「人の霊は忍耐という家に住み、謙遜を糧として生きる」と聖イリヤ・エクディクは述べた(『フィロカリア』聖イリヤ・エクディクの格言62)[1]。
言い得て妙である。たしかに謙遜を聖なる糧として生きているうちは、忍耐という聖なる家に住み続けることができる。だが謙遜を手放すが早いか、我慢しきれなくなって忍耐の家から出るしかない。すると、嵐に襲われたように振り回され、否応なく思いが乱れる。つまり身を焦がす肉慾や邪念が荒波のように次々と浮かび上がってきて、理性を押しのけて罪深いことばかり考えたり夢見たりし、後先を考えずに口走ったり愚行を演じたりするようになる。やがて疲れきってどんよりした憂鬱な気分になり、だんだん絶望の深みに嵌ってすっかり病んでしまうことも少なくない。
あなたは忍耐という聖なる家にずっと住みつづけたいだろうか。もし住みつづけたいならば、忍耐という家に住むに欠かせない糧を蓄えなさい。すなわち、へりくだった考えや感情を身につけて、徐々に深めていくことである。へりくだる、と言っても色々な方法があるが、ひとつ苦難への備えとなり、かつ苦難の中でも泰然と耐え抜くへりくだり方がある。そう、聖師父が「自責」と呼んだへりくだり方である。
自責とは、自分の罪深さを責めることである。万人共通の罪から自分の罪まで、すべて自分のせいにすることである。その際には、どれだけ神の法を犯してきたか振り返るとよいのだが、「淫行の罪や躓きだけは、ありありと思い出してはいけない」と聖師父に禁じられている。罪を犯した時の快感がよみがえってきて、つい陶酔してしまうからである(シナイの聖フィロフェイ。『フィロカリアⅣ』新世社、176頁、13)。
自責とは修道士の取り組む修行であり、知的な修行(心の祈り)である。自分自身を責めていれば、陥罪以降に病んだ人性に真っ向から逆らうことができる。まさに陥罪後の人性が病んでいるからこそ、ズルい手段を用いてでも自分の正当性を主張したり、それこそ明らかな罪人なのに義人ぶったりしてしまうからである。ゆえに、どんなに乗り気がしなくても、陥罪後の病を治すには強いて自責するしかない。よく心身を鞭打ってでも祈祷に励んだりするのと同じである。実際「天国は(そういう強制)力をもって得らる。しこうして(そういう強制)力を用いる者はこれを奪う」(マトフェイ 11 : 12)からである。
自責しようとすると、最初のうちは心がこもらず機械的になりがちである。さほど実感もなく唱えたり、本音に逆らって唱えるしかないこともある。しかし、徐々に自責の祈祷文に実感が伴うようになっていく。そして、ついに心底から唱えて泣くくらいになると、隣人の欠点や罪などどうでもよくなって見えなくなり、嫌に思う相手もいなくなり、いかなる苦境とも和解する。そして、世界中に馳せていた思いを悔改の念に絞りこみ、傷感をもって注意深く祈り、どんなことにも耐え抜くぞという覚悟が湧いて挫けなくなる。
正教会の奉神礼や祈祷書で祈っていれば、どの祈祷文もおのれを断罪する謙遜の念に貫かれているものの、修道士ともなれば日課の一部として自責するようになる。修道士は自責し、なんたる罪人かと自分に言い聞かせながら肝に銘じていく。どうも陥罪後の人性のせいで自分が罪人とは到底思えないし、罪人だなんて思いたくもないからである。概して自責することは、どの修道士にとってもためになる。初心者にも上級者にも、共住修道士にも黙修者にもためになる。
実際、黙修者にとっては思い上がりほど危険極まりない慾もない。思い上がったが最後、積み上げてきた修行が全部台無しになってしまう(克肖者聖大ワルソノフィと聖イオアン『問答集』 311)。逆に思い上がらないように自責していれば、そこから万徳を築き上げていくことができるだろう。だからニトリア山で黙修者らを指導していた長老も、自責こそ最重視すべき修行だ、と言い切ったのである(大主教フェオフィル。『砂漠の師父の言葉』知泉書館、119頁、1。及び師父ドロフェイ 訓話 7)。
