4 : 15)。そしてカインは、おびえながら方々をさすらい、地上にて長い年月を過ごしたのでした。というわけで、将官。今日までに人類が起こしてきた戦争の根本的原因は、聖書によると次の数点に収斂されるのです。

  1. 泣いても叫んでも変えられない罪の法則というものがある
  2. 人間は、神にあらがった結果、人間同士でも争うようになった
  3. 爾来、人類は報復合戦に明け暮れながら、代々神に争いつづけてきた
  4. にもかかわらず、憐れみ深い造物主は罪の法則を緩めてくださっている。人類が存続していられるのは主の憐みによる

 

Ⅲ 主はわが旗(「エホバ・ニッシ」《出エジプト17:15》

今では死海に吞みこまれたシディムの谷にて、かつて戦争が起こりました(創世記 14 : 3)。4名対5名、計9名の王による戦でした。それは宿怨を晴らして略奪するための戦いで、血筋としてはノアの子ハム、ハムの子カナンの子孫が起こした戦争の一つでした。かつてハムが父ノアに対して犯した不敬罪ゆえに、父ノアに呪われてしまった血筋です(創世記 9 : 25)。この戦争はケドルラオメル王が一方の軍勢を導き、もう一方はソドムとゴモラの王らが率いて戦いました。勝ったのはケドルラオメル王でした。ソドムとゴモラの王らは敗戦を喫し、敗残兵は山へ敗走しました。勝った軍勢は「ソドムとゴモラの財産や食糧を奪い取って去り」ましたが(創世記 14 : 11)、それで戦争が終わったわけではありませんでした。略奪後に気を抜いていたせいで、戦勝の喜びがにわかに敗戦の慄きに変わり果てたのです。そう、将官も軍事史をとおしてよくご存じのように、こういう油断は略奪者には付き物でして、最も警戒を緩めたその瞬間に、まるで首に巻きつけられていた目に見えないロープがぐっと引き締められるような惨事が起こるものです。ひとまず勝利できるのも、より深く敗戦の屈辱を味わうためなのです。では、ケドルラオメル王とその同盟者たちは、いったいどの点で不用心だったのでしょうか。じつは、ソドムから連行してきた奴隷のうちに、神の人アブラハムの甥であったロトという義人がいたのです。アブラハムは、このロトが連れ去られたという知らせを聞くなり手下を集め、神に望みをかけて戦勝者を急襲して打ち破り、「死海からダマスコまで追跡した」のでした。そして、ロトと奴隷全員を解放し、奪われた財産もソドムの住民に取り戻しました。ところで将官は、メルキゼデクという王をご存じでしょうか。この捉えがたい謎めいた人となりについて耳にされたことはございますか。というのも聖書に出てくるこの謎めいた王は、そのときアブラハムの前に現れてアブラハムを祝福したのです。ただしアブラハム自身がそうしたのと同じように、戦勝の功績をアブラハムに帰したのではなく、「敵をあなたの手に渡された至高の神が讃えられますように」と告げて、至高なる神に帰したのでした。しかもアブラハムときたら義人のあまり、想定外の逆転に喜んだソドムの王から「奴隷以外の財産をすべて差し上げます」と進呈されても、きっぱりとこう断ったのです。「天地の造り主、いと高き神、主に手を上げて誓います。あなたの物は、たとえ糸一筋、靴ひも一本でも、決していただきません。『アブラハムを裕福にしたのは、このわたしだ』と、あなたに言われたくないからです」と(創世記 14 : 20~23)。そして戦勝者であったにもかかわらず、何一つ受け取りませんでした。しかも求めてしかるべき戦費すら要求しませんでした。物品を入手するためではなく、あくまで不信仰の暴虐者から奴隷を解放し、奪われた財産を取り戻すために戦ったからです。正義感に突き動かされていた者として、正義のために勝てたことに報酬を見出していたからです。

さて将官、この義人の行動を、1870年(普仏戦争)のパリの占領者と比較してみてください。あるいは 1918年(第一次世界大戦)の戦勝者と比較されても結構です。現代の戦勝者は、いずれもキリスト教徒でしたよね。いっぽうアブラハムは、割礼しか受けていなくても生ける神を深く信仰し、何千年も前に真のキリスト教徒のあるべき姿を見せていました。もしパリに入ったビスマルクの口から、アブラハムの台詞を聞けたらどんなに素晴らしかったことでしょう。「天地の造り主、いと高き神、主に手を上げて誓います。フランスの物は、たとえ糸一筋、靴ひも一本でも、決していただきません。『ドイツを裕福にしたのは、このフランスだ』と、貴国に言われたくないからです」と。そうすれば、この台詞はビスマルクがフランスから得た 50億フランの金貨のジャラジャラした音よりもずっと美しく響き、何百年経っても人々の心に響きつづけていたことでしょう。

さて、時代を進めて数百年後の戦争を分析してみましょうか。それはイスラエルの人々がエジプトを出て、カナンの地へ向かっていた歳月のことでした。ホレブ山(シナイ山)の麓の砂漠にいたとき、喉が渇いているのに水がありませんでした。とうとう「なぜエジプトからわれわれを連れ出したのか」とモーセを責め始めます。しかも、もっと良からぬことに神をも疑うようになり、神の助けも信じられなくなってしまいました。そのとき、柔和なモーセは主にこう叫びます。「この民をどうすればいいのですか。彼らは今にも、わたしを石で打ち殺そうとしています」(出エジプト 17 : 4)と。主はその声を聴き入れられ、ホリブの岩から水を出して人々の喉を潤してくださいました。いっぽう人々は、神を疑って不平を垂れた罪を償わねばなりませんでした。それが罪の法則というものだからです。その法則によって、砂漠の王アマレクの完全武装した大軍に襲われ、あまりの恐怖に息も絶え絶えになりました。まさにそのような恐怖を味わうことで、神及び神の奉仕者モーセにぶつけた不信と不平の罪を償ったわけです。こうして罪を償った後、モーセはヨシュアを派遣してアマリク王と戦わせ、自分自身は高い丘に登って手を上げて神に祈りました。「モーセが手を上げている間、イスラエルは優勢になり、手を下ろすと、アマレクが優勢にな」ったのでした(出エジプト 17 : 11)。両者の攻防は一日中、日が沈むまで続きました。そのため、モーセはだんだん手を上げているのがつらくなりました。すると、モーセの手の下に兄アロンが石を置き、ずっと手を上げたまま祈れるようにしました。それでも、とうとう疲れきって手を下ろしそうになったので、今度は両脇にアロンとフルが立ってモーセの手を支えました。そんなふうにして「ヨシュアは、アマレクとその民を剣にかけて打ち破った」のです(出エジプト 17 : 13)

将官、この戦争の一風変わった点に気づかれたでしょうか。民の指導者であった司令官は軍を率いず、不動のまま手を上げて神に祈っただけで、敵と剣を交えたのは補佐官でした。そして奮闘した補佐官の力によってではなく、祈っていた司令官の力によって勝利したのでした。神が憐れんで罪の法則を緩めてくださったから勝てたのです。いと高き神は、民を導く義人モーセの叫びを聞き入れられ、イスラエル人が略奪目的でアマレク王に強襲されるのを許されました。その恐怖でもってイスラエル人を懲らしめるためでした。しかし、役立たずのアマレクが勝利することまでは許されず、ご自身に仕えるモーセの信仰と祈りを受け入れて、最終的には勝利をイスラエルに賜わったのでした。モーセは勝利を賜わるなり、その場所に祭壇を築き、その祭壇に「主はわが旗」(出エジプト 17 : 15)という名称を付けたのでした。

モーセは、じつに主を旗としていました。アブラハムも主を旗としていました。どちらの義人も主を旗として主と共に戦い、難敵を打ち倒しました。まさに主を旗とすることで、アブラハムは一握りの手下(しかも兵士ではなく牧者)と共に5人の王を打ち破り、モーセは好戦的な暴君アマレクを打ち破ったのです。モーセが手を下ろすなりアマレク軍が優勢になったことからも、アマレク軍がモーセ軍より強大であったことが窺えます。つまり、いと高き神が御手を引いて戦況を人間の手に委ねられるや、アマレク王が進軍してイスラエルが撤退するほど戦力差があったということです。まさしく「生ける主」を旗としたからこそ、アブラハムもモーセも勝利できたのです。

一方、かのケドルラオメル王やアマレク王は、どんな旗を掲げていたのでしょうか。言わずもがな、ライオンや鷲や狼など禽獣類の像が描かれた旗だったことでしょう。残念ながら現在でも、そのような旗は異教徒だけでなくキリスト教徒の旗にも見受けられます。以上をとおして聖書に明示されている現実は、以下の3点です。

  1. ケドルラオメルやアマレクのように略奪目当ての攻撃者も、神に許容されて最初のうち勝利することがある
  2. そのような略奪者や暴行者が戦勝するのは当人たちの力によるのではなく、被害者側の罪深さによる
  3. アブラハムやモーセなど神の義人は、神のみを旗とする。そして被害者や弱者を保護しながら、敵を打ち破ってゆく

 

Ⅳ 戦場にて身を汚せば不遇な目に遭う

さて、将官。どうか耳をすませて聖書の命令をお聴きください。「あなたが敵に向かって陣を張るならば、注意して、すべての汚れから身を守らねばならない」(申命 23 : 10)という命令です。

戦場にて悪事から身を守ること、こと姦淫から身を守るべきことは、バルカン半島の農民が固く守ってきた基本的軍紀です。この軍紀を守るか否かで勝敗も変わるのですが、それについてはイスラエルの民族史を見ればよく分かります。

だらしない司令官は勝てません。だらしない兵は犬死します。「戦いは主のもの」なのです(サムエル上 17 : 47)。万軍の主にして天地を造られた神が、この民を用いてこうしようと思われたとき、それに逆らえるのは当該の民しかいません。主は、イスラエル人には唯一の生ける神を信じ、他民族の鑑になってほしいと望んでおられました。だからこそ、アブラハムやイサクやヤコブに確約されたとおり、イスラエル人をエジプトの奴隷から引き出してカナンの地へ導かれたのです。ゆえに、イスラエル人さえ自ら失速しなければ、神に助けられてあっという間にカナンに着いたはずでした。かのファラオにせよ紅海にせよ、かのエジプト~エルサレム間に住んでいたアマレクや異邦人たちにせよ、もはや神に導かれて歩んでいたイスラエル人を、より正確に言えば、全能の聖神の御手に運ばれていたイスラエル人を止めることなどできなかったはずなのです。

しかしながら、イスラエル人は罪を犯したばかりに、それも神という目に見えない指導者に対して重罪を犯したばかりに、しばしばもたついたり立ち止まったり、もと来た道を戻ったり道に迷ったりしました。しかも存亡の危機に陥ることもありました。なぜなら信仰を試すために降ってくる不運にぶち当たるなり、愚か者のごとく神に文句を垂れていたからです。そうやって自ら災難や病気を招き、蛇に苦しめられたり敵にやられたりしながら、出口なき砂漠を 40年間も放浪したのでした。それでも悔改するなり、正気に返りました。罪を清めてふたたび前進し、どんな障害も楽々と乗り越え、痛手を一切負うことなく敵を打ち破っていったのです……。こと異邦の王に見事な連勝を収めた後には、それを見ていた他民族が震え上がったほどでした。中でもモアブ人とミディアン人が腰を抜かしました。国境に近づいてきたモーセとイスラエル人を見て、ぶるぶる震えながらこう語り合ったのです。「今やこの群衆は、牛が野の草をなめ尽くすように、我々の周りをすべてなめ尽くそうとしている」と(民数 22 : 4)

にもかかわらず、選ばれた民は、またしても失速する原因をこしらえてしまいます。そうです、「モアブの娘たちに従って背信の行為をし始めた」のです(民数 25 : 1)。姦淫するが早いか、唯一の生ける神のことを忘れ、おのが使命も忘れて砂漠に腰を据えました。そして、体でモアブの女と姦通しているうちに、精神でも姦通の罪を犯すようになりました。まさに預言者たちがあれほど強く警告してきた罪を犯すようになったのです。つまり体で姦通しているうちに精神も姦通に走り、分別を失って血迷った挙句、とうとう(これが一番恐ろしいのですが)唯一の生ける神から離れ去り、異教の偶像崇拝に陥ったのでした。そうです、モアブ人の拝む無魂の偶像に、すっかり「執着」してしまったのです。モアブの娘から肉体的にも属神的にも姦通に誘われるがまま、娘たちに付いていっては偶像を拝み、その偶像に犠牲を捧げたりしたのです。すると、本来ならばモアブ人を襲うべき立場でありながら、逆にモアブ人から襲われる立場に転落しました。「彼ら(モアブ人)は、お前たちを巧みに惑わして襲い」と書いてあるとおりです(民数 25 : 18)。神の民は、神を裏切った以上、罪の法則によって完全に撲滅されねばなりませんでした。しかし、この時も神の憐みによって罪の法則が緩められて救われます。それもモーセとピネハスの義憤に免じて救われたのでした。ピネハスというアロンの孫は、そもそも民の放蕩ぶりを憂いていました。そんなある日、ミディアン人の女を連れて帰ってきたイスラエル人が目に入るなり、その幕屋に踏み込んでいって二人を槍で突き刺したのです。さらにモーセも、放蕩と淫行で風紀を乱した民の長たちを全員捕えて処刑し、白日の下にさらしたのでした。かくなる処断を目にしたイスラエルの民は、度肝を抜かれて自分たちの犯した罪を悔い改めました。そして、ようやく神を思い起こし、長かった停滞期に終止符を打って前進し、敵を撃破してその町や土地を手に入れたのでした。以上から、以下の2点が明らかになるでしょう。

  1. 体で姦通すると、精神も姦通するようになる。つまり、真の神から離れて真の神を拒み、神もどきを拝むようになる
  2. いずれの姦通も、戦場で不遇をもたらす

 

Ⅴ 戦場で略奪すれば敗戦する

ヨシュアは、いともたやすくエリコの要塞を占拠できました。その勢いで、同じ軍隊をアモリのアイという無防備な町へ派遣したのですが、とんだ憂き目に遭います。たしかに 3000人しか派遣しなかったとはいえ相手は手薄だったわけですから、どう計算してもそれだけの兵力があれば足りるはずでした。イスラエル軍はアイに近づくなり、なんと踵を返して逃げ始めたのです。端から見ているだけでは、なぜ逃走するのか分かりません。アイという小さな町から出てきた住民に追われて 36人殺され、パニックに陥って逃げ出し、勢いづいた住民に追跡されるがまま、山まで追い詰められてとどめを刺されたのでした(ヨシュア 7 : 5)。このような意外な敗走ぶりを目の当たりにして、生き残ったイスラエル全軍は背筋が凍りつきました。その「心は挫け、水のようになった」(ヨシュア 7 : 5)ほどでした。全軍の司令官であったヨシュアは、いつも祈っていた主の箱の前でふれ伏し、この衝撃的な惨事の原因を教えてくださいと嘆願しました。夕方までひれ伏して嘆いていたところ、原因は略奪行為にあったという神の声を耳にします。「イスラエルは罪を犯し、わたしが命じた契約を破り、滅ぼし尽くしてささげるべきものの一部を盗み取り、ごまかして自分のものにした」(ヨシュア 7 : 11)と。御声を聴くなり、ヨシュアは民に災いをもたらした略奪者がだれであるか探し始めました。その結果、犯人はユダ族のカルミの子アカンであったことが判明します。なんでもエリコで目にした美しい上着と銀 200シェケルと金の延べ板が欲しくなり、略奪して自分の天幕の地下に埋めたという。この自白を耳にするなり、ヨシュアは「お前は何という災いを我々にもたらしたことか。今日、主がお前に災いをもたらされる」(ヨシュア 7 : 25)と宣告しました。そしてアカンは、ひどい罰を受けました。家族も家畜も石で打たれ、奪った物も奪っていない物も焼きつくされました。ヨシュアは、手下の犯した罪に対してかくも血生臭い浄化をした上で、ふたたびアイに出向いて難なく町を占拠したのでした。