やがてとことん自責できるようになると、悪意という悪意がすっかり消え失せる。すると、自己正当化するたびに用いてきた悪知恵や偽善もなくなってゆく。克肖者聖大ピーメンも、ほんとうに悪知恵や偽善を嫌うならば、隣人を義として自分自身を裁くはずだ、と述べた(『砂漠の師父の言葉』知泉書館、271頁、142)。この台詞は、救主の聖句に基づいている。現に隣人を裁く者は、主に「偽善者」と名付けられているからである(マトフェイ7 : 5)。自責している黙修者は、だれを見ても聖人や天使と思うようになり、自分自身を罪人の中の罪人と思うようになる。そして、いつも底知れぬ深い傷感を味わっている。
特段すぐれた自責の手本を示しておこう。克肖隠遁者イサイヤの「慟哭」と、シリアの聖イサアクの「第20訓話」である。黙修者用に『修行訓話』を書き残した聖イサアクは、その第20訓話の冒頭に次のような副題をつけた。「ただ自分自身のみを注視すべく僧房にこもった者が、毎日欠かさず思うべき有益なことについて」。以下、第20訓話の引用である。
こんなことを書いて壁に貼り、いつも読みあげて忘れないようにしている兄弟がいた。
「汚れた奴め、ずいぶん愚かに人生を過ごしてきたものだ。これではどんな目に遭ってもおかしくない。せめて残された日々のうち、今日くらいは気をつけて過ごせないか。ろくな善行もなく愚かなことばかりして徒らに過ごしてきたのだ。もう世の中がどうなったとか、人々がどう暮らしているかとか訊いたりするな。それに修道士の様子とか、修道士が何をしてどう生活してどれだけすごい修行をしているかとか、そういったことも一切気にかけるな。なにせ神秘的に世から抜け出て、ハリストスにおける死者となったようなものなのだ。これ以上、世と世にあるものに対して生きるな。そうすれば穏やかにハリストスのうちに生きられるようになるだろう。どんな暴言や侮辱を浴びても、笑われても非難されても持ちこたえられるように武装せよ。何を言われようと『おっしゃるとおりです』と喜んで聞き入れ、苦労や苦難が相次いでもありがたく耐え忍べ。悪鬼の言いなりになった分際として悪鬼のよこす災難をも忍び、必需品に事欠いても潔く我慢して不運にも耐えよ。本当に必要ならば神が与えてくださると信じて、食糧が足りなかろうと涙をのめ。しょせん糞尿と化すだけのものじゃないか。万難を甘受しながら神に救われることを願い、つい逃げ道とか慰めてくれそうな人がいないかとか探したりするな。まさに『爾の重任を主に負わしめ』て(聖詠 54 : 23)、つまりあらゆる杞憂を神に委ねて、どんな目に遭おうとも自分を責め、とことん自分のせいだと思うのだ。他人の悪事を見ても、裁くな。傷つけられても、咎めるな。なぜならお前自身も禁断の木の実を味わって、ありとあらゆる慾を身につけた分際ではないか。しんどい不運だって喜んで受け入れよ。そうすれば、少しばかり今悶え苦しんでも後々きっと喜び楽しむことになるだろう。吐き気のするお前の名誉こそ禍のもとだ。あろうことか、その罪にまみれた霊をよしよしと労わりながら、言葉と思いでもって片っ端から人を裁いてきたではないか。いい加減にしろ。こんな豚の餌を今日まで食らい続けてきたうえに、さらに食らって生きつづけていくつもりか。汚らわしい奴め、人の欠点なんぞ暴ける分際か。かくも愚かに過ごしておきながら、なおも人間社会に留まって恥ずかしいとも思わないのか。もし上記したことを注意深くすべて守るのなら、あるいは神に助けられて救われることもあるかもしれない。もしも守らないのであれば、闇の国へ堕ちて悪鬼と暮らすようになるだけさ。鼻高々と悪鬼に盲従してきた身として当然の仕打ちだ。さあ、何もかも証言したぞ。胸に手を当てて考えよ。一生の間、その胸の中でどれだけ人を非難し、どれだけ冷水を浴びせてきたことか。もしも神がその人たちに対して『さあ、こやつに報いるために立ち上がれ』とでも命じようものならば、世界中の人々がお前のせいで忙殺されてしまうだろう。だからこそ、もう人を悪く思うのは止めろ。そして、降りかかってくる報いを耐え抜くのだ」と。
この修道士は、上に書いたことを毎日思い起こして、襲ってくる誘惑や苦難に対して備えていた。むしろそういう逆境を肥やしにして感謝できるようにするためである。ああ、われわれも人を愛する神の恩寵によって、降りかかってくる災難をありがたく忍んで肥やしにすることができたならば。
自責していると、忘れていた罪過や気づきもしなかった罪過に気づかされることがある。自責ならではの神秘的特質である。
いつも自責するようにしていると、徐々にそれが習慣になってゆく。すると、苦難にぶち当たったときにも即座に自分を責め、こうなって当然だ、と思うようになる。師父ドロフェイは言う。
とことん内省していると、なぜ人が動揺するのか分かる。動揺してしまうのは、自分を責めないからである。自分を責めていないから、あらゆることに動揺して気分を害し、どんなに求めても平安を見出せない。道理で、どの聖人も口を揃えて「これ以外に道はない」と言ったわけだ。たしかに自責以外の道で平安を見出した聖人はいない。なのに、われわれときたら自分だけは責めないでおいて何とか平安を得よう、正道を貫こう、と躍起になっている。実際、どんなに徳を積んだ人でも自責の道から外れるなり、やたら侮辱を感じたり侮辱を加えたりするようになり、これまで積み上げてきた修行を台無しにしてしまう。その反対に、自責している人は、常に喜んでいて穏やかである。師父ピーメンも述べたように(訳注。『砂漠の師父の言葉』知泉書館、272頁、145参照)、そういう人はどこへ行っても何が起こっても、つまり害を受けようが軽蔑されようが苦境に陥ろうが、すでに前もってそうなるにふさわしい身だと自覚しているため、決して動揺することがない。いったいこれ以上に穏やかな心境などありえようか。
……などと言うと、こう反論する人がいるかもしれない。「しかしですね、身に覚えのないことで兄弟に侮辱されたとき、どうやって自分を責めることなどできましょうか」と。もしあなたが本当に神を畏れて内省していれば、必ずや相手にそうさせるようなことをしたり言ったりしてきた身に気づくだろう。たといあなたの言うように現時点では何ひとつそんなきっかけを与えていなかったとしても、かつて同じ点や違う事柄において、その人や他の兄弟を侮辱してきたはずなのだ。そのせいで、いま苦しむべき身になったのである。あるいは他に犯した罪のせいで、苦しむ羽目になることも少なくない。というわけで、上述したように神を畏れて内省しながら良心の声に耳を傾けていれば、どんなひどい目に遭おうと自分自身に非があることを見出すようになるだろう(訓話 7「自責について」)。
すごいことである。機械的に強いて自責し始めれば、ついにはとことん納得して自責するようになり、そのおかげで、よくある苦難のみならず大災害まで耐えやすくなるという。
自責の道で上達した人は、もはや誘惑に遭っても惑わされない。試練にぶち当たってもひるまない。むしろ上達すればするほど、以前よりも誘惑や試練の規模が大きくなっているに乗り越えやすくなっている。精神的に強くなり、何があっても持ち堪えられるようになったからである(同上)。まるで滋養強壮の珍味でも得たかのように、心に深く根付いた謙遜を糧として精神的に強くなる。この強さこそ、忍耐力である。
忍耐強く自責できるようになりたければ、すべての背後に神の摂理があることを毫も疑わずに信じることだ。主も弟子たちにこう告げられたではないか。「二つの雀は一銭にて售らるるにあらずや、もし爾等の父の旨なくば、その一つも地に隕ちざらん。爾等においては首の髪もみな数えられたり。ゆえに懼るるなかれ」(マトフェイ 10 : 29~30)と。