この戦記から何を学べるでしょうか。神から他民族を罰したり正したりせよと命じられた民族は、どんなに小さな戒めであろうと神の法を破ってはならない、ということです。軍隊も司令官も兵卒も、神の法を破ってはなりません。たった一兵とて盗んだり略奪したり姦淫したり聖器物を汚したり、神の法に反する罪を一つでも犯したりすれば、勝てるはずの戦争も勝てなくなります。その軍人の地位が高ければ高いほど、その罪からこうむる悪影響も絶大です。司令官が神に背いて罪を犯した日には、売国や敵への降伏と同じくらいの力を持つでしょう。戦時には、平時よりもすばやく罪に対する罰が下るのです。この点、頭の片隅に置いておかねばなりません。平時に人々が長いこと溜め込んできたものが、戦時に一気に神に清算されるということです。われわれは、どこそこの部隊が危機に瀕して討ち死にした、と聞くと悲しみに悶えるものですが、戦場ではたまたま討ち死にするということはありません。あるいは「狂った」銃弾が天幕内へ飛んできて将校が戦死した、と聞くと哀悼を捧げますが、いわゆる銃弾が「狂う」ということはありません。どの銃弾も撃ち抜くべきところを撃ち抜くのです。将官、戦場では、たまたまそうなるということはないのです。

もとより農耕民族であったバルカン人は、「戦場では罪を犯さず神を畏れ、神の前でともる燭光のごとく清くあれ」と教わってまいりました。それは現在でも変わりませんし、戦場ではこの指針にそって任務に当たります。何も知らないくせに戦場についてあれこれ語りたがる連中に精神的に汚されていないからです。しかし、あれこれ言いたがる連中は西側にはたくさんいます。属神的法則と道徳こそ戦場の見えない決定打であることを、すっかり忘れてしまったからです。

西側では、戦場で決定打を放つのは命ある機械(すなわち兵士という生きた軍資)と、命なき機械(すなわち兵器)だと考えています。そして、兵士と兵器を一緒くたにして「軍資」という用語で呼びならわしています。唯物論者はすべてにおいて唯物論者ですから、戦争を評する際にもモノしか見えていません。唯物論に基づく以上、軍資と戦闘技術以外は認めようがないのです。ゆえに、いくら戦争を評しても的外れで、(現にわれわれも見てきた)第一次世界大戦についても何かと予言してきましたが、見事に全部外れましたよね。なにせ二つの軍隊が衝突している時に、その双方の兵力しか見ておらず、三つ目のすべてを見通されるお方、まさに決定権を握っておられるお方を見ていないからです。これはバルカン半島の農民には見られない根本的な過ちです。バルカン半島で汚れを知らずに育った農耕民族は、今そこで対戦している国々のことよりも、むしろそのお方のことを考えています。そしてこれこそが、戦争に対する聖書的な態度と言えるでしょう。以上のことから、次の2点が見えてきます。

  1. 戦場で略奪する者は、万軍の主に嫌われる
  2. 一部の者が略奪しただけで、勝てる戦も勝ちにくくなる

 

Ⅵ 滅びるべしと宣告された7つの民

民族というものは、唯一の生ける神から離れるなり、実質的には死んだ民族となってしまいます。その魂は影のように世の中を漂っていますが、ちょうど根を切られた樫木かしのきのように辛うじて立っているようなものです。この影、この根を切られた樫木、この死者たちを葬るには、地震や洪水や疫病や戦争を送るしかありません。なぜならば、唯一の生ける神から離れるということは、すなわち神に対して宣戦布告し、神の法を片っ端から破ることを意味するからです。とはいえ、草の分際でどうやって鎌と闘うのでしょう。あるいは陶器の分際でどうやって陶芸家と闘うのでしょう。聖書にも「斧がそれを振るう者に対して自分を誇ることができようか」(イザヤ 10 : 15)と書いてあるではないですか。

カナンの地に7つの民が暮らしていました。ヘト人、ギルガシ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人です。どの民族も、唯一の生ける神を離れ、神の法を破って偶像崇拝に走り、その当然の成り行きとしてひどい背徳的生活に陥っていました。神に憐れんでもらおうが罰せられようが、その頑な心はびくともしませんでした。むしろ至高者から送られてくる慈憐や懲罰を、悪魔がよこしたものと捉えていました。信じるといったら、悪魔を信じることしかできませんでした。畏れるといったら、悪魔を恐れることしかできませんでした。同盟を結ぶとしたら、悪魔と同盟を結ぶことしかできませんでした。そのようにして 430年ものあいだ、かのヤコブがカナンを発ってエジプトへ去っていった往時と何も変わらぬまま、ふたたびイスラエル人が帰還する日を迎えたのです。この時、すでに7つの民はイスラエル人よりも強大な民族集団になっていました(申命記 7 : 1)。でも、属神的にはとうに死んでいました。かつてソドムとゴモラの人々も同じように属神的に死んでいたため、至上者から火と灰を送られて葬られたことがありましたよね。また、ティルスとシドンも同じように属神的に死んでいたため殲滅されましたし、ポンペイも同じように属神的に死んでいたため火と灰によって滅んだのでした。全能者の御旨により、これらカナン地方の7つの民も同じような運命を辿らねばなりませんでした。いっぽうイスラエル人は、埃でも払うかのようにそれらの民族を一掃せねばなりませんでした。根っこの切断された木として切り倒し、死んだものとして葬らねばなりませんでした。主ご自身から、約束の地カナンに入ったら7つの民を滅ぼし尽くせと命じられていたからです(申命記 7 : 2)

プロテスタントの聖書解説者の中には、ここに神の慈悲を見抜くことができない人がいます。挙句の果てに「モーセは思い違いをした」などと言い出し、「だいたい神がこんなむごい命令を下すわけがあろうか」などと詰問するのです。はたしてモーセは、実際に思い違いをしたのでしょうか。とんでもない。神も無慈悲ではなかったし、モーセも思い違いをしたわけではありません。

ある民族が何百年もかけて造物主の名を笑い物にし、神の法を片っ端から破って神にあらがってきた場合、はたして死や永遠の死に値しないでしょうか。その涜神的な罪や悪習をきちんと理解せずに、神の慈悲を問題視してはなりません。そもそも畑にしおれた野菜が出た時に、それを抜き取ろうとする園芸家の権利を否定する人はいますか。だれが神の深い摂理を見抜くことなどできましょう。火を見るよりも明らかなのは次の2点です。まず、この7つの民はとっくに滅ぼされてもおかしくないほど乱れきっていたということ。また、主はかつてアブラハムに一人息子を捧げよとお命じになったように、今回もイスラエル人の信仰と従順さを試されたということです。このような試練に遭った場合、イスラエル人はアブラハムのような信仰と従順さを見せられないことが大半でした。どちらかというと物欲や色情に逆らえずに神の敵の信仰を受け入れてしまい、神に争ってきたのでした。ゆえに、天罰を受けたり敗戦を味わったりしなければならず、なすべき使命から遠ざかる一方だったのです。

モーセの死後のことでした。ヨシュアが全軍の司令官に就くなり、イスラエル人は連戦連勝しながら殲滅すべき民を地上から一掃していきました。主は、開戦前にヨシュアにこう宣告しています。「律法をすべて忠実に守り、右にも左にもそれてはならない。この律法の書をあなたの口から離すことなく、昼も夜も口ずさみ、そこに書かれていることをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたは、その行く先々で栄え、成功する。わたしは、強く雄々しくあれと命じたではないか。うろたえてはならない。おののいてはならない。あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる」(ヨシュア 1: 7~9)と。司令官であったヨシュア自身は、息を引き取る日まで神に忠実でした。かつ万事において従順であり、神の法を一つたりとも破りませんでした。もし手下の兵士がときどき罪を犯すようなことさえしなかったならば、つまり神の法を破ることさえしなかったならば、これら7つの民はとうの昔に死んだ民として殲滅され、葬られていたことでしょう。しかしながら、この不敗のイスラエル軍でさえ手下の兵が罪を犯すなり負けたのです。そう、エリコの町はやすやす包囲して占拠できたのに、たった一兵の罪のせいで、初めてアイに攻め入ったとき敗走したのでした。この7つの民が滅ぼされた恐ろしい運命から、以下の点を学ぶことができるでしょう。

  1. 神の法を無視して罪を犯す民は、平和に暮らせない
  2. 罪を犯すから戦争になる。罪深い民は、いかに平和を愛してみせたところで戦災に遭う
  3. 神を離れた民が神に争っていると、ときに遠方の民が送られてきて主に罰せられる。そのため、カナンの7つの異邦人は、エジプトからイスラエル人が送られてきて罰せられた。欧州人は、遠いアジアからアッティラやチンギスハンが送られてきて罰せられた。スペイン人は、サラセン人(イスラム教徒)が送られてきて罰せられ、バルカン人はトルコ人が送られてきて罰せられた

 

Ⅶ 自業自得としての奴隷化

①士師記

夜はとっぷりふけて、天空には星が散らばっていた。そのひっそりした輝きに魅せられて、こうつぶやいた学者がいた。

「ああ、この星の世界に見られる秩序が、人々の暮らしにもあったならば!」

「そのような秩序がないとでも?」と、バルカン人が訊いた。「いや、ありますでしょう。われわれの生活にも、それなりにしっかりした秩序がありますよね。星の世界に見られるような外側の、いわゆる無機質な秩序ではなくて、よりしっかりした内側の秩序があるではないですか。皆さん、われわれは息をしている霊なのです。ゆえに内面で生じたことや今生じていることを、身体的動作や暮らしぶりで表現する存在です」。こう告げた後、バルカン人は以下のように敷衍した。

――よって、こう言うことができるでしょう。ある民族が目に見えるかたちで奴隷になったとしたら、それは、そうなる以前に属神的に奴隷になっていたことの証しなのです。おおむね聖書がそのように解説しています。この法則にそぐわない例としては、ヨセフが信仰と意志を試されるために奴隷となった件や、ユダヤ人がその信仰と意志を試されるためにエジプトで奴隷となった件くらいでしょうか。ほかにも神の壮大なご計画によって個人や集団がより高い栄誉を受けるために、使徒や致命者や信徒たちが奴隷となった例外はありました。しかし、そのような大いなる例外はいったん脇に置いておいて、この場では一般的な法則に戻りましょう。二二が四というくらい分かりやすい法則ですよ。そうです、ある民族が敗戦して奴隷となった場合、それは平和な時代にだらしない生活をしていたから奴隷になったのです。

信仰深いヨシュアが永眠した後のことでした。この無敵の将軍を失った後、イスラエルは士師の時代だけで6回ないし7回も奴隷生活に陥ったのでした。

まず、メソポタミアの王クシャン・リシュアタイムの下で8年間奴隷になりました(士師 3 : 8)。次に、モアブの王エグロンの下で 18年間(士師 3 : 14)。3回目は短期間のみカナンの王ヤビンの奴隷になり(士師 4 : 1)、4回目はミディアン人の下で7年間奴隷になりました(士師 6 : 1)。5回目はペリシテ人の下で 18年間(士師 10 : 7)、6回目は同じくペリシテ人の下でなんと 40年間も奴隷になったのでした(士師 13 : 1)。これ以外にも、統率力ある士師の不在期に無政府状態に陥ったり、一部の者だけ奴隷になったりした時期もありました(士師記)

それにしても、どうして奴隷となったのでしょうか。もしや毎回ちがう理由で奴隷となったのでしょうか。いいえ、理由は常に一つしかありませんでした。より正確に言うと、いつも一つの行いが原因だったのです。はっきりとこう書いてあります。「イスラエルの人々は主の目に悪とされることを行った」と。

イスラエル人は、そもそも平時にも戦時にも奇蹟的に神に救われてきた民でしたが、その姿を目撃した世代は徐々に去っていきました。すると「その後に、主を知らず、主がイスラエルに行われた御業も知らない別の世代が起こ」りました。彼らは、平気で「主の目に悪とされることを行い、バアルに仕えるものとな」りました。かつて「先祖が主の戒めに聞きしたがって歩んでいた道を早々に離れ、同じように歩もうとはしなかった」のです(士師 2 : 10~17)

イスラエル人が主の前で行った悪の中で、特に強調されているのが「バアルに仕えた」という悪行です。「バアルに仕える」とは、いったいどういう行為だったのでしょうか。じつは偶像に仕えるふりをして、悪魔に仕えることでした。ここに、あらゆる罪の元凶があります。この点から際限なく罪が生じ、大原則である神の十戒を徹底的に破っていくことになるからです。つまり、唯一の生ける神を信じなくなり、逆に邪悪な神々や無魂の神々を信じ、神の名を徒に発するようになります。つづいて七日目を祝わなくなり、両親を敬わなくなり、人を殺し、姦淫し、盗み、偽証するようになり、他人のものを欲しがるようになります。こうして唯一の生ける神に争う者は、全能者に盾つく者として心身共に地獄の闇の力に隷従するようになるわけです。せっかく平和な時代に生きていても、こんなひどい属神的戦争をしているようでは、いずれその内面の戦争が物理的戦争となって外側に出てこない方がおかしいでしょう。「主はイスラエルに対して怒りに燃え、彼らを略奪者の手に任せて、略奪されるがままにし、周りの敵の手に売り渡された……」(士師 2 : 14)と書いてあるとおり、イスラエル人はまさに罪を犯したせいで、神に裁かれて外国人の奴隷になり下がったのでした。

しかもしっかり理解していただきたいのですが、以上は(すでに述べた事例やこれから述べる事例も)個人の罪の話ではないのです。個人ではなく、むしろ民全員が犯した罪の話なのです。さらに「彼ら(イスラエル人)は士師たちにも耳を傾けず、他の神々を恋い慕って姦淫し」た、とも書いてあるように(士師 2 : 17)、指導者であった士師らの罪でもありませんでした。あくまでも民全員が罪を犯し、民族として神から離れ、一人一人が不幸を被る原因を招いたのです。なにせ神の法にそって高尚な使命を果たす代わりに、すなわち処刑すべき民を殲滅するか、あるいは真に唯一の神への信仰を表してそれらの民を活気づける代わりに、なんと殲滅されるべき民に蔓延していた闇の中に埋没していったからです。選ばれた民でありながら、選ばれてない民に感化され、滅ぼすべき相手と一緒になって神の命令にあらがい、異邦人と何ら変わらなくなってしまったのでした。こうして、かつて真の信仰をもつ者として異邦人を襲うべしと命じられていたイスラエル人は、逆に異邦人から襲われるべしという天命が下ったのでした。義なる神を裏切ったため、義なる審判が下ったのです。かつて神から「カナンの民が神を裏切ったため殲滅せよ」と命じられた身だというのに、いまや神を裏切ってひどく堕落した以上、逆にこれら不信仰な異邦人に襲われるべき分際へと転落したのです。以上から、次の4点が明らかになります。