救主はこの聖句でもって、いかに神が常時人のことを慮っているか表現された。こうして信者全員のことを慮ることなど、唯一どこにでもおられる全能の神にしかできることではない。このような神の慮りのおかげで、われわれは明日のことまでびくびく心配する必要がなくなり、不信仰からくる不安から解放されているのである。聖使徒ペトルも言う。「だから、神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます。思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたのことを心にかけていてくださるからです」(ペトル前 5 : 6~7)と。
われわれが苦境に陥る時は、神もそれをご覧になっておられる。神が許容されたから苦境に陥っただけでなく、そのほうがためになると判断されたから陥ったのである。まさに永世の苦しみから解放されるために、現世にいるうちに罪過ゆえに苦しむことを神に許容されるのである。実際、隠れて重罪を犯しているのに人目に触れず、神の慈愛に覆われて罰せられていないことも多々ある。そういう重罪を犯している日々ないし年月が経過した後で、身に覚えのないことで理不尽な中傷を受けたり嫌がらせに遭い、いくぶん苦しまざるを得ない場合がある。そんなとき、心の中で良心の声がする。ああ、隠蔽してきた罪のせいで苦しんでいるのだ、と。この罪過を隠しておられた神は、われわれが中傷を耐えることで「咎なき受難者の栄冠」を受けるようにされただけではない。そういう懲らしめを受けることで、隠蔽してきた罪からも清まるようにしてくださっているのである。かくも計り知れない慈愛があることを弁えた上で、至聖なる神の摂理を讃めたたえ、その摂理の前にへりくだろうではないか。
この憐み深い神による義の裁定を讃えつつ、我が身を断罪して自責する良いお手本がある。バビロン捕囚時代、三人のイウデヤ少年が炉の中で祈った次の祈りである。
主我が先祖の神よ、爾は讃揚せられ、爾の名は世世に讃美讃栄せらる。けだし爾はおよそ我等に行いし事において義なり、爾の事は皆真実なり、爾の道は正直なり、爾の審判はことごとく公義なり。爾はおよそ我等及び我等の先祖の聖なる城イエルサリムに降しし事において公義なる審判を行えり、けだし真実と義判とによりてことごとくこれを我等の諸罪のために降せり。けだし我等爾より離れて、罪を犯し、不法を行い、一切の事において罪人となれり(ダニイル 3 : 26~29)。
聖なる少年たちは、真の神に忠実だったがゆえに熱い炉に投ぜられたものの、まるで涼しき宮殿内にいるかのように焼かれることはなかった。それほど大いなる神の寵愛を受けていたにもかかわらず、実際に神に逆らっていた同胞と同じ罪人にすぎないという自覚から「一切の事において罪人となれり」と告げたのである。隣人を愛していたからこそ、隣人の罪も決して他人事ではなかった。へりくだっていたからこそ、聖なる義人なのに罪に溺れる同胞と別格とは思わなかった。この心境から、すなわち自分を断罪しつつ謙虚に人々を愛する心境から、しかも神にこう裁かれている身も当然だと思いながら、三人は神に「救いたまえ」と祈ったのである。同じように、われわれも私的な困難や社会的災害に見舞われたとき、神の摂理を讃えて自分の罪深さを認めよう。そして、神の摂理を讃えて自分の罪深さを認めたうえで、神の憐れみを乞願しよう。
聖書も証明していることだが、人は神へ仕えて神の戒めを守る道を歩んでいると、より活躍できるように格別な苦難が降ってくる。救世主も「およそハリストスにおいて実を結ぶ者は、(天の父が)これを浄む(中略)。そのますます繁く実を結ばんためなり」(イオアン 15 : 2)と告げられたとおりである。
このように浄化を目的として降ってくる苦難は、神の「許容」ないし「裁定」と言われている。この裁定(定め)のことを指して、聖ダヴィドも次のように詠い上げた。「主の諸々の定めは真実にして、みな義なり」(聖詠 18 : 10)、「我に爾の定めを誨えたまえ」(聖詠 118 : 108)と。よおし、これからはどんなにしんどい目に遭おうとも、そこに神の摂理と御旨があると信じていくぞ。そうすれば「神の定めが(ろくに神に仕えていない)我を助け」(聖詠 118 : 175)てくれるさまを見届けるだろう、と詠い上げたのである。
では実際、御旨に適うように生活していると、どんなふうに神の裁定に救ってもらえるのだろうか。どうやって自力だけでは得がたい聖なる生き方まで導いてもらえるのだろうか。一例として、コンスタンチノープルの高官クセノフォント一家(妻子三名を含む)の実話を挙げておこう。
名富豪であったクセノフォントは、当時ハリスティアニンが世間でなしうる敬虔な生活を極めていた。それは、現在であれば世を捨てた者にしかできないような暮らしぶりであった。そして、ぜひとも我が子には王宮の職務を継がせたい、私有財産も相続させたいと思っていた。よって、息子二人をシリアのビリト(現在のベイルート)の名門校へ派遣し、世界の英知を学ばせた。ただ、コンスタンチノープルからビリトまで行くには海路を取るしかなかった。
ある年のことである。息子たちは、危険な病気で倒れた父を見舞った後、ふたたび学びの場へ戻るために帰路についていた。その航路での途中、突然、地中海に猛烈な嵐が巻き起こり、乗っていた船が大破した。二人とも波にさらわれ、パレスチナの海岸の別々の場所に漂着した。このような災害に遭った中でも、幼児期から敬虔な捉え方や希求心を身につけてきた二人は、かくなる災難に陥ったのは修道士になれという思し召しだと捉え、まるで申し合わせたかのようにパレスチナの異なる修道院の門をそれぞれ叩いたのであった。
月日が経過したのち、二人はふたたび巡り会うことができた。さらに月日が経ったとき、クセノフォントは息子たちの乗った船が嵐で大破し、乗客も全員行方不明になったことを知った。打ちひしがれた父親は、すぐに祈り始めた。夜を徹して自室で祈り終えたとき、「息子らは格別な神の慈愛と恩寵のもとに守られている」という啓示を受けた。この啓示により、わが子らは二人とも修道士になったのか、と悟った。そして、船の大破した対岸のパレスチナに修道院が多いことから目星をつけて、いざ妻と連れ立ってイエルサリムへ向かった。そこで息子らと再会を果たした後は、もはやコンスタンティノープルに戻ることはなかった。イエルサリムから指示を出し、コンスタンチノープルに残してきた全財産も売却した。収益金は修道院や聖堂に分与し、乞食にも分け与えた。そして、妻マリヤ(という名の伴侶だった)と一緒に、息子ら(イオアンとアルカヂイ)に倣って修道士になった。かくしてクセノフォント一家は、大いなる属神的成長を遂げたのである(『聖人伝』1月26日)。
一家四人とも非常に敬虔な信徒だったとはいえ、もしも世俗に留まりつづけていたならば、これほどの属神的成長はありえなかったであろう。四人の進度をご覧になっていた神により、その悟りがたい神の裁定により、ここまで深く属神的に成長できるよう導いてもらえたのである。
神の裁定にしたがって歩む道は、過酷である。「主はその愛する者を懲らし、およそ納るるところの子を鞭うつ」(エウレイ 12 : 6)と聖使徒も証言したとおりである。それでも神の裁定によって得られる結果は望ましく、何物にも代えがたい。上記以外の聖人伝を読んでみても腑に落ちることだが、神の奉仕者が善き修行に励んでいると、その修行を促すために神から苦難が送られてきて浄化され、ますます主の力で善き修行を成し遂げてゆく。どうも自力で修行しているだけでは足りないのだ。この点は、克肖新神学者シメオンも以下のように指摘している。