  1. 民は、こぞって神から離れ、神の法を片っ端から破ることがある
  2. そうした罪のせいで、民全員が奴隷になる
  3. このような因果関係を決めておられるのは神である。造物主があらゆることを見抜かれた上で、その民の命運を摂理されている
  4. 原因を作り出すのは人であるが、結果をもたらすのは神である

②どうすれば奴隷状態から解放されるのか

「では、どうすれば奴隷の身から解放されるのか。あるいは誰によって解放されるのか」と将官は疑問に思っておられるのではないでしょうか。

ヨーロッパの歴史学者は、この問いに答えようともしませんでした。たとえば、ロシア人はどのようにしてタタールの軛から解放されたのか。バルカン諸民はどのようにしてトルコの軛から解放されたのか。どの歴史書を読んでも、それらの民が解放された主要動機にも触れていなければ、その主要動機を与えてくださったお方のことも書いてありません。よく「奴隷民は、征服者によるひどい虐待のせいで蜂起し、解放運動を起こしたのである」などと書いてある始末です。しかしですよ、もしも 200年ないし 400年も経ってから征服者の虐待のせいで解放運動を起こしたのだとしたら、なにゆえ奴隷化直後のもっとこっぴどく虐待されていた時期に、その虐待に怒って解放運動を起こさなかったのでしょうか。奴隷化された直後であれば、まだ自由人であった日々を鮮明に覚えていたはずです。いったい 200年間もの奴隷生活の間には一切生じず、ようやく 200年後にロシア人が立ち上がった決定的要因とは何だったのでしょう。セルビア人がコソボの戦いの直後(1389年)ではなく、セルビア蜂起直前(1804年)に立ち上がった決定的要因とは何だったのでしょう。

二つの民族間の揉め事を語るとき、もしも第三の要因であられる造物主とその摂理を考慮しないのであれば、上辺をなぞっただけで因果関係の見えない戦史になります。これゆえに、かくも戦争についてたくさん書かれている割に、述べられていることが少ないのです。他方、聖書に収められた史書には少なくしか書いてありませんが、戦争を語る際に最も重要な点が残らず書いてあります。そのため、聖書におさめられている史書こそ戦史作家の鑑とすべき書物でありましょう。だてに聖書に収録され、永遠に聖なる書物として人類に役立ってきたわけではありません。まさに的確に原因を暴く解説書として、なぜ民族は堕落したり再起したりするのか、平和になったり戦争になったりするのか、戦争で勝ったり負けたりするのか、奴隷になったり解放されたりするのか、逆風に遭ったり順風満帆であったりするのかを解き明かしているのです。最近の歴史学者は綿密な資料を大量に提示してくれますが、戦争というものを理解させてくれません。私としては、情報の渦に呑まれて何も解説できずに終わるよりは、少ない情報で解説しきったほうが良いと思っています。この点、聖書を見ると、要点を絞った簡潔な筆致でもって、そこに描き出した戦争をすべて完璧に解き明かしています。では、いよいよ将官の疑問にお答えいたしましょう。

すでに民族がどうして奴隷になってしまうのか、という点は押さえましたよね。ここからは、どのようにしてその奴隷状態から解放されるのか見てまいります。すでに取り上げた事例にそって話を進めたいと思います。今しがたイスラエル人が6度も奴隷となった原因を見てきましたが、今度は、イスラエル人がどのように解放されたのか、6度にわたる奴隷状態から誰によって解放されたのか、その主因を見てまいりましょう。

士師記の第二章をご覧ください。主が、なぜイスラエルに士師をお与えになり奴隷状態から解放してくださったのか、その概要が描かれています。「圧迫し迫害する者を前にしてうめく彼らを、主が哀れに思われたからである」(士師 2 : 18)と。ということは、人々が主に向かってうめいたから、つまり悔い改めたから解放されたわけですよね。しかも誰が解放してくださったのかと言えば、人々を哀れに思われた至高の主だったわけです。

具体的な事例を見てみましょう。まず、イスラエルの民は、クシャン・リシュアタイムの下で8年間隷属した後、「主に助けを求めて叫」びました。「そのため、主はイスラエルの民のために一人の救助者を立て、民を救われた。これがカレブの弟ケナズの子オトニエルである。主の霊が彼の上に臨み、彼は士師としてイスラエルを裁いた。彼が戦いに出ると、主は、アラムの王クシャン・リシュアタイムを彼の手に渡してくださったので、彼の手はクシャン・リシュアタイムを抑えることができた。国は 40年にわたって平穏であった」(士師 3 : 9~11)と書いてあります。

旧約聖書では、同じような話が何度も何度も出てきます。士師記からサムエル記の上下巻を経て列王記の上下巻に至るまで、くりかえし何度も出てくるのです。

その事例の共通点は何でしょうか。聖書のイロハともいえる教えですよ。

イスラエル人は、まさに自由人であった時代に、だらけて欲深くなって属神的に奴隷化していったのでした。いくら自由人っぽく見えたとしても、そんな見た目は内面の奴隷状態を押し隠す金ぴかの掛布にすぎませんでした。その奴隷化した内面がおのずと外側ににじみ出て、物理的にも奴隷となるのは自明の理でした。なにせ神から自由や平和や幸福を賜っていた時代に、心が分厚い皮に覆われて硬くなり、唯一の生ける神を感じられなくなり、汚れた罪に埋もれて異教の偶像と交わって現を抜かしていたからです。つまり神を離れ、神の法を片っ端から破っていたからです。その結果、見た目でも奴隷になり下がりました。ただし奴隷となった後、ようやく硬い心もやわらいで頭が冴えていきました。もちろん、すぐに硬い心がやわらいで頭が冴えきったわけではありませんよ。徐々に、ゆっくりと長い時間がかかりました。奴隷の身分ですと、黙ったまま耐えることや思い出すことを余儀なくされます。黙って耐えて思い出しながら、ようやく心がやわらいで精神が照らされ、いろいろ思い出しながら学んでいきました。そして、とうとう痛悔の情に打ち砕かれたある日、主に泣き叫んで解放してくださいと乞い求めたのです。そう乞い求めるが早いか、神のほうから憐れみを垂れて解放してくださいました。罪人が心底から悔い改めたとき、神の憐れみによって恐ろしい罪の法が緩められるのです。

というわけで、何によってイスラエルが奴隷から解放されたのかと言えば、まさに悔い改めたから、という理由です。そして、その悔い改めをご覧になられた造物主が摂理に基づいて介入され、状況を変えて奴隷たちを解放してくださったからです。ふつう奴隷と暴君は敵対関係にありますが、かりに奴隷が悔改せず、暴君も奴隷を虐待しすぎさえしなければ、その相互関係は一向に変わることがなかったでしょう。しかし、被虐者側の痛恨の情と、虐げる戦勝者の傲慢さに目に余るものがあったとき、第三者としてすべてをご覧になりつつ万事を決定されるお方が働きかけて、一気に状況を変えてくださるのです。

この第三者による介入のおかげで、泣いて悔改した者は福を授かり、傲慢な不信仰者は滅んできました。虐げられていた人々は、このようにして自由を授かってきたのでした。

そもそも、なぜロシア人はタタールの軛に遭い、その軛から解放されたのか。なぜバルカン半島のキリスト教徒はトルコ人の奴隷となり、その奴隷状態から解放されたのか。なぜスペイン人はムーア人(イスラム教徒)の奴隷となり、その奴隷状態から解放されたのか。これらの問いも、すべて以上の聖書的な見方をすれば理解できますし、そのように理解すべきといえるでしょう。

すでに将官は、ご疑問点への回答がどのような答えになるかお察しのことでしょう。戦争に負けて虐げられてきた民族は、いったいどのようにして誰によって自由の身に戻れるのか、はっきり見えてきたのではないでしょうか。

奴隷から解放されるか否かは、ひとえに人々の悔改と神の憐れみに掛かっています。神に泣き叫ぶ痛悔と、それに呼応する神の憐れみに掛かっています。ただし痛悔したからといって神に解放してもらえるとは限りません。たしかに解放されるか否かは人々の心次第なのですが、誰の力によって解放されるのかと言えば、それはいと高きところにおられる神ご自身になるわけです。もしも神ご自身が解放者でなかったとしたら、どうして武器ひとつ持っていなかった奴隷ごとき分際が、完全武装した征服者の軛から抜け出すことなどできたでしょう。

奴隷から解放される主因については、聖書にもそのように書いてありますし、キリスト教徒ならば心で感じている点です。でも神を知らない歴史学者の場合、こんな視点があるということすら思いつかないでしょう。

というわけで、将官。被虐者を解放してくれる最も大きな主因とは何か、もうお分かりですよね。つまり、

  1. 人々の悔い改め と
  2. 神の憐れみ なのです

 

Ⅷ 指導者の罪が、戦争と敗戦を招く

①サムエル記 列王記 歴代誌

さて将官、ここで士師時代の特徴をおさらいしておきましょう。当時イスラエルが何度も襲撃に屈して奴隷にされたのは、民の罪のせいでしたよね。まさに民全員が属神的に腐っていたせいで、傷口に蝿がたかってくるように近隣諸民族に何度も襲われたわけです。実際、指導者たる士師のせいで生じた戦争など一度もありませんでした。なにせ士師というのは神に選ばれた逸材であり、神の力で武装していたからです。そもそも士師が神に「引き抜かれて」偉大な指導者になったのも、ひとえに人々を罪から清めることで……、イスラエルを他民族の軛から解放するためでした。つまり人々の心に属神的自由を呼び戻し、その自由でもって自ずと外面的自由を得るためでした。むしろイスラエルで最も戦争が多発したのは、王のせいで戦災に遭った王政時代でした。王が指導者の立場で罪を犯して神を侮ったため、戦争という天誅が下り、王自身も敵の手に落ちていったのです。もちろん中には立派な王もいて、そのような王の在位中には戦争が起こらなかったか、起こったとしても見事に勝利したのですが、滅多にそのような王には恵まれませんでした。というわけで、これから王政時代を見てまいりましょう。

まずはサウル王です。サウル王は、神と神の戒めに忠実であるうちは連戦連勝していました。ところが、神を離れて口寄せの女に頼り出すなりペリシテ人に敗れて絶望し、自ら剣を取ってその上に倒れ伏したのでした。

ソロモン王は、最晩年まで正しく生きた賢王でした。ゆえに何をしても成功し、戦火を交えることはありませんでした。ところが老境に入ったとき、偶像に仕える妻たちを喜ばせようとして罪を犯してしまいます。この罪のせいで、後々ソロモン王国は敵対し合う二つの国に分断されたのでした。「主はソロモン王に仰せになった。『あなたがこのようにふるまい、わたしがあなたに授けた契約と掟を守らなかったゆえに、わたしはあなたから王国を割いて取り上げ、あなたの家臣に渡す』」(列王上 11 : 11)と。ここでいう「あなたの家臣」とは、ソロモン王の馬丁の監督をしていたヤロブアムのことです。いっぽうエルサレムで王位を継承したのはソロモンの子レハブアムでした。この「王子レハブアムとヤロブアムの間には、その生涯を通じて戦いが絶えなかった」そうです(列王上 15 : 6)

レハブアムは王位を継いだものの、「悪を行なった」せいでエジプトのシシャク王に攻め込まれてしまいます。それもこれも「主に背いたから」でした。シシャク王は、大軍を率いてエルサレムに上ってきました。なんと戦車 1200両、騎兵6万を擁し、エジプトから引き連れてきた民は「数えきれないほどであった」そうです(歴代下 12 : 2~3)。しかし、何が起こったと思われますか。罪の法則によれば、レハブアム王は敵に討ち取られるしかなかったのですが、神の憐れみによって罪の法則が緩められます。というのは、王も将軍も悔い改めたからです。「イスラエルの将軍たちは王と共にへりくだって言った。『主は正しい』」と。悔い改めるなり神の憐れみを受け、預言者シェマヤの口から神のお告げを受けました。「彼らがへりくだったので、わたしは彼らを滅ぼさず、まもなく彼らに救いを与える。(中略)彼らは、わたしに仕えることと、地の王国に仕えることとの違いを知るようになる」と。エルサレムの町はシシャク王に略奪されたものの、それ以上にひどいことはされませんでした。なぜなら「ユダにも良い事があった」ため、主がそれ以上の悪行をシシャク王にお許しにならなかったからです(歴代下 12章)

ゼデキヤ王も、主の目に悪とされることを行いました。ゆえに、長年エルサレム攻略を目論んできたネブカドネツァル王に町を占拠され、神殿をはじめ町中を焼き払われてしまいました。王自身も捕らえられ、目の前で息子たちが殺されるのを見届けたあげく目をえぐり取られ、足枷を嵌められてバビロンへ流刑されたのです(列王下 25 : 7)

ユダ王国は、このゼデキヤ王の代で永久に滅び、バビロンの田舎に成り下がったのでした。ユダ部族が自治権をもっていた自由の時代は、こうして幕を閉じたのです。

将官、もはや言うまでもないでしょう。

  1. 指導者の罪が、戦争と敗戦を招く原因となる
  2. 涜神的な指導者の罪のせいで国民が苦しみ、自治権も自由も失って亡国に至る

②指導者が立派であれば国内に平和、戦時には勝利

それは士師サムエルが年老いた日のことでした。初代イスラエル王サウルの臣民の前に立ち、預言者として人々にこう告げたのでした。「今後は、逸れることなく主に付き従い、心を尽くして主に仕えなさい。むなしいもの(偶像)を慕って逸れていってはならない。それらはむなしいものだから何の力もなく、救う力もない」(サムエル上 12 : 20~21)と。つまり主に仕えるか、むなしいものに仕えるか、の二択しかないという。三つ目の選択肢には触れていません。なぜなら三つ目の道はなく、三本目の旗はないからです。実際、指導者が唯一の生ける神を敬って律法を守っていた時代には、その生き方で国に平和を保障できました。戦争なんぞ一度も起こらなかったか、起こったとしても敵に打ち勝ちました。民を率いる責任者が、すなわち指導者・士師・王・祭司長・司令官・高官が立派であればあるだけ、その徳義として「主を旗」としていたからです。

たとえばダビデ王は、主の前で正しく行動しているうちは、公私を問わず敵を打ち破り、行く先々で勝利を収めていました。「心を尽くして主に従って歩み、主の目にかなう正しいことだけを行っていた」からです(列王上 14 : 8)

ソロモン王の在世中も、国内は泰平無事を極めていました。「ユダとイスラエルの人々は、(中略)どこでもそれぞれ自分のぶどうの木の下、いちじくの木の下で安らかに暮ら」せたほどです(列王上 5 : 5)