金が錆びてしまったら、火に入れてハンマーでしっかり打ち直さないと元来の光を取り戻せない。それと同様、霊も罪という錆で汚れてすっかり役立たなくなってしまったら、多くの試練に遭って苦難の坩堝に入らないと浄まらず、太初の美を取り戻せない。実際、主も「爾の所有を售りて、十字架を負い、かつ来たりて我に従え」(マトフェイ 19 : 21; マルコ 10 : 21)と命じられたではないか。ここで「十字架を負い」と告げられている「十字架」とは、試練や苦難を指している。
せっかく全財産を分け与えても試練や苦難に立ち向かわないのであれば、それは怠惰心の表れであり、何がほんとうに自分に役立つか知らないのであろう。というのも、いくら資産や私物を捨てたところで神のために試練や苦難を耐え抜かないのであれば、何一つ得らるものはないからである。ハリストスは「財産を分け与えて爾等の霊を救え」と告げられたのではない。「忍耐をもって爾等の霊を救え」(ルカ 21 : 19)と命じられたのだ。たしかに財産を分与して俗世から離れるのは立派なことだし役に立つ。しかし、世から離れただけで試練に耐えようとしないならば、神における完徳に至ることはない。(中略)
よく貧者に財産を施して世とモノから離れるなり、報いが得られる気がして得意満面で良心のうちに自慢してしまうことがある。そして、つい我こそはと思い上がって報い自体を盗られてしまうことがある。いっぽう困っている人に財産を分け与えたうえで、さらに感謝して逆境のしんどさを耐え抜いていくのであれば、あらゆる辛酸を舐めることになるとはいえ、報いを盗られてしまうことはない。そういう道を歩んだ人は、ハリストスの受難に倣った者として、また、逆境の日々にハリストスと共に苦しんだ者として、現世でも来世でも大いなる報いを得られるだろう。
ゆえに、ハリストスにおける兄弟諸君にお願いしておきたい。ハリストスの御言葉にしたがって世と世に属するものを何もかも捨てたように、何とかして「窄き門」(ルカ 13 : 24)をくぐろうではないか。つまり、肉の思いを断ち、肉の思いから逃げようではないか。なぜなら肉体を断たなければ、つまり肉慾とその衝動を断たないことには、一向に喜びを得たり慾から自由になったりすることはできないからだ。とうぜん聖神の慰めからくる自由も得られないからだ(『十二訓話』 4)。
なぜ、われわれは苦難を避けたがるのだろうか。救われるために神が「乗り越えよ」と送ってくださる苦難を避けてしまう原因は、快感が好きで見栄っ張りだからである。快感が好きだから体を苦しめたくない。見栄っ張りだから人々に見下げられたくない。この二つの慾は、生きた信仰があれば踏みにじることができる。そもそも不信仰だから快感を好み、見栄を張りたくなるからである。
あるとき預言者聖イオアンが師父ドロフェイからこんな質問を受けたことがあった。「変わった人に思われるのが恥ずかしくて耐えられないのですが、どうしたらよいでしょうか」と。それに対し、預言者聖イオアンは次のように答えたという。「変わった人に思われるのが耐えがたいのは信仰がないせいだ。兄弟よ。イイススは人となられ、見下されても耐えられたではないか。だというのに、あなたはイイススよりも見上げられるべき偉人なのか。そんなのは不信仰であり、悪魔的迷妄にすぎない。謙遜になりたいと言いつつ軽蔑に耐えられない者は、謙遜になることなどできやしない。さあ、こうして真の教えを耳にした以上、この教えを無駄にするなかれ。さもなくば、謙遜など夢のまた夢であろう。ちなみに『恥ずかしい』と言っていたが、そもそも罪人は皆、いずれ主と全人類の前で罪過が全部晒されるわけだ。その時に感じる恥ずかしさを思えば、現世で感じる恥ずかしさなどどうでもよくなるだろう」(『問答集』 304)と。
そもそも「お前だって大した者じゃないか。もっと人々に評価されて楽に生きて何が悪い」という不信仰な思いに心が揺らぐのは、神という全能者がいつも傍におられることを忘れているからである。いつも神を見据えていれば、そう簡単には揺らがない。実際、預言者聖ダヴィドも「我つねに主を我が前に見たり、けだし彼は我が右にあり、我が動かざらんためなり」と詠い上げた。しかも「これによりて我が心は喜び、我が舌は楽しめり、我が肉体も望みに安んぜん」(聖詠 15 : 8~9)と句を紡いだのである。要するに、固く信じてへりくだっていれば「我が心は喜」ぶわけだ。また、神を讃えて自責していれば口も「舌も楽しむ」わけだ。つまり、打ち砕かれた謙遜な気持ちで神にのみ癒されていれば、この肉体でさえ不朽の力が湧いてくるのを感じとるのである。
御旨なくして試練や誘惑に遭うことなどありえない。だとしたら、もはや不平を鳴らしたり落胆したり、隣人や環境に不満が募って「何で自分だけこんな目に?」などと思ったりするのは、まがいもなく御旨に反した心の動きであり、神に歯向っていく腹積もりであり、神に対する敵対行為に他ならない(『フィロカリア』ダマスクの聖ペトル 第1書)。かくなる災いを恐れよう。逆境に陥ったら、ああでもないこうでもないと考えてはならない。でないと謙虚な考え方を忘れ、こんなひどい状況があるか、なんてついてない人生なんだと投げやりになり、神の慮りに盾突く心境になってしまうからである。そうなりやすい弱い身であることを弁え、すぐに自責という頼もしい武器を手に取ることだ。
そう、救主の傍には十字架が二つあり、二人の盗賊が掛けられていた。一人は主を呪って罵ったが、もう一人は「罪歴からして死刑にされるのは当然だ。だけど、主は無実なのに処刑されている受難者じゃないか」と言い放った。つまり自責するなり心の目が開け、無実の罪で処刑されている人間のうちに、人類のために受難されている至聖なる神を見抜いたのである。これは聖書を研究して神の法を熟知したつもりだったイウデヤの律法学者・祭司・祭司長でさえも、見抜けなかったことである。
心の目が開いた盗賊は、ただ神学者となっただけではなかった。おのれを賢者や権力者と思いこんで主を嘲笑した人々の前で「主こそ神である」と信仰表明し、その聖なる見解でもって、彼らがイイススの真の姿をどれだけ見えていない「賢者」や「大物」であるかすっぱ抜いたのである。いっぽう神人を罵った盗賊のほうは、涜神という重罪の極みのせいで地獄に落ち、より一層ひどく永遠に苦しむことになった。
さて、この二人は、そもそも同じかたちで十字架に掛かっていたのではなかったか。うち一人は真摯に自分を断罪したことによって真の神を知ることができた。謙遜でないと告げようのない「贖罪主への信仰」を表明したため、天国へ昇った。ということは、その信仰表明とは真逆の見解や心境から毒づいたせいで、もう一人の盗賊は反対側へ落ちたのである。
隠遁者聖イサイヤによれば、この二人の盗賊は万人に当てはまる典型的存在だという(訓話 8 : 2)。実に的を射た指摘である。たしかに天命に逆らって生きてきたという点では、われわれもこの二人の盗賊と何ら変わらない。自制できず罪ばかり犯し、もはや救われて永遠の福楽に与れるか分からない分際に成り下がってしまった。やれ己の救いは奪うわ、永福も奪うわ、霊も殺すわという意味では、たしかに自分自身に対する泥棒となり、盗賊となり、殺人者となってしまったのである。
そのような悪人のもとに、救いを得る最後の手段として十字架が送られてくる。それもこれも十字架上で罪歴を告げて処刑されるべき身を認め、何とかして神から救いを賜わるためである。十字架に釘打たれる瞬間だけでなく十字架に掛かっている間にも、その苦痛を和らげて属神的慰安をもたらすべく、人となられた神が木の十字架につけられて傍に上げられている。その時、そこで不平不満を述べる者は、不運に八つ当たりして自分の救いを最終的に拒んでしまうことになる。救主を見抜けず信仰表明しなかった以上、神を拒んで神とすっかり無縁になった者として地獄へ落ち、不毛ながら永遠に苦しむことになる。いっぽう、そこで自責して罪深さを自白し、現世でも永世でも処刑されて当然だと自認する者は、自責しながら少しずつ手に取るように贖罪主を知ってゆく。まさしく「永遠の生命」を知ってゆく(イオアン 17 : 3)。