アサ王は、在世中に「主の目にかなう正しい良いことを行い」ました。国内は安寧秩序が保たれ、「主が安らぎを与えられたので、その時代この地は平穏で戦争がなかった」そうです(歴代下 14 : 2, 5)。それでも、安全保障を強めるために 50万規模の精鋭部隊を組み、城壁を巡らして塔も建てた時のことでした。なんとクシュ人ゼラが 100万規模の大軍と戦車 300両を率いて攻めてきたのです。正しいアサ王はそれを迎え撃つために出陣し、ツェファタの谷で睨み合いになりました。そして、その雲霞のごとき敵勢を目の当たりにし、絶望して主に叫びました。「主よ、あなたは力のある者にも無力な者にも分け隔てなく助けを与えてくださいます。わたしたちの神、主よ、わたしたちを助けてください。わたしたちはあなたを頼みとし、あなたの御名によってこの大軍に向かってやって来ました。あなたはわたしたちの神、主であって、いかなる人間もあなたに対抗することができません」と。そう祈るなり、天から助けが降ってきました。「主はアサとユダの目の前でクシュ人を撃たれ、クシュ人は逃げ」たのです(歴代下 14 : 11~12)。民は、あきらかな神の佑助を目の当たりにし、帰宅するなり国内に残っていた偶像をことごとく破壊しました。その後、アサ王の治世は 35年間も平和が続いたのでした……。

ヨアシュ王も、祭司長ヨヤダと共に「主の目にかなう正しいことを行っていた」あいだは、平和のうちに統治していました(歴代下 24 : 2)。たくさん財宝を貯め、エルサレム神殿も修復しました。ところが祭司長ヨヤダの死後、主から離れて民の長らと共に偶像へ仕え始めてしまいます。すると、祭司長ヨヤダの子ゼカルヤがやって来て「なぜあなたたちは主の戒めを破るのか。あなたたちは栄えない」(歴代下 24 : 20)と叱りつけてきたので、小うるさいゼカルヤなんぞ石で打ち殺してしまえと命じたのでした。ほどなくして、そんなヨアシュ王を討つために、ダマスコの王の傘下からシリア(アラム)の小部隊がエルサレムに攻め上ってきました。町中が略奪され、高官も皆殺しにされました。「攻めてきたシリア軍の兵士は少数だったが、ユダとエルサレムの人々が先祖の神、主を捨てたので、主は極めて大きな軍隊をシリア軍の手に渡された。こうして彼らはヨアシュに裁きを行った」のでした(歴代下 24 : 24)。この最後の一句は重たい。シリア人は異邦人だったのに、主から「信仰を失ったユダの王に裁きを下せ」と命じられたのです。ヨアシュ王は、この攻撃により重傷を負い、反旗を翻してきた家臣たちに病床で殺されたのでした。

似たような運命をたどったのが、ヨアシュ王の子アマツヤという王でした。最初のうちは「主の目にかなう正しいことを行って」いたため、主に助けられて塩の谷でエドム人(セイル兵)に快勝しました。ところが討伐後、戦利品とともに異教の偶像をたくさん持ち帰り、それを「自分の神とし」(歴代下 25 : 14)、その前にひれ伏して香を焚いたりしました。やがて権勢欲にふけり、とうとうイスラエルの王に向かって「来るがよい、戦いを交えよう」などと挑発してしまいます。すると「神は、彼らを敵の人々の手に渡され」ました(歴代下 25 : 20)。アマツヤ王は、この神命により攻め上ってきたイスラエルの王に打ち倒され、エルサレム中を略奪されたのでした。さらにエルサレムでも謀反が起こり、王自身はラキシュへ逃れたものの、追っ手に捕らわれて殺害されたのです……。

将官、これらの事例から、以下の点が明らかではないでしょうか。

  1. 指導者が徳を修めていれば、民は主から平和と幸福を授かる
  2. 指導者が徳を修めていれば、民は主に敵を退治していただいて勝利する
  3. 指導者が天賦の才能や知恵や富を過信して神から離れれば、民もひっくるめて主に厳しく罰せられる
  4. 立派な指導者になりたければ、唯一の生ける神から離れないようにし、神の戒めに従うに尽きる

 

Ⅸ 悪者と手を組めば、痛い目に遭う

この「悪者と手を組めば、痛い目に遭う」という法則が見えていない連中が西側の支配層にはなんと多いことでしょう。なにせ道徳上ないし宗教上こうしちゃいけないという原則を持ち合わせていないため、危機に陥るなり、打開のためとなれば悪魔とでも手を組む勢いなのです。同盟を組む相手国がどういう宗教観や道徳観を持っているかなどどうでもよく、ひたすら目に見える国力で、すなわち兵員数、兵器量、軍資、生産力、資金のみで相手国を見ています。決め手となる造物主の御旨などすっかり忘れ、戦争というものを血生臭い宝くじか相対取引に単純化しているのです。

たとえばナポレオンなどは東方に攻め入った時、勝つためならばイスラム教に改宗しても良いと思っていました。また、オーストリアは 19世紀初頭、バルカン半島のキリスト教徒をトルコ(オスマン帝国)から解放すべく援助してくれましたが、世紀末になると今度はその同じバルカン半島のキリスト教徒に逆らってトルコと同盟を組もうとしました。そして、とうとう世界大戦ではトルコとの同盟を実現させた挙句、トルコと一緒に敗北を喫したのです。だいたいどの連合国も大戦勃発時にはトルコに媚びて味方にしようとしていたのに、後々トルコをこけにして完全に見捨てましたよね。そのくせ終戦後にはまたトルコに取り入って互いに罠を仕掛けあい、裏でトルコ人を助けてギリシャ人に盾突かせました。こうしてアナトリア半島でのおぞましいギリシャ人虐殺が起こり、あの一帯からギリシャ人が全員追放されたのです。それこそ、アルメニアをご覧ください。これぞトルコ軍の悩みの種、キリスト教徒の良心を刺す問題ですよね。道徳と真実の観点に立ってアルメニアの悲運を見るならば、どれだけ西側の支配層が理性を失ったか悟るのに十分でしょう。はたして彼らのうち、「悪者と手を組めば痛い目に遭う」ということを少しでも思い起こした者がいたでしょうか。じつに「彼らは目で見ることなく、心で悟らず、立ち帰らない。わたし(神)は彼らを癒さない」ヨハネ 12 : 40と預言されてきたとおり、西側は神を無視することで人類の過ちを繰り返しているのです。

「悪者と手を組めば、痛い目に遭う」のが事実であることは、聖書から以下の数例を見れば十分でしょう。

ユダのアサ王は、もともと「主の目にかなう正しいこと」を行っていました。であればこそ、先述したように主に助けられてクシュ人の大軍に勝利したのですがⅧ ②参照、一つだけ罪を犯してしまいました。主の神殿から金銀を取り出し、それをダマスコのアラム(シリア)の王ベン・ハダドに贈賄し、「どうかイスラエルの王との同盟を破棄し、わたしの同盟者になってほしい」と願い出たりしたのです。アラムの王は金銀を収賄後、アサ王に要求された以上のことを行いました。イスラエルの王との同盟を破棄したうえにイスラエルに侵攻し、町をいくつか奪取してみせたのです。そこまでされてもアサ王には何の利益もなかったため、神殿から持ち出した金銀はドブに捨てたのも同然となりました。そのとき、未来を見通すハナニがやってきてアサ王を責め立てたのでした。「あなたはアラムの王を頼みとし、あなたの神、主を頼みとしなかった。それゆえ、アラム王の軍隊はあなたの支配を離れる。かつてクシュ人とリビア人は非常に多くの戦車と騎兵を有する大きな軍隊であったが、あなたが主を頼みとしたので、主は彼らをあなたの手に渡されたではないか」、なぜそのご恩を忘れたのか、と。そして、遠くを見ながら「主は世界中至るところを見渡され、御自分と心を一つにする者を力づけようとしておられる」と告げ、「今後、あなたには戦争が続く」と予言したのです(歴代下 16章参照)。そして実際、その予言どおりに戦争が続いたのでした……。

他の事例も見てみましょう。ユダの王アハズヤは、悪女であった母アタルヤの入れ知恵があったとはいえ、主の目に悪とされることを行いました。なかでもアハブの子ヨラムという不埒者と手を組んだのは致命的でした。あろうことか二人してアラム(シリア)の王ハザエルを奇襲し、ラモト・ギレアドという町を乗っ取ろうとしたのでした。ところが侵攻にしくじり、重傷を負ったヨラムはやっとの思いで母国の都イズレエルへ帰っていきました。いっぽうアハズヤ王は遠征から帰還後、重傷を負ったヨラムを見舞いに行くことにしました。しかし、「アハズヤがヨラムを訪れることによって滅ぶに至ったのは神による」と書いてあるとおりになったのです。すでにヨラムはその頃、反旗を翻してきた軍師イエフに殺され、軍師イエフがヨラム王の後を継いでいたからです。アハズヤ王は逃げ出してサマリアに潜伏したものの、見つかって連行され、軍師イエフの前で殺害されたのでした(歴代下 20 : 35、22章参照)

以上の事例は、いかに同盟者(同盟国)の道徳性が戦争を左右するかという点を如実に物語っています。セルビア人はこの真実をよく弁え、昔から念頭に置きつづけてきましたし、バルカン半島の人々ならば現在でも意識しつづけているに違いありません。言い伝えによると、セルビアのマルコ王子(1335 ~ 1395)はトルコと同盟を組んでいたのですが、トルコがルーマニアと開戦するなり「キリスト教徒(ルーマニア)が勝つためならば、私が最初に死んでも構わない」と宣言し、文字どおりそうなったのでした。キリスト教徒は勝利しましたが、マルコ王子は討ち死にしたのです。

以上の事例から、明らかに以下の結論を導き出せるでしょう。

  1. 戒律を持たないふしだらな民は、自国はおろか良き同盟国にまで災難を招く
  2. 平時に個人間で生じていることが戦時には民族間で生じる。つまり、悪者とつるむことで関係者全員が痛い目に遭う
  3. 神に祈って生きる信者は、いつどこでも義なる神を最も頼れる同盟者とする
  4. 欲得ずくの無神論者は、いかなる軍事力があろうとそれに救われることはない

 

Ⅹ 兵器は当てにならない……

将官。兵数が多ければ勝つというわけではないように、兵器が決め手となるわけではありません。むしろ神の力と助けがなければ、人間は戦場において無力なのです。そして、神の力と助けは義人に与えられるものであって、不信仰者や不埒者に与えられるものではありません。たとえば、クセルクセス Ⅰ 世は 200万人もの大軍を率いてギリシャを襲撃しましたが、ギリシャの小部隊にやられて敗走しました。ナポレオンは強大な軍隊を率いてモスクワに入城しましたが、帰路はほぼ一人で、しかも生き延びるために遠回りをして逃げ去りました。トルコは毎回重武装でセルビア農民の蜂起を鎮圧しようとしましたが、その重武装が功を奏することはありませんでした。神の力が働いて、鋼鉄製の大砲よりも木製の大砲が力を発揮したからです。ちなみに 1885年に起こったスリヴニツの戦いをご覧ください。セルビアは武装面ではブルガリアよりも優れていましたが、ブルガリアに負けてしまいましたよね。それにモンテネグロとトルコの何世紀にもわたる戦いを取り上げてみれば、こんなふうに問うこともできるでしょう。はたしてモンテネグロはトルコより重武装だったことが一度としてあったか、と。世界大戦のドイツも似たようなものです。どの国よりも重武装で準備万端だったにもかかわらず、敗戦したのです。

兵器自体は戦場で当てにならない、というのが聖書の教えです。では何が当てになるのでしょうか。ひとえに神の力しか当てになるものはないのです。清く正しく生きている信者は、不純でずる賢い不信仰者に勝つよう神に助けられます。ただし神は、全能の力で前者を後者に勝たせたりはしません。そうすれば一瞬で全世界をも破壊できるでしょうに、そうはされません。むしろ人の目からすると取るに足らない手段を用いられることが多く、時にその手段は滑稽にさえ見えることがあるのです。たとえば、以下のようなことがありました。

ヨシュアが息を引き取る前のことでした。イスラエルの全部族を呼び集めた上で、遺言となる教訓を垂れました。それも出エジプトの時代から今日までの経緯を語り、民のために主がなさった偉業を数え上げてみせたのでした。なにせ 110歳でしたから、これぞ主の奇蹟を一つ残らず目撃してきた生き証人だったのです。その話の中で、行く手に主からスズメバチが送られてきて敵が撤退していった戦についても触れました。「主はこう言われた。『わたしは、恐怖(スズメバチ)をあなたたちに先立たせ、剣にもよらず、弓にもよらず、彼らと二人のアモリ人の王をあなたたちのために追い払った』」(ヨシュア 24 : 12、出エジプト 23 : 28)と。つまり、アモリ人の王二名との決戦は、なんと兵員数でも兵器量でもなくスズメバチに……、つまり第三者の決め手となる主がすべてをご覧になって送ってこられる「第三の要因」に左右されていたのです。

また、サムエルが士師をしていた時代のことでした。ある日のこと、ペリシテ人がイスラエルの土地に侵攻してきました。イスラエル人は、士師サムエルに言われて斎をして神に祈りました。すると、何が起こったと思いますか。「主がこの日、ペリシテ軍の上に激しい雷鳴をとどろかせ、彼らを混乱に陥れられたので、彼らはイスラエルに打ち負かされた」のでした(サムエル上 7 : 10)。ここでも決定打を放ったのは兵員数でなく兵器量でもなく、主が傍からご覧になって送ってこられた「第三の要因」だったのです。

というわけで、将官。神に助けてもらえなければ、兵器なんぞ何の役にも立ちません。逆に、神に助けてもらえれば、羊飼いのあやつる投石器でさえ意外な勝利を呼ぶことがあるのです。

それはイスラエルが、ダマスコからきたベン・ハダド王に襲撃された日のことでした。イスラエルの王は、預言者エリシャから「ベン・ハダド王は敗死する」という予言を聴いて発奮しました。そして、その予言どおりになったのですが、ベン・ハダド王は人の手によるのではなく、神の手に掛かって敗死したのでした。聖書にこう書いてあります。真っ暗な夜に「主が戦車の音や軍馬の音や大軍の音をシリア(アラム)の陣営に響き渡らせられたため、彼らは、『見よ、イスラエルの王が我々を攻めるためにヘト人の諸王やエジプトの諸王を買収したのだ』と言い合った」のでした。つまりシリア軍は、神が鳴らした音を本物の大軍の音と勘違いし、「夕暮れに立って逃げ」出し、「天幕も馬もろばも捨て、陣営をそのままにして、命を惜しんで逃げ去った」のでした(列王下 7 : 6~7)

つまり、神に助けてもらえなければ、どんなに兵数や兵器を完備していても何の役にも立たない、ということです。

ぜひマカバイ記をご覧ください。ユダ人が何度もアンティオコス王やプトレマイオス王と戦った様子が描かれています。どの戦でも敵の王軍のほうが軍備品も優れ、兵数も上回っていました。ときに「射手を隠した木製の塔を担いだ象」まで武器にされたくらいです。当時、そのような象は、現在における戦車と同じくらい危険な兵器でした。それでも、身勝手で不信仰な王たちは、かくも絶大な兵力を駆使したにもかかわらず、生ける神に活気づけられた小数民族に勝つことができませんでした。ユダ人が危機に瀕するなり神に泣き叫んで助けを乞うと、王側の軍隊が錯綜して敗走していったのです。しかもですよ、目に見える要因が一切なかったというのに、これと似たようなことが起こったこともあるのです……。

それはヨシャファト王の時代、イスラエル人とモアブ人の戦闘中に起こった異象でした……。両軍は、丘の上に立って睨み合っていました。目下にはざっくりと裂けた谷。何日も日照りばかりで長らく雨も降っていません。そんなある日のことでした。モアブ人が谷を見下ろすと、なんと水が真っ赤に染まっているではありませんか。「これは血だ。きっと敵が内輪揉めして斬り合いになったに違いない。今こそチャンスだ、攻め入れ」とばかりにイスラエルの陣営に突入しました。が、まんまと異象に引っかかって討伐されてしまったのです(列王下 3章)

このように、神を畏れる民のために万軍の主が起こす戦争では、時にどれだけ取るに足らぬものが大役を演じるか分かったでしょうか。と同時に、全能者に逆らって自軍の兵力や同盟軍だけを当てにする者が、どういう憂き目に遭うかも分かったでしょうか。

以上の事例から、次の結論を引き出すことができるでしょう。

  1. 主の力を顧みず兵器にたよる傲慢な者は、惨敗して犬死する
  2. 自力や兵器に頼らず、悔改して神に助けを求める者は見事に勝利する
  3. へりくだる信者は、傲慢な不信仰者に勝つよう神に助けてもらえる
  4. 神は傲慢な不信仰者を撃退するため、しばしば人の目から見て取るに足らないものでも活用することがある

 

Ⅺ いかにして大軍が小部隊に負けるのか

イスラエルの偉大な司令官ヨシュアが息を引き取る直前のことでした。ヨシュアは民に向かって次のような預言めいた言葉を遺しました。「あなたたちは一人で千人を追い払える。あなたたちの神、主が約束されたとおり御自らあなたたちのために戦ってくださるからである。だから、あなたたちも心を込めて、あなたたちの神、主を愛しなさい」(ヨシュア 23 : 10~11)と。

実際、イスラエル史を士師~列王~マカバイまで眺めると、何度もこの預言どおりになってきたことが分かります。ここでは、とりわけ士師ギデオンの時代に起こった驚異的な事例のみ取り上げておきましょう。以下は、なぜ小部隊が桁違いの敵勢に勝つことができるのか、その理由がはっきり見える具体例です。

それはイスラエル人がミディアン人の捕囚になっていた時代のことでした。当地では、イスラエル人は糊口を凌いで暮らすほど貧窮を極めていました。しかも暴君のほしいままにされ、見るに堪えない虐待まで受けていました。種まきをするなり、ミディアン人やアマレク人が「いなごの大軍のように」やってきて、天幕を立てたり駱駝や家畜でその地を「荒らしまわっ」たりして、不毛な土地にしてしまうのです。二進も三進もいかなくなったイスラエル人は神を思い出し、絶望の底から神に叫びます。すると、神は憐れみを垂れて士師ギデオンのもとに現れ、同胞をミディアン人から解放するようお命じになりました。けれどもギデオンは、当時まだ畑で働く一介の農民でしかなかったため、「どうして私ごときがイスラエルを救うことなどできましょうか」と素朴に問いかけます。すると主は、「わたしがあなたと共にいるから、あなたはミディアン人をあたかも一人の人を倒すように打ち倒すことができる」と告げられたのでした(士師 6 : 16)

ギデオンは、もとより慎重な性格だったため、マナセの最貧族の最年少の身にこのような大役が回ってきたことが信じられませんでした。ゆえに、しるしを与えてくださいと主に懇願し、そのしるしを見てから民の前に姿を現しました。努力の甲斐あって、戦闘能力のある民間人がすぐに3万2千人も集まってきました。が、主にこう告げられます。「あなたの率いる民は多すぎるので、ミディアン人をその手に渡すわけにはいかない。渡せば、イスラエルはわたしに向かって心がおごり、自分の手で救いを勝ち取ったと言うであろう」(士師 7 : 2)と。そして民に「恐れおののいている者は皆帰れ」と告げるよう命じられました(士師 7 : 3)。ギデオンがそう告げるなり、なんと2万2千人もの男たちが軍を捨てて帰っていきました。残ったのは1万人のみでした。しかし、その人数ですら万軍の主にとっては多すぎるようでした。そのため、主は「兵士たちを水辺に下らせて、そこで誰がどう水を飲むか調べよ」とギデオンに命じられました。水を手にすくって飲む者もいれば、膝をついてかがんで飲む者もいました。主は、手から水をすすった者のみを戦争に連れていき、他の者は家へ帰らせるようお命じになりました。手から水をすすった者は僅か 300名のみでした。主は、「手から水をすすった 300人をもって、わたしはあなたたちを救う」と告げられました。しかし、アマレク人は、いなごが星空を埋めつくすかのように多かったのです。そればかりか「らくだ(駱駝騎兵)も海辺の砂のように数多く、数えきれなかった」ほどいたのです。にもかかわらず、この僅か 300人の部隊は、かくなる大軍を打ち破れという難題を課せられたのでした。

いったいギデオンは、この小部隊に何をさせたと思われますか。全員に空っぽの水がめと角笛を持たせ、その水がめの中に燃える松明を入れさせました。そして、敵の陣営へ近づくなり、一斉に角笛を吹いて水がめを割らせました。つまり、角笛 300本が耳をつんざくように響き渡り、松明 300本の燃えさかる炎が敵軍を包囲したわけです。ミディアン人は腰を抜かし、らくだは陣営内を跳び回り、何が何だか見分けのつかない暗闇の中で手当たり次第に剣を振りまわす醜態に陥りました。同士討ちになってしまったのです。どさくさに紛れて陣営から逃走できた兵士もいましたが、まもなくギデオン軍に追われて討ち死にしました。ギデオン軍の完勝でした。このようにして、イスラエル人はミディアン捕囚から解放されたのです。

これに関連する史実として、バルカン半島のキリスト教徒がトルコ人から解放された日の話を添えさせてください……。まさにセルビアの農民が蜂起した祖国解放戦争における史実の一コマです。統率していたカラジョルジとミロシュはもともと農民でしたから、いま述べた士師ギデオンの戦争と似たところのある戦争でしたよね。セルビアは、戦うたびにトルコの兵力には及びませんでした。ある戦いにおけるセルビア軍など、トルコ軍に比べたら滑稽なほどの小隊にすぎませんでした。しかし、命運をかけた一戦の前夜、司令官ミロシュは神に祈ります。祈り終えた後、兵士に命じて大量の槍を地面に刺し込ませ、その槍に葉や雑巾や服を掛けさせ、遠方からは大群の兵士がいるように見せかけさせました。翌朝早くトルコ人が目をこすると、なんと遠方でセルビアの「大軍」が待ち構えているではありませんか。その動転した陣営にミロシュは突入し、この日、自軍を何倍も上回る強大な軍隊を打ち破ったのでした。

以上の聖書の事例から、明らかに次の教訓を学び取ることができるでしょう。

  1. 背徳者は怯えやすく、義者は大胆不敵になる
  2. 戦争の勝敗を決めるのは、軍隊の規模ではなく神である
  3. 「あなたたちは一人で千人を追い払える。あなたたちの神、主が御自らあなたたちのために戦ってくださるからである」という預言は、人類史上、実現してきた

 

Ⅻ とどのつまり、また戦争が起こる元凶は何なのか

さて、こうして聖書という唯一正しい戦争哲学の書を数頁めくり、聖書の光に照らされて最近の戦争も究明した今こそ、将官の「何が原因でまた戦争が起こるのか」 Ⅰ ④参照というご質問にお答えすることができるでしょう。

将官、戦争が起こるか起こらないかは、われわれの平和の質に掛かっているのです。平和な日々に神の目にかなう正しい生活を送っていれば、言わずもがな戦争は起こりません。ああ、それができたらどんなに素晴らしいことでしょう! しかし、いくら平和であっても神を顧みない平和ならば、そんな平和は戦争を育む揺りかごへと変貌します。平和な時代に戦争の桿菌かんきんが生長し、そこら中にはびこった日には開戦は避けられません。戦争を望んでいようがいまいが、開戦せざるを得ない状況に追いこまれてしまうのです。

ここでは、次の戦争が「宣教師殺害や領事暗殺から始まるだろう」とか「外国船の沈没事件から始まるだろう」とか「どこそこの国の主権や財産がおびやかされて始まるだろう」とか、そういったことを予言するつもりはありません。戦争なんてどんな些細な事件からでも勃発しうるものだからです。われわれは、そんな表面的なことを知りたいわけではありませんよね。戦争の元凶を究明したいとき、事件そのものは重要ではないからです。事件というのは戦争の引き金、ないし戦争の前触れにすぎず、戦争自体はもっと以前から、つまり呑気に暮らしている平時から、時に起こりそうになったり時に避けられたりしながら熟していき、やがて勃発するものだからです。

実は、次の戦争を起こさせる原因は、かの世界大戦から引きずっているのですよ……。パリ講和会議の終了後、次の戦争の原因はどんどん溜まっていくばかり。なにせ講話会議に集まった各国の首脳は、あらゆる勝敗の主因であられる神に対して祈ることもなく、ましてや感謝を献げることもなく、かの「すべてをご覧になって決断される第三者のお方」を会議へ呼ぼうともしなかったからです(原文出版社の注。ウィルソンだけが会議中に聖書を目の前に置き、しばしば首を垂れて神に祈っていたという有名な逸話がある)。よって、緊迫した雰囲気の中で議論が戦わされ、まるで拷問のような苦しい会議だったと伺っております。

戦時中は皆が皆、神のことを忘れず、神に助力を乞うて暮らしていました。ところが戦争が終わった途端、神を無視して事に当たるようになりました。ゆえに講和会議では、平和のことよりも戦争賠償について議論が白熱しました。なにせ神の祝福を受けていない会議でしたから、まるでこの地球を戦争工場に変えたのかと思うほど、軍拡と再戦にむけた「平和」をこしらえただけだったのです。連合国は和平条約を突きつけ、敗戦国の資産を思うまま分かち合いました。そんな資産が連合国のためになったのでしょうか。しかも、敗戦国には軍隊や兵器の保有まで禁じておきながら、自国には一切禁じませんでした。なぜ他国には禁止して自国には許可したのですか。そんなふうに振舞った日には、もはや敗戦国同然となってしまう身が見えていないのです。なぜって敗戦国から分捕った資産は軍拡のために使用済みか、未使用でも次の戦備に使うかもしれませんよね。そんな資産に神の祝福があるわけがありません。いっぽう敗戦国が最も幸福だったのは、もはや両手を縛られてしまった以上、戦備のためにお金を浪費しないで済むようになったことです。自国の資産を「戦勝国」に差し出したからといって、がっかりする必要はありませんよ。軍備に走って戦の神マールスを肥やすよりは、隣国のために贈っておくほうがましだからです。逆に、連合国が最も不幸だったのは、敵から奪った資産を軍事目的に利用したことです。しいて人間的な言い方をすれば、それは講和会議に呼ばれなかった第三者による復讐でした。神の祝福を得ずに何かをするということがどういうことかお分かりでしょうか。つまるところ戦勝国のやったことは、火事の直後にふたたび町中に灯油を撒くのと同等の行為だったのです。

そもそも太古から未来にわたる全戦争の根源には、いったいどんな究極の元凶があるのでしょうか。「不信仰」と「神に逆らう人生」です。「神に逆らう者に平和はない、と主は言われる」(イザヤ 48 : 22)と書いてあるとおりです。欧米のキリスト教徒をご覧ください。戦時中は教会に足しげく通い、時にはミサの開始前に入堂して席取りするほど熱心だったのに、終戦するが早いか宗教から離れ、神を信じなくなってしまった人が大半です。そして、その点を指摘された日には、冷笑を浮かべて「宗教なんて時代遅れさ」などと口答えしてくるのです。どうしてそんなことがありえましょう! はたして現実というものに、今風だとか時代遅れだとかいう言い方が当てはまるでしょうか。神というお方は、俗に「現実」といわれているものをはるかに超えた至高の現実ではありませんか。たった 10年前には、その至高の現実とつながる上で欠かせない有効手段であった神への信仰が、にわかに今日では時代遅れとなってしまうのですか。神を信じないということは、つまり非現実を信じるということですよね、思い思いの世界観を信じるということですよね……。そういう不信仰な人々は、平和を享受できません。聖書に「神に逆らう者に平和はない」と明記されているとおりです。不信仰な心を改めないかぎり、戦争を避けられません。神なんぞ信じるものか、というその心境自体で、すでに主の目に悪とされることを行っているからです。あろうことか全能の造物主を見くびっているからです。キリスト教圏で暮らしている人たちは、受洗時に主への忠誠を誓いましたよね。にもかかわらず不信仰に陥るということは、つまり主イエス・キリストをなめてかかり、またもや主を十字架につけるようなことをしているからです。神を見くびるならば(そして、その心境をすぐに悔改しないのならば)、災難を呼び寄せるでしょう。干ばつ、洪水、疫病、暴動、大恐慌、風紀退廃……、そしてそれらの極みとして戦争を呼び寄せることになるでしょう。これは未開人の迷信ではありませんよ。むしろ聖書が教え、実際に起こってきた紛れもない事実なのです。

もっと言ってしまうと、無神論や不信仰に陥った者は、必ずや偶像を拝むようになります。人は神から離れるなり、心の空虚感を何か違うもので埋めようとするからです。その「神以外の何か」を最高峰の現実とし、その「神以外の何か」を最高の価値として拝み始めます。唯一の神の代わりに、次々と偶像を打ち立てるわけです。その際、一つの偶像だけ拝んで満たされるということはありませんよ。むしろ、あれもこれも欲しくなるため、ちょうど唯一の神を信じると見通しが良くなるのとは正反対に、もやもやして心の整理がつかなくなります。いま欧米の知識人のほとんどが陥っている精神状態です。この病的な精神状態を、せっかくですので整理しておきましょうか。かれらは、とりわけ以下の5つの偶像に仕えているようです。

  1. 物質
  2. 私個人(自我)
  3. 帝国主義
  4. 民族
  5. 文化

です。順を追って見てまいりましょう。

まずは、「物質」という偶像についてです。19世紀に欧州精神を冒しまくった唯物論はすでに消えた哲学と言われているものの、現在でも物質主義となって生き残り、人々の生活指針となっているのはご覧のとおりです。いやはや、なんと忌まわしいバケモノが生まれたことでしょう。多くの欧米人にとって、もはや物質こそ働いて得るべき目的となり、それだけで価値あるものとなり、土地であろうが札束であろうが品物であろうが、あるいはそれらから得られる快感であろうが、物質さえあれば安心だという風潮になってしまいました。何が何でも物質を得よ! ――これぞ戦後、両大陸のキリスト教徒が陥った日々の狂乱でなくて何でしょう。そもそも「物質で満たされたい」という無限の渇きは、なるべくキリスト教徒の原点に立ち返って神への無限の渇きを持つことで、神から賜る属神的歓喜によって初めて満たされうるものなのです。しかし、神を見る力も感じる力も失ってしまった現代人は、もはや偶像を拝むようにして物質を拝むしかありません。一生をかけて物質に仕え、頭も心も物質的なことばかり探し求めるしかありません。ただし皆が皆、ふつう同じ物を欲しがりますよね。ゆえに嫉妬や敵意や憎しみが生じ、否応なく取り合うようになって衝突してしまうのです。そしてそれらが一緒くたになって、かの戦争の桿菌となり、その桿菌が増殖して人間社会に炎症を、つまり戦争という火事を起こしてしまうのです。