われわれが御旨にそって十字架に昇り、自分の十字架上から神を讃美するならば、「十字架の奥義」が見えてくる。と同時に、神人による人類の贖罪という奥義も見えてくる。自責すると、そういう深みも見えてくる。とにかく全能者の至聖なる御旨に基づいて送られてくる十字架(苦境)に対しては、かぎりない畏敬の念を持ち、ひたすら甘受していこうと思う以外に持つべき心境などありえない。そういう心境に至ったとき、それが「忍耐」の元となるのだ。
そもそも主イイスス・ハリストスという天地の王は、人類を救うために降臨され、ご自身の神性を反駁の余地なく証明され、見えると見えざる万物に対して限りない全権を握っておられたにもかかわらず、しかるべき光栄と尊厳をもって人々に歓迎されなかったことはおろか、嫌われて疑われて殺意まで持たれた。地上をめぐり歩かれていた生涯の間、中傷されては罵られ、言葉尻を捕えられては奸計をめぐらされた。ついに深夜の祈祷中、犯罪人のごとく捕えられ、縛られて荒々しく引きずられ、あらかじめ死刑確定済の裁判に立たされ、嘲笑され頬を打たれ唾棄され、さまざまな苦痛と拷問に遭われ、犯罪者用の屈辱的な死刑に晒され、十字架上で息を引き取られた。
おとなしい子羊は、毛を刈る者の前で黙って動かない。その子羊のごとく、主は不信仰な裁判官及び残虐な殺人者らの前で、神聖なる沈黙を守り通された。どんなに厚かましく質問されたり中傷されたり罵言を吐かれたりしても、何一つ言い返されることはなかった。なにせ一切罪がなく、神として完全に正しかったため、おのが非を認めて自責するわけにもいかなかった。ただ沈黙を押しとおすことで、ご自分の義をそっと秘められたのである。それもこれも自分だけは絶対に間違っていないと思いたがるわれわれが、その偽物の義に寄りかかって自己主張するのをやめ、むしろ押し黙って罪を認めて自責することで、主の至聖にして完全なる義に与るためであった。
われわれ人類は、陥罪後の人性による義をもってしても、モイセイの律法による義をもってしても、失われた永福に入ることはできなかった。ただ福音書と十字架の義をもってすれば、失われた永福へ入ることができる。いくら人徳を積み重ねても完徳までは至らない。ただハリストスの十字架をもってすれば、聖神を宿して完徳に至り、かつ聖神の賜としてその完徳に留まることができる。主がへりくだって十字架に昇られたように、ハリストスの弟子たちもへりくだって十字架に昇ってゆく。その十字架こそ、聖なる「忍耐」である。ただし、この「忍耐」は肉的な賢者にはどうにも理解できない。かつてイロドやポンティ・ピラトやイウデヤの祭司長らがイイススの沈黙を理解できなかったのと同じように、どんなに頭をひねっても理解できるものではない。だからこそ、主に祈り求めようではないか。どうか主の十字架の奥義を悟らせてください、主の十字架の愛を授けてください、と。願わくは至仁なる摂理によって降りかかってくる現世の苦難をしかるべく耐え忍び、やがて救われて永福を得られますように。主は「終わりに至るまで忍ぶ者は救われん」と約束されたのだから——(マトフェイ 24 : 13)。アミン。
[1] 『フィロカリアⅣ』新世社、207頁、62章には以下のように訳出されている。「魂の家は忍耐である。そこにおいて魂が保たれるからである。謙遜は財である。それによって魂が養われるからである」。露語版では、62章ではなく49章。
原文:34. О терпении, Аскетические опыты (Части 1-2) – святитель Игнатий (Брянчанинов) – читать, скачать
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