「帝国主義」という発想は、もはや大国のみならず少数民族まで夢見るようになった偶像ですよね。他国の土地を奪って主権下におき、より優位な立場で貿易しよう、つまり物質を得よう、という考え方です。かつて伝説の神ゼウスがヘーパイストス(炎と鍛冶の神)を生んだのと同じように、欧州の物質主義から欧州の帝国主義が生まれたわけです。実際、ゼウスが異教の最高神であったように、帝国主義は現代偶像の代表格ですね。最近、帝国主義に走る民族が増えてきました。しかし地球上の土地には限りがあるため、このままでは民族間に嫉妬や憎しみが生じ、衝突して開戦するしかなくなるでしょう。そういった憎しみこそ、かの桿菌であり、やがて否応なく戦争という火事を起こしてしまう元凶なのです。

「民族」という偶像も、ほかの4つの偶像と同じように神を寄せつけない偶像です。よく不信仰者が過激な民族主義者(ナチス)であることが見受けられます。現代の民族主義者はたやすく帝国主義に嵌り、帝国主義者と同じ考え方をしています。その醜い姿は同胞への愛というよりは(そうであれば自然なのですが)、むしろ隣国の民族を蔑む嫌悪感です。しかし、そういう嫌悪感は、いろいろな民族を造られた造物主の前で忌むべき感情であることは言うまでもないでしょう。

個々人の「自我」というのも、ほぼ誰もが毎日飾りつけている偶像です。富者も貧者も欲得ずくで神をかなぐり捨て、神を置くべき場所に自我という偶像を置きました。人生の中心に神格を置く代わりに己の人格を置いたため、とうぜん自分という偶像にとって住みやすい神殿を探し、自分に尽くしてくれる相手や財産を探すようになりました。つまり、またもや物質でもって、自分という偶像を眩しいくらい神格化してみせようとしたわけです。ヨーロッパの支配層をご覧ください。その党派争いに、すなわち権力と富が集中する高座の争奪戦に、この種の偶像崇拝がはっきりと見て取れます。そこにあるのは傲慢な利己心と、目的のためには手段も選ばずという生き方です。そうやって気がヘンになるほど争っているうちに神と神の法を忘れてしまうため、その狂気を冷ます唯一の確実な手段として戦争が勃発するのです。

きょうび「文化」は、あまりにもくだらない偶像となり果ててしまいました。神を信じない人たちは、霊感の唯一の源である神を遠ざけ、心身を高めてくれる源を無視したまま己の手の業を、つまりかれらが一言で「文化」と呼んでいるものを神格化させました。人の業を神格化させることは、何よりも「神の前で忌々しいこと」です。もとより神は、神の創造物でさえ神格化してはならない、と律法で厳禁されたのです。しかも、いかなる文化の精華でさえ神の創造物の末端にも及ばないではありませんか。実際、神の創造物と比べうる芸術作品などありますか。「文化」もまた、他の4つの偶像に左右される以上、なかんずく「物質」に左右される以上、やはり戦争の桿菌を撒き散らすものであり、遅かれ早かれ揉め事を呼びよせるものなのです。

以上見てきた5つの偶像のうち、2つはくだらないもの、3つは見せかけのもの、と名付けることができるでしょう。「文化」と「民族主義」はくだらないものです。なぜなら自分自身のことを大声で喧伝しているだけだからです。いっぽう「物質主義」と「帝国主義」と「利己主義」は見せかけのものであり、裏の顔を持っています。なぜなら、こうした別名でもって本当の顔を隠し、人々を欺いているからです。ドストエフスキーの言葉を借りて言えば、これらの偶像はどれも「悪霊」と呼んでもよいでしょう。とはいえ、いずれも元々は偶像呼ばわりされるようなものではなく、尊いものだったのです。ゆえに、唯一の生ける神を信じ、神の法を守りながらこれら5点を掲げるならば、ふたたび真に価値あるものとなるに違いありません。というか、神にしたがって御名を讃えるためにこれら5点を掲げるならば、ふたたび尊いものとなることができるのです。

そもそも人類が神から「物質」を授かったのは、物質を活用するためでした。決して心が物質に奪われるためではありませんでした。

「民族」も同じです。より多くのものに恵まれた「民族」は、より少なく恵まれた弱い民族に仕えるという目的で、神から帝国という理念を叶えてもらえるのです。ちょうど強い兄が弱い弟を助けるようなものです。「民族」というのも限界こそあれ、神と人々のために活かせば素晴らしいものであり、偏った意識に陥ることはありません。

個々人の「自我」も、つまり知恵をもったたましいというものも、元来われわれが愛して奉仕していくことで、自分を造ってくれた造物主にてゆくためのものでした。

そもそも「文化」に貢献したいという気持ちがあるのは、そういう天賦の向上心でもって物質を飛び越え、忠実に神に仕えるためでした。そうやって主に教わったとおり愛をもって神に仕えていれば、いずれの偶像も天使のような理念になるはずでした。ところが、かつてルシファー[2]という天使が神に背いて悪魔に成り下がったのと同じように、これらの理念も人類が神に背いたせいで偶像に成り下がり、「悪霊」となってしまったのです。

しかも、これらの偶像にそれなりに飽きてうんざりすると、どうなってしまうかお気づきでしょうか。たいてい(たとえばローマ帝国の滅亡時のように)だらけて堕落して憂いに沈み、何もかも嫌になって分別を失い、成れの果てに自殺するようになりますよね。かといって、逆にこれらの偶像にまったく手が届かないと、それはそれでひどくがっかりし、他人を羨んで不満をぶちまけ、恥も外聞もなく暴力を振るい、成れの果てにまたもや自殺するようになりますよね。つまり、拝んだ偶像に飽き足りていようが飢え渇いていようが、これらが柔和で善良な主キリストを忌み嫌って見下す偶像である以上、いずれにしても戦争を引き起こす原因になってしまうのです……。

おそらく将官は、これまでキリスト教圏に絞ってお話してきた点にお気づきではないでしょうか。何の理由もなくそう話してきたわけではありませんよ。なぜなら欧米人こそ直近の世界大戦を引き起こした張本人であり、来たるべき第二次世界大戦を用意している仕掛け人だからです。現に欧州では、神中心の生き方から人間中心の生き方へと舵を切って以降、150年のあいだ他の国々とは比べ物にならないくらい戦争が絶えませんでしたよね。それが、分別を失くした者を諭そうとする神の鞭だったからです。しかし、分別を失くした人々は理解できませんでした。どんどん堕落し、深淵へ身を投じるばかり……。キリスト教圏の人々は、聖書でいう「塩」となり「光」となるべき選民だったのですが、そのような活力を失って小物になってしまいました。もちろん相変わらず「我こそは地の塩だ、世の光だ」などと自慢していますが、もはやだれにも信じてもらえません。インド人も中国人もアフリカ人も、白人のことを地の塩・世の光とは見ておらず、むしろ虚無化した闇だと思っています。以上のことから分かるのは、以下の3点でしょう。

  1. キリスト教圏の人々が神に背いて偶像崇拝に陥っているせいで、またもや戦争が起こる
  2. 世の「塩と光」であったイスラエルも、同じようにして戦災に遭って滅びた
  3. われわれは、いち早くこの原因を取り除くべく痛悔し、神に立ち返らねばならない。このままでは戦争が起こりつづけ、いずれキリスト教圏が全滅するからである。ただし、キリスト教自体が滅びることはない

 

XIII 未来の戦争に勝つのはどの民族か

……太古の昔から世の終末に至るまで、すべての戦争は聖書的な戦争です。つまり、生ける神の全能の御旨に、目に見えない「第三者」の積極的な御旨に左右されています。どの戦争も当事者双方の罪ゆえに、あるいは片方だけの罪ゆえに勃発し、聖書の示す因果の法則にそって展開し、永遠に公正なる神に誤りなく裁かれて終結します。インドは、ムガル帝国よりも文化的だったにもかかわらず、アクバル大帝に打ち負かされました。ローマは、ヴァンダル王国やフン族よりも繁栄していましたが、やはりそれらの民族に滅ぼされました。ビザンツは、トルコの何倍も教養がありましたがトルコに敗北し、スペインも、ムーア人より進んでいましたがムーア人に占領されました。イギリスは、米国よりも薫り高い文化でしたが125年前のアメリカ独立を阻止できませんでした。オーストリアは、(欧州的な意味で)セルビアよりも華がありましたが滅びてしまいました。ロシアは、日本よりも人口が多かったにもかかわらず日露戦争で敗れました。ドイツは、世界大戦でフランスよりも戦力があったのにパリから敗退して武装解除されました。

したがって、さしずめ断言できるのは、勝利するのは御旨に認められた側だ、ということです。聖書を見れば、どちら側が神から勝利を賜わるか明らかです。聖書の光で照らすと、先人の戦争がすべてそのように見えてきます。端的に言いましょう。まさに最も強く揺るぎなく神を信じ、神の法を守っている側が神から勝利を授かるのです。神に逆らう不信仰な民族は、たとい星の数ほど人口が多くとも負け戦を味わうことになります。神に逆らう不信仰な指導者は、いかに戦略や戦術を駆使しようとも、いかに軍拡して教養を深めようとも、いかに外交に励んで弁が立とうとも、そういった物質的なものに救われることはないでしょう。しかるに、主キリストに忠実である民族と指導者は(まだキリスト教圏の話をしています)、いくら人口が少なく軍備も乏しく文化的に劣っていようとも、戦争せずに済むか、もしくは戦争になっても勝利を賜わることでしょう。

将官としては「そんなに信仰深い民族が、はたして欧米にいるだろうか」と怪訝に思われているかもしれませんね。そうですね、たしかに世界大戦前までは、かつて奴隷扱いされていた小さな農耕民族がそういう民族でした。ところが大戦後は、将官も同感されているように、どの民族も同様に堕落してしまいました。いまや白人の不信仰と偶像崇拝は、醜い火の川となって世界の隅々まで広がり、父長制の少数民族を呑みこんだだけでなく、アジアやアフリカやオセアニアにも流れ込んでしまいました。一昔前は、有名なアジアの思想家が欧米文化を指して「へっこきサル文化」と笑ったほど、他文化の人々は欧米文化を嫌がって嘲笑していたにもかかわらず、今では欧米文化に倣いはじめています。平和を愛する文化で育った、これら自己中心的ではない人々は、一体なぜ、かくも毛嫌いして笑っていた欧米文化を受け入れているのでしょうか。将官、これはですね、かつてダビデがまだ帯剣していなかった若年期に、巨人ゴリアテから剣を奪ってゴリアテを殺したのと同じことなのです。これら欧州文化とは異なる土壌で暮らしてきた人々は、欧州の脅威から自国を守るために欧州風に武装するようになり、その武装でもって隙あらばヨーロッパの首を取ろうとしています。現に、インドや日本や中国やエジプトの偉大な思想家は、欧州文化が話題に上るなり二言目には批判していますよね。とにかく一刻も早く欧州の軍事文化を取り入れ、欧州と闘って仕返ししてやりたい。だから、欧州文化を取り入れているのです。しかしながら「欧州文化のほうが強くて勝ちやすい」というのがとんだ誤解であることは言うまでもありません。そもそも、この文化なりあの文化なりが勝利するのではなく、真実と正義が勝利するということを忘れているのです(もし過去に知っていたらば、の話ですが)。戦時においては、文化の違いなんぞ無に等しい。アジア人は、目に見えずとも万事を決める第三者のお方を考慮に入れていません。それでも、かりにアジア諸国が欧州化して欧州を打ち破ったとしたらどうなるでしょう。ちっぽけなヨーロッパが地上から消え去り、そこにより大きな「ヨーロッパ」が現れるなんてことにならないでしょうか。そうやって台頭した民族に何か得られるものはあるでしょうか。いや、ただ失うものしかないでしょう。だからといって、いまアジアの兄弟に向かって「待ちたまえ。諸君が暴君になってしまうよりは、よほど欧州の暴政に耐えているほうが上等だ」と説いたところで通じるでしょうか。自国の宗教的指導者であるクリシュナや仏陀や孔子や老子の訓戒すら耳に入らなくなった彼らが、はたしてわれわれの言うことになんぞ耳を貸すものでしょうか。

こうしてアジアのことまで考えているのは、もしも欧米の中に一つもふさわしい民族を見いだせなかった場合、神はアジア人に勝利を授けるに違いないからです……。

セルビア、ルーマニア、チェコ、ポーランドのような小国は、よほど大国よりも戦勝国らしく見えます。というのも、奴隷から解放されたため、そのように見えるのです。ところがどっこい、本来ならば最も神に感謝して忠実でありつづけるべきところを、悲喜劇的ともいうべき速度で欧州組織に参入してしまいました。そして、そこでは不信仰と偶像崇拝が蔓延していたため、もはや欧州で神のいと清き手から勝利をいただける清い手はほぼ皆無になってしまったのです。

もしも将来、キリスト教国家が軍事衝突した場合、たとえば中国や日本が神の奉仕者として選ばれ、キリスト教圏における「ユダ」と「イスラエル」、すなわちヨーロッパとアメリカを罰するという事態になっても驚くに値しません。[3]

以上はすべて、もちろん人前だけでなく神の前でも、あくまでわれわれが改心しなかった場合の話にすぎません。今後の戦争で勝利するか否かは、われわれの悔い改めに掛かっています。神の摂理によって次の戦争が起こったとき、真っ先に罪を悔い改め、神に向かって生き方を改めた民族が勝利することになるでしょう……。

「万が一、キリスト教徒がこぞって悔改したらどうなるのか。そんなすごいことになった日にはどの民族が勝つのか」ですって? 将官、その時には全員が勝つのですよ。そして、そのような勝利は最も輝かしい勝利となるに違いありません。なぜならば、そのとき戦争は無くなるからです。戦争の勝ち負けが精神状態に左右される以上、戦争自体も精神状態に左右されるものだからです。ああ、もしすべての民族が悔い改めて勝利したならば、人類にとってどれほど至福の日々が訪れることでしょう。でも、悔改ほど楽に救われる道はないにもかかわらず、現代人は最も壊滅的な道を選んでしまいました。将官、これゆえに人類は今後、こっぴどい災難を蒙ることになるでしょう。われわれも憂国の念を抱いているように、将官ご自身も母国アメリカを心配する権利がございます。アメリカ人は、世界大戦における成功に思い上がり、ヨーロッパに同情しないどころか軽蔑して憚りません。ヨーロッパだけでなく世界中の人々を見下げています。しかし、軽蔑されている側というのは、ふつう軽蔑している側よりも優位に立っているのですよ。戦勝しても貧しさゆえに控えめであれる国もあるのに、アメリカときたら戦勝して驕るだけでなく、その巨万の富によっても驕り高ぶっています。

戦争は、ここで起こるぞと推定されてきた地域で起こるとは限りません。噴火後の火山がまだ煙を吐いているというのに、すでに新しい火山活動が始まっています。おそらく全世界を巻き込む第二次世界大戦という火事が生じる以前に、二三の国家間でひどい軍事衝突が生じることでしょう。そして、その勝利の多くは、引合わぬ勝利となることでしょう。つまり、戦後に総決算したときに敗北に等しいものとなるのです。

以上のことから、以下の3点が明らかです。

  1. 来たる戦争では、神の前で最も思い上がった民族が最も苦しむことになる
  2. 来たる戦争では、悔い改めてキリストに立ち帰ることが勝利の条件となる
  3. もしもキリスト教圏の人々が悔改してキリストという生命の中心に立ち帰らないのであれば、キリスト教徒ではないアジア人が神から勝利を賜わる

 

XIV 戦争にまつわる預言の実現

将官、もう少しだけ聖書から数頁ご紹介するのをお許しいただけませんか……。もとはと言えばですね、そもそもどうして戦争になるのかという問いには、とうの昔に預言者たちが答えているのですよ。「飢饉、干害、地震、疫病、虫害が神から送られてくるのは、ひとえに不信仰者が正気に返って神に帰るためである。戦争も、そのような災害の一つにすぎない」と。

聖書をごらんください。主ご自身が次のように言いきっておられます。「わたしはお前たちを黒穂病と赤さび病で撃ち、お前たちの園とぶどう畑を枯れさせた。また、いちじくとオリーブの木は、いなごが食い荒らした。しかし、お前たちはわたしに帰らなかった。かつてエジプトを襲った疫病を、わたしはお前たちに送り、お前たちのえり抜きの兵士と、誇りとする軍馬とを剣で殺した。(中略)しかし、お前たちはわたしに帰らなかった」(アモス 4 : 9~10)と。

ヨーロッパ人も、すでにここに書いてある災難に見舞われたのに「神に立ち帰らず」、戦争を起こした張本人のくせに平和について議論しています。「神に逆らう者に平和はない、と主は言われ」ているにもかかわらず(イザヤ 48 : 22)、そうやって罪を犯しては神に逆らい、世界を汚染しつづけています。そんな体たらくでは「浅はかな者は座して死に至り、愚か者は無為の内に滅びる」と言われたとおりになってしまうでしょう(箴言 1 : 32)

ソドムとゴモラは戦争のせいで滅びたのではなく、平和のせいで、まさに神なき平和のせいで滅んだのですよ。主が「わたしはこの民から、わたしの与えた平和を取り上げる」と言われたとおりです(エレミヤ 16 : 5)。どうして慈悲深い神ともあろうお方が、人々から平和を取り上げられたのでしょうか。なぜならば、「隣人に平和を約束していても、その心の中では、陥れようとたくらんでい」たからです(エレミヤ 9 : 7~8)。ゆえに主は、「これらのことを罰せずにいられようか」と詰め寄ります。そして、そういった二重人格と偽善を正すべく、「しかばねが野の面を糞土のように覆」うほどのひどい戦災を送ってこられたのです。しかも、そのしかばねが「刈り入れる者の後ろに落ちて、集める者もない束のように」大量に放置されるほど、陰惨な戦災を送ってこられたのでした(エレミヤ 9 : 21)

キリスト教圏の指導者も偽善に走り、平和会議の裏で敵対しあう協定を結んでいます。実はそういう協定を結ぶたびに、戦端を開いているようなものです。「『主に逆らう者を剣に渡される』、と主は言われる」(エレミヤ 25 : 31)と書いてあるとおり、主は、かつてそうされたように、現在もまた主に逆らう者を剣に渡されるに違いありません。

キリスト教徒は罪ばかり犯すようになり、偶像という「神々」を拝む異教徒よりも堕落してしまいました。いまキリスト教圏では「神に逆らえ」と煽っているだけでなく、あからさまに「神を捕えろ」と企てているからです。これは、ユダヤ人の滅亡前の状況にそっくりです。当時ユダヤ人は神に背き、神の法を片っ端から破っていました。よほど異邦人のほうが偶像という「神」に忠実であったほどです。天罰を受けても神に逆らって暮らし、放蕩の限りを尽くしていました。ゆえに、預言者がこう叫んだのです。「主よ、あなたが彼らを打たれても、彼らは痛みを覚えず、彼らを打ちのめされても、彼らは懲らしめを受け入れず、その顔を岩よりも固くして立ち帰ることを拒みました」(エレミヤ 5 : 3)と。

この新たなるイスラエル、すなわちキリスト教徒は、はたして神に鞭打たれてこなかったのでしょうか。あるいは鞭打たれたのに痛みを覚えなかったのでしょうか。実際、疫病や戦争などの天罰を受けてきたのではありませんでしたか。あるいは天罰を受けたのに何も学ばなかったのでしょうか。再三再四、戦災に遭っては神に叫び求めて赦され、赦されるたびに平和な日々を享受してきたはずですよね。なのに、懲りもせず罪ばかり犯すものだから、またもや戦争という罰が送られてきたのです……。

神様は人間ではありませんから、知らないということがありません。人間なんて、しょせん困らないと真の神に立ち帰らないこともご存じです。ゆえに、災難を送ってこられるのです。平和な日々に贅沢して信仰を失い、自己中になりがちな人々を目覚めさせるために災難を送ってこられるのです。道理で「雷が鳴らないと、百姓は十字を切らない」(のんびり者は切羽詰まるまで何もしない)という諺があるわけです。主ご自身、なぜ災難を送ってこられるのか次のように明言されました。「わたしの神殿が廃虚のままであるのに、お前たちが、それぞれ自分の家のために走り回っているからだ。それゆえ、お前たちの上に、天は露を降らさず、地は産物を出さなかった。わたしが干ばつを呼び寄せたのだ」(ハガイ 1 : 9~11)と。そして、そのような小さな災害でも人々が立ち帰ってこなかったため、とうとう戦争を送られたのでした。「わが民の中で罪ある者は皆、剣で死ぬ」(アモス 9 : 10)と宣告されてきたとおりです。なのに、よりによって当の本人たちは「『災いは我々に及ばず、近づくこともない』と言っている」(アモス 9 : 10)のです。

現在でも、「もう戦争になんかならないさ」と吹聴している欧米人がいますよね。口ではそう言いながら、実際には戦争の火種を蒔き、すでに何十億・何百億もの予算を割いて「豪華な」戦備を整えています。方々から聞こえてくるのは戦備の喧噪ばかり。そのようにして、いたるところでキリストに争(あらが)っているのです。

イスラエルは、どのような悪事を重ねたせいで敵に滅ぼされたのでしたか。ぜひ当時の主の証言を思い出してください。主はこう言われました。「サマリアの山に集まり、そこに起こっている狂乱と圧政を見よ。彼らは正しくふるまうことを知らない。彼らは不法と乱暴を城郭に積み重ねている。それゆえ、敵がこの地を囲み、お前の砦を倒し、城郭を略奪する」(アモス 3 : 9~11)と。要するに、乱痴気騒ぎ、圧政、搾取、これらの罪ゆえに、敵に滅ぼされたのですよね。

いま「文化」という見栄えのよい偶像に生け贄を捧げているヨーロッパをご覧ください。これこそ、「サマリア時代のイスラエルの再現」と言えないでしょうか……。

戦争の本質については、以上のように究明して理解しなければなりません。

 

XV 福音書と戦争

では、このあたりで旧約聖書を閉じ、いよいよ新約聖書を開いてみましょうか。将官、さきほど「ところで救世主は、戦争に賛成だったのか反対だったのか」と尋ねられた気がいたしましたが、聞き間違えではございませんよね。

失礼ですが、そのご質問は「母親は、息子を枝むちで懲らしめることに賛成か反対か」と訊くようなものですね。

分別のある母親であれば、よほどの必要性がないかぎり枝むちで懲らしめることなどしないでしょう。けれども、善悪を分からせるためのあらゆる手段が尽きた日には、子供を正しい道に立ち帰らせるために枝むちに頼ることもあるでしょう。意地悪でそうするのではなく、将来を心配する親心からそうするのです。その子が堕落しないように、また、他の子たちも間違った道に進まないようにするためです。このような懲罰の後、よく母子共に泣いている姿をご覧になったことがありませんか。母親は心を痛めて泣き、その涙で子供を慰められたらと思っています。もしかしたら、将官はもっと感動的な光景をご覧になったことがあるかもしれませんね。懲罰の後、子供はもう笑っているのに母親が泣いているような場面です。ああ、聖なる母の愛よ。われわれ大人のうち、幼児期に母に叱られたり罰せられたりしたことに感謝しない者などいるでしょうか。それこそ、愛されていたがゆえに受けた罰だったことが分からない者などいましょうか。

戦争もまた、人々が滅びきってしまわないよう、神が人々というご自身の子を救おうとして送ってこられる枝むちに他なりません。神の愛は、母親の愛とは桁違いに大きな愛ですから、あくまでも人を思う愛の心からやむなく送る罰であることは言うまでもないでしょう。

主イエスは、人生の目的を教えてくださいました。そして、人生の目的に至る道をも示してくださいました。いっぽう人類は、主のご降臨前までは人生の目的も知らず、そこへ至る道も知りませんでした。もちろん、多かれ少なかれそれらを予感して教えてくれた偉大な賢者も少なからずいたのですが、その予感を立証することも死後の世界を実証してみせることもできませんでした。いっぽうキリストは、人生の目的とは生命そのものだ、と教示されました。つまり、地上での人生はまだ本当の意味で生きているうちには入らない、むしろ息あるうちに不死の生命を得よ、と教えてくださったのです。

われわれは、天国という輝ける都を目指して歩んでいます。また、その都を思わせるヒントに満ちた現世という名の森を歩きながら、事あるごとに天の都の予兆を目にしています。使徒が「わたしたちはこの地上に永続する都を持っておらず、来るべき都を探し求めているのです」ヘブライ 13 : 14と述べたとおりです。今ここで生きているのは、まさに永遠の生命に生きるため、きらびやかな天使の町で生きるため、つまり天国で生きるためです。この目的に達するためには、主という道を歩み、主に倣って主の戒めを守らねばなりません。主が「何よりもまず、神の国とその義を求めよ」マタイ 6 : 33と命じられたとおり、人が心底から追求すべき唯一の正しい主要課題とは、神の国とその義なのです。これ以上に求めるべきものはありません。これ以外のものは副次的なものにすぎません。つまり衣食住・健康・安全保障・知識・技能など、今ここで生きるうえで必要なものは「みな加えて与えられる」マタイ 6 : 33ものなのです。

とにかく主要なものを得れば、副次的なものはそれに加えて与えられるか、補うために与えられる、ということです。たとえば、貧者に金山を贈与した富豪がいたとしましょう。この富豪からしてみれば、その貧者を金山まで連れていってあげることや、食事や服を用意することなど些細な世話にすぎませんよね。神という富豪の中の大富豪からしてみれば、つまり人々に不死を与え、ご自身のもとで永遠によみがえる生命を与える神からしてみれば、人々に今生の必要物資を余すところなく与えることなど朝飯前であり、副次的なことにすぎないのです。われわれの目が、あたかも僕が主人を見るように主に向かっていれば、実に主は必要なものを何もかも与えてくださいます。主は、「命は食べ物よりも大切である」ルカ 12 : 23と諭されただけでなく、「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか」マタイ 16 : 26と一喝されたではないですか。

この聖句は、戦争に当てはめてこう換言できるでしょう。「人は(または民族は)、たとえ全世界を征服しても、罪で汚れて自分の命を失ったら、何の得があろうか」と。しょせん地上の国は、いかなる強国であろうとも、今日は在って明日には消滅する代物です。しかし天の国は、永遠に変わることなく存在しつづける王国です。

救主のご降臨以前にも、「人生の目的は地上にはない。地上はおろか地中にも(つまり死滅の中にも)ない」と気づいた人たちはいました。なぜなら地上のものを目指すと、それを得た途端に冷めたり幻滅したりすることを体験的に知っていたからです。現在でも真のキリスト教徒から見れば、人生の究極の目的が地上にも宇宙にもないことは明らかです。われわれの目的は、全物質界の外側にあるからです。まさに属神的本質とその現実のうちに、つまり神の国にあるのであり、決してそのヒントや前兆にすぎない現世にあるわけではありません。主は、人生の目的は神の国だということを教えられただけでなく、実際にそれを現してくださいました。ご自身の生き方で体現され、十字架上の受難で体現され、死の前後に起きた奇蹟や教会史をとおして実際に現してこられました。将官、信じてくださるでしょうか。実は今日でも成聖された人たちは、人生の目的は神の国だということを主に現してもらって直視しているのですよ。

しかし、キリスト教徒だというのに、つまり啓示をうけて人生の目的を知る民族だというのに、罪に溺れて人生の目的を意識しつづけられなくなるのなら、一寸先も見えなくなって愚か者となります。まさに失明した愚かな民として、究極の目的を地上で探すようになり、神の代わりに偶像を拝んでは地上の強国を求め、キリストをあざ笑うようになります。そして、そのような心境から見れば、自分たちのような存在だけが「自然」な存在であるため、キリストなんぞ不自然な「現象」にしか見えてきません。もはやキリストなんぞ現実ではなく、我こそが現実だという結論に至るわけです。かくなる心境に陥った民は、真実と戦い、神と戦い、もちろん近隣諸国とも戦うことになるでしょう。

キリストを拒むということは、つまり人生の目的を拒むということです。この世で最も高尚な「キリスト教徒」という呼称で呼ばれるということは、つまり人生の目的を知る者だということだけでなく、喜んでその目的へむかって邁進する者だということです。たしかに永遠の「命に通じる道は細い」のですがマタイ 7 : 14、それでも1900年もかけて聖人や義人の足で踏み固めて整備されてきたため、もはや左右を見ながら歩んでいかねばならないほどの獣道ではありません。柔和、謙遜、慈憐、愛、希望、信仰、慎さ、自制、優しさ、ものいみ、祈り、赦し、神の義への飢え渇き、忍耐ほか、キリストならではの美徳と主の戒め、これらがすべて至高の目的にたどり着くために敷かれた道です。この道を案内してくださるお方は、「わたしに仕えようとする者は、わたしに従え」ヨハネ 12 : 26と、道の歩き方まで教えてくださいました。そして、「わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」と激励されましたヨハネ 8 : 12。さらに、イマイチどういう道なのかよく分からない、というお弟子たちの反応をご覧になり、そんなお弟子たちとわれわれに対して「わたしが道である」ヨハネ 14 : 6と明言されました。主の目にかなう正しい道を歩みたいと思うのであれば、主の目にかなう唯一の正しい戦いを戦い抜かねばなりません。そうです、自分自身との戦いです。自分自身と戦えばこそ、罪の足枷から解放され、人生の目的も道もどんどん見えるようになるからです。率先して自分自身と戦っていれば、肉欲や現世的な慾の重荷から解放されます。まだ慾の重荷を背負っているうちは左右に逸れやすく、つい躓いて倒れてしまうものだからです。自分自身と戦っていればこそ、まっすぐに真の目的へ至る道を歩みつづけることができるでしょう。その逆に、自分自身と戦っていなければ、神や人々と戦う羽目になる一方です。

ご覧のとおり、主イエスによって現された人生の道や目的を見てみると、そこには個人間の争いや民族間の戦争については一言も触れられていませんよね。では、なぜキリスト教徒の間で戦争が起こってしまうのでしょうか。なぜならば、キリスト教徒自身の心に戦争が巣食っているからです。真の目的を疑い、真の目的への道を軽視するようになったからです。戦争を避けたければ、「目的」と「道」を切り離して考えてはいけません。真の目的を知っているくせに、身を隠すようにして蟹のごとく逆方向へ逸れていくのは神をあなどる歩みであり、キリストを突っぱねて偶像に仕える生き方です。中世のヨーロッパをご覧ください。キリスト教徒が人生の目的を知りながらその目的から逸れていったらどうなったか一目瞭然でしょう。だからヨーロッパでは天誅が下り、キリスト教徒同士で内戦になったり、不信仰な民と戦争になったりしたのでした。

ビザンツほど、主の示された人生の目的を徹底的に身につけた国民もありませんでした。それでも、滅亡してしまいました。誇れるほど神の法を知り尽くしていたにもかかわらず、神の法を破る不埒な生活を送るようになったからです。つまり、人生の目的とはキリストだと公認しつつ、実生活では罪の道を歩んだわけです。それは福音書で警告されてきた邪道でした。まさに「主人の思いを知りながら何も準備せず、あるいは主人の思いどおりにしなかった僕は、ひどく鞭打たれる。しかし、知らずにいて鞭打たれるようなことをした者は、打たれても少しで済む」ルカ 12 : 47~48と書いてあるとおりです。この聖句を読むと、なぜ聖ビザンツ帝国への天罰がひどかったか分かるだけでなく(なぜなら御旨を熟知していたからです)、なぜ御旨をよく知らなかった異邦民への天罰が緩かったかも見えてきます。また、どうして異教徒間よりもキリスト教徒間の戦争が多かったかも判明してきます。キリスト教徒は御旨を知る僕であるため、罰せられることも多くその度合いも甚だしい。いっぽう目的も道も知らない異教徒は御旨を知らないため、罰せられることも少ない。だからこそ、神に背いたヨーロッパではこの 150年間、他の地域よりも戦争が多かったのです。主は、福音書をとおして、人間は自分自身とどう戦うべきか教えてくださいました。どうすれば心身を鎮めて徳を身につけ、へりくだって品性を高めて神にた者となれるか、いわば自分自身との戦いを戦い抜くための綿密な「戦略及び戦法」を遺されました。人間はどうあるべきで、どう生きれば戦争にならないか、あるいは戦争に遭わないで済むか、見事に明示してくださったのです。

キリストは、戦争は起こらないと断言されたことは一度もありませんでした。ただ、戦争にならないように何をすべきか教えられただけでした。そして、全人類が主に従おうとはしない以上、やがて戦争が増えることも予見し、「戦争のことや戦争の噂を聞くだろう(中略)。なぜなら民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がるからである」マタイ 24 : 6~7と予告されました。罪を犯したからといって、すぐに戦争という罰が下るわけではありません。むしろ非常に長期間にわたる神の赦しと忍耐の後に罰が下るのです。主は、戦争以外の説得手段を使い果たされた後で、その聖なる愛によって最終手段、つまり戦争という鞭でご自身の子らを懲らしめることになるのです。戦争になることを予告されたとき、主は泣き出されたほどでしたルカ 19 : 41

もちろん中には、怨み辛みから「さっさと戦争でもおっぱじめてしまえ」と吐き捨てる性悪な連中もいます。意地悪な継母は、継子が懲罰されるのをそうやって悦ぶものです。しかし実母ならば、どんなに愚かな子でも自分の子が罰を受けると思えば泣くものです。それと同じようにキリストも、ご自身の子である人類を限りなく愛するがゆえに泣き出されたのです。未来の戦争を予見されていたからです。

主は、世の終末には戦争が多発することを予告されたその口で、戦争の原因についても触れられました。「偽メシアや偽預言者が現れて」「不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える」マタイ 24 : 12, 24と。偽メシアは、人生の偽りの目的を示すことでしょう。偽預言者は、どんな事件が起こるか偽情報を流すことでしょう。不法がはびこって愛が冷えるため、人々は嘘で塗り固められた道を歩むようになるでしょう。その中には、生きる目的も道も知らぬままの人もいれば、目的は知っていても意志が弱くて邪道に落ちる人もいれば、両方とも知っていてわざと全部突っぱねる人もいるでしょう。かつてユダヤの長が悪意をもってキリストを十字架につけたのと同じように……。人々がそんな醜態に陥ってしまうため、主は聖なる愛をもって泣きながら、戦争という鞭でご自身の子らを懲らしめざるを得なくなるでしょう。以上のことから次のことが分かります。

  1. 主イエス・キリストは、人生の目的を明示され、その目的へ至る道を示された
  2. 主は福音書をとおして、人は自分自身と戦わなければならないことを示された。それ以外の戦いを避けるためである
  3. 自分自身と戦わず、自分自身の慾や罪や悪習と戦っていない者は、否応なく神や隣人と戦うことになる
  4. キリストの法を片っ端から破るキリスト教徒は、ちょうど悪いことをした子が懲らしめられるように、どんなに望まなくても戦災に遭うことになる

 

XVI 結論

ふいに波が押しよせてきて、われわれの乗っていたボートが揺れ始めた。あたりは西寄りの風が吹きこみ、星空も濃雲に覆われてゆく。クレンの別荘に居残っていた人たちも心配になったようで、黒人の召使が「そろそろお帰りなさいませ」と岸辺から呼びかけてきた。

「将官。もう十分に語りつくしたかと思いますが、お望みでしたら本日の内容をまとめてみましょうか。同じ内容の繰り返しになってしまうかもしれませんが……」と、バルカン人が提案した。将官が「ぜひお願いします」とその提案に同意し、こう畳みかけた。「いま白人はおろか全人類が危機的状況にありますから、今日うかがったお話は毎日聞いてもよいくらいです」と。

「承知しました。それでは」と断って、バルカン人は続けた。

――結論づけましょう。まず踏まえておくべきことは、戦争というものは聖書の光の下で分析しないと理解できず、解釈もできないということです。かりに世界中の戦争の本を読破したとしても、聖書ほど究明しきった本はありません。すでにご理解いただいたとおり、戦争というのは(ふつうの私的問題や公的問題もそうですが)、ひとえに「神と神の法にどう接したか」によって決まるものなのです。これは異教徒でもキリスト教徒でも変わりありません。もし両者のあいだに差異があるとすれば、異教徒は「神及び良心に埋めこまれた神の法と、その神の法をある程度見せてくれた自国の賢者の声にどう接したか」で決まるのに対し、キリスト教徒は「唯一の生ける神と、キリストの示した神の法にどう接したか」で決まることくらいでしょう。

……だいたいチフス菌に汚染された水を飲めば、チフスに罹患せずにいられませんよね。それと同様、人が神に背いて神の嫌う汚れた想いや行為に走るならば、自ずと戦争という流行病を招き、戦災を被らずにはいられないのです。想いや行為で神と争っているうちは、いくら平和を夢見たところで空しい。戦争の種を蒔いたところに、否応なく戦争が勃発するからです。「神に逆らう者に平和はない、と主は言われ」ます(イザヤ 48 : 22)。ところが現代人は、かつてないほど平和、平和と叫びながら、戦争にむけて戦備を整えているではありませんか……。これほどの偽善が、どうして戦争という罰を受けないわけがありましょう。偶像崇拝は、神が忌み嫌う行為です。拝む対象が神の創造物であれ人の創造物であれ、「神以外のもの」を拝むのは神に忌み嫌われる行為です(訳注。本稿Ⅻ章参照)。現代人の偶像崇拝も、古代人の偶像崇拝がそうであったように神の鞭で懲らしめられることでしょう。その飛び抜けた重罰こそ、戦争なのです。

ヨーロッパには使命がありました。まずは自分たちがキリスト教徒らしく生き、異教徒もキリストへ昇れるよう援助するという使命でした。ところが、ヨーロッパ自体が偶像崇拝に陥っていると来た。この混乱状態から他の混乱が生じ、成れの果てに戦争になってしまうのです。

……巷には「神は愛なんでしょ。なのに、どうして人と人が殺し合う戦争を許容されるのかしら」などと問う人がいますね。この軽率な問いに対しては、より真剣な質問でもって問い返すことができるでしょう。「われわれは御旨と神の法を明示された民族ですよね。なのに、どうして恥も外聞もなく神を見くびり、悔改もせず神の法を破りつづけることなどできるのですか」と。神は「主であり、憐れみ深く恵みに富」むお方であり、「忍耐強く、慈しみとまことに満つるお方」です(出エジプト 34 : 6)。むしろ戦争を起こす原因をこしらえているのは人間なのです。もしも神の憐れみがなかったとしたら、今もとっくに開戦していたでしょうし、それこそキリスト教徒の罪のせいで全人類が剣を鞘に納める暇もなかったことでしょう。最近は比較的平和とはいえ、これはなにも人知や文化遺産の集大成として平和になったのではありませんよ。ひとえに欧米にいる善き信徒の慎ましい祈りのおかげで、神の慈愛によって与えられた一休みにすぎません。

欧米人に救いはあるのでしょうか。もちろん、ありますよ。問題は、われわれがその救いを受け入れようとするかどうかです。かつて自滅してゆくイスラエル人に対し、ある預言者がこう詰め寄りましたよね。「エチオピア人(クシュ人)は皮膚を、豹はまだらの皮を変え得ようか。それなら、悪に馴らされたお前たちも、正しい者となりえよう」(エレミヤ 13 : 23)と。人々が欲しさえすれば、不可能なことはありません。白人だって心を入れ替え、考え方を改めることができるでしょう。むなしいものを求めずに善を求め、「わたしは道である」とおっしゃった主にむかって邁進できるでしょう。そうしたい、と思えばできます。ただ、そうしたい、と思うでしょうか。いま深淵へ落ちる瀬戸際に立っているわれわれは、たった一歩退くだけで、その深淵から救われて安全地帯にたどり着くのです。いま立っている危ない地点、この深淵に落ちていく地点から一歩退きたい、と思えるでしょうか。神は、この問いにどう答えるか待っておられます。わが子を愛して思いやる父親のように待っておられます。たといわれわれが毎日「いいえ、退く気なんて毛頭ないですよ~」などと返答しようとも、憐れみ深い愛をもって待っておられます。どこかの国民から、もしや大惨事を避けるために善い答えを出す者が出てきやしないか、ひたすら待っておられるのです。

現在、むなしくも「軍縮だ、非武装化だ」などと騒いでいますよね。でも、罪という「武装」をして重荷を負う人間が、どうやって非武装化などできましょう。罪のせいで不安になり、不安だから武器を鍛造するのです。罪のせいで不安だから戦備に走るのです。ああ、もしこの呪うべき不安さえなかったならば! しかし、罪を犯していれば不安は拭いきれません。罪深い者は、望もうが望むまいが武装せざるを得ないのです。はたして罪から解放されて自由の身になったとき、不安を覚える人などいましょうか。武器を鍛造したり戦備に走ったりする人などいましょうか。一人たりとていないことでしょう。

つまり、平和の目的が大事なのです。なぜこの点について誰も語らないのでしょう。どうして神の前でも人々の前でも公言しないのでしょう。だって、これこそ最重要事項ではありませんか。将官、人々は何のために平和を求めているのですか。ぜひ何のために平和を求めているのか質問してみてください。きっと戸惑うことでしょう。その戸惑いを隠すべく、こんなふうに答えてくるかもしれませんね。「ま、それが教養ってものでしょ(野蛮人じゃあるまいし)……」「そりゃ経済発展に欠かせませんからね」「何より文化遺産を守らんと」「お国のためですよ」「いや、無駄死にだけはご勘弁」……と。何とくだらない! いま聞こえてくる非武装化や平和に関する勇ましい提言は、眉唾物の響きがするのです。だれ一人として、求めている平和の目的を知らない。ただ単に「大好きな偶像をより快適に支障なく拝んでいくためには、ドンパチ戦争なんかされちゃ困るわ。平和じゃなきゃ、ダメ」という理由のみで、平和にこだわっているのです。はて、そういう平和に溺れていると、人間はどうなっていくのでしたか。

実際、平和な時代になった現在のほうが、戦時中よりも自殺者が多いのですよ。

欧米の支配層は、何のために平和にこだわっているのでしょうか。神を畏れ、神に光栄を帰すためでしょうか。それとも分捕った外交成果を満喫するためでしょうか。もしも後者であるならば(そしてそれこそ的確な答えのようですが)、平和の代わりに戦争が送られてくるとしても驚くに値しません。どうぞ、かつて平和の主宰(イエス・キリスト)がお生まれになった時のことを思い出してください。天使たちは、ベツレヘムの上空で「いと高きには光栄神に帰し、地には平安(平和)降り、人に恵みは臨めり」と歌いましたよね。要するに、平和の大前提とは「神へ光栄を帰すこと」であり、「神に光栄を帰し」て初めて、「人に恵みと真の平和がもたらされる」ということです。ゆえに、人々が神に光栄を帰すために平和を求めるならば、必ずやそのような平和を得て、永遠に平和な暮らしを享受できることでしょう。

しかしながら、平和にこだわる人々の中から、「わたしは神に光栄を帰し、自己改善に励むために平和を活用します」という約束を一度でも耳にしたことがあるでしょうか。揺るぎない真の平和を得たければ、そう約束するしかありません。ぜひとも巷の平和主義者の方々には、平和の目的をしっかり見定めていただいた上で、天にも地にも響き渡る大声でもって平和の目的を表明してほしいものです。そしてそのとき、きっとわれわれから戦争が遠ざかっていくのを見届けることができるでしょう。

何が真実であるか悟った上で、折よく「生ける神の前で悔改すべし」と自国民に呼びかけられた政府は幸いです。「罪」という神にあらがう武器を、折よく捨てきった国民は幸いです。そのような国民はいかなる悪をも近寄らせず、非武装であっても安全に生活できるでしょう。なぜなら全能の神が、その無敵の御手で守ってくださるからです。たとい剣一本すら持っていなかったとしても、敵もその人たちの前では無力となり、国境を越えられないでしょう。万軍の主が越境をお許しにならないからです。万が一越えてきたとしても、敵はその侵略行為によって墓穴を掘るだけでしょう……。

罪から解放されて、最初に武装から解放された民は幸いです。そのような民は、この世界で偉大な使命を担うこととなり、全人類の光となることでしょう。主なる神は、前代未聞の栄光でもってそのような民を称え、永遠に祝福するに違いありません。

 

[1] 底本は、Война и Библия / святитель Николай Сербский. – Симферополь: Родное слово, 2016. – 110 с. ISBN 978-5-9906593-2-2(ロシア語版)。この底本の序文は本稿の要旨に掲載した。いっぽうセルビア語版(Изабрана дела у 10 књига – књига бр. 3 (3. део), „Глас Цркве“ – Ваљево, 1996)の序文は以下のとおり。「1927年、米国のウィリアムズタウンにて国際会議が開催された。代表者が世界各国から集まり、なんとか平和を実現できないものか議論した。この会議に出席した著者(訳注:聖ニコライ)が会議で知り合った仲間のために上梓したものが本書である。本書の戦争論は聖書に基づくため平時ならば見向きもされないであろうが、戦時中には求められ、納得して読まれるに違いない」。

[2] 訳注。もともと「光をもたらす者、明けの明星」の意。

[3] 訳注。当時、欧州にて黄禍論が盛んだったことが実感できる論考と言えよう。

 

初出:「戦争と聖書(上)」尚絅学院大学紀要第89号、「戦争と聖書(下)」同第90号。

ロシア語版:Война и Библия – святитель Николай Сербский (Велимирович) – читать, скачать

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